強行

 

 


『お帰りをお待ちしておりました!!』
 十日ぶりの登校に、校内はにわかに騒然としていた。
 風紀委員は、その強力な存在感と実力とを兼ね備えた美少年の帰還を全力で歓迎した。横柄な暴君とした側面と共に、彼は部下を従えるカリスマ的な面も持ち得ているのである。その端正な横顔は、しかし今は物憂げに顰められている。ヒバリ不在を聞きつけて、数件のカツアゲやら暴力事件やらが起きていたのだ。
(校内から運ばれたからね。誰もが知っているというワケか)
 ヒバリは、応接室で報告を聞いていた。
 ほとんど頷くだけである。だが、授業が終わればその足で他校の生徒への報復へと赴いていった。ツナとヒバリが顔を合わせたのは、退院から二日後のことだった。
『あ』
 四者の声が重なる。
「ヒバリさん」
「綱吉」
 ヒバリの手にはグッタリした少年の襟首が納まっている。
 住宅街の一角で、最後まで逃げ回っていたカツアゲ犯をノシたところだった。
 綱吉の下校路だったのかとヒバリは胸中で囁く。ツナの胸中は叫び声で満たされていた。コンクリートに血痕を認めたからだ。あの見舞い以来、ヒバリに会っていなかったので彼なりに心配したりしたのだが。
(やっぱ、この人いつもと変わらね――っ)
 視線はツナを反れ、複雑そうに塀の上へ注がれた。
「赤ん坊……」
「チャオっす。相変わらずだな」
 ヒバリは獄寺へと視線を向ける。獄寺はすでに懐に腕を突っ込んでいた。
「ご、獄寺君。取り合えず落ち着いて」
「どうだか。こいつまた」
「また? このゴミが何か」
 腕の一振りで、気絶していた中学生が獄寺へと放り投げられる。当たり前のように蹴り落とされたので、ツナは名も知らぬ彼が少し気の毒になった。
 獄寺の眉がきっと吊り上がる。
「テメェ、喧嘩売ってんのか?」
「どうかな。綱吉はマフィアらしいけど、その様子だと君もその関係かな?」
「オレは十代目の右腕だ!」
「予定だけどな」
「リ、リボーンさあーん」
 情けない悲鳴をあげる獄寺を押しのけ、ヒバリはリボーンへと向き直った。既にカツアゲ犯への制裁は終わったものと捉えているらしい。リボーンがにやりと笑う。
「何だよ。物いいたげだな」
 ツナは両者に挟まれる格好になった。戸惑って首を左右に巡らしている。
「ここで会ったのも何かの縁だろうね。この間は、どうも」
「礼をいわれるようなことはしてねえぜ」
「救急車を呼んでくれたじゃないか」
 げっ、と、ツナは内心でうめいた。
(やっぱ怒ってるんだ――っ!)
 リボーンが酷薄に口角を吊り上げる。目はくりくりしているので迫力はない。
「何を考えてんのか知らねえが、先にいっとく。百年早えー」
 わかってるじゃないか、と、ヒバリが細く囁いた。愉しげに。すぐ傍にいたツナでやっと聞こえるほどの声量だ。ツナはぎょっとした。ヒバリはトンファーを構え、すでに一線を交える体勢を整えている。
「祖父は日本式のマフィアみたいなことをしててね。僕も、報復せずにはいられない性分にできてるんだよ!」
「ヤクザまででた――っっ」
「てめっ、いつの間に!」
 わっとした喧騒と混乱が瞬時に広がる。
 ヒバリの手中にはダイナマイトがあった。獄寺がツナを引っぱってしゃがみ込んだ。すでに着火されている。リボーン……。いや、大量のダイナマイトを所持している獄寺へ向けて投げつけられた!
 リボーンが呆れたように何かを呟く――、正確には、そんな感じの唇の動きが、ツナとヒバリの視界に入った。
「うわああああっっ?!」
 獄寺に突き飛ばされ、ツナは爆風に吹き飛ばされながらがむしゃらな悲鳴をあげた。
「ご、獄寺くん……っ。リボーン!」
 赤い光のなかを二つの影が駆け抜ける。 ほんの一瞬だった。
 大きいほうが小さい方を叩き落したように見えた。小さいほうが何かを投げつける。
 また爆発が起きた。立て続けだ。
 ツナは、今度こそ獄寺が所持していた分にも引火したことを悟った。
「うわっ、うわ」
 炎の渦から逃れるように後退る。
 ――、と、襟首を引き上げられた。ヒバリだ。
「死にたいの? 馬鹿だね!」
「ヒ、ヒバリさっ」
 すぐさま爆発が起きて、目を瞑る。ヒバリが舌打ちした。ここまでか、と、囁く声が聞こえた。
 引かれるままにツナは団地を駆け抜けた。普段から獄寺が爆発事件を起こすので、なんだか爆撃には馴れてきていた町の人々もさすがに動揺したようだ。
 わらわらと飛び出してきた人で道があふれ、ちょっとした混乱状態に陥りつつある。
「な、なんかえらいことに〜〜っ」
 中学校の方へと逃げたところで、ヒバリが足をとめた。綱吉を解放し、もうもうと立ち昇る黒煙に目を細める。
「まぁ、八割はうまくいったかな」
(こ、これだけのコトを一言で終わらせた――っっ)
 ぜえぜえと肩で息をつき、ツナは冷や汗を拭い取った。命がいくつあっても足りない。
 未だにいくつかの新たな爆発が起きている。ヒバリの肩にかけられた学ランがハタハタと揺れた。ツナは、コンクリートに座り込みながら、赤らんだ空ごとヒバリを眺めていた。その容貌は端正で美しいとツナ自身も感じる。が、そこに凶悪な輝きがあってこそのヒバリなのだとしみじみ感じ入ってしまう。(この人、こういうときにすごい生き生きとしてる)
「君は……。また、逃げないんだね」
 振り返らないままで、ヒバリが独りごちた。
 ツナがエッと戸惑いをあげる。両腕を見下ろした。縛られているわけもない。
 再びヒバリに視線を戻し、その後姿でツナは悟った。
(今、逃げてもこの人には追いかける気がないんだ)
 でも、と、続ける。
(俺がどうして逃げるんだ?)
 ヒバリは確かに危ない人物である。病院送りにもされた。逃げるのが自然か。
 しかし足が一向に立ち上がろうとしないのは、ツナのなかでの真実である。ヒバリがふり向いた。
「僕が気になるの?」
「そんな……」
 ツナの顔色が赤と青の間を行き来した。
「こと、は。あ、いや、心配っていうか、危なっかしいっていいますか、あ、もちろん、ヒバリさんは年上だし俺みたいにダメダメじゃないですけど」
「そう」
  どうでもいいように、ヒバリが黒煙を見つめる。
「僕は綱吉が気になるよ」
「え?」
 右の手首が掴まれた。
 食い込むほどに強い力だ。
 強引に立ち上がらせると、ヒバリは校舎とも住宅街とも違う方角へ歩きだした。
「え、えええええっっ?!」
  空はまだ赤く染まっていた。

 

 

 

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