激痛

 

 


 華奢な体が吹っ飛んで、ヒバリはフンと鼻を鳴らした。パキ、と、指を鳴らす。
「僕の前で群れないで欲しいんだけどな」
「ツナ。お前は下がってろ」
 山本が前に進み出る。
 ツナは、動揺の眼差しをヒバリと沈黙した獄寺とに向けた。獄寺は花壇の上で仰向けになったまま動かない。通りすがりの助けは見込めそうにない。中学の敷地内でありながら孤立無援だった。
 放課後のまばらな人影は、揉め事を嗅ぎ付けてそそくさと逃げていく。
「別に、喧嘩を売りにきたワケじゃないんだけど」
「よく言うぜ。ツナを病院送りにしておいて」
「あれ。知ってたんだ」
 ヒバリがにやりとする。視線は、ツナの頭に巻かれた包帯に向かっていた。
 あちこちに絆創膏が貼られ、所々に青痣が浮き上がっている。一週間前に、ヒバリにやられた傷の数々である。肉食獣のような視線に晒されて、ツナは後退った。
「退院してから会ってなかったから。どうしてるかなって思ったんだけど」
 すい、と、ヒバリの足が地面を泳ぐ。
 瞬きの間に懐にもぐりこまれ、山本は目を見開いて後退しようとした。その足にヒバリの靴が引っかけられる。
「君に用は無いね」
 仰向けに倒れた体にトンファーが突き刺さった。
 腹部だ。ビク、と、肢体が痙攣する。うなり声のような悲鳴に、堪らずにツナはヒバリに飛びついた。
 我慢の限界だった。もちろん、一週間前の恐怖を思い出すと足が竦むが、理不尽な暴力に対する怒りも少年にないわけではなかったのだ。
「やめろよ!」
 強い口調にヒバリが目を向ける。
 トンファーをどかし、立ち上がっても、ツナはヒバリの腕にくっ付いていた。
「山本や獄寺君が何したっていうんですか」
「取り立てて僕の害になることはしてないんじゃない?」
 当たり前のように肩を竦め、腕を振る。
 しかし綱吉は平素では考えられないような力で抱きついていた。
「俺が気に入らないんですか……っ。ヒバリさんが何をしたいのかわかんないですよ。俺はあなたのことよく知りません。気を悪くしたんなら謝ります」
 ツナは興奮のままに唾を飛ばした。
「でも、今のこれはなんなんですか。俺をボコって、それでもまだ足りないっていうのかよ!」
「綱吉」
(興奮しちゃってるな)
 頬を押しのけてツナを剥がそうとするが、それでも、どこうとしない。
 軽いため息のあとでヒバリは平手を振り上げた。
「おっと。それはNGだぜ」
 あっけらかんと――しかし、凛とした声にヒバリと綱吉がふり向いた。
 夕焼けのグラウンドに新たな影が落ちていた。影の根元には、カメレオンを肩に乗せた子供が佇んでいる。
「リボーン!」
「赤ん坊」
「チャオっす」
 片手をあげ、倒れた山本と獄寺へと視線をわたす。
 ニコニコとした愛嬌のある口元はいつもの通り。しかし、雰囲気が異様に研ぎ澄まされていた。
 ツナの腕が振り払われた。今度は、ツナは抵抗しなかった。
「ヒバリ。これ以上、お前に好き勝手にさせるワケにゃいかねえな。ボンゴレ十代目が舐められっ放しじゃ困るんだよ」
「ボンゴレ十代目?」
「イタリアンマフィアさ」
(げえっ!! リボーン?!)
「そこのダメな綱吉はボンゴレの遠縁にあたって、次の十代目なワケだ。疑問は解けたか?」
 あっさりと全てが暴露された。ツナは口をパクパクとさせる。
 ヒバリを窺うも、呆気に取られたようにリボーンを見つめるだけだった。
「お前がツナを狙う理由はなくなったな。で、オレのことだが」
 こほん、と、咳払いをする。その目は穏やかではない。
「家庭教師として雇われた殺し屋さ。こう見えてもビッグネームを持ってんだぞ」
 ピク、と、ヒバリの眉が跳ね上がる。ツナは二人の間で何らかの了承がとられたことを察した。
「わかるか? 報復をしなきゃサマになんねえ立場なんだ」
「……――――」
 ヒバリは無言でトンファーを構える。
 リボーンはニヤリとして懐に手を伸ばした。
「さ、さすがに銃はやばいって!」
 振り返る瞳はいつもと同じ。しかしゾクりとした。出されたのは棍棒だった。
「体罰に使うのはな、こういうもんなんだぜ。ツナ」

 

 

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