スペプリでダンス





  涼しげな横の顔つき。柳の眉。胸や尻が全く膨らんでおらず女では有り得なくて、その薄っぺらさが故に、彼は異常な色香のある少年だった。
  女のように細いが確かに顔つきは男のもので、中性的な魅力がみずみずしい。
  ストライプのスリーピーススーツに、大ぶりのマントを肩から掛けて、どこぞの王国の子息の貫禄があった。
「プリーモ!」
  グラスを両手に、男が歩み寄った。
  深青の瞳に水でぐっと薄めた明るい髪色、変わった髪型をしているが服装も同じく変わっていた。ジャケットにフリルが縫いつけてある。
「取れたてのブドウ酒だそうです。どうぞ」
「ありがとう」
  少年は、見た目に反して、少女とは全く違う低く落ち着いた響きを喉から通す。
  大広間の高い天井に目をやった。
「今夜は人が多すぎるな。デイモン、謀っただろう?」
「ん〜。正直、なんのことだか」
「とぼけるな。話が違う」
  やや緊張した面持ちで、プリーモは自分より背の高い男を睨め上げる。
  上目遣いでの威嚇に、男はただ己の目縁を膨らませて応えた。ブドウ酒に口をつけ、プリーモにも酒を勧める。
「呑んだらいかがです。ういういしい貴方を見るのはなかなか楽しいのですがね。言うなれば初夜なのでしょう、そんなに緊張しなくてもいいのですよ」
「べたべた触るんじゃない」
  髪の毛を掻き混ぜてこようとする手袋を避けて、プリーモは窓辺を離れる。
  すかさず、少女達が駆け寄った。
  胴体をきつく締めたドレスを纏って、ダンスの相手を申し込む。ちょうど、ヴァイオリンの演奏が始まった。
「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「どちらからいらっしゃったんですか?」
  きゃあきゃあした騒ぎが、紳士淑女の視線を掻き集める。プリーモは押し合いへし合いの中心にいたがスラッと立っていてそれどころかキョロリとした。
「ヴァイオリンですよ」
「デイモン」
  後ろから伸びてきた手が、振る舞いに困っているストライプスーツの少年を回収した。
「こちらではマンドリンなんて流行っていないのです。シチリア音楽なんて田舎臭い」
「悪く言うのはやめろ」
「それは失礼。さあお嬢さん方、散ってください」
  肩を抱えつつも、スペードは顎をしゃくらせる。
「正式なデビューはまだです。今回はこの子は私のお付きですから。ダンスの申し込みは次の機会に!」
  にこっと笑いかけてから、少女達が絶句しているのを尻目に踵を返す。少年の脇腹をつついた。
「気をつけてください」
「何かの狩り場か? ここは」
  襟を正しつつ、プリーモは怪訝そうにする。
  壁際まで下がると、前髪が乱れているのでスペードが下から触って、元のようにフンワリさせた。
「ああ」
  長い睫毛を伏せて、プリーモはスペードの手が引くのを待った。その時間は僅かに数秒だったがデイモン・スペードの瞳孔がふくらんだ。
  プリーモは、主が執事の奉仕を受け止めるのと同じくまったく違和感のない態度で、男に身を任せる。
  そっとして伏し目がちの瞳の横に右手が宛がわれた。
「ん〜。すばらしいフィギュアです。服も私の見立て通りにしてくれればよかったのに」
「オレはこれでいい。そろそろ脱いだほうがいいか」
「そうしてください」
  かつん、カカトを鳴らして歩きだして、プリーモは手早くマントの留め具を外す。
  モーセの海割りを思いだしますね。口元にかけた指の奥で男がうめく。少年が歩いていくだけで、凛とした空気が漂い、人々がふり返った。
  ヴァイオリンの演奏がこだまする。先に踊っていた男女が、プリーモのために道を開けた。
  大物が踊るとでも思ったのか召使いが走ってきて、両手を差しだした。プリーモはごく自然にマントを預けてふり返る。
「どうした、デイモン」
  右手を差しだし、炎瞳を細めた。
「オレに踊り方を教えてくれるんだろう?」
「ん……んふふふ」
「?」
「ふふふっ」
  自らもかつかつと歩み寄り、プリーモの手を取りながら、スペードは感激のあまりに手の甲に口づけた。
「おい」さすがに、プリーモが渋面になる。男はうっとりとしていて話を聞くそぶりもなく断言した。
「これです。今の世界に欠けているものはあなただ。ボンゴレファミリーは流行りますよ!」
「……お、おまえ、本気でファミリーの資金調達に手を貸すつもりなんだろうな……? そもそもなぜダンスなんて」
「いいのです。これで。さぁ踊りましょう」
「見られてるぞ」
「こういうものですよ!」
  この社交会が大陸有数の資産家主催のものであるとか、大物ばかりが集まっているとか、プリーモは知らなかったが、シチリア島に帰った後でデイモン・スペードがデートやダンスやらをさんざんに自慢して回っているとは知った。
  デイモン・スペード以外のほぼすべてのファミリー構成員に苦情を言われたからだ。










10.10.26

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