後日談(企画)(のおまけ)
『零に触れる+α』
手を合わせた。
ナムナム。
呟くと、骸は不思議そうに綱吉を見た。並んでしゃがみこみ、こんもりと盛り上げた土に向かっていた。
「日本の慣習ですか」
「そうだよ。冥福を祈るの」
テンちゃんの墓、と、割り箸にマジックで書いてある。雑木林を進んだ先。開けた場所に決めたのは綱吉だった。
雨雲も去って、空からは乾いた風が吹く。
真剣に祈る傍らで、六道骸はつまらなさそうに頬杖をついた。
太陽に向けた両眼をすぼめる。
「明るい場所ですね。ここなら、死肉も新たな栄養となって木々に還るでしょうよ」
まあ、サボテンにどれくらいの栄養があるかは知りませんけど。続けて呟く。
「…………」
祈ったまま、だが、
「まごころを感じますね。寂しくないよーにこの場所を? 花も多い。綱吉くんはいつから植物フェチになったのですか」
ぶちぶちと文句をくり返すのには、こめかみがヒクついた。肘でつつく。骸はちょっと嬉しげに声を弾ませた。
「何も喋らない相手より、僕の方が面白いでしょう?」
「骸さん、少し、黙って欲しいんだけど」
薄っすらと視界を開く。
割り箸を見つめていると、頭の横を人差し指の腹がツンとつついてきた。
「この頭の中が観たいものですね」
優しげに言うが、本心は荒れているのだろう。彼に常識が通じないことは綱吉もよく知っている――、ので、早々に切り上げた。
「テンちゃん。おやすみ」
盛り上がった砂を上から撫でる。
隣にしゃがみ込んだ彼は、無表情で割り箸を見下ろす。オッドアイの冷えた輝きに呆れた。
「骸さん。オレは骸さんのことだけ考えてるよ」
ちょっとあからさますぎて彼の機嫌を損ねるかと思ったが、やっぱり損ねた。フンと鼻で息して立ち上がると、六道骸は取澄ました顔をする。
「別に。君が馬鹿げたコトをするからつまらないだけです」
先に家に戻ろうとするので、追いかける。
草木はカラリと乾いていた。
すぐ終わる用事だったのでコートは着ていない。少年二人は似たような格好をしていた。上下を黒で固めて、夜になれば闇に紛れてすぐに隠れることができる姿だ。骸のは趣味だったが、綱吉のは骸の強要だった。
彼は、枯れ枝を一本、手に取った。
ジッと枝の先を見て思いついたように顔をあげる。
「今夜は外で食事にしますか」
「うん? いいけど。なんで?」
「僕がそういう気分だから」
「あ、ああ。そうなんだ。わかったよ」
唐突なわがままにもそろそろ慣れてきた。
「バーベキュー用の器具、借りてきます」
ここ数日、浮気を疑って近所を訪ねたせいか骸は奇妙なコネを手にしたらしい。ギョッとしたが、夕方には彼は宣言通りにバーベキューの支度を始めていた。
裏庭には古い木製テーブルがある(綱吉にすればテンちゃんを置いていた懐かしの場所だ)。その上に食材を置いてまな板を載せて、包丁でもって、トウモロコシを六つに等分して切った。これも夕方に骸が買いだしてきたものだ。イスは家内から引っぱりだした。
他の食材を切り分ける途中で、火を焚く彼を盗み見てみる。特に表情もなく、黙々と準備をしていた。夜が更けて、やがて月が出た。
じゅうじゅうとした白煙が空に昇る。思わず喉を鳴らした。
どういう風の吹き回しかは本気でわからないが、スパイシーな香辛料に鼻腔をくすぐられると食欲にグッとくる。それに、こういうレジャーなイベントは、無条件に胸がときめくものだ。
綱吉の様子に、ようやく骸が微笑を浮かべた。肉をひっくり返してみせる。
「そろそろ焼けましたかね」
「お、お腹空いた……」
「僕もです。綱吉くん、そっちのトングも使っていいですよ」
軽く頷いた。丁度、胃袋も鳴りだした。
「いただきますっ。うー」
炭火で焼かれた牛肉は噛んだ途端に肉汁が漏れだした。相好がゆるむ。骸も満足げに喉をうならせた。
「うん。奮発した甲斐がありますね」
「柔らかい。お肉、うまいよこれ」
「僕の舌でもおいしいと感じるからには君には相当なんでしょうねえ」
「と、トゲのある言い方するなぁ」
引き攣ったが、しかしホッとした。ようやくいつもの調子だ。
思い切ってみることにした。
「骸さん、どうしてバーベキューなの? テンちゃんのこととか、その――、ケンカのこととか、まだ怒ってるのか?」
「そこまで度量が狭くありませんよ」
パチパチ、火の粉が爆ぜる。
赤らんだ光が左右に揺れながら骸の横顔を照らした。
彼はいいにくそうな顔をする。
おいしい食事は人を満たされた気分にする。トウモロコシを齧りつつ、綱吉はゆったりした気分で彼の言葉を待った。そのうち、骸もトウモロコシを軽くしゃりしゃりと齧りだした。半分ほど食べたところでふり向く。金網の下で、震えながら踊る火の手を見つめるだけだったオッドアイも、一緒にふり向いた。
「君が好きです。何よりも」
「う、うん」
「僕には君しかいないのに、」
一切の揶揄なく本気で言っているよう見える。赤眼と青眼の表面には月明かりが映る。
「そうやって気軽に僕以外のものにも愛を注ごうとする綱吉くんを見るのは……いやですよ。本当に。つらい。君は僕にどうなって欲しいんですか? 優しくすれば僕だけ見てくれるんですか?」
綱吉の手からポロリとトウモロコシが落ちる。
予想外の言葉に絶句していた。いつ優しくしたんだ、と、真っ先に浮かんだのはそんな糾弾だったが、次には何故今更そんなことを言うのかと思った。骸は淡々と妄執とすら言えそうなセリフを並べていく。
「ちがうくせに。優しいだけだったら、綱吉くんは、絶対にふり向こうとしなかった筈だ……。昔、奈々さんと共に住んでた頃だって僕が冷たかったから必要以上に気にかけたでしょう?」
「何言ってんだよ。骸さん! テンちゃんはそりゃオレを慰めてくれたけど――、愛を注ぐって、バカかっ。次元が違うだろ。次元がっ!」
骸は首を振る。納得できないようだ。
「こんな辺境まで逃げてもまだ足りないなら。色々と考えもします」
声に奇妙な熱がこもる。
危険信号だった。
素早く察知して綱吉は骸の肩を掴んだ。挑戦的に睨み返された。
「君を抱いてるときが一番安心できる。あれくらい密に繋がっていれば疑えたりしません」
「骸さん。落ち着いてください」
「落ち着いています」
「うそだろ! ホラ、水! 水でも飲んで!」
突き出されたコップにオッドアイが丸くなる。すぐさま、悔しげになった。
「僕は……。君に喜んで欲しくてこういうこともしているんです。好きなんです。僕が君以外はぜんぶどうでもいいって知ってるでしょう? もう少し僕に……」
「お、おまえなぁ……」
反応に困って黙り込んだ。
しばらく綱吉を見つめたが、一向に動かず喋りもしないので、骸は嘆息した。金串を取って食む。
「はぁ。まぁいいですけどね。とにかく、昨日の君はすごい乱れてくれて可愛かったですよ」
「な、なぁっ?! いきなり何だよ」
「テンチャンとやらに見られていつもより感じるなんて変態ですね」
「ハァ?! おまっ、そーゆー歪んだ解釈を、って、あ、アツッ! あむぐっ」
「ほらほら。僕のフォークから食事ができないとでも?」
意地悪い目をして、フォークに刺した野菜をグイグイと綱吉の口に押し込もうとする。乱暴な仕打ちに腹が立って綱吉は骸の手からフォークを奪った。
「悪趣味なマネはやめろって言ってるだろ!」
「やめろと言って悪癖が簡単に治るものなら人類は幸せですね。例えば綱吉くんがすぐ妙なものに共感したりするところとか治るでしょーよ」
「悪癖というなよそれをっ」
「そういう君が好きですけどね。でも僕以外にそういう振る舞いをするのは許しません」
(む、ムチャクチャだな?!)
肩から力が抜けた。脱力していた。イスの背もたれに体重をかける。
口に突っ込まれたネギをもぐもぐさせつつ考えてみた。何を起点とするか――それを踏まえれば骸の行動は意外と簡単に解明できるものだ……。彼の世界の中心が何かを思えば、答えを出すのは簡単なのだ。骸との放浪が長くつづいているので綱吉も学習した。
ごくんと口中のものを胃に下す。
「オレが食い物でつられると思ったってコトですよね。骸さん。一応、ケンカの詫びのつもりで今朝から動いてたんだ?」
「そういう解釈も成り立ちますね」
平坦な調子で応えるが。オッドアイが金網の下にくすぶる火の手を見つめた。
静かな声が訂正をかけてきた。少し、恥じ入るように震えた声でもある。
「そういう解釈をしてほしい、ですね……」
心臓の裏側が痒くなる気がした。
既に何度も体を重ねたし一般になんと呼べる間柄にあるかは承知している――、それでも、なんだか骸の目を見れない気分だった。彼と同じく火の手を見つめたりした。
食事を終えると、片付けの途中にそれとなくキスをしかけられた。
「……肉の味が。色気がないですね」
「そのセリフ、そっくりそのまま返しますからね。骸さん」
「おや。生意気だ」
小首を傾げつつ、苦笑をする。
骸はその顔を保ったままで綱吉の頭を撫でた。
「先の数日間、君に全然触れてなかったから色々と溜まってるんですけど……。まさか一夜だけで僕が満足したとは思いませんよね?」
「あ……? そ、そうなんですか……?」
宴もたけなわのホノボノしたムードに流され、油断していたので、慈しみを込めて撫でられるのに素直に喜んでしまったが。さっと青褪める。綱吉を見下ろす六道骸はニコニコした笑みに切り替わっていた。
「イヤじゃないですよね?」
「えーと……。その」
言いよどむ間にも、額を唇で吸い上げられる。
血の気の引いた困り顔を堪能して、骸は上機嫌でトドメを刺した。
「イヤといっても付き合ってもらいますけどね。今夜は。僕がコレだけやる気なんですから」
あ、やる気なんですか……。
小声でうめきつつ、前髪の付け根へのキスを受けつつ、達観した気分になった。
なぜだか枯れかけたサボテンを思いだす。やっぱり、あれは、六道骸に似ていた。どこがというと――。そこまでで、綱吉はハタとする。心臓の裏がまた痒くなった。
(もしかして、オレって)
寂れた風情のものを見ると、何でも骸っぽいと解釈してしまうのだろうか。考えると末恐ろしくなる。毒されてきている。
「綱吉くん。愛してますよ。……先にシャワー浴びてきてもいいですよ?」
「い、いや。いい。気を使わないでください」
頭痛が起きたとばかりにかぶりを振り、トングを取った。使い終えた炭を袋に詰める。
「?」
骸は少しだけ不思議そうな顔をした。
雲が少ないので、月明かりが途切れることがないので、互いの眼には柔らかな光が映った。
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08.3.7