魚の血脈

 

 

 


 
 少年は張り切って人差し指を立てた。
「何の解決にもなりませんけど。よく言うじゃないですか。テレビとかマンガで、血を分け合った兄弟とか心で結ばれた兄弟とか。俺たちは輸血もしてるし心も結ばれてる。そうでしょ?」
 返答はなかったが、ブラウンは瞳に満たした自信を揺らがせようとしなかった。
「代わりになれるかどうかはわからないけど、骸さんも俺を弟だと思ってください。リボーンも兄貴って思ってやってください! 俺たちは本当の兄弟よりも兄弟らしくなれますよ!」 
 表情を固めたまま骸が綱吉を見下ろす。
 やがて、眩しいものをみるように両目と眉根が顰められた。
「何を言ってるんですか。正気を保ってますか?」
「当たり前ですよ。昨日は寝る時間がたっぷりありましたから」
「……僕を、家族として受け入れるっていうんですか……?」
 二の句は飛び出ようとしなかった。逡巡の後に、語ることを放棄してうな垂れた。稲妻状に走った分け目を見せられ慌てたのは綱吉だ。両腕は不規則な動きでテーブルの上をさまよった。
「うっ。うまく言えないんですけど。お、俺はそう思いますからね?!」
「信じられませんよ、君という人は」
 かすかな声は、震えていた。
 指の間からコーヒーカップが滑り落ちていった。
 がしゃんと短い金切り声。磁器の破片と黒い液体がフローリングに広がった。
 骸はカップには目もくれず、憔悴をにじませた青目で綱吉を見上げた。カップを失くし、空いた指先でもって、ゆっくりと前髪を掻き揚げる。流れ落ちた頭髪の一束が視界を覆い、そのために視界が遮られたことが我慢ならなかったのだ。
「信じられませんか?」
 いささか声を震わせて、綱吉。
「ええ。でも、きっと君の言う意味とは違う。本当に、どうしてそんなに……」
 戸惑うブラウンに、骸は物思いに沈んだ眼差しを投げかけた。
『どういう意味なんだよ? ……カップが割れたけど』
 一向に動かない骸を見つめ返した末に、いささか強張った動きでティッシュを引きだした。薫りの立ち昇る水面に浸せば、あっという間に黒くしおれた。
 替えを取ろうと顔をあげて、その眉根が歪んだ。
 裂かれたような熱が指先に沸いたのだ。
 反射的に持ち上げた腕を、前から抑えたのは骸だった。
「止まって。破片が食い込むと面倒ですから」
 テーブルを回り込み、綱吉の横へと移る。人差し指に縦に赤い線が滲んでいた。
 骸がゆるく叩くと、ぽろりと白い磁器の破片が液だまりへと落ちていった。けれども、青い眼差しは人差し指ではなく、綱吉をひたすらに見下ろしていた。
「深くは、ないようですね……」
 噛みしめるような台詞で、指先を拳で握り込んだ。
「骸さん?」握りこんだまま、反対側の腕を綱吉の背中に回りこませる。
 ギュウと抱きしめられる格好になったが綱吉は逃げなかった。ぬくもりを確認するような抱き方だったからだ。伏目がちの青と、噛みしめられた唇があった。
 喉にホネを引っかけたような声で綱吉が尋ねた。
「あの。よろこんで……くれて、いるんですか?」
 室内の電灯に照らされて青目の表面には白光が浮かぶ。
 左右に揺らぐのを追いかける内に綱吉の両目が丸くなった。体が小刻みに震えていることに気がついたのだ。骸は、震えを隠すことを諦めていた。
 眉根を八の字にして、なおさらに抱く腕に力を込める。
「もちろんですよ。ありがとう。君は、ほんとうに……。不思議で」
 瞳の上で、白光が裾野を広げた。
「僕にそんなことをいうバカは君だけですよ。どうしてそんなに僕に優しくしてくれるんですか。僕は……。君が言うほど、人が好いつもりもないし優しくもないし、誰よりも自分を優先する汚れた性根の男ですよ」
「ウソでしょ。骸さんは俺とリボーンを助けてくれる」
「…………」コツと、綱吉の額に当たったものは顎だった。
 青目を閉じ、俯きながら瞑目する。眼球だけを上向ける綱吉だが、骨のラインが浮きでたうなじとスウェットの黒色しか見えなかった。その内に、まるで一つの体であるかのように、お互いの体温がお互いに移っていった。沈黙は気まずいものではなかった。
 骸が目を開けたのは、控えめな重みが両側の肩にかかったからである。
 小鳥が乗るほどに柔らかなやり方で、綱吉は骸を抱きしめ返していた。
 重力に逆らって、四方に伸びるブラウンの髪の毛が視界で踊る。触れれば気持ちがよいのだろうと、胸中でうめいてつむじを見下ろした。
「君が、僕の家族?」
「はい」「弟?」
「はい!」やや体を離して見上げれば、目を窄めさせる六道骸がいた。
 皮肉るように眉が歪んでいたが、青目は白い光を揺らがせて唇は震えながら笑っていた。
「では、君に性根が汚れたところを見せてあげましょうか。僕って負けず嫌いなんですよ」
「は、はあ? まあ……そんな感じはしますね。でもそれは悪いことと違うだろ」
 指先がブラウンの毛筋に潜り込み、わしゃわしゃと撫で回した。
「天然記念生物にしたいくらいですよ、君のその性格!」
 綱吉が声を張りあげたが、楽しむような色が濃厚だった。
 ニィッと唇をあげて、しかし、骸は目蓋を半分までおろしてうめくように囁いた。
「申し出は嬉しいですけど二番目の兄っていうのが気にくわないですねえ。それじゃリボーンの下でないですか。もっと別のもので、君の一番になれるものはないんですか?」
「ぃちばんん?」濁った疑問に、骸は深く頷いた。
 半分はからかいだが、半分は本気だ。
 やや間を挟んで姉と弟がいないと呟く声があったが、即座に却下をした。
 間を置いて、今度は、骸が思いついたように「父親」と言った。綱吉が噴いた。
「なにバカなこと言ってんだよ! 父さんは出張中っ。兄貴で満足してくださいよっ」
「探せばあるでしょう。ほら、例えば――」
 ぱっ、と、極めて自然に浮かぶ言葉があった。
 二文字の。主に男女間で用いる言葉。くっ、と喉が鳴った。
(本当にバカですか僕は)一瞬、そうした図面を想像したのだ。綱吉と腕を組み一般的にそうした間柄にあるものがするだろうことを行う。自嘲ともつかぬ笑いを貼り付けたままで切り捨てて、思考を進めようとした――が、底なしの沼に片足を落としたようで、一歩も考えが進まなくなっていた。
 愕然と青い目を見開かせて、綱吉を見下ろした。
 ……体の中身が沸騰したかのような錯覚。
 加えて、さあっと血の気が引いて、全身が石になったような心地がした。だが、自らの行動を思い返せば思い返すほどに、悪寒は酷く大きく強くなっていった。
 綱吉が女と待ち合わせる格好だと言った。
(そんなつもりはありませんが、よくよく考えれば身支度に二倍はかかった)逃げだした背中には、腹が立った。そして悲しかった。追いかけなかったのは、追いついたら何をするかわからなかったからだ。ベッドに潜ってからも寝付けなかった。体は睡眠を欲したが、
(脳裏にこびりついて離れなかった。綱吉くんが――)
「? どうかしたんですか」
 不自然に骸が体を震わせた。反射的な動きで一歩を後退る。
「骸さん?」ぶんぶんと頭を振り回し、弁明するかのように両手を肩まで引き上げた。
「いえっ。ちょっと。なんか……。まさかとは思うんですけど」
「? ちゃんと喋ってくださいよ」
「そ、それだとあまりに……」
「なにが?」
 ブラウンは丸くなって骸を見上げた。
 上目遣いというのは魔力がある。骸は自らに詰問を向けるよりも手っ取り早い方法を取った。戦慄きつつも、下がった分を詰め寄って元のように腕に収める。綱吉は眉を顰めた。
『なんだなんだ。何がしたいんだ……、骸さん』
 それこそ僕が訊きたい、胸中で囁き骸は同種の詰問を自らに課した。
 重ねれば重ねるごとに腕が離しがたかった。ブラウンの毛筋に顔を埋めれば、少年の、彼の匂いを感じ取れる嗅覚に気付かざるを得なかった。そして、その匂いをよいものと感じる心にも。
 脳裏で赤いシグナルが明滅したが、少年は、沼に底があることを確信してしまっていた。
 対岸にあがるには覚悟を決める必要があった。認めてしまえば、以前のように意味なく見つめることはできなくなる。それがこの感情の特徴であって罪深いところだ。常識だとか理性だとか、そうした単語が浮かび上がっては消えた。
 ぐるぐると巡る思考は数分にわたり、綱吉は完全に待つ体勢に入っていた。
 骸は長くため息を吐いた。この無抵抗を喜ばしいと感じる時点で勝敗が決している。
 顔をあげた気配を覚えて、綱吉が問い掛けた。
「よくわかんないんですけど。もう大丈夫なんですか?」
「まあ……。おかげさまで」
 伏目がちの青い瞳が細くなった。
(このまま離せるほど人格ができた覚えはないな)
「さっきの話ですけど。例えば、恋人とか。位置は空いてますか」
「はぁっ?!!」
(あ、予想通りの反応)
 綱吉はさらに目を丸くして、わずかに顔を青くさせた。
「空いてるかってったら空いてますけど……。えぇ?」
「そうですか……。なら問題はないわけですね」
 骸が短く息を吐き出す。いっそいると言われた方が幸福だったかもしれないと心中で洩らすが、それはそれで大問題だと反論する声を聞きつけて遠い目をした。部屋をぐるりと見渡す。
 腕の中で抵抗がはじまった。さらに強く縛めてくることに恐怖を覚えるより、恋人という言葉の意味をすみずみまで理解して衝撃を受けるよりも、あっさりと問題がないと言い切られたことに仰天して、綱吉は引き攣った悲鳴をあげていた。
「ま、待ってください。前提がおかしい。骸さんオトコ」
「今となっては女でも幸せかなぁって気がします」
「何いってんですか! わっ、ちょっ。なにをっ?!」
 泣きの混じった悲鳴をあげて、綱吉は肘をソファーに乗せた。
 骸が押して、追いつめたのだ。
 体温の上昇を二人ともに感じていた。骸は、影下に追いやった少年を見下ろした。
 下向けば絶妙の位置に前髪が垂れてきた。上気した頬を隠すのに都合がいい。
「僕が嫌いですか?」
「え、ええっ。す、すきだけど」
『なんかおかしくないか? この状況なんかおかしいだろ?!』
 スッと伸びた人差し指と中指とか、並んで綱吉の首筋を撫でた。
 骸と綱吉と、二人ともに、内側が粟立つ感覚が芽生えた。首を竦めた動きに従って、さらにずるずると体がソファーに沈み込む。骸の片膝がソファーに乗れば完全に覆い被さる形になった。
「なら」ブラウンの先で、睫毛が細やかに震えている。
「なら、いいでしょう。僕も好きです。愛してます――」
 影の下で、綱吉がゆるく頭を左右に揺らした。目尻には光るものが滲んでいる。
 脳天を焼く光源がすべてを覆い隠すようで、骸にはぼんやりした輪郭しか見えなかった。瞳孔の開きを自覚して、視界を確かなものとするために腰を屈めた。すると目の前にうなじがあった。
 縮んだ距離と間近に迫った青目に、綱吉が短く息を飲み込む。
 その空気の流れを、左の首筋に感じた。その一箇所から背筋へと氷が駆けた。
 意識するなりくらりと目眩を覚えて、骸の思考が潰された。眼前の肌が綱吉のものだと気がつくのに数秒がかかった。ぺろりと舐めあげていた。
「っ?! む、骸さ……」
 背中にまわった腕が、引っぺがそうと言う明確な意思を持ってスウェットを鷲掴む。しかし骸は逆らい、耳の裏までを丹念に舐めていった。やがて耳朶を食んだ。綱吉が全身を硬くさせる。
「あとで殴ってください」ギュウと眉間を寄せて、熱に浮いた声音で囁いた。
 骸と綱吉は小刻みな呼吸を繰り返し、滲んだ汗で肌と呼吸とが上気していた。
 じいぃっと切るような大声をあげてジッパーが引きおろされる。パーカーの下に着たトレーナーの、裾から手のひらが滑り込む。綱吉は顔面を蒼白にした。
「どッどこ触って。うわっ、骸さん! 離してくだ、さっ……!」
「綱吉くん、落ち着いて。暴れると痛くなるかもしれない」
「なんちゅー意味ですかソレはッ。だ、誰かー!」
「あっ。ダメですよ。逃げるのだけはダメです」
 しっかりと綱吉の肩に体重を乗せた――乗せようとしたところで、異変が起きた。
「!!」ピタリと骸が動きを止める。相貌が驚きに歪んだ。
 綱吉は目を丸くして腰に跨った少年を見上げた。目尻には涙がある。
『な、なんだっ?』虫の羽音のように、キイイイィィ……と、何かが鳴っている。
 動かない骸の代わりに、顎を上向けて扉を見つめた。ソファーに仰向けに倒れているので、扉の前に立つ青年が逆さまに見えた。すらっとした細身と漆黒のコートと、頭頂部が台形の帽子。
 両の瞳はコバルトブルーの光を放ち、逸らされることなく骸を凝視していた。
 内心で舌を鳴らす骸と反対に、綱吉は歓声をあげた。
「リボーン!」天の助けと言わんばかりの安堵が混じっている。
「何やってんだよ……。おまえら。骸の趣味か?」
 混乱に濡れながらも綱吉は頭を左右に振り回した。
 リボーンが頷き、ソファーから自ら転げおちた少年を背中に庇った。骸がうめく。
「人魚の魚人拘束スキルですか。何のつもりだ? まだ食べる気でもあるんですか」
「ざけんな。テメーはこの状況をどう弁明するつもりだ? 食事ってか?」
「おや。そんな下劣な目で僕たちを見たんですか。ただ話してただけですよ」
「茶飲み話でどうやったらソファーに倒して服脱がす展開になる」
「スキンシップに悪ふざけが混じりました。やりすぎたことは謝りますよ」
 売り言葉に買い言葉だ。四つの青目がバチバチと火花を散らした。
 コバルトブルーはカラーコンタクトの下からでもハッキリした明度を保っている。鮮やかな青光は室内に裂くような冷気をももたらしていた。あるいはリボーンの全身から立ち昇る殺気がさせたのかもしないと骸は考えるが、綱吉はこの冷気も人魚のものと信じ切っていた。まじまじと、コバルトブルーに輝く二つの瞳を見上げる。
 その眼差しには畏怖が混じっていた。リボーンが密かに舌を打つ。
 目を閉じて、開くとコバルトブルーの光は失せていた。
 骸が、フウとため息をついて膝を折った。涙目で困惑する綱吉と目が合う。
 クハハハハハハと豪快に笑いだされて、少年は心底から驚いた。
「む、むくろさんっ?」
「はは、はははははっ。すいません」
 目尻を拭うが、堪えきれないといった様子で再び笑いだす。
  リボーンが盛大に顔を顰めたが、綱吉はリボーンと骸との間でオロオロとしていた。やがて、骸は眉間にシワを寄せた。しかし口をニッコリさせて人差し指をたてる。
「いやはやっ。驚かせたならすいません。あんまり嬉しかったから、からかってしまった。舐めたりとかは度が過ぎましたけど……、くふふ。綱吉くんもまんざらじゃなかったみたいで」
「なっ。何いってんですか! 冗談じゃないですよっ」
「でも冗談なんですよねえ。綱吉くんてば本気で怖がるから、ついノッちゃって」
「つ、つい乗っちゃうって」思いもしない言葉に、綱吉が絶句する。
 先程よりも力強く頷いて、骸は、思い切りヒトの悪い笑みを返してみせた。
「面白かったですよ。綱吉くんてば、真っ青になったり真っ赤になったり!」
「そ、それって……。いくら何でも、ひ、ひどいですよ骸さん!!」
「クフ。こんな二番目のお兄さんはダメですか?」
 けらけらと大声で笑い飛ばして、腰をあげる。
 冷めたココアのマグカップを取り上げると、憮然とした面持ちでリボーンが歩みでた。右手に下げたスーパーの袋をずいと差し出す。中には、パック入りされた寿司の詰め合わせがあった。
「たまにはオレも見舞ってやろうかと思ったんだが」
「ああ、それはどうも」
 投げやりな応対を隠しもせず、受け取る。
 リボーンは眉間に刻んだ不審を矯正しようとはしなかった。
 爪先から頭のてっぺんまで、じろじろと骸を眺め回す。彼はひとつの結論に達したらしかった。綱吉に聞こえないほどの微声でもって、うめく。
「オレの目が青いうちはツナに触れさせねー」
「ほう……。誤解ですよ」
「そンなら聞き流せ」
 視線を真っ向からぶつけた。
 骸もリボーンも引かない。やがて二人は、同じタイミングでニィと口角を吊り上げた。
 上等だと、叫ばんばかりに厭味を込めた笑顔だった。両者共に、さらに眉間をシワ寄せるが、それでも唇は笑っていた。バチバチと飛び散る火花はドス黒く、殺気がたちこめたが、自らの考えに沈んだ綱吉はテーブルを見下ろすだけで一向に気がつく様子がなかった。
『ビックリしたけど、そーだよな。骸さんがあんなこと本気でするわけがないし』
『恥ずかしいなぁ! ちょっとマジにしたじゃないか……』
 そろそろとした動きで、自らの首筋を辿る。
 触れれば、いまだにぬるりとしていて、綱吉はにわかに耳を赤くさせた。
「綱吉くん! ココアのおかわりはホットでいいんですよね?」
 異様な大声だったが、綱吉は不審に思うことなくハイッと元気な返事をやった。
 台所に引っ込む骸を睨んでリボーンが浅くため息をつく。綱吉の隣に乱暴に腰かけ、うめいた。
「バカが、食い物に釣られて喰われんなよ」
「リボーン。ココアは呑むもんだよ」
 綱吉が目を丸くするので、リボーンは続けてため息をついた。
 勝ち誇ったような笑みを浮かべるのは骸だった。のれんの下から顔だけをだしている。
「そこの巨漢は水でいいんですか?」「コーヒー!」
 骸が盆を抱えて戻るなり、リボーンが言った。
「今、聞いた。弟だって? テメーは鏡みて自分のガラを知った方がいいんじゃねえのか」
「ご心配なく。これでも大昔には兄と慕うヒトがいましたから」実際は、彼をしょっちゅう泣かしたのだが、骸はその点は伏せておいた。心臓がヒヤリとした冷気に当たったのは、思い返した男の顔が骸骨に塗り変わったからだ。
 青目に陰が伸びるが、しかし、覆い尽くされる前にリボーンが軽口を叩いた。
「どうせお前のことだ。いじめてたんじゃねーのか?」
「…………」「おお、黙った。ズボシだな」
「それを言ったら君は綱吉くんを虐待してそうですよ。パッと見、今の君はマフィアじゃないですか」
「んだとぉ?」「まーまー。二人とも、落ち着いて落ち着いて」
 頬に汗をたらしながら綱吉が間に入る。
 フンと目線を反らすリボーンと骸に、しかし、綱吉は微笑んで見せた。箸でタマゴをつまんだ。
「本当に一人増えたみたいだよね。兄弟の団欒って、こんな感じですよきっと」
「……そうか?」リボーンが眉を顰め、低い声で尋ねる。口からイカの刺身が垂れていた。
「喧嘩するほど仲がいいー、とか、いいだすつもりですかまた君は」
 呆れて返す骸だが、彼が思うよりも力強く綱吉は頷いた。
「僕にはよくわかりませんよ」
 ひょいと箸でカッパ巻きをつまんだ。糊が黒光りしている。
 大昔、一緒に暮らした少年と青年、老人たちを思い出したが、以前のように胸が裂けるほどの哀傷は生まれなかった。骸は先ほどのリボーンとの会話を思い出した。
 ああしたことの積み重ねで、傷は癒えて、
(いくのかもしれない) しゃりしゃり音を立ててキュウリを飲み込み、呟いた。
「こういうのも、悪くはありませんが……」
 二人は目を見開かせた。
「? なんですか」
 やがて綱吉が笑い出して、リボーンも笑った。
 特に綱吉の笑い方は遠慮がない。
「変なとこで変ですよね。骸さんって、たまーにかわいく見えますよ」
「はあ? 褒めてンのかけなしてるのかハッキリしてくださいよ」
「今のは褒めてるだろ」リボーンがくつくつ肩を揺らした。
 そうそう! 声を大にする少年を、半眼で睨みつつも骸は胸中で囁いた。
(もう僕への警戒を解いてる。まさか、本気でさっきのが冗談だったと思ってるんですか?)
(お人好しすぎる……)綱吉はいまだ楽しげに口角を笑わせ、カンピョウをつついている。
 急ぐ必要はあるだろうかと、二つ目のカッパ巻きを取りながら考えた。沢田綱吉の交友関係を洗ってみないとわからないが、骸の勘は他の虫はいないだろうと告げていた。
「まあ、しばらくは兄弟で満足しておくとしますか」
「あん? 何の話だ」「こっちの話です」
(時間はあるんですから。ゆっくり、歩みよれば)
 部屋を流れる穏やかな空気には熱が混じり始めていた。空調設定が効きだしたと感じたが、彼が、暖房器具を付け忘れたと気付くのはしばらく後だった。
 外では枯葉が巻き上げられている。不思議ですねと囁いた。
「俺もいるしリボーンもいるし、骸さんもいますからね」
  すぐ隣で声がした。綱吉だ。

 

 

 

 

 

 

おわり

 

 

 

 

 

 

 

 


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>>つぶやき(反転
魚の血脈後日談「泳ぐより歩く」でした。
本編の血みどろなムードとは離れて骸×ツナ的にはやっと本編に入ったぞ な、気がします。

お兄さんをやりつつも耽々と綱吉さんをものにするチャンスを伺う骸さん
警戒するリボーン よくわからないもスキンシップの多い兄が増えたと思ってる綱吉さん
が、この後の彼らのデフォルトになるんでしょーか(笑)
お付き合いありがとうございました!