うつ伏せになってディーノの膝に寝そべる形になっていた。驚くも、綱吉は急いで体を起こした。興奮していた。
「ディーノさん。今、ボンゴレプリーモと会いました!」
「ツナに似てただろ?」
昼下がりをとっくに過ぎている。差し込む光は低くなっていた。戦闘の痕は倒れた木々や巨大な地下空洞に残る。
「あ」綱吉は間抜けに声をあげた。
周辺を見回して、ディーノの肩越しに少年と視線がぶつかったからだ。
交差点から、緊張が走る。
「なんだ。平気じゃないの」
ぶっきらぼうに吐き捨てて、ヒバリは踵を返した。
腰に手をやって明後日を向く。
その後ろ頭をまじまじと見やって、まさか心配してくれたのかなと、性懲りもなく考えてしまった。なので彼にも問う。
「……あの、骸は?」
「知らないよ」
ヒバリは不機嫌にうめく。
「どっか行った。気になるワケ?」
「あ。そんなことないです。……ありがとうございました、ヒバリさん」
「なにそれ。はん」
イライラしながら、まだ口の中で何事かを含んで、無理に決着をつけるみたいにして早口で宣言をする。
「ツケだから。返しなよ」
「わ、わかりました」
「ツナ。残念だけどそろそろ――」
ディーノが切りだしたのは、別れの誘いだ。
夕暮れに染まる前にはいかないといけないらしい。綱吉は、もう、彼を質問攻めにはしなかった。困らせたくない。
初代ボンゴレの言葉のひとつひとつはやや遅れて胸に沁みる。大きな余韻を残していた。
「……帰りを待ってる人たちがいるんですよね。ディーノさんには」
「ああ。イタリアにな」
お互いに目の中を覗き合った。お互いに、目だけで微笑みあった。
ヒバリに、また睨まれた気がした。優しく微笑んだディーノが自ら語り出したので、綱吉はふり返ることはなかった。
「ナイショだぜ? 世界は確かに沈んでる。でも、この島とイタリアには人が残ってる。イタリアは、俺みてーに魔物と交配しながらだけどな」
「ここに住んでもいいと思いますよ。初代がディーノさん達の祖先を見捨てたとしても――」
「見捨てるっつーか……、任せたっつーかな」
複雑そうに薄ら笑う様子で思いだす。最初は、ディーノに殺されかけたのだ――綱吉は。
性根がいい人でも必要があれば非情になれる、綱吉には少し受け入れがたい気もしたが、ディーノは好きだった。
「イタリアは、人が生きるには過酷だ。でもツナを見てると、もしかしたら、初代はそれを知らない内にイタリアを出たのかもって思えるな。けっこうヌケてるっつーかな。今となっちゃ、なんもわかんねえけど」
綱吉は言わねばならない気がしてまた誘った。
「こっちに土地はありますよ。人間は、人間の暮らしを続けています」
「事情がちぃと違う。今となっちゃあ、俺達がこっちにきても人類を滅ぼしちまうだけだ」
「でも――!」
「いいんだよ。俺は、こうやって魔力の塊を届けるのがお仕事。おまえさんが魔物退治するみてぇにな」
差し出された左手に綱吉は目をまん丸にさせていた。
認めて貰えたような、腹の底から湧き上がってくるような、熱いものが綱吉の喉を登る。
「また会おう。ボンゴレのツナ」
「ハイ。キャバッローネの、ディーノさん」
できるだけ澄ました顔を意識する――でも、見つめあうと電気反応の素早さでニコリとしながら、握手を交わした。
飛び立つときには、ディーノは『お兄さん』めいた気さくな顔を見せた。
すちゃり! にィッ!
小気味よく笑って、片手を額の前で掲げる。
「じゃあな! また!」
「さよーならぁあーっ!!」
綱吉は、思いきり手をふった。
強く地面を蹴って、ディーノの体が再びケンタウロスのそれになる。
地上数百メートルを跳び上がり、悠々と数キロを遠ざかる。再会は約束したが――このご時世だ、どこまで果たされるかは未知数だ。
知らずに涙ぐみそうになった。哀れな声が出てくる。
「い、いい人だったのになぁ……。ボンゴレファミリーに入ってもらいたかった!」
「わざわざ遠征したのに」
ヒバリがまだぶつぶつ言っている。
「死者はいないしボンゴレ十代目の仕事としては評価高いですよこれ。山のてっぺんが消えたけど」
「誰が十代目の仕事を気にしてんのさ」
「ヒバリさん、ありがとうございました」
「殺すよ?」
ひたすら機嫌が悪いヒバリを窺いながらも綱吉は冷や汗をこらえた。
(でも……、今、待ってくれてるよーに思えるんだけどなぁ。勘違いかな。怖くてツッコミできねえ!)
綱吉は、まだ手を肩の高さにしている。
山合いに消えようとするケンタウロスを凝らした目で見つめる。
最後まで見送りたかった。空を飛ぶ鳥が目に入ると、あの不思議な空間で耳にした羽音の嵐が蘇る気がした。
(…………イタリアは沈んでないのか。ボンゴレファミリーは、昔はイタリアにあって……キャバッローネか。初めてきいた。オレの知らないことだらけだ。イタリアって、でもどこにあるんだろ)暮れ始めの夕焼けに染まった自分の目の色は、あの、初代の少年と似た色になるんだろうか。
綱吉、行くよ。ヒバリが機嫌悪くもせっついてくる。
はい。と、小声で返した気でいるが、それは内心でのことだ。
現実は、綱吉は、ボソリと呟きはしたがまったく違うことを言っていた。
「この空いっぱいを覆えるくらいのハトの大群か」
(オレも見てみたかったな)
一羽の鳥が見えなくなるまで、綱吉はヒバリと並んで暮れていく青を仰いだ。
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2010.3.18