一満の桜がごとく!
片隅の
ヒマワリ ! 

 



「目、閉じないで。動くのもダメだよ」
 声がすると同時、吐息で額が撫でられた。
 ギクリと全身が強張る。彼が、自分をどういう目で見ているのかは知っていた。
  奇妙な緊張感はそこに起因しているはずだ。
「……、ま、まだですか」
「待って。深いトコまでいっちゃってる」
 うう。うめいて、ホースリールの持ち手を握りしめた。
  目の前で、ヒバリはマジマジと綱吉を覗き込んでいた。
「爪先でいじっていいかな。痛くしないからさ」
(聞くってコトはそーゆー選択肢もあるってコトですかぁ?!)
  絶叫は内心で留めた。壁際に追いつめられた上に覆い被されられていた。ヒバリがか細くうめき、茶色い瞳の輪郭を辿るよう、爪先がチョイチョイと後退していった。
 必至になって瞬きをガマンしていた。
 やがて、ヒバリは目尻をニッと吊り上げる。
「うん。とれた」自らの爪先を綱吉へと向ける。
 短いまつげが。先端に張り付いていた。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
 風紀委員長は、ガクランを肩にかけていない。
 並盛の制服姿の、半そでのシャツの上からエプロンをつけていた。
「……なんで逃げるわけ?」
「えっ!」
 ホースニールを抱えたまま、綱吉が引き攣った。
「やっ。ホラ、みんな来る前に庭に水撒きしないと……っ」
「ふうん」不服ありげにうめいて、しかしヒバリは腕を組んだ。
「顔、赤いけど?」
「ふえっ?!」
「別にさ。僕は変な気持ちで手伝ったワケじゃないんだから身構えなくてもいいんじゃないかと思うんだけど」
「み、身構えたなんてつもりは」
「あるから赤いんだろ」
 すでにヒバリは断定の口調だ。綱吉がうろたえて後退る。と、ノッとリビングから顔が突きでた。
 ジトりとした眼差しをヒバリと綱吉へと向けつつも、彼は包丁の切先をユラユラと揺らせた。
「抜け駆けって、ヒトが精魂込めて働く横でするものじゃないと思うんですけど」
 六道骸だ。少年も制服の上からエプロンを締めていた。
「それを言うなら、包丁って持ったまま出歩くものじゃないんじゃないの」
「これは武器です」
 しごく真面目に言い捨て、台所を顎でしゃくった。
「とっとと戻った方が君のためですよ」
「へえ。そういうこと言われると、戻る気を無くすな」
「あ――っ、あ、あ、あ、あっと!」
 ヒバリと骸が綱吉へと視線を向ける。
 ホースリールをかざして、綱吉は引き攣り笑顔のままでヒバリの背を押し出した。
「母さんが帰ってくる前に作り終えましょうよ! 頼みますからね二人とも?!」
「……フン。綱吉がそういうなら」
 骸が露骨にイヤな顔をした。
「君、唯我独尊ってタイプですか? 嫌われますよ」
「あれ。いつから君の話になったワケ」
 再び、小刻みな悲鳴をあげて、綱吉は二つの背中を台所めがけて押しやった。まな板が二つ、横並びになって、パンの耳をいれたボウルを乗せていた。
「それとも頼まない方がいいんですかっ」
「冗談」「やりますよこれくらい」
 即答だけは同じタイミングで、二人は、仏頂面のままでまな板に向き合った。
(何でこの二人だけこんな早く来てるんだよホントに……!!)
 ホースリールを庭へとだして、綱吉がうめく。
 庭の一角には、鮮やかなヒマワリが植えられていた。ディーノが昨日に送り届けてくれたものだ。わざわざ、沢田家の庭に埋めてこいと指名まで出したようで、庭の掘り返しやら何やらは全て業者が行ってくれた。
「ディーノさん、か……」
 ヒマワリを中心において水撒きしつつ、綱吉がうめく。
 彼からのプレゼント攻撃は、桜の一件以来、一ヵ月後の今にいたるまで続いている。
(この前なんか、どこで調べたのか知らないけど松坂牛だったし。ありがたいんだけどもさァ……)配達にきた業者は、必ず綱吉に一通の封筒を渡していく。
(アモーレとかさ。勘弁してほしいっていうか……)
 きらきら、飛沫が光を反射した。
 初夏の風はいささか生ぬるい。前髪を掻き揚げられて、綱吉は薄笑いを浮かべた。
(あー、ダメダメ。考えたら負けだ。オレがスキなのは京子ちゃんだもん!)
 抜けたように青い空が天井にある。
 その色は伸びやかで、どこまでも続いているような錯覚を起こす。それなのに目の前でカーテンが揺れたかのような鮮やかさがあって、手を伸ばせと誘惑をかけていた。
(……もう、あの八重桜も散ったかな)
 悲しむ必要はない。来年には、また咲き誇る。
 綱吉は目蓋を俯けて、頷いた。ヒマワリは種を満遍なくつめてそよ風に揺られて水飛沫を浴びていた。
 今回、企画をしたのはリボーンだった。庭の一面を占拠したヒマワリを見て、日曜日に皆を集めて花見をやろうと宣言したのだ。そして彼はこっそりと綱吉だけに告げた。
『ま、今回、テメーは頑張ってたからな。セッティングはしておいてやる』
(最近、ちょっと、リボーンが優しくなった気がする……かな)
 今とて、皆に声をかけに出かけているのだ。トンデモない者まで連れてきそうと、一抹の不安はあるのだが、朝から沢田家を訪れたのは二人の少年だった。
 ちらりと振り返れば、ヒバリも骸も黙々とサンドイッチに具を挟んでいた。
 大した料理ではないので、すぐに終わるだろう……。
「あ。それは僕がやる」
 ホースニールを片す最中に、ヒバリの声が聞こえた。
「ええ」厭そうな呻き声は骸だ。
「僕がやりますから。君はもう休んでいいですよ」
「いや。僕がやる」
「けっこうです。どっか行って下さい」
「君、作りすぎなんじゃないの。疲れたんじゃない」
「ああ、君にそんな部類のモノがあるなんて信じられませんがお気遣いなく」
「気遣いなんて単語知ってるんだ? へえ、意外だね。君って宇宙人ぽいからさ。でもそれは僕が作りたいの」
「まったく前後の脈絡がありませんけど!」
 ばしんっ。包丁をまな板に叩きつける骸を背中越しに覗いて、綱吉は瞬きをした。
「何やってんですか二人とも」
 骸がヒバリに向き直ったときだ。
 綱吉は、ヒョイとあっさりすぎるほどアッサリと手をだした。
「あっ!」ヒバリと骸、そろって奇妙な声をあげる。
 茶色い瞳を丸くして、綱吉は無感動に奪ったものの名称を読み上げた。
「……ツナ缶」
「たった一個だけあったんだよ」
 いつの間にやら、戸棚が漁られていた。
「ツナサンドイッチでも作るんですか」
「ええ」頷くのは骸だ。
「僕が作ります」
 ヒバリが首を振った。
 さりげなく、綱吉の持ったツナ缶へと手を伸ばす。
「綱吉くん、離しちゃダメですよ」
「えっ」「離して、綱吉」
「え…………」
 ツナ缶を握った手の上に、ヒバリと骸の指が重なった。
 互いにギリギリと綱吉の拳を握り締めていた。
「っだ! だ、だだ――っっ?!!」
「綱吉が痛がってる。どきなよ、骸」
「おやおや。君がどけば、痛がりませんよ」
「そうしたら綱吉は悲しいんじゃない? 君がツナサンドイッチを作るなんて似合わないよ」
「たかが食物のブレンドに似合う似合わないもありませんよ」
「く、くだらないことでケンカしないでくださいよっ?!」
 冷や汗混じりの絶叫だが、これが良くないのだとはすぐに理解できた。
 二人の少年は、じろりとした眼差しで綱吉を睨んだ。
「くだらない? どこが。あのね、パンに挟むまでツナはマヨネーズと捏ねるべきだと思うだろ。ぐちゃぐちゃってかき回さなくちゃイケナイの。たっぷりとね」
「そう」深く頷き、骸は狡猾な煌めきを瞳に乗せた。
「思いきり捏ね回してあげますよ。奥までちゃんと混ざるように」
「……サンドイッチの話してますよね?」
 オッドアイはニコリと笑うだけだ。
 ヒバリは頷く。頬に冷や汗を浮かばせつつ、綱吉は自らツナ缶を握りしめた。
「あの、なんか危なさそうなんでオレが作りま……」
「だから。誰がやるかはとても由々しき事態なんだよ」
「僕が責任もって綱吉くんの面倒をみますよ」
「十年越しの約束をナメないでほしいな。僕は綱吉を守る。僕と綱吉のあいだにスキマはない」
「ほう。バカみたいなこと言いますね」
 骸が両目を窄めて、ニヤリとした。
「スキマなんて、ないならこじ開けるだけの話じゃないですか!」
「あああ、あのですねヒバリさん骸さん! いっそツナサンド作らなくていいから――、っ?」
 少年たちが、呆然として綱吉を見下ろしていた。ツナ缶を握る彼らの指から力が抜けていく。
 綱吉は、大きく瞬きしてツナ缶を胸元へと引き寄せた。
「綱吉……」
 嬉しげに囁いたのはヒバリだ。
「僕を先に呼んだね。この状況で」
「へっ?」にわかな失笑は骸だ。「……ふ」
 前髪を掻き分けつつ、庭で咲き誇るヒマワリを見遣る。
「まだまだです。余裕を持っていられるのは今のウチだけですよ」
「そうだね、綱吉。ツナサンドは作らないでおこうか。ツナ缶ってがっちりフタしてるから、まだしばらくはそのままで取っておきたいものね」
「は、はあ」
「そのほうが楽しいと思わない?」
「はあ……?」
 意味を図りかね、間延びした声をこぼしていた。
 上機嫌に、ヒバリはまな板に積み上げられたサンドイッチに大皿をかぶせた。重石代わりである。チャイムが鳴りひびいたのは、この時だ。
 玄関の扉をあけて、飛びついたのは背の低い子供だった。
「ツナ兄! 色々タイヘンだったんだって――っ?」
「フゥ太! ランボにイーピンも」そのさらに後ろには、京子たちが立っていた。
 京子は、ツナと目があってニコリと笑った。
「もうすぐ山本くんたちも来るって。お寿司もってきてくれるみたい」
「わぁ。そうなの? 山本ン家の寿司ってウマいんだよな」
「へへ〜。あたしはケーキ持ってきちゃった」
 ありがとう! 顔を綻ばせる綱吉の後ろで、ヒバリと骸が顔を見合わせた。
「料理、もう外にだしちゃおうか」
「そうですね。君が持ってきたジュースはどこに?」
「冷蔵庫の下段につめた。ああ、あと、骸。君が持ってきた酒瓶は道路に撒いておいたから」
「…………」骸が、ニッコリと満面の笑みをみせた。黒々としている。
「い、今は母さんがまた買い物にでてるんだけど――」十分もしない内に奈々が家へと戻った。それから、再び十分もしない内に山本と獄寺が訪れた。リボーンが返ってきたのはさらに十分後で、
「恒例の隠し芸大会もやるぞ」
 との宣言と共に登場した。
「十代目っ。ナイフ投げもいいッスけど、ダイナマイト投げなんてどーです? 十代目が素手でダイナマイト消していくんス」
「良かったじゃねーか、イイ部下もってるぜ」
「お、おま。鬼――――っっ!!」
 そ知らぬ素振りで、リボーンはから揚げをつまんだ。
 花見は数時間に渡り、夜更けまで続いた。
 翌日、綱吉はあくび混じりに頬杖をついていた。
 獄寺が、近くからイスを引き寄せたまま同様にあくびをかいている。気だるい沈黙ののち、少年は悔しげに呟いた。
「でも、優勝できなかったンは残念ですよ……。反則ですって。あのガキの予言はマジモンじゃねーすか」半眼で天井を見上げる。実際には、フゥ太が優勝したワケだが、彼も本気で優勝を狙っていたようだ。綱吉はというと、
「爆発で死ぬかと思ったから、生きてるだけでありがいけどねオレは……」
 やたらと悟った囁きを零していた。
 教師が扉を開けた。生徒たちが、ぱっと自席へと散らばっていく。山本と獄寺も戻ろうとした、が、ガンッッと鋭く響いた音に眉根を寄せた。
「……ツナ?」
 山本が訝しげに声をかける。
 頬杖をしていたはずが、顎を机に打ち付けていた。全身が戦慄いている。
(こ、これって?!)よろめき、どうにか顔を持ち上げる。
「あー、今日は転校生がいるぞ」
 開け放したままの扉の向こうに、人影があった。
「六道くんだ」
 ガッシャーン! 派手な悲鳴をあげてイスが横転した。
 綱吉は、ワナワナしたままで机に両手をついて肩を怒らせた。
「ど、どういうつもりだよっ」
「くふ。来ちゃいました」
「ハァアアアッッ?!」
 ニッコリと笑み返して、骸は教室の一同へと向き直った。片腕を胸に引き上げる。
「よろしく。黒曜中学から転校してきた六道骸です」
「ろ、六道って。黒曜のヘッドとおなじ名前」
「やァだ。顔がいいのが。有望株じゃん」
「沢田のホモ仲間もそんな名前のヤツじゃなかったっけ……?!」
「六道は沢田の隣だ。沢田、教科書みせてやれ」
「はいっ」
 ニコニコニコ。
 好青年そのままの笑みで骸が頷く。綱吉が後退った。
(せっ、先生にマインドコントロールかけてるな――っ?!)
 元から隣にいた生徒が目を丸くしている。骸はにこやかに歩み寄る――、オッドアイが奇妙に瞬きして、次の瞬間には、その生徒はイスを蹴っていた。
「どうぞ。六道さん!」
「ありがとうございます。君は、新しい机を運んでくるといい」
「ハイッ。喜んで!」胴に腕をピッタリつけて、生徒が教室を飛び出した。
 どよめく一同だが、教師は満足げに頷いている。
「みんな、仲良くしてやれよ!」
(いや、むしろ支配されないよーにっていうか……!!)
 冷たい汗で背中を湿らすが、当事者はのんきにイスに腰かけた。
 遠慮のない仕草で足を組み、綱吉を手招きする。嬉しげな仕草だった。
「どうです。とっておきの隠しだまでしょう」
「おまえな! 正直にいえよ。何考えてんだ!」
「正直に?」驚いた目をして、骸が鸚鵡返しにする。
 やや、沈黙を挟んだのちに不服げに呟いた。トーンを落とした声音だ。
「……別にハメるつもりなんてありませんけど。ハッキリ言って、ボンゴレを諦めた今ってやることないんですよね。なら、青春を謳歌するしかないというわけです」
 謳歌するって。ツッコミどころは山ほどあったが、綱吉はイスを立ち上がらせつつも半眼を送った。ひとまずはコレだ。
「骸さんて、ホントに中学生だったんですか?」
「……ときどき、本気で失礼なこといいますよね」
 口角を引き攣らせたのちに、骸はかぶりを振った。
「綱吉くんだから不問にしてあげますけどー。さ、教科書みせてください」
「何で肩に手をかける必要があるんですか!」
「ムードの問題じゃないですか」
 何で教室で授業受けるのにムードが!
 仰け反る綱吉に、こそこそした声音が届く。
「やっぱホモ仲間だ」
「ホモでも格好いいなら絵になるわよ」
「ったく、こんなとこ来てまでイチャつくなよなぁ……」
 少年が嘆きの涙をこぼすより先に、ブチ切れたのは銀髪の少年だった。両手にダイナマイトがつまっていた。
「てっめえええ……ッ」傍から見ても怒りのオーラが滲んでいた。
「十代目に近寄るんじゃねえ! 困ってんだろーが沢田さんがよォ!!」
「クハハハ! 綱吉くんで遊びに来てるんですから、」
 綱吉が卒倒しかけて、慌てて山本が抑えにかかった。
「いじるのは当然というもの。でなくては、こんなツマラナイ学校には来ませんよ!」
 吐き捨て、骸が腕を振りかぶる。彼は黒曜中学の制服そのままだ。獄寺がハッとしたように骸の全身を見渡した。ビシッと、朗らかに通告をくだしたのは山本だった。
「んー。あんま、ウチの制服似合わなさそうだな」
「クフフフフ」
 引き攣った笑い声とともに人差し指が立つ。
「抜かりはありません。すでに手は打ちました――」
「ちょっと?! 何コレ!!」
 スパァンッ! 間をおかずに、生徒たちの視線を集めていた扉が、壁へ向けて吹っ飛んだ。
 にわかな悲鳴が立ち昇る。ヒバリは、手近な机をガンと派手に蹴りつけた。
「ひいいいいっ?!」一瞬で、教室が本格的なパニックに陥った。生徒たちは、なだれのようにもう一方の扉へと殺到する! その中で、骸は平然と囁いた。
「少し改良を加えてみました。明日から、それがこの学校の制服です」
 風紀委員長の手には、藍色の制服があった。ボタンは艶やかな青空の色をしている。
「ばっ……」震えたのち、ヒバリが足元に制服を叩きすてる!
「バカを言うのも大概にしろ!! 起こり得るワケがないね! 僕の目が黒いうちにはぜっっったいにありえない!!」
「おやおや。では、白目を剥いてみますか?」
「しかも綱吉のクラスに来てるときた! 道理で、最近、なぜだか応接室に戻ろうとするたびにケンカ売られたり絡まれたりしてたワケだよ。久しぶりに戻ったらこうだものね」
「何のことだか、僕にはさっぱりわかりませんけどねえ」
 にこにこにこ。つい数分前、好青年の笑みは彼方へ捨ててある。
「……そう、それは残念だ」
 ヒバリのこめかみに青筋がたった。
 目にも止まらぬ速さで両腕にトンファーが添えられる。骸がイスを蹴る、間髪いれずに砕け散る音が響いて、綱吉は我に返って山本にしがみ付いた!
「ぎゃ、ぎゃああっっ」
「うわっ。ぶ、あっぶねーなー! 教室でたほうがいいなっ」
「お、オレの安息を返して――っっ!」
 獄寺と並んで教室を飛び出して、目にしたのは、窓下に屈みこんでいた人影だ。ほっそりとした少女で、ショートカット。はっとして、綱吉は身体に力を込めた。
「京子ちゃん! 怪我とかしなかった?」
「ツナ君!」
 ぱぁっと、少女は花のように顔を綻ばせた。
 そして、かくんと首を傾ける。
「ね、どっちを選ぶの?」
「……へっ?」
「風紀委員長さんとは幼馴染なんだよね? あっちの、変わった髪形してるヒトって昨日もいたヒトだよね」
「そ、そうだけど。……えっ、い、いつからオレたちのこと知ってたの?!」
「やっだ。みんな知ってるよ? 大丈夫よ、ツナ君。確かに男同士じゃツラいだろうけど、あたしみたいに応援してるヒトも――」
「うわああぁぁぁ――――っっ!!」
「ツナ君?!」「綱吉!!」
 いくつもの悲鳴が交差する中、綱吉は廊下を全力で駆け出した!
(こ、こんな失恋ってアリか――っっ!!!)
 飛び降りるように階段を飛び降りて、あっという間に学校を飛び出ていた。
 普段ならばありえないスピードだ。火事場の馬鹿力なんて言葉がよぎる、しかし、綱吉の目標はこの頃には変わっていた。背後から追いかけてくる足音があるのだ!
「綱吉! ちょっと、応接室いこう! これからそこで授業うければいいんじゃないのッ」
「綱吉くん。サボっちゃいけませんよぉ。大人しく一緒に授業受けましょう? 一から十まで教えてあげますってば――!」
「不届きもんが十代目に近づくなって何回いやーわかるんだよお前らァアアア!!」
「も――っ、さいあくだぁああああ!!」
 背後で爆撃音が続く。邪魔――、なんて無常な囁きのあとに、獄寺の悲鳴。全てを無視して校門を突っ切ろうとした、が、
「ぶっ?!」
 男性と正面からぶつかった。
 尻餅をついて、鼻頭を抑えて、見上げて呆然とした。金髪が陽光を浴びてキラキラとしていた。
「今度はツナが追いかけられるってか?」
「ど、どうして……。日本に」
 青年は、困ったように傍らのロマーリオを見上げた。
「残念だけどな、仕事のついで」
 背後から殺気じみたものが漂う。
 ディーノは、綱吉の背後に気がついて苦笑した。するりと懐からムチを取り出し、切先でぱしんと大地を殴る。
「ヒマワリ届かなかったか? 一緒に送ったメッセージカードは見てねえ? 今日、来るって書いといたはずだが」
「ま、まだ机の中に埋まってます……」
 前進するわけにはいかない。ディーノがいる。
 かといって後退するわけにはいかない。ヒバリと骸がいる。彼らが各々の武器を手中にしていることは明白だ。
「…………」
 そろりと瞳を上向ければ、いつかと同じように、全校生徒が興味津々に窓に張り付いていた。その一つでは、京子が大きく腕を振っている。
「ここらで、一回オレらの力関係をハッキリさせておくべきかもしんねーな」
「クフフ。僕の戦闘スキルを舐めないことですね」
「言っておくけど、君達は、もう噛み殺すだけじゃ許さないよ」
「…………」
 身動ぎひとつできず、綱吉は空を見上げることで落ち着いた。飛行機雲が、右から左へ伸びていく。昨日と同じ空に、ヒマワリを思い出していた。
 そして、たなびく桜を思い出した。全てはそこに始まっているのだ。
(もしかしなくても、未来を変えすぎたんじゃないかなオレは?!)
 はらはらと涙しつつ、挙手をする。
「あの」「何?」
 ヒバリはじりじりと距離をつめる。
「なんかもう色々傷心なんですけど、早退してもいいですか……」
『ダメ』きっぱり、少年二人と青年が声をあわせる。
 飛行機雲が薄くなり、ヒマワリの面影もあわせて薄くなる。綱吉がガクリとした。
「でぇすよねええええ……!」



おわり!

 

 

 

 

 

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ツナの波乱は続いて ゆく!