一満の桜がごとく!
エピローグ:さいごに咲くサクラ 

 




 逆光で表情はわからなかった。
「見送りに行ったはずだっていうから」仁王立ちになった、その姿が光の輪郭を伴う。
(だから、ここまで……?)光ヶ丘での一件以来の顔合わせだ。あれから、ヒバリはすぐに運ばれた。救急車を呼んだのはリボーンで、大事をとらせて検査入院させるのだと言った。
(鳥みたいだ)肩にかけた制服。袖口がたなびいていた。
「骸がいるとは聞いてないな。君は知ってたね?」
「まあな」顔をだしたのはリボーンだ。骸を顎でしゃくる。綱吉は目を丸くさせた。
「コイツの処置については逐一報告を受けてた」
「そうだったのォ?!」
「今回、僕はけっこうないがしろにされてると思うんだけど、どうかな? 勝手に夢に入られるし覗かれるし記憶までいじられるし、オマケに古傷を抉られ放題ときた」
 彼が自らの胸を、まっすぐ垂直に辿った……。 綱吉なりに思うのは、赤子が死ぬ気弾でもって強引にヒバリの夢を覗き、結果、彼にダメージを与えたことを気に病んでいたのではないかということだ。真相はわからない。赤子は自ら語らない。
 ピィッ。と、鼓笛が響いたのは数秒後だった。草壁が運転席から顔をだす。
「委員長!」「うん。綱吉、おいで」
 骸が綱吉の腕を取った。風紀委員長は、眉根を神経質に吊り上げたが後部座席のドアを開け放った。前のめりになった獄寺を押し戻すカタチで、綱吉が車内へ放り込まれる。
「ぶっ!」ついでに、「でぇっ?!」
 獄寺を下敷きにして、残りの二人もシートに雪崩れ込んだ。
「そこ――っ。何を騒いでる?!」警備員が四人、歩道を駆けていた。
「逃げますぜっ!」アクセルが勢いをつけて踏み込まれ、車内の少年たちが悲鳴をあげた。
 いち早く助手席に逃げるのはリボーンである。ワンボックスカーが空港を飛びだし、しばらくが経ったころにうめいた。
 天井のライトに打ち付けていた。綱吉の額には赤い痣ができている。
「生きてる? 獄寺くん……」
「なん、とか。っオイ! いつまでも乗ってンな!」
「それを言うならいつまでも寝転がってるな、じゃないですか?」
 しれっと言い捨て、骸が上半身を起こす。
 綱吉は咄嗟に獄寺に縋りついた。
「落ち着いて! ここでダイナマイトはまずいって!」
「いつかゼッテー、テメーはシメるからなッ」
「くはははっ」「笑うトコじゃねーんだよオラァ!!」
「……ヤダな。一気に騒々しくなった」
 むくりと身を起こして、ヒバリ。勢いに取られ、床に打ち付けた後頭部を撫でていた。いつもよりさらにボサボサになった黒髪がガラスに映る。それを見つめつつもヒバリは眉間をシワ寄せた。
「沢田の家に向かってやって」
「了解しやした」
 草壁が喋れば、咥えた葉っぱが揺れる。
 青褪めるのは綱吉である。しごく真面目な顔つきでヒバリは人差し指をたてた。
「一応、教えてあげるよ。草壁は免許がある。つまりこれは無免許運転じゃない」
「あ、ありえるんですかンなことがっ?!」
「事実ですぜ。教習所の連中は風紀も社会的な仕事と見なしたってワケだ」
「みなしたっていうか……。さ」
(さ……っ、逆らえなかったんじゃ?!)
 ヒバリが怪訝な顔をするので、綱吉は慌てて窓の外へ視線をやった。制限速度を守っているし無茶な追い越しもないし、ちゃんとコンクリートの上だ! 安全運転だ!
(常識って気にしたほうが負けなんだ!)うう、と呻き声がもれた。
 頬杖をついて、風紀委員長が黒目を細く伸ばした。伸ばしながら下向けた。
「良かったじゃないの。見たところ、そっちも解決したみたいで」
「あ……、ハイ」ふうん。それきりで、彼は黙り込んだ。
(ヒ、ヒバリさんなりに気にしてたのかな)骸ともディーノとも険悪に見えたものだが。
 不思議な沈黙だった。車内を満たすものは緊張感なのか、満足感なのか。もしかしたら、何かを無くしたように感じられたかもしれない。ふしぎ、と、口中で囁いて綱吉は窓辺へと顔を向けた。
 次から次へと吹き飛んでいく。街並みは色とりどりの線に見えた。
(そもそも、前なら、このメンツで乗りあうなんてゼッタイに思わなかったよ)
 ブラウンの瞳にも線が生えていた。なめらかに、次から次へと新たなものが滑っていく。
(いろんなことがあったなぁ……)
 ――眠気に誘われて、目を閉じた。
 影がよぎる。獄寺に山本にリボーン。ヒバリに骸にディーノ。桜の中でパジャマ姿の少年と幼稚園児とが手を繋いでいた。そして、桜のなかで、一人の青年が立っていた。後ろ毛だけを伸ばしたスタイルで、茶色い瞳をしていて、童顔で、よく見知った男性のような気がした。目が合えば、ニコリと相好を崩す。
 人差し指をたてた。すぅっ、桜を指し示す――。
 バチリと両目をあけた。喉を搾りあげる。
「止めて!!」
「っ?!」「うわっ!!」
 ギギィッ! 急停車に、獄寺が悲鳴をあげた。
 草壁が目をまん丸にして綱吉を振り返る。ヒバリと骸が眉を顰めた。
「ロック外して! はやく。でたいんだ!」
「ど、どうしたって言うんだっ?!」外へと飛びだした。
「綱吉!!」仰天した呼び声がかかるが、気にならなかった。気にすることができたなかった。とうに空港からは遠のいた――、もうすぐ並盛町だ。アパートや一軒家が目の前に立ち並んでいた。ここは違うとわかっていた。この道の少し向こうに、細っこい曲がり角がある。そこだ。
 駆け込めば、道筋はくねっていた。直感で道を選んで、飛びでた場所は、
「――――!」
 細い通り道だ。
 坂をあがる車道の隣に、狭い歩道。
 その左側に植えられた木が枝葉を伸ばし歩道に陰を生む。タイルを模った石畳に、きらきらと、小さな宝石が輝いていた。
よろめきながらも、綱吉は両手を広げた。指先に当たって撫でて落ちていくもの。
「やっぱり……、まだ咲いてるの……?」
 舞い散るものは桃色ではない。濃い、少し痛いくらいピンク色。
 それでも花弁は桜のものに見えた。並木に沿って植えられた幹、枝が、はらはらと花びらを散らすのだ。
「つなよし!」背後から駆けてくる声がした。
「いきなり、どうしたの。こんな入り組んだところに……」
「ヒバリさん。これって桜ですか?」
 虚をつかれた面持ちをしたが、風紀委員長は、顎をあげて空中から一片の花弁を摘む。目を細めた。冷や汗じみた汗つぶが、額に薄く浮かんでいた。
「……八重桜だね。この色は間山だろう」
「もう桜は全部散ったのかと思ってました」
「これは遅咲きだから。最後に咲く」
 さいご。口の中で、繰り返した。
「最後に咲く、さくら……」
  ふわり、風が吹く。その度に舞い踊る。
  目尻に浮かぶものを自覚して、綱吉は顔をクシャリと縮めた。
「ね。ヒバリさん。未来って、変わったと思いますか?」「は……?」
  戸惑いを隠しもせずに、ヒバリはつっけんどんな声をだす。けれども眼差しを渡せば、彼は驚いた顔をした。それほど綱吉は真剣な面差しをしていたのだ。ヒバリは、桜と綱吉とを見比べた。
「よくわからないけど。綱吉は間山を覚えてるの?」
「ヒバリさん。オレ、あなたに答えて欲しいんです」
  手の甲で目尻を拭った。(――やろうと思えば、方法はある)
(もう一度、十年バズーカを使えばいいんだ。そうすれば未来が変わったか確かめられる)
 浅いため息をついて、ヒバリは、摘んだままの花弁を綱吉へとかざした。
「とりかご公園にもね、間山はあったんだよ。僕は、病室の窓から見てた。……他の桜が散ったすぐ後だ。綱吉がいなくなったすぐあとでもある」
 黒目が、正面から向き直った。
「また会えたら、どうしていなくなったのか聞きたいと思ってた」
 陽光が桜をすり抜けて、光り輝く網目を投げかける。「でも、会えたら……、会えた今は、どうでもよく思うんだ。だから、その分、もし知らないままだったらどんなに不幸だろうかって恐ろしくなる」
 恐ろしい。ヒバリが? 目で問う綱吉に、ヒバリが苦笑した。
「すぐ近くにいたのに気付かないってさ。僕が、どれだけ真剣に彼女を探してたと思うの」
 頬にかかる指先が、縋るように下へとくだっていく。顎を撫でてから、止まった。
「気付いてるだろうけど、わかってたよ。途中から、薄々とね。でもどうしても認めたくなかった。綱吉のおかげでつうに気がつけたってふうにも言えるかもしれないけど、でも僕はね」その先は言葉にできなかったようだ。
 不自然に途切れたまま沈黙し、やがて眉間をシワよせる。
「ヒバリさんは知らないままの方がよかったんですか……?」
 そう思えないこともない。知らなければ、きっと、『つう』はヒバリの中でキレイな想い出のままでいられただろう。ヒバリが、僅かに震えて首をふった。
「まさか。そんなことはない。……長かった。ずっと、会いたかった」
 綱吉の脳裏によぎったのは、山本の横顔だった。
 あの十年後に、ヒバリと呼ばれるこの少年は嘆いていたハズだ。
「うん」――頬が綻んでいた。桜が頬に貼りついて、まるで、泣き腫らしたような気分になる。
「オレも、きっと会いたかった。もしかしたらオレは」(会いたかったから。会いたかったから、ヒバリさんを追いかけていたのかもしれない……)目を閉じる。
 目蓋に浮かぶ、パジャマ姿の少年。
 それが夢で見たものか。ずっと昔に、自分の両目でもって見つめた姿なのか。
 よくはわからない。確かなことはわからない。けれど、綱吉は手を伸ばす。おぼろげな人影はその両手を掴む。目をあければ、ヒバリが、泣いたような笑ったような奇妙な瞳をしていた。
 噛みしめるような沈黙の末に、ヒバリは、赤子の名前をだした。
「リボーン?」「夢に入ってきただろ。その内容を、僕が覚えてるとは思わなかったそうだ」
 遠い目をして、八重桜を見上げる。右へ、左へ、風と同じ方角へたなびいている。
「よほどの意思がないと……、覚えていたいと願わないと、記憶を保っていられないそうだ。夢なんて、覚えてるのは起きてから数分――あるいは数秒。それくらいの儚い記憶なんだって」
 光の網目を花びらがくぐる。桜はこの胸にもあった。今までに見た桜、総ての記憶を思い出せる気がした。(桜は、花びらを散らすけど、でもだから枯れていくってワケじゃない)
 炎のようなものかもしれない。
 咲いては散って、燃えては萎んで。
 決して同じ形状のままで留まることはなく、うつろい揺らいで、……やがてまた咲き誇る。変わるようで、変わらない。変わらないようで変わっていく。
 細めたブラウンの瞳に、花弁を映しながらヒバリを抱きしめていた。
(今みたいに。オレとヒバリさんの過去を取り戻したみたいに、きっと)
(十年が経って何かを失っても、また取り戻していけるんだ)
 怖くはなかった。そう、もはや怖くはないのだ。今なら、あの、十年後のボンゴレと対峙しても怖くはない。成長していたリボーンやコロネロ。彼らにだって笑顔を返せる。
「言えるはずです。きっと」
「綱吉……?」ギクリとした声をだしたのはヒバリだ。
 いつになく緊張している。両腕に力をこめた。
「うん。言える。十年後のオレに、どうぞよろしくって!」
「ハッ?」パッと遠のいて、綱吉は両手をあげた。
「うーんそうだよな! うん!」
 満面の笑みをのせ、ヒバリを振り返る。彼は虚を突かれた面持ちをしていた。
「? そろそろ、車に帰らないとみんな心配しますよね」
「……あ。――あ、ああ。ん? ああ」
 ん? と、鼻を鳴らすのは綱吉も同じだ。ヒバリは剣呑に両目を寄せた。
「なるほど。そういうこと。綱吉にとっては、昔の懐かしーい友達に再会したとか、そういう次元なワケね。へえ」身も凍るような呻き声だ。ぞくっと背筋が戦慄いたのは、錯覚じゃあない。
「あ、れ……? ヒバリさん? あれ?」
「僕、愛してるって言ったよね。綱吉の返事まだ聞いてない」
「ぶっ?! だ、だってあれはオレをオンナだって勘違いしてて――」
「もうね、とっくに腹なんか括ったよ。赤ん坊に入院させられたけど、今日やっと会えたけど、その時間で僕が考えたこととか想像つかない? 君のことばかりだよ。そういうこと」
「ど、どういうこと――っっ?!!」 手首を取られていた。
 引き寄せられれば、また傷痕にぶつかる形になる。それよりも上だ。
 顎を上向けた。ほとんど同時に鼻頭を舐められていた。う、と、うめいたときには唇に移る。そのまま重ねられる――。角度を変えて何度となく繰り返されて、唇を開きかけたときだった。
 ズダンッッッ、と、酷い音と共に桜が揺れた。
 突き飛ばされていた。ひゅっと金切り音、びぃぃぃんっと羽音のような細かい振動音、眺めてみれば、ヒバリとの間を裂くようにして一本の槍があった。槍の先端は八重桜に突き立っている。
 骸が、坂道の下で愕然としていた。
「どこに行ったかと思えば――」
 肩を怒らせ俯き、震えて見えたのは数秒だった。
 ニコリ、反転して笑顔となる。そして言い捨てた。
「死ぬがいい。殺す」
「だああああっっ?!」
 多量の桜が舞い散るなかを突き進む、その足取りに迷いはない!
 ヒバリが綱吉を抱えたままで後退りした。
「ハ。邪魔するなら容赦しないけど」
「……、くっ。綱吉くん、僕は邪魔ですか?」
「え、えええええっっ」(ここでオレに振るなよ!!)
 本気で呪いつつも、綱吉はヒバリを見上げる。
 ヘタなことを言ったら殺すと顔に書いてある……気が、した。
 青褪めつつ白くなる、なんて曲芸をしながら綱吉は意識を遠のかせた。
「!」すぐ背後にいた。ク、と、溜め息のような嘲りが鼓膜に届く。
 無造作に腕が伸ばされる。後頭部を、髪を鷲掴みにされていた。
「たっ、いたっ、痛い――っ」骸は一瞥もしない。そのまま引き寄せるのに対抗して、ヒバリは綱吉の襟首を掴んだ。
「ごふっ!」
「どういうつもり」
「見たまんまですけど。この子は僕がもらう」
「どういうこと? 綱吉!」「綱吉くん!」
「そこでオレを怒らないでくださいぃぃいっっ!!」
「ツナ!!」と、割り込んだのは――、鞭だ! 瞬間的だった。胴体に細長いものが絡みつく、かと思えば青年の腕の中にいた。横抱きになった格好だ。見慣れた金目があった。
「大丈夫だったか」
「ど、どうしてディーノさんがっ?!」
「いやー。ははは。間違えてたわ。フライト昨日だった」
「ぶぐっっ」叫び声にならない叫び声だ。背後からは照りつけるような殺気を感じる。歩道の真ん中で、ヒバリと骸が各々の武器を手にしていた。鞭に叩かれた後頭部を抑えたまま、骸がうめいた。
「君もつくづくしっつこいオトコですよねぇ……」
「そうか? ツナん家行こうとしたら、あの……、草のかべ? りーぜんとが立ってたから」
 顎をしゃくれば、車道の隅で停車するタクシーがあった。ほぼ同時にタイヤがぎぎっと軋み、黄色いラインを見せ付けながらも脱兎のごとく逃げていく! ディーノが驚いたように瞬きした。
「あれ。まだ、料金払ってねーけど」
(ああその気持ちわかるっ。オレもすっげー逃げたい!!)
 腕の中でもがけば、ディーノはヨシヨシとあやすような声をあげて綱吉をおろした。くたびれたスーツが、彼がいかなる受難をくぐり抜けたかを物語っていたが。
「た、戦っちゃだめですよ。ディーノさん部下いないでしょう」
「いやいや。こーゆーことなら、オレも本気で行っていいんだよな?」
 え。呻き声がでる。左手で鞭の先端を撫でる、両目を吊り上げてニヤりと笑う……。普段の好青年ぶりとは真逆のものが、瞬間的に見えた気がした。
「え……?」
「安心しろ。ちゃんと守ってやっから」
 にへらと、これはいつもの笑みだ。(でも目が笑ってない)
 ヒバリの両手にはトンファー、骸の手には槍があった。それぞれの武器を構えた三人が向き合う――、綱吉が涙目でうめく、もちろん恐怖からだ。その一瞬後に訪れるのは静寂だ……、天は綱吉に味方しなかった。
 縫うように、複数のダミ声が駆けた。
「あれって」後ろからだった。
「沢田センパイじゃん」
 見慣れた制服姿が四つ。並盛の学生だ。彼らは、カバンを肩から下げて目を丸くしていた。
「お、おまえら」見覚えがある。いつぞや、骸の呼び出しに応じた下級生達だ。
『…………』対峙する三人は、押し黙って互いの顔を見合わせた。
 睨むように鋭く瞳を伸ばすが、そこに秘められた光は敵意ではない。
 骸がひとりで頷いた。何かに納得したように低く声をもらす。
「……まぁ、これ以上増えても面倒なだけですね」
 デイーノが頷いた。からかうようにヒバリも続く。
「保険かけておくに越したことはねーな」
「意見が合うなんて、今日だけなんじゃないの?」
 伸びた腕が、綱吉の肩を背後から鷲掴みにした。三人分。
「あ、あれ……?!!」骸に右手を取られディーノに左手を取られていた。首を取ったのはヒバリだ。後頭部を引かれて顔を上向けていた。六つの瞳と視線が合うなんて奇妙な状況だ。
 けれども余裕をかませる場面ではない。
 つうっ、と、左右の頬と額とを辿った唇は三つだった。
「……――――っ?!!」ずざざっと派手に下級生が後退る!
「ぎゃ・……っ。ぎゃああああ!!!!」
「ウワサって本当だったんだァ!!」
「大ニュースじゃん! 何だこれ!!」
「ちょっ。待て! 誤解っ。コラ――ッッ」
 脱兎の如く、少年四人が走り去る。背後でゴウと炎が盛っていた。
「さて。じゃ、誰から死にますか?」綱吉に詰め寄ったままで、骸が言う。
「君から?」ニヤリとするのはヒバリだ。ディーノは、まんじりとした笑顔のままで綱吉の腰を抱き寄せた。気がついてヒバリが反対側に腕を回して自らに引き寄せた、が、両者ふたりの腕を掴み押し留めたのは骸だった。三人は一様にニコニコとしてみせた。涙を通して地獄絵図を見つめ、綱吉はゆるゆると首を振った。
「ゆ。ゆるしてくだ……、さ……」
「ここまで来たら君も腹を決めなよ。運命と思えばいいさ」
「誰を選ぶんですか? ココまできて、そもそもオトコはダメだなんて言ったら殺しますよ」
「ツナは平気だろ。問題は、オレらのなかの誰がその位置を取るかってコトだ」
「う、うわあああっ、誰か助けて――っ!!」
 なりふり構わず叫んだところで、血反吐のような唸り声が響いた!
「てめぇら……」獄寺隼人だ。通りの入り口に仁王立ちになって、両手をぶるぶると震わせる。
「十代目に何てことしやがるっっ!」
「獄寺くん! たすけて――っっ」
「ハイっ!!」タバコを咥え、獄寺が駆ける!
 両手にはありったけのダイナマイトだ。綱吉は爆風に吹飛ばされていた。バキィ! だとか、ドガ!! だとか響く轟音を背を這いつくばって歩道の外へと転げでる。赤子が、目の前にいた。
 飛び散る桜のなかでも、彼はニヒルに微笑んでいた。
「バカだぜ。そろいもそろってネジが外れてる」
「リボーン。どうにかしてよーっ。これじゃホントに泣いてるヒマもないよっ!」
「けっこうなコトじゃねーか。テメーが拾ってきた連中だろ、テメーでどうにかするんだ」
「りぼぉおーん!」頭を抱えて仰け反る綱吉だが。リボーンは、からかうように声をかけた。
「嘆いてるヒマもねーんじゃねえの?」
 丸っこい指先は、無造作に桜の通りを指差す。
「獄寺がタコ殴りに。桜も散っちまうなァ」
「ぎゃあああ!! 三人ともストップストップ――っっ!」
 たなびく八重桜は、たしかにずいぶんと花弁を散らしてしまった!
 あわてて駆けより、綱吉はグッタリする獄寺の肩を掴んだ。そのまま走り去る!
「そいつを庇う気?」鋭い声をあげるのはヒバリだ。ぶんぶんと首を振った。
「問題が違う――っ!」「ツナ!」「綱吉くん!」くねった道を抜けでれば、草壁がギョッとして後退りした。獄寺を抱え肩にリボーンを乗せた綱吉、武器を手に追いかけてくる少年二人と青年ひとり。
 彼らが全力疾走で走り抜けていったのだ。
「い、委員長っ?! 車は?」「任せる! 返しておいて!」
 ヒバリは振り返りもしなかった。綱吉は襟首についていたままの花弁を落とした。はらりっと、大きく左に逸れて落ちていく。横目で追うあいだに、ヒバリたちが罵声を交わすのが聞こえた。
「おめーらがツナを怖がらせるからだぜ!」「人のこと言える義理ですか?!」
「っていうかさ。君らは引っ込んでてくれない? 今更、僕と綱吉の絆に入れるワケないだろ!」
(うう。この先ずっとこの調子なのかなッ)立ち止まっているヒマはない。光が、遮られることなく降り注ぐ。走り抜けながら、綱吉は花びらを思い浮かべた。きっともう落ちてしまっただろう。けれど。
 胸の中では桜が吹雪いている。花見をしよう、桜の香りに向かって呼びかけた。
「また来年にね!」 それは、だんだんと遠のいていった。

 



: 完 !

 

 

 

 

 


>>あとがき(反転してください
「一満の桜がごとく!」はこれで完結です。20×20原稿用紙で340枚分でした。
最長の枚数となりました。読みにくかったり荒が目立ってたりなどなど長いぶんだけボロがいっぱいです。最後まで読んでもらえて、そして連作に付き合っていただけて大変にうれしいです。
10000HITの企画としてスタートした連作です。ここまで長い話になるとは予想してませんでした。
ヒバツナ・骸ツナ・ディノツナと、いつも覗いてくださる方に少しでも気に入っていただける話となっていれば幸いです。獄寺くんもリボーンも山本も頑張って(?)る話だと思ってます。子供時代のアレコレのためにヒバリさん優勢ですが(笑)この後は、ヒバリvs骸vsディーノで誰が勝ってもおかしくない展開をしていくのではないかしら。ツナの運命も相手によって大きく変わっていくのではないかと思います。少しでも漫画の彼らの雰囲気を感じていただけたらよいです。

リクエストがなければ成り立たない企画でした。ご協力ありがとうございます。
そして本編とココと、お読みしてくださる全ての神さまに ありがとうございます! ちょろっとでも楽しい気分になっていただけたら本望です。



06.5.31

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