三次式人間ホイホイ






 机の上にメモを見つけて、目を丸くした。
 キレイな赤色の用紙だ。表には何も書いてない。カバンを置いて、代わりにメモを取り上げた。裏返せば『荷物とりにイタリア行くから見送りきて。ベル』といびつな日本語がある。
 即座に、綱吉は遠くを見つめた。
 ベルとはボンゴレファミリーの暗殺部に所属してる痩身男で、頭に王冠を乗っけた自称王族である。
 極めておかしい主張だし極めておかしい出で立ちだったが、最近、どうでもいいやと思い始めてきた。身の周りには妙なのがたくさんいるから、混ざって別段異常に感じられなくなってきたのだ。感覚の麻痺ともいう。
「まぁ、変なのがこれで一人消えるってワケか」
 教室まで押しかける彼らに、獄寺隼人が逆ギレしてダイナマイトをバラまいたのは何回目か。
(かなり遅かったよなぁ。さよならー、ベルさん)
 感慨も無く、ポイとメモをゴミ箱に捨てかけてハッとした。
 机の上にまだあるのだ。人面のついたお札が数枚。……五万円。
「ま、まさか交通費ってことぉ?!」
 お。押し付けていく気か! 両手がわなわなとした。
 道に落ちていた百円玉をがめるくらいは良心が痛がらないが、万単位の紙幣をがめるとなれば別次元だ。ウッとうめいて胸を抑え、慌てて部屋を飛び出した。五万円は無理やりポケットに押し込めた。
 成田についたら酷い目にあうのは、わかり切っている。
 悪人になりきれないからリボーンにしょっちゅう言い包められるのか。土砂降りの雨の只中にいるような気分になりつつ、綱吉は玄関の扉を開けた。
 その時だ。両側から、がばーっと綱吉に飛びつく影があった。
「ツナちゃん! やっぱり見送りに来てくれるって信じてた!」
「えっ……。ええ?! 何で? 成田にいるんじゃ」
「チ」目を丸くした綱吉だが、舌打ちの音に首を回した。
 六道骸だ。不機嫌を丸出しにして、庭に片足だけを踏み出して腕を組んでいる。
「賭けですよ。本当に見送りにでるかどうか」
「お……。おまえら」
 ぐりぐりと顔を押し付けられ、抱き潰されかけながら綱吉がうめく。ベルフェゴールと骸は、なぜだか一緒にいるところをよく見る。並盛中学校の外部者で、共に綱吉を追いかけているという共通点が、必然として二人を鉢合わせているのだが、綱吉が知るところではなかった。
 心底から信じていたのに手酷い裏切りにあった――、そんな背景を予感させる言い方で、骸は腹立たしげに首を振った。
「綱吉くんてば、けっこう薄情なクセに。妙なのが減ってラッキーくらいで済ませると思ったんですけど。君、一体、いつからそんなに義理堅い男になったんですか」
「…………」
 ほぼ、ズボシなので綱吉は口を噤んだ。
 ベルが愛しげに両腕に力を込める。ぐりぐり、己の頬と綱吉の頬とを擦り合わせた。
「ツナちゃんはオレを愛してるからな。まさに姫じゃん!」
「納得いきませんね」ぶつくさと言いながら、財布を開ける。
 優雅にしなやかに、骸が取り出したのは一枚のゴールドカードだ。
「ぶっ!!」目にハテナマークを浮かべる綱吉を置いて、噴出したのは金髪の青年だった。たった今、部下と風紀委員長を伴って沢田の軒先に辿り付いたところである。
「何でただの学生がンなもん持ってんだよ?!」
 ディーノさん、と呼びかける綱吉を置いて、青年が戦慄いた。
「あっ。しかもディーバック社のゴールドカードじゃねえか! オレだってコレ手に入れたのはマフィアやってしばらく経ってからだぞ?!」
「クフフ。まぁ、僕も色々と長く渡り歩いているので……」
「ンーなにスゲえんだ? オレは王子だからな。カード会社には無縁だ。……でも、借りるぜ〜」
「フン。一日だけって約束だからな。過ぎたら解除してあげます」
「お、まっ。ディーバック社を舐めてる発言だぞソレは!」
 カンカンになって骸を指差すディーノだが、その時に綱吉は正気を取り戻した。つかつか、無言で歩み寄ったヒバリが、綱吉を引っ手繰るようにしてベルフェゴールから取り上げたからだ。
「ふ、二人とも、どうしてここへ……?」
 言葉もなく、ヒバリは玄関へと赴いた。
 覗き込んで家人の不在を確認する。
「あー。一応、そいつの家庭教師だからな。ちょっとした用件だ」
「へえ」ヒバリが、面白そうに鼻を鳴らした。
「よく言うよ。日本での処理の仕方がわからないって頼んできたのはどこの誰だと――」
「恭弥」
「?」
 ス、と、辺りの空気が冷える。
 ディーノの氷のような声音にも驚きだが、それで目を丸めたヒバリにも驚きだ。
 心ぼそくなり、綱吉が見上げたのはロマーリオだ。ディーノの部下で、話がわかる常識のある男性だった。彼は肩を竦めてみせた。
 しばし、睨みあった末にヒバリも肩を竦めた。
「あなたも悪いヒトだ」
「ツナには黙っとく約束だろ」
「そうだっけ? ……あと十万くらい増えたら思い出すかもね」
「てめっ……、ワリーガキだな!」
 つーんとして、ヒバリがソッポを向く。
 ディーノは忌々しげに頭を抱えた。
「くそっ。ロマーリオ!」
「ヘイよ」苦笑しながらロマーリオがスーツの懐に指を忍ばせた。
 骸がベルフェゴールに使用に関する注意点をアレコレ教え込んでいるため、話し声が絶えることはない。くそー、と、うめいた後でディーノが綱吉へと声をかけた。
 当の綱吉の眼差しは、金を受け取るヒバリに注がれていた。
 事態につていけずに呆けてしまっている。思い出すものも、あった。
「オレ、これはどうすれば」
「なんだそれ?」
 クチャクチャになった五万円に、ディーノが戸惑う。
 その直後、話し声が絶えていた。自然と視線は一人へと集中する。
 それまで、ヘエー、としか言わないベルフェゴールに根気よく説明を続けていた六道骸が言葉を止めていた。使用限度額の交渉に入ったところだ。骸は、人差し指を立てたまま眉間にシワをよせ、綱吉が握りしめた五万円を見つめた。
 じろり。数秒後、その視線がベルを睨みつけた。
「……八百長しましたね?」
 ニッ。無言で、ベルが舌をだす。
 骸は即座にゴールドカードを取り上げた。怒ったように声を荒げる。
「金で釣ったら、そりゃ綱吉くんは引っかかりますよ! 小汚い性格してますから!」
「な、何を堂々と悪口言ってんですか?!」
 悪口じゃないでしょ。半眼で、骸がうめく。
 ムカッとして綱吉も言い返した。
「標準的な中学生だったらお金にも執着しますよ! ほんっと、少ない小遣いの中でのやりくり大変なんですからね?!」
「だから、僕と一緒になれば右うちわの生活ができますって」
 何でそんなマイナーな言い回しを知っているんだろう……。
 と、その実、骸の言動に本気で興味を持ったことは初めてだったりしたが、ヒバリが胸中で訝しんだ。ベルが得意げにピースサインを綱吉へと向けていた。
「そんならオレだろ? 姫さまよ、王族の仲間入りできちゃうぜぇ」
「金ならオレもありあまってっけど?」
 むすりとしてディーノが腕を組む。
「……綱吉は、もっと庶民的なのをお望みだよね」
「そりゃ、まあ、そうですけど……」
 フフンと勝ち誇ったようなヒバリに、綱吉は眉根を寄せる。
(ヒバリさんもこの人達と大差ないよう見えるんだけど)言い合いを始めた骸とベルと、さらに未だにムスリとしているディーノと、嬉しげに綱吉を覗き込んでいるヒバリとため息をつく綱吉と、壁に背を預けて達観するロマーリオであるが。
 一同は、揃って屋根の上を見上げることとなった。
「う゛ぉぉおおおい!!」
 腰より下まで、銀髪を伸ばした青年が立っていた。黒いシャツ姿だ。
「ベルフェゴール、テメーなんできやがらねぇ。オレまで飛行機とり逃がしちまっただろーがぁ!」
「スクアーロ?!」
 ギョッとした悲鳴は、綱吉ではない。
 同じことは考えた。思わず口に手を当て、綱吉が首を巡らす。軒先へと駆け込んできたのは、淡いブラウンの髪をした小柄な体躯だ。後ろで、買い物袋を抱えた沢田夫妻が目を丸くしていた。
「どうしてお前がここにいる!」
「アア? なんだよ。今はテメーに用ねえぜ」
「まさかまた綱吉殿を……!」
「バジル君!」
 両手を拳にして、バジルは辺りを見回した。
「拙者にはわかりません! この状況はなんですか?!」
「お、オレこそ聞きたいんだけど――……っ!」
 骸はベルと顔を見合わせ、ディーノはヒバリと顔を見合わせた。皆、不本意げに眉を寄せていた。口火を切ったのはベルフェゴールだった。
「もういっそのことイタリアいこー? じゃんじゃん遊べるぜ」
「それは許しませんよ。綱吉くん、どうせ行くなら僕と一緒にアジア巡りにしましょうよ。いい場所知ってるんですよ。手ごろなサイズの無人島が」
「んん。オレの個人邸宅でよければイタリアにあるけど」
「綱吉。応接室にしとけば? 日本人には日本の生活がいちばん合うよ」
「ああああのですねえ……!!」
 がしり。四人に腕やら肩を捕まれて、綱吉が後退る。
 ヒューと口笛を吹いたのは沢田家光だった。
「モテモテだな。でもあいつ、女の子にもちゃんとモテてんのか?」
「もちろんよぉ。アタシとあなたの子供だもの!」ニコニコとして奈々が頷く。バジルは、戸惑ったようにスクアーロと綱吉たちとを見比べながら拳を下げた。
「戦いにきたわけではないのか……?」
「う゛おぉぉぉおおぉぉいオレを無視すんじゃねーカスどもぉおお!!」
 ぶんぶんと頭を振るため、銀髪が日差しで光った。
「……誰がツナ兄にもっとも愛されているかランキング……」
 うめくのは、奈々の影にちょこんと佇んでいた子供だ。片手に握る買い物袋には、アイスバーが詰まっている。もどかしげにランキングブックを取り出そうとして、しかし、少年は手を止めた。
 野暮な占いも世の中にはあるもの……、だ。
 代わりに、奈々へと声をかける。
「アイス、足りるかな?」
「あらぁ。大丈夫よ。足りなかったらパパがまた買ってきてくれるわ」
「え」硬直した声をだす家光だ。
「あああ、もうっ。暑苦しい! オレは日本にいるの!」
「ほーら。だろ? 僕もそうあるべきだと思うよ」
「日本の、自宅の自分の部屋にいるんです!」
 ヒバリがムッとしたように綱吉を睨む。
 やや硬直した綱吉だが、奈々はのほほんとして綱吉たち五人を玄関へと押しやった。
「とにかくお上がりなさいね。屋根の上の君も」
「ァアン?」スクアーロが目を丸くする。
 その視界で、家光がバジルの肩へと手を置いた。
「親方様のお願いを聞く気はねぇか……?」
「あ、……っと、拙者、奈々殿の手伝いもせねばなりません」
 っち。舌打ちを残して、再びスーパーへと赴く家光だ。
 沢田綱吉が喚く声が、一軒家から轟いた。
「ムリ! いまにオレの部屋にあんたら全員入らなくなるからな――?!!」なんとなく、押しかけてくる人間が芋づる式に増えていく惨事を想像する綱吉である。
 真実味が大きくて、よけいに恐ろしい話だ。






06.08.17

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