二次式人間ホイホイ
「……どこをどう見たらコレをヒメって呼ぶ気になるんですかね」
スーパーの紙袋を片腕で抱いたまま、少年は時計を見上げた。ようやっと日が傾きかけたところだ、昼寝には遅いし本格的に寝るにしては早すぎる。
沢田綱吉はコントローラーを握ったままで眠りこけていた。
あぐらを掻いたまま、テーブルに寄りかかるように腕を広げたまま目を閉じている。口角から垂れたヨダレに侮蔑の眼差しを注いでから、六道骸は靴を脱いだ。
適当に、窓の下に揃えておく。
紙袋をベッドにおいて、付けっ放しのテレビを消した。念のために部屋もでる。
やはり誰もいない。綱吉の母親も専属の家庭教師も、室内で普段は暴れまわっている子供たちも。部屋に戻る前に食器棚を覗いて、二対のコップを取ってきた。
「…………」
ひとまず、綱吉の真前に一つを置く。
もう片方を反対側において、その前に着席した。綱吉が目覚める気配はない。
紙袋から取り上げたジュースをちびちびしつつ、骸は辺りを見回した。標準的な中学生の生活とは無縁の彼である。中学生の数学、なんて教科書のタイトルに眉根をあげた。
窓の向こうで、空がだんだんと橙に染まっていく。あぐらをかき、ひたすらに目覚めを待った骸だが、日が沈むころには腰をあげた。
綱吉を覗き込み、その睫毛を掴んでみる。
目尻がピクリとしたが、それだけだ。
「……」やや、力をこめる。綱吉は目尻をピクピクとさせたが、両目を開かせはしなかった。
「襲っちゃえってことですかー?」
爪先で睫毛を挟み、骸がうめく。
「お菓子がありますよ。君が寝てると、僕はすることがまっっったくなくてヒマなんですけども……?」
返答はない、が、綱吉はため息をついた。すうぅと大きな深呼吸。ふ、と、諦めじみた笑みを浮かべて、睫毛を掴むほうとは反対の指を使って綱吉の前髪を掻き揚げた。さらりとしている、が、額は汗で滲んでいた。初夏の気温はじわじわと肌をいぶる。骸の額にも、いささか汗が滲み始めていた。
「あんまりヒマすぎて冗談言う気力もなくなっちゃいそうなんですが」
オッドアイがいびつに歪む。苦しげな囁きだった。
「僕が本当に血も涙もない鬼畜じゃなくてよかったですねえ」
(まるで君から誘惑されてるみたいなのに)指をくわえて眺めてるだけのこの状況は何であろう。答えは、おぼろげにわかっていた。
言葉として表すには抵抗を伴うが、敢えて言葉を与えることにした。
(君にはフェアでありたいってか……、正気の沙汰じゃない)
ぎ、と、強めに睫毛を摘んだところである。
窓が派手に左右に割れた。
いや、開いた。轟いたのは綱吉の絶叫だった。
「だっ、ぎゃああああ――――っっ?!!」
「あっ?! つ、つなよしくん!」
「んあ。なになに、どしたの?」
窓に足を引っかけたまま、ベルフェゴールが驚いた。
「ちょっ、と。じっとしてください! 急に動くからですよ?!」
「い、痛い痛いいたいいたいいたい――っっ。目に刺さった! 何か刺さった!」
「だから、急に動くから……ッッ」信じられないように自らの爪先を見下ろし、両手を戦慄かせる。骸は怒号をあげた。
「今っ、爪に感触あったじゃないか! 失明したらどーすんですか!」
「だっ。いーだーいーっっ。何で骸がいる……ってぎゃあ!」
「あ!!」綱吉をベッドに押し倒し、馬乗りになっていた。
ベルフェゴールが片足を窓からずり落とす。罵声がとんだ。
「何してんだ――?!!」
暴れる四肢を自らの四肢でもって押さえつけ、綱吉の右目を覗き込む。ほろりと涙が零れ落ちていった。悔しげに奥歯を噛みしめ、骸は少年の顔面を抑えにかかった。
「綱吉くん目を開けて! 見えませんっ」
「なんなんだって言うんですか一体……!」
……充血しているが出血はない。
ヘナヘナと崩れ落ちた骸だが、その背後に回ったベルフェゴールが、彼の後頭部を鷲掴みにした。
「っつ」「てめー、どけよ! 姫に乗ってんじゃねえ!」
「キサマ……っ」
振り払い、骸が目尻を吊り上げる。
彼らを見上げる綱吉はいまだ泣いていたが、その理由は大幅にズレてきていた。
「何でこんな悲惨なコトになってんのオレは……!」
「つーなーよーしー。赤ん坊、いる?」と、その時になって新たな声が闖入した。
やはり窓だ。風紀委員長は目を丸くして少年二人を見つめた。加えて、ベッドに押し倒され両手を押さえつけられたままの綱吉を見る。そのまま沈黙した。
「……」「……」思わず、骸とベルが互いを睨みあった。
瞬きが極端に少なかった。ヒバリは、俄かに目尻を笑わせて懐を探った。
「今から一時間ばかり、風紀委員によって新たな規律が並盛にできるかな」
怒りのオーラが見えるとしたら病院に行ったほうがいい。この世にそんなものはないのだから。しかし、綱吉たちの目には真っ赤に燃え上がる何かが、彼の背後に立ち上っているのが感じられた。
「ヒ、ヒバリさ……ん。落ち着い……」
「赤ん坊に渡すものだけど。ちょっと拝借するよ」
「ぎゃっ。ぎゃあああ――?!!」
ちゃっ。向けられたのは褐色の銃口である。
「君に弁明するときが来るとは夢にも思いませんでしたが、僕は何もしてませんよ」
拳銃に動じてはいない。骸が不服を露わにした。「むしろ彼のためを思ってやってるんですよコレは! どーせならいかがわしいコト考えてたときに向けてくれませんそれ?!」
「いかがわしかったんじゃん」
突っ込むのはベルフェゴールである。
綱吉が必死になって頷いた。
「取りあえず退いてくださいよ骸さんっ!」
「目は?」「もう大丈夫ですから!」
赤いですけど……。
やや低い声音でうめきつつも、骸がベッドを降りた。
即座にベルフェゴールが綱吉に抱きつく。引き攣りつつも引き剥がそうとして、しかし綱吉は硬直した。なぜだかヒバリの銃口が、まっすぐ綱吉へと赴いたからである。
骸が楽しげに口角をあげた。ぬるまったジュースを、舌先で舐める。
「綱吉ってどうしてそう新手のばっかり集めるワケ?」
「いやオレに聞かれても……っ。ていうか皆どーしてココにいるんですか!」
「遊びにきました」骸が答える。「遊びに」と続けるのは、ベルフェゴールである。
拳銃をひらめかすのはヒバリである。
両目をすぼめながらも懐にしまって、ベッドの脇へと腰を放り投げた。
「お茶!」
「ヒバリさんは、どして……」
「君と赤ん坊の相手をしに来たんだよ!」
「それを遊びにきたって言うんじゃ」イライラとした声音に骸が茶々を入れる。一瞬即発、むわりとした熱気が二人のあいだに生まれた。綱吉が慌てて両手を叩き合わせた。
「はいはい、お茶ですね! 冷たい麦茶でもいいですか!」
「オレも〜。オレにも茶! 姫さんの淹れてくれるモンなら何でも嬉し〜」
「綱吉くん、ホラ。お姫さんって言われてうれしいですね〜」
ヒバリが鼻を鳴らした。「あほみたいだね、それ」
(もしかして。そろってバカにしにきたのか)
こめかみをピクピクさせながら、しかし有り得ない話ではないと綱吉が結論した。ついでに、今のペースで生活を続けたらいまに自分の部屋は奇人変人で溢れかねないのではと危惧を抱いた。
終
06.08.17
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