マフィアとヒーロー







 暗転した視界のなかで、少年は焔を見つけた。
 両目に染み込む血液は彼のものではない。因縁を持ったマフィアの少年のものである。後ろ足を踏ん張らせて、骸は、目を閉じたままで三叉の槍を向けた。
「おまえはっ、何でそう……!」
 金切り声をあげたのは、両手に焔をたやす少年である。
 彼らが一度目の邂逅を果たしてから二年が経った。マフィアの処刑屋に骸の一味が連れ去られ、その翌月に、処刑人が皆殺しにされたと報せを受けてから。沢田綱吉は、六道骸に狙われつづける運命に直面することとなったのだった。
「頑固なんだよ?! 許すって言ってるじゃないか! なのに何で!」
「ボンゴレは根本的に勘違いをしてるんですよッ」
 オッドアイを閉ざしたまま槍を右に凪ぐ。
 腰を屈めてやりすごし、綱吉は、鎮火した右手でもって骸の襟首を掴んだ。
 浄化の炎は消えやすいのだ。すでに商店街に人気はなかった。数分前に、少年二人が顔をあわせてから、店街からは人が逃げだす一方だ。
「許すとか許さないとかっ、そういう問題じゃないんだ!」
「黙れよ!」「ぐっ?!」
 綱吉が歯を食い縛る。
 頭突きを受けた骸の上体が反れたが、綱吉は、掴んだ襟首を離さなかった。
「いい加減にボンゴレに来い。千種さんと犬さんは、もうみんなに馴染んでるよ。おまえのことを心配してる。一人で寂しいだろうって」
 少年の額では赤い焔が燃え盛る。同様の炎が骸の右目にもあった。
 その赤目は、うっすらと開いて、頭頂から血を流すボンゴレを見据える。皮肉に釣りあがった唇は、呪いを紡ぐように、否定をつげた。
「それで僕が感動するとでも思うんですか。――彼らなど拾っただけの存在ですし。案外、君のとこにいた方が、こき使われなくて幸せなんじゃないですか?」
 やめろ、と、綱吉の喉が震えた。
「わかってるだろ。心にもないことを言うな!」
「こころにもない? ほう、ボンゴレは読心までできると?」
「茶化すな! あ、あの人たちはっ、本当にオマエのこと慕ってて」
「やめろ。裏切った連中の戯言など聞く気もおきません」眉根を寄せて、骸。
 綱吉は髪をふりしだくほどに強く首を振った。
「違う! 骸、あんたのためにだよ。自分たちがボンゴレに入れば、何かしらの感情を呼び起こせると考えたんだよっ。あんたの、その、全世界が不幸になればいいって考えが改まるような――」
「うんざりしますよ。ヒーロー気取りですか? マフィア如きが!」
「違うってば! あんたらの生い立ちが不幸なのはわかる。でもこれから先まで、無関係な人まで巻き込んで不幸になる必要はないだろっ?!」
 ぜえぜえと、息継ぎをする少年を見下ろす眼差しが冷ややかだ。
 ぐっと堪えて、綱吉は真正面から骸を見返した。
「よく聞けよ。骸、オマエの居場所は作れるよ。オレが保証する」
「居場所……? ボンゴレが?」「そうだ!」
「ははっ、は、はははははは!!」
「な、何がおかしいんだッ」
 スゥと、金糸のごとく目を細めて、骸が早口で何事かを言い捨てる。
「君はわかっちゃいない」と、たったの一言だったが。訝しげに聞き返す綱吉に、骸はにわかに唇を吊り上げることで返事をした。力なく垂れていた両腕が起き上がり、綱吉を抱きしめる。
 ――抱きしめる、はずだった。
 雷に打たれたように体を震わせて、綱吉は背後へと体を投げた。
「…………ッッ」びっしょりと額に汗をかいて、歯軋りしたままに骸を見上げる。針があった。骸の十本指の間には、大量の針がしこまれていた。
 開いたオッドアイは感慨もなく、ただ、感想だけを言い捨てた。
「やっぱり気づきますか。さすが、超直感」
「骸……ッ、その針」
「そう、千種が使っていたものです」
 ニコリとして、針を顔前へと持ってくる。右目の炎に照らされたそれは、紫色の奇妙な光をのせていた。毒が、塗ってあるのだ。
 呼吸を飲み込む綱吉に、骸は笑顔を保ったままで告げた。
「千種にヨーヨーを教えたのは僕ですから。スキルを育てたのは千種ですが、」
 後ろ足がわずかに後退る。必死になって横転すれば、追いかけるように針が突き立った。
「扱うことは僕にもできる!」
「死ね、ボンゴレ!」制服の内側から新たな針を取り出し、骸が叫ぶ。
「おまえっ……。そんなにオレを殺さないと気がすまないのかっ?!」
「あなたにこだわっているんじゃない!」
 綱吉の拳には再び焔が宿った。炎の逆噴射によって立ち上がり、そのままの勢いでもって骸につっこむ! 骸は、今度は避けようとはしなかった。
「マフィアだ。マフィアどもは全滅させるっ」
 大地を蹴り、綱吉との正面衝突を狙う。「っ!!」
 至近距離で針を掲げられて綱吉が両目を見開かせた。
 浄化より先に、トドメをさせると判断して骸は跳躍したのだ。
 動揺のために拳から焔が消えていた。焦りを如実に浮かばせる綱吉とは逆に、確信をにじませた笑みが骸を彩る――。爆発が、二人を包んだ。
「十代目! 加勢にきました!」
「獄寺くんっ」
 爆風に転がされながらも綱吉は体勢を整える。
 離れたところで、骸が咳き込んでいた。獄寺隼人が二人のあいだに滑り込む。
「本当に……」骸が憎憎しげに呟くころには、他の仲間も駆けつけていた。千種と犬の姿もあった。
「蛆虫みたいに湧いてきますね、マフィアというのは!」
 たった一人で叫びながら、骸は人差し指を右目につき入れた。









06.3.9

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