やまはもえている!








 トンファーを手にして、ヒバリは息を吸い込んだ。
 ――意識が吸い込まれる。黒ではない、白だ。白が見える。
 焼かれる視界に頭痛すら引き起こされながら、ヒバリは静かに訂正した。吸い込まれているのではなく、意識を吸い込ませているのだと。
「ッ!!」勘が七割、経験が二割、実力が一割。
 動物さながらに、ヒバリは武器を振りあげていた。
 しなった風が動揺を滲ませて後退る。ヒバリの鼻頭がツンとした。
 高まる緊張に耐え兼ねて、体中が、奥底から湧き起こる鼓舞に飲み込まれそうになって、意識すら失いそうで、しかしヒバリは喚起に塗れたままで吼えた。
「そんなもんじゃないだろ! 僕に見せなよ――、本性を!!」
「う、わっ。〜〜っ、ヒバリさん!」
「甘いッ。当てる気があるわけ?!」
 ムチをワンステップでよけると、ヒバリは跳躍した。
 木の枝に飛びついて、綱吉の頭上を狙う。ムチを握りしめながら、絶叫をあげて――綱吉の体を引いたのは、別のムチだった。
 ディーノは、綱吉を引き寄せたままで苦渋の呟きをあげた。
「そちらさんは当てる気満々、だな」
「そのための特訓でしょ?」
「ごもっとも。でも、今のは頭が割れるぞ」
「そのための特訓でしょ」繰り返しながら、ヒバリは目を閉じた。
 土にめり込んだトンファーを引き上げる。特訓をすると赤子に連れてこられて、……合流したメンバーを見て、ヒバリは、機会を見て並盛中学へと戻る考えを捨てた。特訓の主役は沢田綱吉だった。人員のなかに六道骸も見つけて、山中での合宿に同意したのである。
「ディーノとかいったっけ。あんたでも構わないよ。僕の相手をしてよ」
「…………」両目をスウと細めて、ディーノはムチをしならせた。
「きょ、今日はオレの特訓ですから! ディーノさん!」
「ボスたるもの、売られたケンカは買うもんだぜ」
 前へと進みでるディーノ。
 彼の部下たる黒服の男が、フラついた綱吉の肩を支えた。
 ヒバリはニイと口角をあげた。鼻頭のツンとしたつっぱりは、まだ、残っている。さきほどの集中が逃げてはいない。猛る獣を抑えるかのように、ヒバリはゆっくりと両腕にトンファーを添えた。
「匂いでわかる。君は、強いでしょ」
「ハハ、まるで動物だな」
「ふ、二人とも!」
 自らのムチを握って、綱吉が叫ぶ。
 青褪めた彼が次なる言葉を紡ぐ前に、ヒバリとディーノが動いた。
 林を通り抜ける風が、流れを変えた。渦を巻き、葉っぱが次々に蹴散らされていった。
「ちょっ、目的かわってますよ?!」ディーノのムチが幹を削り、ヒバリのトンファーが土を抉る。目まぐるしく動き回る、彼らに注意を奪われたのは綱吉だけではなかった。ディーノの部下も同様である。なので、彼は、背後から忍び寄った少年にあっさりと首筋を殴打された。
「ボンゴレ。お昼ご飯、作ったんですけど」
「うどわっ?! ――六道!」
「今日の当番です。呼びにきました」
 自らの顎を指差しながら、骸は、眉根も動かさずに告げた。
 足元にディーノの部下を転がしたまま、その目は呆れたようにヒバリとディーノを見やる。
「あの二人はご飯ナシでもいいんでしょーかね。ほっといて、いきますか」
「そういうわけにはいかないんじゃ……。ていうか、後が恐いよ」
「聞こえてるんだけどっ」ヒバリだ。ディーノが窄めた眼差しを骸に向けていた。
「ウチのかわいい部下に何するんだよ、おまえ」
「私は馴れ馴れしくボンゴレに触る輩が好きませんもので」
「それって丸きり自分のことだと思わない?」
 うめきながらもヒバリとディーノは膠着状態へと突入していた。
 ディーノのムチが右腕のトンファーに絡まっている。しかし、左腕のトンファーは天頂向けて掲げられていて、ディーノは油断なくヒバリを睨みつけていた。
 嬉々として視線を受け止めながら、ヒバリが続けた。
「でも綱吉は連れて行っていいよ。てきとうに食わせといて。綱吉、一時間後に戻っておいで」
「おいおい。昼飯後は、ツナはオレと特訓するの」
「へえ。初耳。赤ん坊は知ってるの?」
「今、決めた」
「なるほど。いい度胸してるね」
 にやりっ、と、微笑みを深くするヒバリ。
 瞬きのあいだに、ヒバリが駆け出した。張っていたムチが緩み、ディーノが目を見開かせる。トンファーの打撃を受け止めたのは、ムチの柄だった。
「わお。鉄、仕込んでるんだ?」
「……っ、じゃあ、こうするか? 勝った方がツナの特訓をする」
「上等」白い歯を見せて、ヒバリが足を下げる。腕で蹴りを受け止めたディーノだが、衝撃を吸収しきれずに幹に背をぶつけた。
「もらった!」叩き付けられたままでディーノが薄ら笑う。
 ムチを強く握りしめていた。ヒバリの足にはムチの先が絡んでいる――。
 が、彼らは、同時に驚愕して、左右へと飛び退いていた。槍を手にした六道骸が、平然と、彼らのすぐ真後ろに立っていたのだ。
「えっ? あ、あれっ?」
 一緒に眺めていたはずの影が、綱吉の横から消えていた。
 慌てる綱吉は視界にもいれず骸が笑んでみせた。
「そういうことだったら、僕が勝てば、ボンゴレは僕のとこにくるわけですね」
「骸には、あの二匹――」
「千種と犬」
 訂正されて、ヒバリはムッとして口を尖らせた。
「あの二匹の相手だろ。手が空いてるようには見えないけど?」
「別に、もう一人加わろうと同じ手間ですから。ご心配なさらずに」
「ハッ。二人も三人も同じ、か。おもしれーじゃねーか。オレはいいぜ。六道骸の実力も、一回しっておきてーからな。こいよ」
「クフ。後悔しないといいですね」
「しゅ、収集がつかなくなってく……」
 呆然とうめくのは綱吉だ。
 火花を散らす三名が、少年に注意を戻す気配はない。
 一分とたたずに別の火花が散った。トンファーと槍がせめぎあったのだ。ムチが横入りし、二人の少年が飛び退く。五分は、忙しなく続く戦いを眺めたが――。
 やがて、綱吉は、気絶した部下を遠のいたところの幹に寄りかからせて、下山することにした。川辺では獄寺や山本が鍋を囲っていた。リボーンもいる。
「あれ。一人か? 風紀委員長は」
「うーん……」
 口ごもる綱吉に、笑ったのはリボーンだった。
「ディーノと骸も帰ってこないからな。ま、どーなったかは想像がつくってもんだ」
「三人とも自滅しちまえばいいんですよ。少しは十代目のお心も晴れるってもんです」
「さ、さすがにそこまで思わないけど……幸先は不安だな、あ」
 言いつつも、獄寺がよそったカレーを受け取る綱吉だった。









06.3.1

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