なつまつり



 
 カラン、コロンと鈴が鳴っている。朱と碧に染まる眼球は鈴を見ていた。
 下駄の鼻緒は花柄。大きめの鈴だから、よく鳴るだろう。
 ほっそりしてる足首は、カモシカのようで美しい。六道骸の所有物である、忠実な戦士を務めるある少女。
 両親も揃ってうつくしい彼女は、目鼻立ちも手足もなにもかもが優れていて、六道骸の手中に収めておくに相応しい人物であった。
「骸さま」
 眼差しに気づき、少女がいらえる。
 うなずく。
 帝王であるかのよう、仰々しく――実際、六道骸は、彼らにとっては地球上にただ一人の王である――指を差し向ける。少女は何もいわれずとも、綿あめを千切って骸の口元へと運んだ。
 控えめにひらく口唇へと、押し入れる。
「……これまた随分とあまい」
「お祭りって面白いですよね、骸さま」
「そんなことはありませんよ、全く。この糞暑いなかぞろぞろと蟻の行列のような群れを作って、見苦しいったらありません。日本の夏なんざむさ苦しいだけですよ」
「なっ!!」ガーン! と後ろで感嘆符をくっつけてギャグ顔を晒してる男は、当たり前なので無視をする。
 骸は、暑さで崩れてきている髪をゆるく掻き上げる。
「全く。信じられませんね、このお祭り騒ぎは。並盛は頭茹だってるんじゃないですか? 知ってましたけど」
「骸さま、あちらの射的、景品が補充されたようです」
「いきましょう」
「むっくろしゃーん! 金魚何匹まで獲っていいんれしたっけ!? 百匹!?」
「どうせ食べるんですから十匹までに。いい加減、食中毒起こしますよ犬」
「骸ちゃん! ちょっとー、二人で花火見るって約束どーなってんの!」
「師匠〜、ぴーえす4にヒモが繋がってないみたいなんでぇ、幻術でチョチョッとするのアリですかぁ」
「アリです。大いに」
「なあっ!!」ガガーン! と後方で感嘆符をくっつけてギャグ顔を晒してる男は、当然、無視をする。
 ザザッ!
 甚平、浴衣、揃って夏祭りモードに全身を固めている美男美女の軍団が、並盛神社へと一歩を踏み出した。
 あわい笑みが唇に昇っている。あいつヒバリさんに取り締まられるんじゃ……などと馬鹿げた心配を呟いてる男を無視し続けるのもアレかと思い直し、骸は、その微笑を保ったままで左眼を流した。
 夜祭りの怪しい明かりは、生々しいオレンジ色になって六道骸へへばりつく。
「ごきげんよう。沢田綱吉。こんなところで逢うとは奇遇ですね」
「……い、いや、つーかここオレの地元……」
「てめー、骸!! 何しにきた!!」
「どう見ても遊びにきてんだろ」
「相変わらず、お馬鹿な集団ですね。キミ達と僕らを一緒に扱うなど、愚の骨頂ですよ。沢田綱吉とその他」
「ほら、やっぱ遊びにきてるって」
「どこをどう聞いたらそうなりますか」
 声を荒らげられた山本が、ははっと全く反省のない笑みを浮かべる。
 山本の甚平、獄寺のアロハシャツ、それはともかくと、骸は露骨な軽蔑の眼差しでもってツナを見つめ直した。
 じろじろ。短パン、Tシャツ一枚、サンダルをひっかけただけの姿……
「君は、相変わらずふざけていますねぇ。みっともない男だ」
「い、いや、オレからするとお前らのほうが……いやっなんでもない! なんでもないでーす!!」
 ギロッと睨まれて両手を夜空へ押上げ、頭をぶんぶん振りまわすツナ。
 山本がしゃべりかけた。
「コッチは仕事なんだよな。ヒバリのやつに警備頼まれてて」
「不審者が目の前にいるぜ」
「遊びにきてんならイイんだろ?」
「だから遊びになどはきていません、山本武。並盛の動向を観察しにきてるだけですし日本における集団心理を知っておこうという知識欲です。君たちと一緒にしないでもらいたい!」
「不審者じゃねーか!」
「だからこっちはバイトだって」
「ご、獄寺くん、山本、もう行こうよ!? 骸たちは今回なんもしない予感がするよ!!」
「ハァッ!?」と、眉を顰めて睨みつけるのは、他ならない六道骸だ。
 手に提げてる水風船を投げ捨てる――バチャンッ! 破裂する音がした。
 人差し指をツナへと差しおろし、改めて布告する。
「聞き捨てならないですね! 僕の何が君にわかる! そうやって風見鶏の如く適当にやってる男だから僕は君が嫌いなのですよ!!」
「ああっ!? ああ言えばこう言う……っ!! わ、わるかったなぁ、いこう。獄寺くん、山本!」
「沢田綱吉、待ちなさい。大体、ここで逢ったが百年目ですよ。君を倒すまで僕は日本を離れられないのですから責任を取ってそろそろ何をするかわかって……」
「あーっ!! ちょっと、骸ちゃん! デートするって約束したじゃない!!」
「してはいない」
 M・Mへと千種が呟く。
 すたすたと早歩きで祭の中心地へと去ってく沢田綱吉を、同じくすたすたした速度で追っていく六道骸はすぐ人波へとまぎれてしまった。だっ! 終には走り出す、青い甚平の切れ端が見えた。
「〜〜オレは戦わないって言ってるだろぉおおおおおお!!」
「そんな理屈、僕には通用しません!!」
「おい、ツナ!」
「じゅうだ……じゃない、綱吉さん!」
 走り出すもの、追うもの、援護に馳せ参じようと連れ立つもの、バタバタした出入りの果てに、浴衣の美少女とかぶり物の美少年とが残った。
 クローム髑髏は、ぱくりと、綿あめに直接、口をつける。
「…………。食べる」
「ア〜〜ン」
「ん」
 フランの口へと綿あめを運んでやる。
 そうした光景が繰り広げられてる祭の中心地で、どぉーんと大きな火柱が立って、ダイナマイトが爆発したような轟音がして、学ランを着ている集団がクロームとフランの前を走り抜けていった。
 わらわら、人が集まる。
「こりゃあいい! 花火か!」
「今年の委員長はずいぶんとハデにやってんなぁ。人が空飛んでるように見えるぞ」
「おお。なんか、でっけぇ龍みたいなのでてきたなぁ……」
 並盛町とはもはやそんじょそこらのトラブルで動じる町ではない。祭は続いてるし花火を眺めるノリである。
 見上げる見物人にまじっている少女へフランが問いかけた。
「いかなくていーんですか?」
「……骸さまは……」
 なぜだろうか。声には確信が篭もっていると、そしてその自信の根拠も、六道骸専属の幻術師二人にはわかるのだった。
 理屈でなく、心と心で、六道骸の下僕であるからこそ感じ取れるシンパシー……共鳴である。
 にこりと、常にまとう哀愁が弾き出されてる微笑み。その美少女っぷりはこの夏一番のモンでしたよーっ、と、後にフランは六道骸へ自慢するし、骸はどうしてか沢田綱吉を引き合いに出して「彼のカッコはありえないほどブサイクでしたね」などと文句をつけたというが。
 にこりとしてクロームは夜空を見る。火があわく広がって美しくなっていた。
「……今日は、遊びにこられてるだけだから!」





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