SとMとT



 
 訓練場の扉が開いた。悪寒が走った。
「スパナ! 骸さんがくる!」
 叫ぶのとほとんど同時に、六道骸は板敷きの場内にブーツで踏み込む。扉は両手で押し開けた。その手がぶるぶる震えていて、彼は、怒りから顔を青褪めさせた。
「今日はやめろって――」
「モスカ! スパナ、モスカ!」
 名称と人名を連呼して、綱吉は慌てて走った。
 スパナはいささかとろい整備士だ。ノタノタとモスカに乗り込むので、綱吉は、途中で足に急ブレーキをかけて骸と対峙した。背中にスパナを庇うカタチだ。
 彼は口角をヒクヒク痙攣させながら綱吉を睨んだ。
「言いましたよね? 今日はやめなさいって出来るだけ紳士的に優しく教えてあげましたよね!」
「いちいち押しつけがましいぞっ!」
 綱吉の文句に骸は深呼吸をした。
 怒りを静めようと、彼なりに努力もしているらしい。冷えた声で言う。
「特訓に熱心なのは構いませんよ。戦場で命を落とされるよりかはずっとマシですから」
「…………」
 様子を窺っていると、間を挟んだあとで、骸がまた喋った。綱吉の沈黙に堪えかねて仕方ナシに口を開けたという風情が漂っている。
「今は必要ないでしょう。昨日のも一昨日のも必要なかったんじゃないですか?」
「骸さんは神経質すぎるんだよ」
「僕はおおらかな方ですよ」
 思わずポロッとこぼしたセリフに骸はすぐ応えた。
 綱吉は内心でウソつけと呻く。額には冷や汗。十年後世界に飛ばされたことがあったが、沢田綱吉が死亡したという未来の一つを知って以来、六道骸はしつこく修行しろとか鍛錬不足だとか言ってくる。そのときの骸は殺気立っているので、過剰に神経質な方ではと綱吉には思える。
 この八年。
 骸は髪を伸ばしたが綱吉はこまめに切った。加えて、綱吉はボンゴレ十代目を(元からの童顔のおかげでボスらしい貫禄が未だ手に入らないが)世襲していた。
 六道骸と沢田綱吉のあいだに緊張が走る。
 スパナはノタノタとモスカに搭乗した。この青年、十年後世界で初めて出会った相手だ――、あの世界から帰還した後に、綱吉は、彼を迎えに行った。
 世話になったし、友達になれると思ったし、今後のために必要だったからだ。
 当時のスパナはロボット工学を勉強している高校生で、一人でイスからの起立と着席ができるロボットを開発していた。コンテストに出品するためだとスパナは言った。
 綱吉は片言のイタリア語で尋ねたものだ。
 なんでそんな機能にしたの?
『ウチがガッコをサボってもバレなさそうだろ』
 若きスパナは不思議そうな顔をしつつも日本からの来訪者を歓迎した。そして綱吉はボンゴレにスカウトをした。そうして、今に至る。
「綱吉くん」
 後ろから、人間搭載式ロボット・モスカがガッチュンガッチュンと金属音を響かせている――、
「この一ヶ月、どうしてわざわざスパナと? 酷いと思いませんか。昨日からはしかも僕を避けている!」
「お前がうるさいからだろ……」
「誰と浮気してるんですか」
「なんで勝手にウワキとかいうの?!」
 ショックを受ける綱吉だが、骸は、やはり興奮を抑えられないとばかりにヒステリックに自らの顔面を覆った。
「その男とだろーが!! もー許せませんっ!! 見過ごせません!!」
「なんで恋人顔してんのかってゆー根本的なツッコミするぞ?! 浮気じゃないだろ! また骸にも特訓頼むよ!!」
 そうは言ったが、できれば骸をパートナーとしての特訓及び修行はやりたくなかった。
 リボーンや九代目からの命令でもない限りは。骸は沸点の見分けが難しいし、無闇に罰を与えたがるし、盛んなボディタッチとか――、ともかくも綱吉は危険だと判断している。
「またって……、いつですか。僕、明後日にはまたイタリアに行くんですよ」
 骸の次の仕事だ。期間は一週間。判を押したので綱吉も知っている。
 頷いて返すと、少なからず切なく思うものだったのか骸が眉をよせた。しょっぱそうに呟く。
「君が好きだって言ってますよ。明日は、約束したでしょう……。なぜよりにもよって前日にその男と会おうというのですか」
「で、デートって。敵情視察だろ……。イタリアに行く前までに、お前に相手の顔を知ってもらいたいし、オレも用があるし」
 常識を踏み外してはいるが、参謀役としては骸は有能だ。確実にかつ徹底的に相手を潰す作戦を立案できる。
 骸は簡単にシャツとスラックスを着た姿だ。えへんと胸を張る。
「二人きりでしょう。デートです」
「む、骸さんが他のヤツの同行を拒否るからだろ!」
 本来なら護衛の面で心配なので二人行動なんぞあり得ないのだが――、それが守護者とのペア、しかも六道骸なら話は別だ。
 と、
『ボンゴレッ』
 ノイズ混じりの呼び声がした。
 骸は眉を寄せて綱吉の背後に立ったものを見た。人間搭載型巨大人型兵器。見上げると同時に、左手の筺付き指輪から愛用の三叉槍を出現させた。
「うおっ?!」
 出現の余波だ。訓練場のフローリングの上を、白煙がサラーッと掃いていく。
「小癪ですね……。本気で殺してもいいんですよ」
 ぶつぶつとした呪怨が聞こえた気がしたが、綱吉はあえて無視をした。モスカの中から彼が喋ってくる。
『これでいいな?』
「ああ。ごめんね。打ち合わせ通りにしてくれてありがと」
『ウチも、そろそろ、骸がくる頃かと思ってた……。あからさまにウチに嫌がらせするし』
「…………。何したの、骸さん」
「くふふふふふふふ」
 陰険に含み笑う六道骸。綱吉は目を窄める。
「スパナ、オレに言いつけてよね。骸さんは油断すると何するかわからないから」
『今日の弁当……。死んだカエルが……』
「ぶっ!」
 日の大半を工場で過ごすスパナは工場で配られる弁当を昼食とすることが多い。綱吉が噴いたのに骸は嬉しげな様子を見せた。
「クハハハハハ! まさか食用ガエル連れてきたなんてこと思いませんよね? くっふー、なんて汚い男ですかスパナ!」
「お前がそれを言うのか骸さん?!」
『まあ、気にしない。バーナーであぶったらけっこううまかったし』
 綱吉はハッとした。戦慄の面差しでふり返る。
「食べたのか!」
「食べたんですか」
 同時に骸もちょっと身を引かせていた。
 しかし驚きとそれに伴う胃袋がザワつくよーな生理的な緊迫はすぐ消える。当のスパナが、ケロリとしていてまったくこだわっていないからだ。スパナは話題を変えもした。
『それに、骸の襲撃は予想してたことだ、ボンゴレ』
「くっ、これだから、技術屋ってやつは……」
 骸はぶつぶつと何か呻いている。
 マイペースにスパナは自分の意見を述べた。
『ウチはこの状況を面白いと思ってる。だから謝らなくていい。ウチにとっては本気のあんたが見れる場面は貴重なんだ』
「スパナ……。迷惑じゃない?」
『ああ。あんたの次の新しいワザ、もう名前は考えてるんだから』
「なっ、名付け?!」
 食いついたのは骸だ。
 今度は顔を赤くしていた。瞬時に沸騰したらしい。
「なんですかそれ!! ま、まさか最近のって――」
「? 一緒に考えてんだし、そーゆーのはスパナのがセンスいいし当然だろ」
『キャノンって入れたいんだ、今度は……』
 ムズムズした声だ。綱吉は、どこか遠い気分で、モスカの中のスパナを想像した。きっと口も目元も全身もムズムズさせて発明の喜びでわなないている。ついでのガン○ムヲタクの血もムズムズしているに違いない。
「チッ。明日は視察でしょう? キャノンなんか発射する場面がどこに?!」
『いいな……。シビれるよ、ボンゴレ。キャノン使ってるあんたはカッコウいいよ』
「い、イクスグローブにキャノンつけたらダメだよスパナ……」
 一応、クギを刺しておく綱吉である。
 放っておいたらやりかねんと思ったからだ。綱吉が生成する炎と、イクスグローブというアイテムはスパアの創造力を刺激する格好の材料らしかった。
 不意に、ガゴン! と音をたててモスカの頭部がもげた。正確にはポットのフタのようにパカンと開いた。ツナギ姿のスパナが紅潮した顔をだす。
「ちがう! あんたの手をキャノンの代わりにするんだ!」
「だ、だあああ、危ないから出ちゃダメ!」
「作る炎には向きがあるだろ? 火は、上に向かってゆらめくものだ……、それをぐるぐるとさせてエネルギーを場にためて、あんたが手で作ったマルから――」
 どおん! と、口で言うと同時に両手を大きく広げて爆発を表現してみせる。こういうときのスパナは人が変わったようだ。冷や汗がでた。
「わ、わかったから! とにかくモスカに戻れ!」
「完成させてみせるよ! ウチがあんたをな」
 ニッと唇の両端をあげている。そのスパナの顔に影が差す。
「――――っっ!」
 綱吉はボンゴレ十代目の眼をした。
 コンマ一秒。
 スパナの真上で槍とこぶしとがぶつかった。
 振り下ろした槍を受け止められたことで、骸がバランスを崩す――、両腕を盾にしてスパナを庇い、彼のために炎は両手だけに留めたので、綱吉は重力に引かれて落ちる。
 スパナは落ちてきた綱吉を胸に受け止めた。モスカのフタ、つまりは頭に着地した六道骸は、妖艶に笑みを浮かべた。スパナを鋭く見つめ、綱吉に向けるべき筈の言葉をそのまま口にする。
「こういうときは、素直に君の敵になりたいと思いますよ。デートよりも刺激的だ」
「…………。よくわからん。骸のそういうところ」
「む――、くろさん! この!」
 実際には数秒も経たなかった。スパナの腕をすり抜けて綱吉は骸に掴みかかろうとした。
 それを後ろに下がって避ける。
 特訓場の床に両膝をくっつけるほど、スレスレに、腰を低くした――、骸は着地の姿勢を保ったままで右手の五本指全てに嵌めた筺付き指輪を見せびらかした。機上の二人は、今、そこに意識が赴いてギョッとした。
「いつの間にそんなに!」
「それ! あおいの! 何だろう。初めて見た」
「だっ、こら! だめ! 後で!」
「骸ーっ、その指輪みせて!」
「クフフフ。緊張感に欠けてるという意味ではいいコンビですけどね。認めませんよ」
 スパナをコクピットに押し込め、急いでモスカの頭でフタをしている。綱吉を見つつ、骸は眼球をくっつけたグロテスクな指輪にキスをした。右手の中指につけたものだ。
「君たちがこの一ヶ月ほどの特訓で――、どれくらい、ボンゴレの完成度を高めたのかチェックしてあげますよ。イジメのついでに」
『へえ! 言うな! じゃあこっちが勝ったら骸の指輪全部を一週間ウチに預けるんだな!』
「い、いっしゅうかん?!」
 期間の長さに骸がいやがった。
 だがスパナは話を待たずにモスカの右腕をあげた。ガガガガガガ! と、光球の連射が起きる。鉄の弾丸ではなく気でできた発光体だ。
 右方向に走りだして、骸が眼球の筺をあけた。
 噴きでたのも眼の塊だった。ヒトの頭ほどの球体で、しかし表面は全てヒトの眼球を並べることで覆ってある。眼は一斉にモスカを睨んだ。ギョロッ!
 爆発音の後で、慌てて綱吉も走りだした。
「手加減しろよ! このやろ!」
 炎をまとった右手で眼の塊を殴りに行く。が。命中の直前、眼球がバラけて散らばった。
「ぎゃあああああ?!!」
 視覚的なエグさで綱吉が悲鳴をあげた。
『ボンゴレ。心配しなくていいよ』
 ガガガガガガ! スパナは冷静だ。モスカの機関銃が眼球の一つ一つを追いかけ打ち消していく。
「まだまだっ!」
 六道骸は既に次の一手に入っていた。
 今度は親指の筺を唇で舐めている。儀式めいた仕草は彼の好むところだ。ニヤリとして、開筺する。黒い煙が噴きでた。
「わっ!!」
『落ち着け。あんたならどうにかできる』
「……、――――」
 なんとなくキャノンを期待されてる気がしたが、綱吉は、両手を軽く握って全身から炎を放った。ぶわりとしたオレンジ色のらせんは一瞬で収束したが煙を吹き飛ばすには十分だ。
『そうだ。その調子。今のはキャノンでもできそうだったけど。デージルバーナーキャノンって名前でどうかな』
「か。完成してから考えてみるよ……」
 後ろからの提案に綱吉は首を傾げる。
 そこが骸の狙いどきだった。右足を絡め取られて綱吉が一本釣りになった。すぐさま、全身が触手に巻かれて簀巻き状態になった。
 簀巻きはすぐに発熱する。燃えた。塵と変わる。
『その反応は素速い! ボンゴレ!』
 スパナは計器で弾きだしたデータを元にしか褒めてはくれない。綱吉は、パラパラと舞い散る塵の中にスタリと着地しながらも苦笑した。
「特訓の成果は確かにあるかな?」
『当たり前……あたりまえだのクラッカーだボンゴレ!』
「ネ、ネタ古いよ! スパナ! また変な本読んだな?!」
『そうか? まあいい。やっぱりいいよあんた。センスが独特で覚えもいい』
「…………」
 攻撃で消滅した筺は中身を回復させるのに三日ほどの充電を要する。明日も、明後日も、大事な任務を控えているはずだのに骸は動揺もせずに塵の破片を眺めた。
「……いやですね」
 次の指輪に口づけている。
 右手の薬指だ。
「セックス中の恋人を見せてる気分っていうんですか? こういうの」
「こらああああああ?! やめんか!!」
「開けますよ」
 一際、低く冷たい声でささやいて、骸が手を伸ばす。
 だが言葉と動作に反して筺が開いた。薬指と小指、人差し指、残る三つのものすべてだ。綱吉はギョッとして目前に展開される異形の兵器を見つめた。
「おまっっ、ヒッカケ!! ぎゃあああ!!」
「馬鹿正直に惑わされてるから、ですよ。まだまだ甘いですね」
『ウチはスレて欲しくないな。ボンゴレは今のままがいい』
 言いながら、モスカに(は)装着済みのキャノンを肩にひっかける。綱吉は空中を飛び跳ねつつ、追跡してくる三つのグロい塊をふり返っては騒いでいた。精神的に、視覚的に、ぞわぞわくるようなものは苦手だった。
「……言っておきますけど僕だって綱吉くんは綱吉くんのままでいいってそりゃあ……思っては……」
 腕組みをして、綱吉の戦いぶりを見物する姿勢に入りつつ、骸。チラッとだけモスカを見た。そのモスカはキャノンの矛先を骸にしていた。
『まあ、正直にいうなら、このまま消えても構わんよ。ウチは』
「僕がですか」
『そう』
 悪びれもせずに機械を通して聞こえてくる。その声は落ち着いている。スパナには本気で悪意がなかった。骸が邪魔だという思いが単に口をついているだけだ。
「くふふふふ。くっふっふっふ」
 骸はスパナを指差した。
「敵です。君はゼッタイに敵ですから。いつか綱吉くんに近づいたこと後悔させてあげますよ」
『バーナーキャノンが完成したら、あんたを実験に使えないかボンゴレに聞いてみることにする』
 だうん! と、キャノンが発射される頃、綱吉も三つの筺から出てきた異形を倒した。
「ま、どうですか! 特訓の総仕上げができたでしょう? 実はこれが僕の目的だったんですよ」
 全てが終わって訓練場の床も壁も剥がれた頃だ。ちょっと焦げた六道骸は余裕を――、正確には余裕を絞りだした感じの声でそう言った。
 スパナはモスカからでている。
「うそつけぇえええええええええ!!」
 綱吉が絶叫した。スパナと二人、互いに救急箱の中身で手当しあっているところだった。







08.4..20

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