焼き鳥をめぐる皆さん



 
 焼き鳥店に消えていく一同に、ヒバリはしばし言葉を失った。
 彼はさほど鳥肉がスキではない。というのも、苗字が鳥の名前と同じ「雲雀」で、どうにも鳥に自分を重ねてしまうことがあるからだ。彼のこれまでの人生において、焼き鳥というのは食べたことがない。名前そのものからして、まさに直球! で、食べようと思ったことがなかったからだ。
「ちょっと。つまってます」
 のれんを片手でどかしつつ、背後からうめく声。
 嫌いな男だ。振り返りもせず、ヒバリは先を進んだ。一同は掘りごたつに足を入れて、話を交わしながらメニュー表を覗いていた。
「あ。僕、雲雀恭弥の隣はイヤですから」
 言って、背後の少年がテーブルの反対側に赴く。そこには沢田綱吉がいた。六道骸の出現に、綱吉は困ったような微笑みを浮かべた。
「あの、今日はウーロン茶です……よ?」
「はいはい。逆らいませんよ」
 頬杖をついて、六道骸がうめく。
 雲雀は両目を鋭くさせつつ、骸を見ながら着席した。となりには、骸とそっくりの容姿をした少女がひとり。
「…………」
 チラとヒバリを見上げたきり、少女は、声をかけることなく骸を見つめた。少女の隣には山本武……、数えるのが面倒になって、ヒバリは少女が覗いていたメニュー表を引っ手繰った。少女がビックリしたように息を飲み込む。
「…………!」
 目を丸くして、自分の手のひらを凝視している。
 それを無視して、ヒバリはメニュー表を指先で辿った。
「シーザーサラダ、……おにぎり。あとウーロン茶」
 メニューを頼むと、少女は――クロームだとか髑髏だとか微かな記憶がある――信じられないように声をふるわせた。
「あなた、嫌い」
「…………」
「わたしはつくねとねぎま」
「髑髏、会計はどうせリボーンなんですからじゃんじゃん食べてやんなさい。君は少し痩せすぎです」
「わかりました、骸さま。じゃあ、若鶏と皮とスナギモと軟骨とササミと手羽先……。ボス、全部頼もう」
「ええ? ま、まあこの人数だけど……」
 駆けつけてきた店員が、必死に注文を追いかける。シーザーサラダとおにぎりに、チェダーチーズの入ったツマミを頼みながら、ヒバリは髑髏を睨みつけた。
「僕も君がきらい」
「…………」
 髑髏は振り返りもしない。
 ただ、嫌々として頬杖をつく骸と、彼に怯えつつも会話しようと努力しているらしい綱吉を見つめる。ほぼ周囲の存在と彼女とを無視していたヒバリだったが、時間が経つにつれ、髑髏と同じ方角を見つめた。
「十代目、ソイツの方に食い物やっちゃダメッスよ。十代目の分とか何も考えてねえっす絶対!!」
「何で僕がこんなガキのこと気にして食事しなきゃならないんですか」
「ま、まあまあ。みんなで仲良く食事しよう、って、せっかくリボーンが企画してくれたんだし」
「当のリボーンさんがいないから好き放題じゃないですか、コイツ!」
「直前に母さんのチェック入ったのがね……」
「そりゃ、フツウは赤ん坊連れて居酒屋きませんよ」
 ウーロン茶に差し込まれたストローをいじりつつ、骸がつまらなさそうにうめく。獄寺隼人は当然のように無視した。慌てて、沢田綱吉がフォローを入れる。
「まあまあ。すぐ来るよ。母さんの目を盗むのうまいし、アイツ。結局、一番に焼き鳥食べたがってたのはリボーンだし!」
 ちら、と、ヒバリは髑髏が黙々と食べるものに目をやった。ねぎまと呼ばれる一品で、ネギと鳥肉とが交互に刺さっている。一皿には二本が入っている。髑髏は二本目に手を伸ばそうとした――、が、串に触れる直前にピタリと手を止める。
「…………?」
 ヒバリは眉根を顰めた。
 横目でじっと見てくる眼差し。髑髏が、慎重にヒバリの様子を窺っていた。
「…………」
「…………」
 串を取って、髑髏が尋ねた。
「食べたいの?」
「いや」
「……なくなっちゃうよ」
「…………」
 串が皿に戻される。
 ヒバリは、じっとネギを見つめた。
「おいしいの? それら」
「……鳥の味がする」
「わお。嫌な表現」
「おいしい」
「へえ」
 髑髏は別の皿へと手を伸ばした。
 ヒバリはサラダを食べ終えると、おにぎりに手を伸ばす。食べられそうな、無難なものを注文しただけだ。おにぎりは、ふたつ並んでいた。
「…………。いる?」
 すい、と、ヒバリは皿を隣に押しやった。
 髑髏は目を丸くしておにぎりを見つめ、数秒が経ってから、小さく頷いた。無言のままで、ねぎまが入った皿をヒバリの方へと寄せる。ヒバリも小さく頷いた。
 初めて食べる鳥肉は、苦味も臭みもなくてアッサリとしていた。甘味があるが、きっとこれはタレの甘味。鳥肉自体はとてもタンパクなのだろう。
 一口目を食べ終えて、ヒバリは今度は深くうなづいた。横で髑髏も深くうなづいている。おにぎりの中身は梅干しだったようだ。
「……久しぶりに食べる味」
「そう?」
「うん」
「これ、焼き鳥。……初めて食べた」
「そうなの」
 会話になりきらない相槌を返して、髑髏は食事に意識を集中させる。ヒバリも同様だ。
 だが、ヒバリはネギと鳥肉とを一緒にほおばろうとしたところで顔をあげた。実に、信じられないものを見た! とばかりに、六道骸が愕然とした面持ちをして動きを止めていた。
 と、髑髏も骸の態度に気がついた。
「骸さま?」
「……な、なぎ……。いえ、髑髏……。いや、別に……どうでもいいですけど……。そおですね、あまり僕以外の男と話さないように……」
 髑髏が驚いた顔をして、一瞬、おにぎりを落としかけた。
 驚きは一瞬だ。すぐに、喜色満面でうなづいた。
「はい。もちろんです!」
「…………ばか?」
 ヒバリは自らの頭部を指差した。しかし、呟きに髑髏はあからさまな無視をする。ツーンとして振り返らず、おにぎりを食べきった。そのまま、つくねの串焼きを食べ始める。
 気にすることもなく、ヒバリは焼き鳥を食べ終えた。髑髏を振り返るでもなく呟く。
「馬鹿もきらいだし群れてるヤツもきらいだな」
 ぽい、と、串を皿に捨てる。残っていたサラダを食べきると、ヒバリは頬杖をついた。
「沢田。ちょっと。いつになったら赤ん坊くるわけ?」
「ひ、ヒバリさん……。いや、あの。その内に」
「あの子が来るっていうから僕ここにいるんだけど? 何なのこれは。こっち来てよ」
「十代目、噛みつかれますよ!」
 獄寺の叫びを無視して、ヒバリは沢田綱吉を睨みつけた。髑髏がいるとは反対の席をばしばしと片手で叩く。
「空いてるなぁ。ここにいつになったら赤ん坊くるわけ? 空いてるのって目障りだよ。君、責任持って埋めて」
「は……」
「席替えしろって言ってるの。ボスを名乗るなら、少しは僕とも話すべきだろ?」
 からん。ウーロン茶を傾けつつ、六道骸は目を細めた。髑髏に目配せをする。
 すぐさま、髑髏がボソリと呟いた。
「あなた。論理がめちゃくちゃ」
「…………。ホラ、綱吉。会話が成立しないんだけど! この女は何なの? 殴っていいの?」
「ぶっ?! や、やめてくださいよ……! ダメですよ!」
 慌てた綱吉が席を立つ。骸を跨いで、ヒバリの隣へ滑り込む。ウーロン茶を共にした移動だ。
「じゅ、十代目〜〜っっ」
 この世の終わりのような声をだしたのは獄寺だ。六道骸は、眉間にシワを寄せたままで頬杖をついた。
「雲雀恭弥……。野蛮な男ですね。ボンゴレもその男とは仲良くするべきではないのでは? ほら、髑髏。君もこっちに来なさい。何かあってからでは遅い」
「! はい、骸さま」
「いやいやいや。オレと話そうぜ、髑髏ちゃん」
 山本が髑髏の肩を抑える。骸と髑髏を除い全員がナイスフォローと胸中で山本を賞賛した。付き合っているのか、純粋な主従関係なのか、よくわからないが目の前でイチャつかれては堪らない。
 骸は、不機嫌を丸出しにして山本を睨みつけた。
「親睦を深める、ですか? ほお。……僕は放っておいていいんですか? ねえ、ボンゴレ」
「はっ?」
「…………」
 骸は微かに傷ついたような顔をした。
 綱吉は、ちょうどヒバリが広げたメニュー表を覗き込んでいたところだ。ヒバリは骸を完全に無視して、焼き鳥の欄を指差した。
「沢田のオススメってあるの? 焼き鳥、好きなの?」
「焼き鳥ですか。淡白であんま好きじゃないですけど……。牛肉のほうが」
 ふ。薄く笑って、ヒバリは綱吉の頭に手のひらをおいた。撫でるように軽く叩く。がちゃ! と、骸が空のウーロン茶をなぎ倒した。
「うわっ?! こ、氷がテーブルに。大丈夫ですか?!」
 無言のまま、頬をヒクヒクとする。彼は強張った面持ちで綱吉の頭を見つめていた。それに気が付いて、綱吉は隣を見上げる。茶色い瞳は不審がっていた。
「? 何なんですかヒバリさんは」
「沢田はかわいいなぁと思って」
 ハ? 聞き返す綱吉だが、ヒバリは、気にせずにページをめくった。
「牛肉ねえ……。ないねえ。今度、僕が焼肉にでも連れてってあげようか。オゴリで」
「え」
 戸惑いと喜びをない交ぜにしたような声だ。
 綱吉はおずおずとヒバリを覗き込む。ヒバリは笑顔を返した。
「二人きりが条件ね」
「は、はあ」
 戸惑いながらの相槌をする。
 そのときだ。バシャッ、と、辺りが静まりかえるほど大きい水音が響いた。ヒバリは両目をパチパチとさせる。頭から、水……、ウーロン茶を被っていた。
 見れば、まっすぐに見つめてくる瞳がある。
 睨むわけでもなく、ただ、静かに見下ろすだけの二つの瞳。クローム髑髏は、背筋をピンと伸ばして、空になったコップをヒバリに向けていた。
「手、すべったみたい……」
 感慨もなく呟くと、髑髏はコップをテーブルにおいた。
「ごめんね。ボス」
「あっ? い、いや……?」
 飛沫は綱吉の頬にも飛んだ。袖口で拭いつつ、青褪めつつ、ヒバリと髑髏とを交互に見つめる茶色い瞳。ヒバリは呆然と辺りを見回した。
 無言のまま、音のない拍手を送る六道骸の姿を認める。
 ヒバリの黒目が遠くを見つめるように細くなる。ふっと笑って綱吉のシャツを鷲掴んだ。
「ひ、ひばりさん?!」
「濡れた」
「えっ……、ぎゃ、ぎゃあああ!」
 獄寺隼人と六道骸の上半身がテーブルに乗り出した。
「テメー?! 十代目に何て粗相しやがる!」
「何やってるんですか君は? ヒトの迷惑を考えられない男って嫌われますよ!」
「ははは。ふきんの代わりか? 変な発想だな」
 顔にかかったウーロン茶を綱吉のシャツで拭い取ると、密かに笑んだ顔で振り返る。髑髏は済ました顔で知らないフリをしていた。会話は小声でおこなわれた。
「君、噛み殺す。大っ嫌い。シモベ」
「わたしも。骸さまの敵。トリ男」
 意味がわからない! という顔をしながら、綱吉がビショ濡れになったシャツの襟元を見下ろした。ヒバリの黒目は店の入り口を振り返る。リボーンはまだ来ないようだ。





おわり



07.1.24

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