新年の亥


「ああ。あけおめ、ことよ……」
 ろ、まで言いかけて沢田綱吉は硬直した。
 向かいからやってくる人間が見えたからだ。
 彼は真っ黒いガクランを背中にかけて、首に赤いマフラーを巻いていた。服装は、並盛指定のブレザーだ。雲雀恭弥は綱吉に向けて片腕をあげた。
「あけまして、おめでとう」
「あ。ああけましておめでとうございます!」
「なんだよ。ヒバリもくんのかよ」
 綱吉の横で、獄寺隼人が顰め面をする。
 ヒバリがじろりと黒目を動かす。隼人をいさめたのは山本武だったが、隼人が噛みつく前に笹川了平へと声をかけた。ひとり、パンチの練習をしていた彼は不思議そうに武を見返す。
「何をいうのだ。喰うに決まってるだろーが、肉は筋肉にいいんだぞ!」
「でも、こんな山んなかですよ、先輩」
 武は空を見上げる。青い空が、おわんをひっくり返したようにして広がっていた。青々としげる木々は、風に吹かれて踊る。
「リボーンの考えることだしね……。あ、来た」
 山間の向こうから、リュックサックを背負った少女がやってくる。
 リュックの肩紐に長身の槍をひっかけて、不自然な登山スタイルでやってきた彼女は松の木の前に集った五人に頭を下げた。
「あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとう〜。今年もよろしく、凪ちゃん」
「よろしくな〜」
 武がにこやかに手を振った。
「…………」
 凪は、五人を見回してから、最後に綱吉の腕に抱かれている子供へと目を落とす。ランボだ。そのモジャモジャ頭をじっと見据えつつ、凪は小さく頭を下げた。二度目だ。
「よろしくお願いします。骸さまのことも」
『…………』
 了平を除いた全員が、だまりこんだ。
 凪はリュックをおろした。そこには、先に四つのリュックが横たわっている。手ぶらできたのはヒバリだけだ、凪は槍を両手で手にして辺りを見回した。
「イノシシ、どこにいるの」
「さあ。っていうか、イノシシなんてホントにでるのかなココ」
 綱吉は遠い目をした。三箇日が終わろうという矢先、リボーンの召集を受けて集ったのが並盛からバス停十個分離れた小山の中だった。あの、ニヒルな赤ん坊曰く、
『今年はイノシシの年だ。っつうことは、あれだ。狩るぞ』
「狩るって、ねえ」
 恐らく同じメッセージを受け取ったのだろう。綱吉は手中にメッセージカードをみつつ、ついでに約束の時間を確認した。朝の十時に集合、のはずだが、もう二十分も過ぎている。
「リボーンのやつ」
 しょうもないな、とばかりに綱吉がうめく。
 斬るように、突如として声が乱入した。
「呼んだか、ダメツナ」
「うどわあっ?!」
 ヒバリが枝の上から顔をだしたリボーンにつめ寄った。
「赤ん坊。僕は、新年は忙しいから、こういう呼び出しは……」
「おお。そりゃスマんな。でも、後にしたほうがいいぜ」
「へっ?」
 綱吉は目を見開く。
 小さなリボーンの親指が、くいくいっとニヒルな動きで自らの後ろを指差す。集ったボンゴレ十代目とその守護者たちは、一様にして振り返り――そして、同時に駆け出した。
 イノシシが二頭、猪突猛進の勢いでやってくる!
「うぎゃああああ――――っっ!!」
「お、怒ってないかアイツ?!」
 身を翻しながら隼人が冷や汗を浮かべる。
 枝の上を伝いつつ、リボーンが飄々として答えた。
「抜かりないぜ。オレが怒らせといた」
「おまえな――っっ?!」
「イノシシの年……、狩る、あれを、倒せばいいの?」
 綱吉の隣を走りながら、凪が尋ねた。
 リボーンはニヤリとする。その通りだ、と、唇の中で呟きながらも赤子は背後を振り返った。
「センパイは、飲み込みはえーぞ」
「!」
 綱吉、隼人、武、凪の四人が足を止める。
 視線の先には仁王立ちになる二名の少年がいた。
 雲雀恭弥、笹川了平。
 彼らが背後に描けたのは適切な距離を確保するためだ。拳を固める了平、トンファーを構えるヒバリ。
 イノシシが、それぞれ一頭づつ二人に猛進した!
 綱吉が叫んだ。
「お兄さん、ヒバリさんっ?!」
 ひらっとステップを踏みながら後退り、ヒバリがイノシシの横に回り込む。そうして鼻面に目掛けた一発! イノシシが足並みを崩し、猛進の勢いを保ったままで綱吉へと突っ込んだ!
「うわぁっ!?」
「ボス」
 静かに声が割り込む。
 凪だ。槍をくるりと回し、綱吉の眼前へと降り立つ。ぎょっとして、綱吉は、凪の肩を引っ張って自らの背中に隠した。
「あ、あぶないよ……ッ」
「くうっ。こやつ――何故だ!」
「?!」
 ハッとすれば、了平がイノシシに張り倒されていた。思わずといった様子で、青褪めつつも綱吉がツッコむ。
「そりゃーイノシシと正面衝突したらいくらお兄さんでも競り負けますよォ! ってぇ?! ぐう!!」
 どずん!
 腹のど真ん中に衝撃が走って、綱吉の体が吹っ飛んだ。
「十代目ッ。の、やろ……っ、果てろ!」
「獄寺、ココじゃダイナマイトはやめとけよ。みんな巻き込まれちまうぞ」
 構うものか、と、隼人が懐からダイナマイトを取りだした。が、綱吉の制止の声には動きを止めた。
 腹を抑えて上半身を起こす――その目前に、再びイノシシが迫る!
「ツナ、逃げろ!」
「んなこと、言っても」
 動ける状態ではない。綱吉の背に脂汗が滲みでる。
「――ちなみに、笹川は掠っただけで、正面衝突してるのは君ね」
 どうんっ、と、轟音が響いた。
 イノシシが頭から木の幹に突っ込んでいた。目にも止まらない早業だ。ヒバリは、トンファーで鼻先を殴って方向を変えさせた。
 綱吉は両目をパチパチとさせつつも腕の構えを解いた。頭だけでも庇おうと、下生えに突っ伏していた。
「ヒ、ヒバリ……さん」
 下生えの葉が頬を引っ掻く。
 ヒバリは、フンと鼻を鳴らしてすぐにもう一頭のイノシシへと視線を向けた。武と隼人が並んで走り、ぎゃあぎゃあと互いに何かを叫びあいながら追われている。一人、イノシシの背後から追い縋るのは凪だ。
 少女は無言のうちに頭上で槍を構え、高く跳躍した。
 大地に槍を突き立てるが、イノシシの速さに追いつかない。クッ、と、悔しげに喉を鳴らすのを眺めつつ、綱吉も立ち上がった。
「おい、リボーン! いるんだろ?」
「なんだ?」
「こっちの台詞だよ! なんだよこれは!」
「狩りだろ。イノシシ狩り。今夜は皆でイノシシ鍋だ」
「んなぁっ?!」
 リボーンはゆったりとした動きで人差し指を立てる。
「材料のイノシシは自前で調達。これが、ボンゴレ流の亥年・新年会だ」
 最後には、自信満々の腕組み。
 枝の上に腰かけて足を交差させる様子は、余裕であふれていて地上で繰り広げられている凄惨な状況とは丸きり無縁だ。綱吉が歯噛みした。
「そんな馬鹿な! イノシシが相手って、へたしたら死ぬだろ――?!」
「そんな弱いやつはファミリーにいらねェな」
「おまっ。さりげに残酷だな?!」
 ぐしゃぐしゃと頭髪をかき回し、綱吉が仰け反る。その襟首をヒバリが掴む。ヒバリは、反対の腕でノビている了平の襟首を掴んだ。
「ひえっ?!」
「危ないぜ、ツナ!」
 ヒバリが二人を掴んだまま跳躍すると同時、綱吉のすぐ後ろを武が駆け抜けた。足元でも、ヒュンッと風が吹く。イノシシが三人の真横を通り過ぎていった。
「ボウッとしてると、本当に死人がでるかもね」
 指を離しつつ、どうでもよさそうに、ヒバリ。
 ちらりと、隣でしゃがみ込んでいる綱吉を見下ろした。
「例えば沢田とかね」
 喉の奥で悲鳴を噛み殺しつつ、綱吉はお礼を叫ぶ。その間にも武と隼人が走り回る――、と、凪がひときわ高く跳びあがった!
「これで――決めるッ!」
 槍投げの要領で槍を持ち替え、投擲する!
 しかし、ザクンッと身を切る音を残しただけでイノシシは猛進をやめない。脇腹をえぐられ、イノシシは逆上してさらに両足を素早く交差させた。
「ご、獄寺くん、山本! あぶない――」
 彼ら二人へと、綱吉へと腕が伸ばす。その距離は数メートルもない、と、彼らの背中に向かっていたはずのイノシシが方向を変えた。
 ――ギクリとした面持ちで綱吉は放心した。
 土煙をあげながらイノシシが突進してくる。
 真正面だ、しゃがみ込んでいるままで動くこともできない。
 チッ。短く舌打ちしてヒバリが綱吉を肩の上に担ぎ上げた。片手で再び了平の後ろ襟首を掴む。瞬時の動作だった。綱吉が目を白黒とさせる。ヒバリに抱えられながらも、その光景はハッキリと見て取れた。霧がさらりと頬を撫でた、そう感じたとたんに――、
 音もなくイノシシは足を止めた。
 ヒバリが双眸を歪めて振り返る。獄寺も山本も呆気に取られて足を止め、リボーンは物知り顔で、ただ「ヘエ」とだけうめいた。
 イノシシの真上に着地した『彼』は、ゆっくりとイノシシの頭部から槍を引き抜いた。てらてらと光りながら、鮮血が周囲の草木へと飛散する。
「ろ、六道骸」
 綱吉は、驚きのあまり、ただ単に『彼』の名前をつぶやいた。
 名前を呼ぶ、という意味すらも篭っていない。
 だが、六道骸は綱吉を振り返った。
 左右で色の違う瞳に感情はない。静かなもので、ゆっくりと辺りを見回した。そうして、股のあいだで絶命したイノシシを見下ろす。
「――やたらと切羽詰まって呼びかけるから、何かと思えば……」
「おまえ。凪ちゃんは?」
「いますよ。ここに」
 骸は自らの胸をおさえる。
「しかしねえ。別に、僕は便利なお助けアイテムじゃないんですけどね。ヒマなんで別にいいですけど……」
 口中でぶつぶつと呟く。それと同時に、少年のしなやかな肢体が霧に包まれだした。一同が呆気にとられている中、ひとり、骸は思い出したように顔をあげる。
「ああ。もういきますけど。アケマシテオメデトウ、ですか」
「は?」
 綱吉が引き攣る。
 つまらなそうに二色の瞳を細める骸に、慌てて、頷き返した。
「そうだよ。日本じゃそういう。あけましておめでとう」
「ほう。そうですか」
 満足したよう頷き、骸はそのまま霧に包まれた。
 わずか数秒後、その場に立っていたのは骸とよく似た髪形をした少女だった。凪だ。しばらく、静かに自らの爪先を見つめたあとで、凪はイノシシの首を掴んだ。
「ボス。これでいいんだよね。仕留めた」
「ああ、うん」
 曖昧に頷きつつ、しかし、綱吉は仏頂面をした。
「なんなんだよ。あの骸は……」
「前からよくわかんねーヤツだけどな。っていうか、あいつ、誰なんだ?」
 綱吉の横に並びつつ、心底から不思議そうに武が首を捻る。
 生暖かく微笑みつつ、綱吉がうめいた。
「イノシシ鍋、てことは、これからこのイノシシを捌くの?」
「もちろんだ」
 リボーンが武の肩へと降り立った。
「誰がやるの。ウチの母さんは、さすがにこういうのは――」
「じゃあ僕がやるよ。こういうの、馴れてるから」
 平然としてヒバリが進みでる。色々と、ツッコミたい衝動に駆られたものの綱吉は口をつぐんだ。
 以前、人間の死体を処理する……とか、そんなことを言った前科がある人間には深くツッコマない方がいいだろうという判断だ。と、綱吉は眉根を寄せ合わす。
「ん。って、あれ、オレ。ランボ、どこに落として……」
 かなり前から、両手が空だ。
「あそこにいますけど」
 答えたのは隼人だ。
 ジャケットのポケットに両手を突っ込み、すっかり一仕事終えた風情でタバコをふかしている彼は、平然と枝先を指差す。
「…………」
 思わず、綱吉は言葉を失った。
 どうやら自分はランボを投げたらしいと自覚する。
 ランボは、モジャモジャのアフロヘアを枝に引っかけて、そのまま宙吊りにされていた。混乱に紛れて聞こえなかったが、すでに泣いた後のように両目からボトボトと涙をこぼしている。
 綱吉と目が合うと、これみよがしとばかり、ランボは喉を張り上げた。
「うわ――ん!! はくじょおものォオオ!!」
「ラ、ランボ。ごめんごめん。つい」
「ついじゃねーだろ! 酷ぇよォ! ツナのバカヤロー!!」
「げえっ?!」
 ずざざっと後退る。
 泣きじゃくりつつも取り出されたのは、手のひらサイズの手榴弾だ。ランボは手早くピンを引き抜き、頭上に向けて放り投げる――、爆破までの儚い時間に、綱吉がうめいた。
「結局、大抵こういうオチだよね……」
 どおおおん!! すぐ真上での爆発に、その場にいた全員が地面に向けてなぎ倒された。




 ぐつぐつ、と、土鍋の中から湯気が吹く。沢田奈々は、湯気の向こうからテーブルに着席した一同を見渡した。
「ありがとうね! すごいわぁ、みんな。リボーンくんが冗談言ったのかと思ったのに、本当にイノシシ取ってくるんだもの! みんな、その怪我は名誉の負傷なのね。すごいわぁ」
 上機嫌に語り、菜ばしで土鍋の中身をつつく。
「イノシシ年だからイノシシ鍋食べるなんて、ふつうじゃないわね。今日は特別ねえ」
「ボンゴレの新年会だからな」
 リボーンが呟く。ただ一人、無傷だ。
「あさりの新年会? 不思議な集まりねえ。はい、回してツッ君」
 差し出された器を全員に回しつつ、綱吉は遠い目をした。綱吉の右頬と額、鼻頭にはバンソウコウが張られている。器を手渡された隼人は、腕に包帯を巻いている。さらに器を手渡された武は、顔に貼られた四つのバンソウコウが目立つ。
 オレが悪いわけじゃないからな、と、一人胸中で念を押す綱吉を置いて、武はヒバリへと器を渡した。
 鼻柱にバンソウコウを貼ったヒバリは、仏頂面のままで器を受け取った。誰とも目を合わせないまま、了平へと投げつける。
 了平は頭に包帯を巻きつけ、顔のあちこちにバンソウコウがあった。この少年の場合は、ボクシングで怪我が多いので珍しい姿ではない。
「よーし、滋養だぞ。滋養をつけるのだ!」
「肉〜。肉だ、肉! 食うぞぉ! イノシシってうまいのか?」
 ランボがウキウキとした声音をあげる。顔にいくらか青痣が浮いていた。奈々も負けじとウキウキとして言葉を返した。
「ブタに似てるって言うわねえ。でも、二頭もつれてくるんだもの。たっぷりあるから、たっぷり食べてね!」
「もう食べていいの?」
 ちゃっかりと同席するフゥ太が尋ねた。
 奈々がにっこりと笑って箸を取る。リボーンが素早く目配せし、指輪守護者及び沢田家の面々も箸を取った。
「それじゃ。いただきましょうか!」
「おい、ツナ。せっかくの新年会だ。何か良いコト言え」
「ええっ? そんな、いきなり言われても」
「十代目。どうぞ!」
 隼人が熱をこめた視線を返す。
 あらあら。奈々が呑気に呟き、綱吉の言葉を待つ。
 なりゆきは怖い……、と、思いつつも綱吉は言葉を選んだ。
「じゃ……。イノシシさん、ごめん」
「士気が下がる音頭だな、ヲイ」
 リボーンがウンザリしたように呟いた。
「こ、ここからが本番だよ! えーと、本年もよろしく! みんな、――何が起こるかわかんないけど、仲良くやっていこうね」
 おお――! 武と了平がひときわに高く声をだす。
 一斉に鍋へと箸が向けられた。
「いただきまーす!」
「肉ばっか食うなよ。肉はランボさんのだぞ」
「よーし、肉を食うんだ! 野菜は後だ!」
「あっ?! ちょっと、お肉ばっかり取るのズルいよ!」
 フゥ太の嘆きに重なる形で、ヒバリがぼそぼそとしてうめく。白菜を箸で摘んで、器に盛り付けていた。
「僕は群れないんだけど……。ほんっと、組織とかって面倒。ばっかじゃないの? マフィアって言ってもただの会社と似たようなもんじゃないか」
「おお。うめえ。確かにブタっぽい。……寿司のネタにできるか?」
 イノシシ肉をつまみ、仰ぎみる。そんな武の様子に辟易したように隼人が半眼を返す。
「野球バカなだけじゃなく寿司バカになる気かよ」
「寿司ってお肉乗っけてもいいの?」
 イノシシ肉をタレに浸しつつ、綱吉。
 と、一人、器に盛り付けたまま動かない人影があることに気がついた。凪だ。凪は、奈々の隣に座りながらジィッとイノシシ肉と野菜とを見つめる。
 その右頬には二枚のバンソウコウが貼られていた。顔には細かな引っ掻き傷も走っている。
「……凪ちゃん? 食べていいんだよ」
「うん」
 返事をしながらも、凪の顔は浮かない。
 思いついて、綱吉は眉根を寄せた。
「骸のことが心配なの?」
 凪の大きくて丸い瞳が綱吉を見る。
 微かに頷いた。綱吉はタレに浸したままのイノシシ肉に視線をやる。考えてみれば、一頭を仕留めたのはヒバリだったが、もう一頭は骸が仕留めたのだ。
 彼の体は、暗くて冷たい場所に幽閉されている。そこから出られない。つまり、イノシシ鍋も食べられない。
「骸さま、かわいそう」
 ちまちまと箸でイノシシ肉をつつき、凪。
 綱吉は困った顔でリボーンを見つめた。
「ああん? オレはフォローしねえぞ」
「あー……、うん。凪ちゃん、干支って十二個あるから。また十二年後に、骸と一緒にイノシシ鍋食べればいいんじゃないかな」
 考えながら呟きつつ、――正確には、そういうふうに見えるように返答しつつ、綱吉はイノシシ肉を口に運んだ。
「あっ。ホントだ。ブタっぽい」
 凪が綱吉をじっと見つめていた。
 急いだような声で、短く尋ねる。
「ボス、おいしい?」
「? うん」
「……そうなんだ」
 凪は、薄く微笑んだ。
 そうして箸を取り、自らも肉を食む。
「じゃあ、骸さまにさっきの言葉教えておくね。きっと喜ぶ。骸さまはボスのこと好きだから」
「へえ〜〜」
 話半分で聞きつつ、イノシシ肉を齧りつつ――、しかし、最後には咽た。綱吉は喉をゲホゲホとさせつつ、涙目で凪を振り返った。
「な、なんて言った? 今、最後に」
「えへへ。聞き逃したんだったら、もう言わない。内緒だよ、ボス」
「…………?!」
 凪は、くすくすと楽しげに含み笑いをおとす。
 そうして鍋に集中した。後には気味が悪そうに胸を抑える綱吉だけが残される。……今年も波乱の年になりそうなことは、なんとなく予感できた。
「だから肉ばっか食うなって言ってるだろ――!」
「あら。ランボちゃん、それまだ赤いからダメよ」
「十代目、これもおいしいです。お取りしますか!」
「ちょっと! 了平、一度箸をつけたらちゃんとそれ取っていけよ。そんな食事のマナーもわからないワケ? だからヤなんだよ、群れるのは!」
 箸を咥え、難しい顔をしたままで綱吉は低く呻き声をあげた。
「考えるまでもないなァ。新年になってから一週間も経ってないってのに、コレだもんね」
 半眼で、バンソウコウにかりりと爪を立てた。



おわり






>>>もどる

07.01.02