一応、ボスです。


 がつんっ。
  音が聞こえた。
  光が見えた。星粒のようにも見える。
  瞬いて、散らばっていって世界を七色に彩る。俺はその七色の中に頭から突っ込んでいく。ところが、落ちたと思えた七色の世界は大きくて分厚い壁で、壁にしか過ぎず、俺は脳天を思い切りぶつけてまたたくさんの星を見る。脳天が平たくなった俺自身が見える。頭が潰れた俺が見える。ああ、いつか、こうなるんだとボロボロヨタヨタ今にも消え入りそうな意識の底で思う。
「う……、うらんでやる」
  声が出た。おお、まだ生きてる。
  そっと目を開ける。睫毛がタオルにあたる。
  両目の上にタオルが乗っていた。手でどかすと、 シャンデリアが見えた。きらきらに光っていて星くずが散らばっている。その光の中には俺自身がいた。
  ソファーに転がされて、右頬・左頬・額が真っ赤に腫れている……。
 今度こそ殺す。今度こそ噛み殺す。今度こそ死んどけ。
 三者三様に呟きつつ、彼等は互いに武器を向け合う。金髪の青年は能天気にそれを眺めつつしっかりと俺の肩を掴む。なんなんだー、もう!
  叫んで、手を振り払う。
  それで止めるべく三人の視線がぶつかり合う場所に立つ。
  で、まあ、そういうことで今にいたる。俺は知らずにうめいていた。何かに許しを請うような声になった。……悪魔たちがそれに気がついた。一様に、声にせずとも顔を明るくする。
「ツナ! 気がついたか?」
「遅い。復帰に五分と二秒だよ」
 黒衣の少年は腕時計に視線を落とす。
「あー。あ? くはは、沢田綱吉。面白い顔してますね〜」
 その隣で壁に背中を預けつつ、もう一人の黒尽くめの少年が笑いだした。
  上半身を起こした俺の前に立つのはスーツ姿の十歳頃の子供。両手を腰に当て胸を張りつつ、当事者の一人である彼はつっけんどんにはき捨てる。
「馬鹿じゃねーの? よけろ。よける気もねえなら入るんじゃねーよ。そういうのが迷惑って言うんだぞ。またダメツナって呼ぶぞ」
「……あの。骸さん、指差して笑わないで下さい」
「そうですか? すいませんね」
  ものすごくどうでもよさそうに、六道骸が歯を見せる。
「沢田。聞いてるの? ノックアウトから一分で立ち上がるように訓練しなかったっけ」
  あれは、ただの拷問だったと思う。それに多分、一分で立ったのは一回きりでそのときの俺には意識がなかったと思う。と、言い返す勇気は無いので俺は口を噤む。
「ツナ。ほら」
  ディーノさんがソファーに腰掛けた。
 この人の屋敷だ。守護者とボスとを呼んで懇親会をしたい、と、そんな話が切っ掛けのはずだが、パーティー会場だったはずのパーティーホールは見るも無残のズタズタだ。離れたところでは、獄寺隼人が仰向けになって気絶していた。
「どうも」渡されたビニールは中に氷をつめていて、冷えている。
  額に当てる。……右頬に当てる。左頬に当てる。
  かわるがわる当てていると、リボーンはますます両目を尖らせた。
「まどろっこしいな。ディーノ、水風呂にでも顔つっこんでやれよ」
「お前、昔っから思ってたけど実は俺嫌いじゃない?」
「アホか。 おら、いつまでも怪我人ぶってんじゃねえ」
「怪我人なんですけどー?!」
  リボーンに無理やり立たされた。
  途端、脳みそがぐるるっと回転する。後遺症だ。雲雀恭弥が壁から背中を起こして、俺の腕を掴んだ。と、反対側の左側もつかまれる。ほぼ同時に動いたらしく、六道骸が据わった眼差しを返している。
「……あの……」
「綱吉、あっちに行こう。寝てたほうがいいよ」
「こんな屋敷をでましょう? 僕の家にいけば朝まで寝かしてあげますよ」
「おいおい。人の目の前で何してやがるテメーら」
  リボーンがため息をつく。雲雀と骸とが睨み合い、歯茎をみせた。
 あー、もう、どうしよう。思ったところで、俺の腰を掴む手のひら。ディーノさんが仏頂面をして、俺をまたソファーに座らせた。
「ツナは俺んちで寝てるだろ。なあ? 怪我したんだからゆっくりしねーと」
『大義名分』「のつもり?」「ですか?」
  まったく同時に雲雀と骸。
  二人とも、そりゃ気付くだろうけど、タイミングがぴったり重なったことに気がつくと嫌そうに眉根を寄せた。互いに殺気を叩きつけるようにして睨みあう。
「いつか死んでよ」「今死んでくださいよ」
  ぼそぼそと何か言い合っているが、聞こえない。
  聞こえないということでひとつよろしく。俺はもう関わりたくない。
 と、前髪を掻き揚げられた。リボーンがまじまじと額を覗き込んでいる。ぺろり、と、赤い舌が唇を舐めていた。
「舐めりゃ治るんじゃねーの?」
「なめる?」雲雀が顔をあげる。
  いそいそと隣に腰かけてきたのは六道骸だった。
「名案ですね。じゃ、はい、ボス。お薬ですね」
「ま、まてまてまて!」
  オンナならうっとりしそうな声で骸の指が頬を撫でる。
  チリっとした痛みが走る。その骸の後頭部にトンファーとグリップが振り下ろされたが、骸は当たり前のようにスバやく右に逸れた。ガツン!! と、脳天に二つの金属が突き刺さる。
「油断もスキもないね。あと三秒で死んで」
「テメーらな。ざけんなよ。ウチのボスを男色家に仕立てたらぶち殺すっていつも言ってんだろーが」
「あー。僕は切ないです。華麗なボスの隣で蛆虫が沸いているなんて……」
「ツナ。大丈夫か」
  ディーノさんが氷入りビニール袋を頭の上にのっける。
  頭を抱え、ぶるぶる震えるだけで俺は言葉を返せない。なんだろう。なんだ。また、瞼の内側で七色の光を見ていた。目がかちかちする。
  俺は沢田綱吉。ボンゴレファミリーの十代目ボスをしてる。
  でも、就任してまだ半年くらいなんだけど、本気で引退を考えたい年ごろだ。
 

おわり

06.12.7


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