子羊が子羊らしくあるための特訓


「…………ッッ!!」
  地面に叩き付けられる瞬間、 綱吉は体を捻って衝撃を緩和した。
  その動きは、素早いし無駄がない。数年前と比べたら段違いによくなった。でも、そんなことは大した違いじゃない。やっぱり僕には勝てるレベルじゃないからだ。
  同じようなこともアイツも思ったらしい。
 六道骸は声もあげずに、ただ口角だけを残忍に吊り上げて綱吉へと向かった。
「だあああ!!」情けない悲鳴と共に綱吉が逆立ちのような格好をする。ガァッン、特訓場の芝生が派手にえぐれて土が当たりに飛び散った。
「よけましたね?」
「ああああ当たり前だ!!」
  自分の心臓を抑えながら綱吉が叫ぶ。
  骸が手にするエモノは、もはや、見慣れた三叉の槍だ。細かいマイナーチェンジはよくやってるようで、デザインが微妙に違っていたりするから、多分、何本も持っているんだろう。僕がそんなことに気が付いても、まあ、意味はないので無視しているけど。
「…………」
  槍の上に乗ったままで、骸がニヤリとする。
  それの意味するところはわかる。アイツとは気が合わないけど、っていうか死んで欲しいくらい嫌いだし話すのも姿を見るのも嫌だしホントに死ねばいいと思うんだけど、なぜだか、抗争とか命を賭けた場面とか綱吉をいじるときにはタイミングが重なる。まったくもって迷惑だけど、呼吸が重なる瞬間がある。
「っ?!」
 きた。 超直感。
  綱吉が、弾かれたように頭上を見た。
  太陽が見えるはず。三階のベランダに足をかけた僕も見えるかもしれない。
「ひ、ヒバリさっ。それ反則じゃ?!」
「ルール無用。鬼ごっこ、終わりかな?」
  だんっと蹴れば、重力が僕を地表へと吸い寄せる。
 まっ逆さまだ。頭から落ちていく感触、嫌いじゃない。面白い。この、今にも死にそうな気絶しそうな瞬間がスキだ。このときに目を開けていると――地球の裏側まで透けて見えるような気になる!
「っ、っっ?!」
  骸が槍を地面から抜く。
  綱吉が真っ青になってそれを振り返る。骸が槍を振りかぶる。
  両足の膝を胸の前に引き寄せる。加速があがる。すべて、一瞬のできごとだ。
 槍が僕の鼻先を掠める。その槍を両手で掴んで、綱吉の額を覗き込みながらニヤリと笑ってみせる。恐怖に引き攣って、呼吸も止めて僕を凝視するブラウンの瞳。嫌いじゃない。
  これは刹那のことで、すぐに槍を起点にして上に跳ぶ。骸は槍を捨てて片脚を振りかぶっていた。僕も、右足を振りかぶる。その瞬間、綱吉の悲鳴が屋敷中にこだました。
「ぎゃあああああ――――っっ!!」
「はい。ナイスシュート」
「わあ。ヤな例え」
  着地しつつ、土ぼこりを払う。
  骸と一緒に綱吉を蹴るなんてなんてくだらない経験か。
  まあ、面白いくらいに吹っ飛んだので楽しいといえば楽しい。綱吉は惨めそうにヒクヒクと肩を痙攣させて、たたきつけられた先の木の幹をツメで引っ掻いていた。いや、ツメをたてて、どうにか立ち上がろうとしている。ベランダの上を見上げてみると、十歳頃の少年が頬杖をついていた。
  かの少年が所有しているこの屋敷は、ほとんど、沢田綱吉のための特訓場というに等しい。トラップとかトラップとかトラップとか罠とかがいっぱいだ。
「質問なんだが、一対一なら勝てるのか?」
「十回に一回くらいならいけるんじゃない」
「ふうん……」
  鼻を鳴らしつつ、リボーンはストップウォッチの液晶を見つめる。
「二十分か。ま、よく逃げたほうと思っておくぜ」
「へえ。今日は優しいね。だってさ、綱吉」
「…………っ」
  木の幹によりかかり、顔面を抑えたまま何か悶絶しているらしい綱吉。
  さすがに、その背中を見ていると可愛そうになってくる。シャツに思い切り足型がついてるけど、僕は、膝を曲げて叩き込んだからあれは六道骸のものだ。
  アイツは手加減しないから厄介だ。綱吉が本気で死んだらどうするんだろう。
「起き上がれないの?」
「だ、いじょうぶです、けどっ」
  度重なる特訓で綱吉は打たれづよい。
 涙目がふりかえってくる。顔が真っ赤に腫れていた。
  ああ、そういう顔が好きだ。ゾクゾクする。思わず、ニッコリ笑う。ギクリとして綱吉が両手を胸に寄せてファイティングポーズを取る。
「起き上がれるなら、また手合わせするのもいいね」
「なっ……。嵌めてるんですか?!」
「そんなつもりないけど?」
「ボス。救急箱が欲しければ僕の方をみません?」
  また綱吉が飛び上がる。あれだけのダメージを受けながら、もう二本足で立っているので、この子もずいぶん人間離れしてきたものだ。
「大体ッッ。これのどこが特訓なんだよ! イジメだ!」
  骸が赤十字の救急箱をぶらぶらとさせる。喜悦が目尻にうかぶ。
「そーですよ。君があんまり弱いから、こうでもしないと楽しくないんですよねえ」
「ちょっと。君みたいな道楽者といっしょにしないでくれる。僕は綱吉が強くなるようにいじめてるんだよ」
「リボーン! 俺こんなことやってたら死ぬよ?!」
  ほとんど泣き声で懇願する綱吉。
  その必死さに、少しだけむらっとくる。いらっ、かもしれない。
「ま〜……。しかし、あれだよな。おまえもフツーじゃない感覚のヤツらに好かれるよな。ときどき、同情するぜ」
「だまされないよ?! お前だろ主犯は!」
「ああ。悲しいぜオレは。教え子ごときがこのオレに逆らおうとしてやがる」
「ぎゃあああ?!」天を見上げて嘆きつつ、しかし、リボーンは容赦なく綱吉に向けて発砲した。あたるようで当たらない、ギリギリの場所を狙ってる。
  さすがだ。この子の腕はいつ見ても惚れ惚れとする。
「お、おにいいい!!」
「うーん。何だか、……撫でてあげたいですね」
 やっぱりまだ救急箱を手にしつつ、可愛げのあることを言いつつ、実に残忍に骸が相好をくずす。コイツのこういうところが大嫌いだ。むかつく。言葉通りの意味じゃないことは明白だから。
「……綱吉。そのまま逃げてみて。二ラウンド目にいくよ」
「はっ? はあああっ?!」
「これが終わったら、おやつにしようね」
  ニッと笑ってあげる。綱吉は、涙目で顔をぶんぶん左右に振った。
「い、今すぐがいいですっ! 今日の特訓はもう終わりにして!!」
「ダーメ。今日は僕が作ってあげたから。タルトね。レモンの。きれいな焦げ目がついたんだよ」
「ッチ。餌付けか」僕にしか聞こえないくらいの声量で骸がうめく。
  ふっ。思わず失笑がこぼれる。
  まあ、……彼を撫でてあげたいというのに、完全に同意しないワケでもない。
 

おわり

06.12.9


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