8月31日むくつな!



 たまに、どっちが意地っぱりだか分からない――ような気がする。
「おい」窓に手をかけるなり一気にひらく。スパーン!
「獄寺くんたち帰ったよ。いつまでそこにいる気だ? 居るのはわかってるからな」
 宵に黒くそまる庭へと、しゃべる。
 八月も終わる三十一日。急に肌寒くなってセミの音すら途絶えてしまった。駆け足でちかづく秋を全身に叩き込まれているような、季節のうつろい。例年に比べると乱暴なうえに手を抜かれている。
 それと似て、もやもやと宛てのない不満が胸中で糸をよらせるかのよう。眉と眉のあいだに皺ができた。
「――隠れたって意味ないだろ! 今さらさぁっ。おい。おいっ、ゼッタイいるだろっ。嘘つくなーっ!!」
 窓から上半身を乗り出させる。
 と。
「にゃーん」
「! 骸っ」
「いえいえ。ネコですよ。にゃー」
「あほ、かっ! ちょっ」
 うす柔らかな名残色みたいなブラウンの瞳に、影が入る。綱吉ははっとして体を屋内に引っ込める。悟ったからだ。
 相手はどうやら――仁王立ちになって居る。
 じぶんの、まうえに。
 息を呑み、びっくりするまま心臓にどきどき言わせる。そのうちにも彼は片手でぶら下がってヒョイッと右足から侵入してきた。しなやかな身のこなし。そこは猫さながら、だ。
「あ、ちょ、っ。ブーツ」
「ハイハイ」
 屋根から降りてきた少年は、慣れたものだ。
 着地しないで窓の枠に腰掛ける。アーミーブーツの留め具らしいベルトを、ぱちんぱちんと言わせて外した。光沢が紫っぽく色づくが地はブラックのボトムとあわせて重装備な感じだ。
 が、上はTシャツのみでラフだ。
 浮き上がる骨々しさから体のでこぼこが見て取れる。細く絞った体格は、それだけで何だか重装備的な武器に匹敵するような気もするが……。
 綱吉は、胸の左側のちいさなワンポイントが気にかかった。
 クマだ。シルエットの。
 で、立ち上がったそのバックに『猛獣注意!』なんて日本語が入っていて……変なセンスだ。
「……ツナくん」
 彼もまた、神妙そうに目をすぼめていた。
 右が赤く左は青。オッドアイ。青味がかったパイナップルヘアーと併せて六道骸の最たる怪異。
 顔の造りも秀でていて、人によってはそこがイチバンの怪異にもなりえるがまぁともかく、薄手の黒靴下で床に着いた彼は屈み込んで心配そうにのぞこうとした。
「これって裾短いですよね。おみ足が出過ぎですよ」
「…ッッ!! め、めくっ、めくるな!」
「今度、僕とノーパンごっこでもしますか」
 にこ、人好きしそうな笑顔でおだやかに言い放ちながらも骸はしっかり綱吉のカーゴパンツを捕まえていた。
 普段着用にひとまわり大きいサイズで、膝より高く留めているので下着を露出させられかねない。掴み返す綱吉もものともしない腕力で骸も掴んでいる。
「そのオレンジ皮のような色したTシャツもかわいいですけど薄いですね。僕が選んであげましょうか。イイお店知ってますよ」
「み、土産物屋で買ったレベルのTシャツ着てるヤツが何言ってんだ! 放せよ、っつーか変態かっ!」
「おっと。頭蓋骨へこんじゃいますよ」
 のぞいてくるまま、膝で殴ってやろうとした綱吉だが骸はベッドの方に身を返していた。
 慣れた足取りで後ろの確認もせず、つまり顔は綱吉をずっと眺めたままでベッドに座り、右脚を左の上に重ねた。その右脚の自らの膝に、人差し指をつつっと這わせてみせる。
「君の馬鹿力だけは侮れませんから。いくら僕だけに暴力的だといっても限度がありますよ、どうせじゃれてるだけなんですから」
「あのな。今日はいくら挑発してもオレは乗らないぞ。やんなくちゃなんないコトが」
「宣言ですか、それ」
 骸は甘い吐息でしゃべっているので、綱吉は、腹の底がひくひく蠢くのを何度も感じている。
 怒りだ、怒りで間違いなかろう。
「わかってるだろ。だから屋根の上で蹴るわ叩くわしたんだろ、オマエ。っつーかわざわざ8月31日にきてくれるってそのつもりだろ。素直に本題に入らせてくれ」
「えぇ? 僕、言われてませんけど?」
 しらじらしいほど目を丸め、口許に手を当てる六道骸。
 コイツ! ツッコミなり拳なり何か繰り出したくなるが、だが綱吉には覚悟してある怒りだった。両手をパンとあわせる。どっちにしろここまで情けない頼みをできて、むしろ頼まずとも手を貸してくれるのは――いや今回は頼んでるが――いや頼まなかったらそれはそれで絶対介入してくるやつ――ともかく!
「骸。オマエを頼みの綱に勘定してるんだ…や、してます。困ってるんです。助けてください!!」
「ふふ、リピート」
「えっ?! ……あ、助けてください!」
 思いがけない即答に呆気にとられるが、合点してもう一度。骸は顔色ひとつ変えず穏やかにまた言った。リピート。
 …………。
「た、助けてくださいっ。助けてくださいっ。助けてください……助けてください、助けてください。助けてください。タスケ……て、ください。たすけてください……い、いつまで言うんだ? え? それレコーダー? 録音してんの? うわキモッ…いや助けてください、はい、うん。たすけてー。だれかー』
「……段々第三者に助けを求めてく感じにシフトしてくのはどうかと思いますが、まぁ不問としましょう」
 骸は、レコーダーの再生ボタンを停止させつつ、さほど機嫌も悪くなく寧ろ上機嫌でうなずいてみせた。
 ぜいぜいぜい。汗だくになって額をぬぐいつつ、綱吉はあらためて六道骸の貪欲っぷりに怖れをなしていた。自分の録音音声を聞いたのも初めてで動揺してもいる。骸が音を録ってどうするつもりなのかも気がかりだ。
「……いっ、今ので一気に疲れが……!!」
「マッサージでもしますか?」
「全力で断る!!」
 自分のTシャツにしがみついて身をかばいつつ、綱吉は青ざめてベッドから最も遠い壁に貼りついた。
 骸は、手のひらを出している。
「ならください。ぱっと終わらせましょう、君の『なつやすみの宿題』を」
「…………」
 思わず、目を逸らす。
 これは――先程まで共にドリルをやっていた獄寺たちにだって、正直に言ってない。とんでもないから。言い出しにくくって言えなかったのだ。それに……。それに。
 骸が、ふしぎそうに綱吉を凝視してから、目の色を取り替えて唇をにやにやさせた。バトル中、弱点を見つけたのと同じ色合いだ。思わずといった様子で口にする。
「きみのはずかしいウィークポイントね、上等でぶっ…く、投げつけることないじゃないですか!」
「いかがわしい言い方すんなァーッ!!」
 机から出したプリントが骸の顔面に衝突したのちバラバラと飛び散るなかで、綱吉がまっ赤っかになりつつも絶叫した。

「氏名の記入すらありませんね」
「手つかずって言って欲しいっていうか……」
「僕はそれほど優しくないのですが?」
「……そ、そーですね……」
 ごめん。小さくうめき、綱吉はちゃぶ台丈のテーブルに深々頭を下げた。
 白紙の原稿用紙。読書感想文用。さらに、理科の実験レポート、工作、自由研究の手引き。もろもろ。向かいで六道骸は面白くもなさそうに宿題を一瞥した。
「いちおう訊いときますか。夏休み、ナニしてたんです?」
「特訓……かな……? リボーンに連れてかれた後はもう何もする気なくってよく寝てたかも」
「青春ムダ遣いしてますねー。君のフンどもにはなぜ手伝わせなかったんです。朝からずっとここに居たでしょう」
「お前やっぱ朝から…あ、いや、獄寺くんたちはしっかり終わらせてるんだ。だから言いづらくって」
「ツナくんて妙なとこ卑怯ですよね」
「しみじみと人格攻撃すんな! …あ、や、しないどいてくださいっ、めげてしまいますっ」
「ダメツナ」
 特に配慮も無くズバッと笑顔で言いのけて、だが、骸は両方の口角をたおやかに吊り上げる。
 目は、追い詰められた綱吉から見ても優しい。心なしか慈愛を含んでいる。綱吉は背筋が寒くなりもするが。
 骸の長い指が、夏休みの宿題たちを束ねて取りあげた。
「では、これは君が直々に僕に残しておいてくれた有り難たーい宿題とゆーことですねぇ」
「……」
 平静をよそおうとするも、びくり、背筋は伸びてしまった。綱吉も気づいてはいたのだ。骸への大きな信頼を。意識下にあるのか、認めてないか、もろもろの問題を孕んでるとはいえ。
 まさか。いや。そんなはずは。でも――
 結局、おずおずと述べる。機微にうず光るオッドアイが沈黙を許してくれず、その沈黙だって骸が奪ったままである。
「……どうかな……?」
 顔から火がでるようで、何もない一点を見つめる。
 向かいの男は肩を揺すった。
「くふっ」格好付けるように自らの顎を指で一撫で。芸術品でも愛でる目つきで此処ではないどこか遠くをうかがう態度。少なくとも綱吉は彼のなかで何かが音を立てたのがわかった。
 壁にかかる時計を仰ぎ見、骸はそのうっとりしたままの夢想顔でほわほわ呟く。ほわほわ。そんな感じの、声色だ。落ち着きがない。
「もうすぐ夜の七時……。よろしい。明日の朝までにすべて完璧に仕上げてみせましょう。ただし、使用した時間の分だけ君の体を自由に使わせて頂くとしましょう」
「なっ!」
「イヤなら、君のご自慢のスパルタ家庭教師にマンツーマンでもお願いするんですね。いびってくれるでしょう、僕より遙かに『優しく』」
「ちょっ! リボーンはまずいっっ」
「クフフ。彼は恐ろしいほど『優しい』でしょうねー」
 本当のところはどうだか、わかりきってるせいか『優しい』に妙なアクセントをつけて強調してくる。宿題は心配いらないからっとビアンキに押し付けたのが今朝のことだ。多分、今晩は帰ってこない……。
 綱吉は、テーブルにつけた手のひらをぎゅっと丸めて拳をつくる。
「――――全部やってくれんならそれでも…いい…けどっ、でもそれならオレだって監視するぞ」
 起死回生の策――のつもりだが。
 骸は眉をひそめた。
「君何さりげなく全部僕にやらせようとしてんですか……まぁいいですけど……で? どういうつもりですか?」
「っ。ちょっ。や、オレもやるよもちろんっ。ただオマエがんな条件つけるならって……!」ふいに、いじきたない腹の底を見透かされた気がして頬を赤らめる綱吉である。慌ててフォローする。
「条件とは?」
「…千種さんたちに頼むつもりだろ」
「ほほう。おわかりで?」
「やっぱりかぁ!!」
 悪びれもなく表情すら変えない相手にオーバーリアクション取るのも虚しかったが綱吉は頭を抱えずにはいられない。身に付いたサガというものだ。
 ふふふ、面白そうにほくそ笑みつつ、骸はなぜだかマゾヒスト的な歓びをその顔面に露わにしていた。
「君、ヒトのことまっったく言えないくせに。でも許してあげますよ。僕の愛情を試してるんですよね、つまり? 僕がどれほど君のために我が身を粉にできるか試してくれるっていうんですね?」
「な、なんか違うしそーいうプレイなつもりも毛頭ないんだけどっっ……、…ん」
 うん、とクリアに発音できるほど綱吉は胆が据わっていなかった(特に骸の奇行に関しては)。が、首肯する。
 どこから出したか幻覚で作ったのか、骸はストップウォッチをカチリと言わせた。
「ではこの通り。さて、まずは読書感想文といきますか。三冊分と。ツナくん。この家を訪ねてくる者は誰にでもドアを開けてくださいね」
「は? 何……あっ?! おいまさか!」
 言うが早いが即実行だ。
 ストップウォッチが握られていた筈の手には、今は鈍い輝きの胴身が嵌まっていた。綱吉が血相変えて腰をあげたときにはもう引き金を引いてもいる。
 …ズドォン!!
 ビッ。
「ひっ」
 鮮血が頬にまで飛んだ…。
「ひぎゃぁああああああああああああああああ!!!」
 テーブルにもいくらか飛び散った。跳び上がって壁際にまで逃げて、しかし、物言わぬ亡骸となった少年はぐたりとフローリングの上に転がっている。
 徐々に広がる、真っ赤で臭い血だまり。
 あわわっ、ば、あば、歯がうまく噛み合わないながら、綱吉がパニクりながらも喘ぐ。
「し、死っ、死んでるっ!! 憑依弾っ…つかいやがった。な、なつ、夏休みの宿題でっっ」
 理性が、正常な判断力をしばし失う。オレのせい? そんな、なんでこんなことに!
「…………ッッ!!」
 死体を見下ろしながらイヤな汗でびっしょりになる。身動ぎもできずにいると、ピンポーン。
 玄関の呼び鈴だ。程なく、母親の呼ぶ声。
「ツっくん! 何うるさくしてんのよ。ちっちゃい子が会いにきてくれてるわよーっ、出なさい!」
「……え? っ? へ?」
 一歩目を踏み出すのに、えらく時間を取られる。動いてしまえば後はラクだった。
 よろりよろりと玄関にでてみれば。
 知らない子がいた。
 スカートから痩せた足が伸びて、白い靴下がまぶしい。綱吉を見るなり愛らしい顔立ちに血の気がひろがり、その右眼に禍禍しく刻み込まれた『六』の痣字が瞬いた。
「おにぃーいちゃんっ! えへへーっ」
 あらゆる意味で怖気を立てつつ、綱吉は自らの声を噛みしめる。
「…む、骸」
 ひくく。ぞくぞくゥー!!
 引き攣ってるのは口角どころじゃなく内臓もだ。目の前の女の子は、綱吉が何も持ってないとみるや目を伏せる。
 みるみる端にあふれてくる涙。
「お兄ちやぁあん…」
「ヤメロ、持ってくるから今」
 こんな冷たい声出せたっけというほど色無く吐き捨て、綱吉は踵を返す。女の子は原稿用紙とシャーペンを受け取ると玄関の床にひろげて、さらさらと砂がこぼれるような音で書きだした。
 ツッコミ…しちゃあ…いけない…どこかでそんな声もするが、だが……。綱吉は、ドン引きしすぎてて額が青白い。
「それってオマエの力?」
「うっふふ。おにーちゃん。ボンゴレの血のチカラはおにーちゃんの一部でしょー。アタシもそれとおんなじ!」
「その口調はやめてくれ」
 次に、やってきたのはハチマキを頭に巻いたメガネの子どもだった。カーディガンにスリッパで、くたびれた姿。
「お、おまえ、見るからに受験勉強で苦労してそうな子をっ?! せめてもっとお気楽そうなやつにしたら?!」
「近所なんですもん」
「オマエの基準シンプルッ?!」
 さらに次は、つんつんした黒髪の子どもだ。綱吉はなぜか見覚えがあった。どこかで会ったような……?
「くふふ。みーくんです。久しぶりの契約を起こしたもんだからちょっと体が干からびてますがお気になさらず」
「オマエ、大体は百害あって一利ナシって感じの性格してるよな……」
「そんな僕を利用しちゃうお兄ちゃんはじゃあ大悪党だね!」
「…………」
 子どもに無邪気な笑顔でいわれると、さすがに、胸にぐさりと突き刺さる。男の子は十分程で書き上げて沢田家を後にした。
 気になったので、その後ろ姿を見送っていた綱吉だが。男の子はあるところでビクン! と震えあがった。みるからに動揺した様子でキョロキョロして、逃げるよう走り出す。
 後味わるいな。綱吉は素直にそう思ってしまった。これが六道骸を頼るということの、意味か……。
「しかも……アイツ、なんで全員が小学生なんだよ……。オレいちおう中学生なんだけど」
 趣味か? イヤな趣味だ。深くツッコまずにおこう。骸の憑依のメカニズムがどうなってるのかもナゾだがそれも。
 戻れば彼はやはりというか、生き返っていた。
「あっ?! ちょ、勝手にオレの服で?!」
「くふー。費用のうちです。はふ」
 タンスから引っぱり出したらしいTシャツで、血がべっとりついたこめかみを拭い、さらには顔に押しつけて息を思いきり吸う。綱吉が言葉を失ってるのも構わず、あたりが血なまぐさいのすら無視して骸は「工作」と口にした。
「プランはあるんですか?」
「……な、ない、よ? 芸術家とか連れてくる気か」
「まっさか。僕の得意分野です、僕の手に直々に完成させてあげようじゃありませんか! 時間が時間ですからちょっと買出しに行ってきますね!」
「お、おい…」
 その血なまぐさい姿で。どんだけマジなんだっ。など、ツッコミするだけの気力を取り戻すより早く、骸は飛び立っていった。文字通りに。窓から。
 綱吉には、妙な胸騒ぎが残った。厄介なコトになんなきゃいいんだけど! と、いうのと、さすがに骸にわるいこと頼みすぎてるかな……? というものだ。
 時刻はもうすぐ八時。暗さを増す夜が、そっくり同じに胸を浸食するかのよう。
「つっくん? 何してるの」
「あ。と、友達と、徹夜で……宿題してるから。ちょっとうるさいよ。母さん」
 と、暗さを掻き消すように、綱吉は台所でお茶やら菓子やらを盆に用意した。
 そして戻ってきた骸の仕事は速かった。
「できました!!」
 絵の具で腕や顔をいくらか汚し、きらきらした表情とあわせて作業場のやんちゃ少年といった風情で、テーブル上に造り上げた世界観に惚れ惚れしている……。
 うすいベニヤ板で立体型の回転絵本をつくり、それに粘土をくっつけてコマごとの物語を……。
 と、その発想のファンシーさは捨て置くとして……。
 綱吉は、ぶるぶるぶるぶる震えあがってどうにか声を搾るのが精一杯だ。
「な、なに、それ…っ?!」
「くふふふん! こ、れ、は!」
 自信満々に、骸が絵本をくるるっと回転させた。
「誰でも気軽に地獄気分が満喫できる、釜ゆでされたり針山に突き落とされたりが堪能できる地獄絵図体現装置っ、名付けて地獄絵図めぐりんっ! です!」
「…………」
 気が遠くなり、口が小さく「あわわわ」とか呟きつつ、しかしろくに喋れず綱吉は地獄絵図めぐりんを見つめる。体のふるえが止まらない。
「ほーら、こーやって回すと」骸はうきうきしていた。誰がどう見てもウキウキしている。滅多にないほど。
「これぞ八大地獄道! 怖い! 恐ろしい! 気味悪い! すべて揃って残虐残酷皆殺し虐殺何でも来いですよ!!」
「こ…怖ぇっ…怖ぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええよ!! 怖すぎるよ!!」
「おおっ。ツナくんがやっとキレたっ! くふふ、ずっと黙って死んだ魚の眼して僕の地獄見つめてるもんだからそんなに六道輪廻に感情移入してくれたのかと感動しそうになったじゃないですか」
「なんもかもひたすら怖いんだぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「気が触れたみたいに叫びますね」
 完全に他人事で言っておいて、しかし綱吉がふり下ろした両の手からは地獄絵図めぐりんをしっかり抱っこしてガードする、骸。
 別に怖そうとしてそうしたのではない。錯乱して右も左もわからなくなったのだ。綱吉はそのままテーブルを何度か叩いて突っ伏して頭を抱えた。
「あーオマエに悪いなっとか気ぃ引けるなっとかアホだっアホのすることだ! いやいちばんアホなのは骸を頼っちゃったオレだぁああああ!!」
「まぁ君がお馬鹿さんなのは否定しませんし大歓迎ですけど。そんなに地獄絵図めぐりんを気に入って頂けるとは光栄。僕も会心のデキです」
「オマエおちょくってんのかぁぁぁぁぁあ!!」
「まぁ少しは」
 へらりと相好を崩し、骸は脳天気である。
 綱吉は涙目でまだ恐怖の色濃い面輪をいっぱいに歪ませて震えあがる。
「悪趣味っ!! 悪趣味極まりなぁあっ! オレの工作だけ負のオーラ全開じゃんかそれンなもんどんな顔して提出すりゃいいんだよ?! どーしろと?!」
「夏休みの間にグレたというのは?」
「グレすぎぃいいいいいいいいいいいいいい!!!」
 どんどんどん! テーブルを拳で叩きつつ、男泣きする綱吉をしばらく労るような顔で眺めていた六道骸だが。
 程なく、ぐずぐずしている綱吉に飽きた。
「ツナくん。ていうか綱吉くん。僕に頼んでおいて君も頭が足りませんよねぇ」
「て、てめぇ、ほんしょうあらわしたか」
 急に、顔から感情を消して真顔で言い放ってくるので綱吉もテーブルから顔を起こす。
 かるく腫れた目の下に、そっと、指が触れてきた。骸は地獄絵図めぐりんをテーブルに置いて、両手で綱吉の顔をつかむ。ゆっくり噛んでふくめるように言った。
「僕からしたら君が皆から怖がられて話しかけられもせず徹底的に気味悪がられて村八分とかそれ、天国ですけど」
「ワザとかぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」
 がくがくがく!
 胸ぐらを掴んで揺さぶるも、ひゃははっ、ふひゃひゃ、みたいな末恐ろしい音がエコーした。骸が『クハハ』と笑ってるのが揺さぶりがために一風変わって聞こえて、頭にぐわんぐわんくる本気で本物の地獄の笑い声である。
 綱吉の気が済むまでやらせて、当の本人は消耗した気配もなくケラケラ笑い立て続けていた。
「きみってほんっとお人好しですよねー。君は好きですけど君に善意なんてあるわけないのにっ。くはは!」
「こ、この人格破綻…っド悪魔……!」
「あッ、ゲホ、ケホッ。く、くくく。いいですよ? こーやって君が暴れてさらに時間も加算されてそれと同時に少なくなるんです、残り時間が! 学校が始まるまでに後ー、ハハハッ、はは、何時間でしょうかぁ?」
「……くっ」
 笑いすぎて眼に涙を貯め、器官も咽せさせている骸。理由はまったく違うが綱吉も同じ状況だ。
 やがて、下半身を引きずるようにしてテーブルに戻り、テーブルとその上の地獄絵図めぐりんと粘土やら絵の具やらの散乱する材料を掻き分けて湯飲みを手に取り、お茶を口に運んだ。
 今さら気がついたように、骸がうめく。
「すっかり冷めてしまいました」
「……煎れたこと後悔しかねん馬鹿やろう……」
 近くで見ると、地獄絵図めぐりんそのものは素晴らしい工作品だった。地獄へのこだわりが炸裂。鬼への執念、虐げ方の残酷っぷり、まるで地獄を見てきたかのよう。
 お菓子も食べると、骸は何もかもリセットしたと言わんばかりに地獄絵図めぐりんは綱吉の机に置いて、ひろげた材料はゴミ袋にぶっこんで、次のプリントを読んだ。
「自由研究と実験レポートですか。危うく首が折れるほど恋人に攻撃されましたが気にせずどんどんいきますよ」
「こ、……こいびと……」
「……違うんですか?」
 あ、そこに突っかかってきます…? と、そんなふうなオッドアイになった。
 綱吉は、訂正も肯定も否定も何もしたくなくなった。頭ごと横を見遣ってやり過ごす。と。
「……ではセックスフレンド的な少年に危うく首が折れるほ、どっ、不満ですか?」
「今度はオレも手伝うからな! 勝手に変なもん作られちゃたまんないから。文句ないよな?」
「ええ。まあ」
 Tシャツを掴んできた綱吉を見下ろす骸のオッドアイは、勝ち気で挑戦的だ。綱吉もこのままにしておけるかと、意地にあふれていた。
『猛獣注意!』の日本語とクマとが二人の間にたるんでいた。
 そうして。
「わかってるだろーけど地獄ネタはもう禁止な」
「十八番なのに。曼荼羅も?」
「禁・止!」
 骸が買い込んできた他の品物を漁りながらも、あれこれとアイディアの突き合わせとなった。骸は大判の厚紙を眺めてしきりにウーンと唸る。
「ならば並盛観光マップてのはどうでしょうか? 施設の成り立ちと解説も表記して並盛中学校からの時間・ルートのオススメ等も併記。学校を中心にして緊急時のハザードマップやため池なども併記して……中学生らしい感じに…いや、小学生っぽく…」
「……お前、オレを不当に貶めるつもりなんじゃ……」
「え?」
「あ、いや」
 そんなまさか。一応、考えなかったことにして尋ね直す。並盛にため池?
「あります。たくさん」
 骸は、終始キマジメな面持ちで、首を縦にする。
 その説明を聞いてるうちに綱吉もこれが至上の案として思えるようになっていった。
「ほのぼのして、いいな。オレけっこう好きかも。それにそれならオレもちゃんと参加できる」
「では僕が全体図のかるいアタリを取ります。下書きもついでに。観光データはスマホで調べて有幻覚でプリントアウトする。ツナくんは、それらの本書きをすべて頼みますよ。僕は作業終わったら君がやったところの色塗りでもしてます。どうでしょうか?」
「ありがと! 助かるわー」
「いえ、どーいたしまして」
 ニコ。爽やかすぎるぐらいの双眸の下では歯をのぞかせて、骸が微笑んだ。
 なんか、ほんとに子どもみたいだな。お互い。
 そう綱吉が思うまでは早かった。時間はとっくに深夜を越えているので寝ずの興奮がさらなるアドレナリンを呼び起こし、眼が冴え渡るーーこれできた、こっちどうぞ、これはどうしよ? そんな会話だけでも楽しくなった。
 大判の用紙がだいぶ埋まってきた頃だ。
 綱吉は、はっとした。
「…………?」
 下書きのうえを油性マジックでなぞる。プリントアウトされた幻覚の紙をデータをフキダシに書く。そういう仕事はもう九割が終わった……のだが。
 いくらなんでも。
「……骸。ぐーぐるまっぷとか……見てんの?」
「脳みそにインターネットつなぐほど人体改造はやってませんが」
「だ、だよなー」
 絵の具のパレット片手に、骸はもう色をつけている。
 綱吉の記憶では、彼は有幻覚でプリントアウトしてるときにしかスマホを握っていなかった。この用紙に下書きしてる段では何も見ていない。手も止まらなかった。
 見たところ、学校の周りは百%ーー
 綱吉のよく行くところなんて二百%ーー並盛町の端っことて守備範囲。綱吉が一つも知らなかった住宅街にあるため池なんてマイナーな箇所すら網羅。
 もし、並盛町ウルトラクイズなんてあったらヒバリとイイ勝負ができる(最終クイズは肉弾戦になる、絶対)。
 もし、綱吉がどこかにふらりと出かけたって、町を知り尽くしてる人間からしたら次の曲がり角で待ち伏せなんて行為も……ラクラクだろう。楽々。
 骸絡みでびっくりさせられた事例を、思い出すだけで両手両足の指では足らなくなる。
 綱吉の全身にいやな粘っこい汗がにじむ。
 そんな中で、骸の微苦笑はよく響いた。
「ふ」
 絵の具の筆は紙に着けたまま。
 顔は持ち上げる。なんともいいがたい、がらんどうな眼の色。まるでガラスだ。何をそんなに、と、呆れすら声に含んでいる。
「言ったでしょう? 僕、詳しいって」
「…………!!」
 どしゃー!!
 貯まっていた汗が、滝になって落ちた。怒濤の下りっぷりで皮膚では鳥肌が隆起した。何もコトバがでてこないのに、自分が恐怖しているとは、はっきり自覚した。
 くすくすし始めている目の前の少年は、愛撫するような丁寧さで綱吉の描線に筆を添わせる。挑むような笑みが、ゆっくりと、だが確実に彼の頬をくつろがせていった。
「きみのすんでる町ですから。完全無欠――だいすきな言葉なんですよねぇ、これ」
「…………!!」
「ま、趣味にすぎませんけど」
「…………!!」
「ツナ…よしくん? 手がふるえてますよ? いけませんねぇ」
「…………!!」
 ぶんぶん!
 頭を左右にふりまわし、綱吉は、油性マジックを握りしめてとにかく死にもの狂いで作業に取りかかった。この並盛観光マップとやら、紙の形状をしてはいるが、開けてはいけないパンドラの箱なのだと今さら悟ったのだった。

「完成!」
 できた! という歓喜の面持ちで、だが綱吉の口はポロッと本音の方を出していた。骸とともに完成したマップを見下ろしてのうえだ。
「生きた心地しなかったーっ!! 生き地獄…」
「深夜の三時。くふぅ、さすがにちょっと疲労漂いますねー」
 慣れたもので、聞かなかったものと処理して骸もふつうに会話する。綱吉もふつうに会話した。気がついていない。
「さすがに眠い……。ベッド行っちゃダメだな、気絶しそうだ」
「お疲れさまでした。どうでもいいですけど、僕の日本語あんま上手くないですが君は日本人なのに愛嬌ある字ですね」
「放っとけ」
「僕は好きなんですよ? この字。返却されたら僕にくれませんか?」
「いや、そーするくらいなら燃やす……」
 タオルで冷や汗を拭う。いやいや、逃亡経路用にむしろオレがこれで勉強すべきなのか。なんて思いながら、最後の一枚になったプリント用紙を覗く。
「残るは一個! 実験レポートだな」
「ああ、それ、僕もう決めてるんですよね」
「どんなのだよ?」
 後ろからした声をふり向こう、と。
 そこで綱吉が硬直した。
 むぐぅっ。変な音が喉からひねりだされる。真後ろにいた骸が、体を密着させてくる――それにも驚いたが、マウストゥマウスでふさがれて、いる!
「…?!」
 さらに驚くべきことに、唇が濡れる。
 軟体がぐいぐい押してきてワケもわからないうちに犯されていた。咥内に押し入った舌肉が、我が物顔でそこにいるもの総てを舐める。両手で骸の黒Tをつかむが、背中になってしまうし、まるで抱きついてるかのようだ。
「うっ…うむぅー、んーっ」
(なぁ、何、が…ッ)
 ちゅ。ちゅう。唇で吸いついてきて、舌と舌との間から唾液がこぼれていった。
 顎を引いて身はよじる、が、互いの間にスキマができあがると骸はそこに手を突っ込んだ。綱吉のTシャツをひっぱって腹をめくり出し、そのまま首へとたくし上げる。
 体は床に転がってしまっていた。キスは異常なほどちゅうちゅうに吸いついてきて、しつこい。
 が、綱吉が全身で震えあがってくるのを見て、骸が舌なめずりをしながら唇を退かせた。
「っプハ! はぁっ! はっ、は、ひ、げほっ」
「息してくださいよ。鼻を使って。なかなか覚えませんね」
「い、いきな、し、むちゃっーーてか何っ?!」
「宿題ですよね」
「えぇええっっ?! しゅくっ…え…あ、ま、おわら、おわんなっ。こんなことしてたら――」
「まっかせてください」
 何をどー任せろと?! ツッコミが脳内でハジけるがだが、六道骸はすっかりその気になっている。
 オッドアイでわかる。欲情でぎらつくそこは、こうなると底光りして酷く深い色味に変わるのだ。眼をみなくとも、強く押しつけられてくる下肢の…ごつごつしてるもので、わかりはするが。
 骸は、床に押し倒して跨がってきたそのままの姿勢から自らのTシャツを脱いだ。
 考えるような声がうつらうつらと聞こえる。
「ツナ……綱吉くんは、そうですね…。声を抑えて? 下に君のお母さんが寝てますもんね。見られたくないですよね…」
「しゅ、しゅくだい…っっ」
 呪文のように唸る。骸はエモノを見下ろす猛獣さながらに頭をふった。だめです。これは定めです。と、いわんばかり。
「こんな深夜に君と密室ふたりきり。きみのへや。どこまで耐えようか……悩みどころでしたよ。決めちゃえば早いですけど。その瞬間が待ち遠しくてたまらなくなりますね。綱吉くん」
「…………っっ」
 体の下から抜けようと藻掻いているのだが。頭がパニックしているのと、寝不足の疲労感と、ついでにここまでで蓄積された骸への恐怖もあって思うように力が入らなかった。
 骸が鎖骨よりさらに下、制服を着れば見えなくなる位置に吸いつく。
「っつ!」
「…それに君はもう寝てイイですよ。後は僕一人でできますし、きちんと、レポートにまとめてあげますよっ」
「……お、ま、信用っ……」
「さー景気よくイイ夢見てきてくださいっ」
 オレが信用できると一ミリでも思えんのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!
 絶叫はキスでふさがれ、何がなんだかわからないうちに、綱吉はなんだか好い気分に追いやられてしまってそれから意識を失った。起きたら、骸はイスの背もたれ側から両足を出し綱吉が目覚めるのを待っていて「ふあ」など欠伸をかみ殺しつつ、完成したすべての夏休みの宿題を手渡して窓から出て行った。

「沢田のやつ……」
「やだ〜……ホント? 怖ぁ」
「……」立ち上がった途端、教室内のムードが変わった……ものの数秒でシンッと今度は静かすぎるくらい静かに。獄寺がニラみを効かせたのだ。
 綱吉は、げっそりと血の気が引いた顔で、理科の実験レポートを差し伸べた。
 教壇には他にもたくさんのレポートがある。
 にも関わらず、教師がそのタイトルを読んだのは、先ほど提出した地獄絵図めぐりんのインパクトのせいだろう。絶対。百%。
「ハムスターの生態観察レポートか。……沢田。悩みがあるなら遠慮するな」
「そ、そんなことは……」
 乾いた笑みがどうしても引き攣る。
 席に戻れば「ハムスター?」と、山本が素っ頓狂に言った。先生に聞こえないよう小声で「想像で書いたんだ、ネタがなくて」などと答えるも綱吉は気が気じゃない。
 原因はもちろんハムスターだ。いや、骸だ。
『冷静で冴えた観察眼あってのレポートですよそれ。夏休みの初日から最終日までの行動ばっちしです。誰かにきかれたらある男を擬人化して例えたものだとでも答えてくださいね。ああ、あとしめて十二時間ってところですから。あとで徴収しにきますから……ふあ。それでは。おはようございます、ツナくん』
 言うだけ言って出て行った変質者……。綱吉は、意味がよくわからないながらもハムスターのレポートをめくってみて第一、とてつもなく、とてつもな〜く嫌な悪寒を覚えた。
 初日。たしか京子ちゃんに誘われて、ハルも一緒にアイスを買い食いした……このレポートのハムスターもメスといっしょにヒマワリの種を食べている。放課後に。
 めくる。十二日目頃……個体が増えた。そう、夏休みは色々と出掛けていて、骸には別に相談もしていなかったから、骸と会ったのがその頃だ。骸には別に相談もしていなかったから。最後。ベッドで寝入るハムスター。夏休みを満喫しきったことが語られている。
 どうでもいいが、字も図柄も綱吉のペンタッチをコピーしていた。どうやったかナゾすぎる。
 ともかく、捲り終えた綱吉は、もそっとベッドに戻った。
 布団をかぶった。そのまましばらく、出て行く気になれず、ただひたすら「うわあああああああ!!」などと叫ぶのを我慢した。うっかり二度寝して遅刻したのだがまぁそれはいいとして。
 ――六道骸は、校門を出てすぐの場所で待っていた。気づいた獄寺が食ってかかる、が、綱吉は、おしとどめる。
「ごめん。今日、これから骸の予約入ってるんだ……」
「くふ。ものわかりがいいですね」
「行こう骸」
 黒曜中学校の制服姿で、指定カバンを携えているのでそのカバンのはしをちょっと指で摘まむ。
 骸は、そこをしきりに気にしつつ、ついてきた。
「夏休みの宿題、どーでした?」
「…………」
 てけてけ。
 歩く。綱吉には、知ってはいるが意識したことがない道だ。
 住宅街の僻地というべきか人通りもない。並盛中学からしたら裏道だろう、やがて標識が眼について、この道路の地下にため池があるのがわかった。
 唐突だった。がばりと、後ろから羽交い締めのように抱きつかれる。
「綱吉くんっ!! 僕を放置しすぎだってわかってくれましたかっ?」
「怖っわ!! コワ!! ひたすら怖ぇえええええ!!!!」
「大好きですーっ、僕の無言の訴えが伝わったとみていいんですねっ?! じゃあ十二時間分は気持ちいいコトじゃなくてデートにしましょうかっ。君を世界でいちばん愛してますよっ」
「き、キスすんなっ。道路のまんなかでっ。てゆかソッチ方面で十二時間やる気だったのか殺す気かっっ!!」
「そっちのがいいですか?」
「死ぬってーの!!」
「ふふ。僕、夏休み入ったら逆に回数減るだなんて思ってもみてませんでしたよ」
 あ、ああ……。綱吉はふいに悟った。この台詞、昨日のうちに――あるいは夏休みのうちに――もしくは積み上げられた夏休みの宿題から、骸の気持ちとゆー『こたえ』を導き出す前に聞かなくてよかった。ほんとうに。心から。地雷を踏んで吹っ飛ぶところだった。
「綱吉くん。だいすきです。愛してますよ」
「……っ、そ、外ではキス一回な」
「はい」ハートマークをつけた語尾が消えないうちから、骸が顔を重ねてくる。本当に一回で済ませてくれて、骸はため池の標識に眼をやった。思い出したよう、少し離れたところのパンケーキ屋の名をうめく。
「早速、デートといきましょうか。いいですよね、綱吉くん?」
「ん」
「では、どうぞ」
「……。ちょっ。き、気に入った?」
「ええ。かわいいです」
 肩掛けの指定カバンを手でやや押して、はじっこを掴むよう綱吉に乞う。まぁ今回は骸へのお礼だからな、と、諦めて綱吉はそこを捕まえた。
 コイツも意地っぱりだよな、うれしそうな横顔を盗み見しつつ、ひとりごちる。
 まぁ、反動で甘えてくる骸にはときめかされっ放しなので、あまり、他人のことはいえない。




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