ちょことろくがつここのか
「ん。コレ」
「ありがとうございます」
紙袋の底を両手で受けた男は、慣れたように身を退かせた。
対する側もごく自然に足をすすめてうすぐらな廃屋をまっすぐ行きだす。
差す陽に揺らぐ影に眼を奪われた。
当人は後ろと分かっていなければ見間違えるほど、六道骸とまったく同じ髪型をしている女だ。頭を下げる、ワンピースの少女を骸が呼んだ。
「クローム。お客さまに珈琲を。あとソーダ…あぁいえ水の炭酸ですか。十分後にお願いしますよ」
わかりました。いらえに眼はやらず、彼は綱吉のバックにつきながらゴソリと紙の袋を投げて捨て、包装紙もゴソゴソいわせ始める。
その音に何か思うでもなく綱吉は部屋にきた。
くす、黒曜センターの入り口に現われたときからずっと、面白い会話なり出来事なりがあったワケでもないのに笑ったツラでいる骸が、わかりやすいほどの息をつく。鼻を通してのそれを聞いていると、綱吉はコノヤロウと感じるときのが多い。
ふり向き、包装紙をぺっと脇に捨ててる骸を睨む。
「もう迷いませんね。さすが、覚えきりましたか」
「コノヤロ! さすがに何十回もきてれば体で覚えるから」
「ダメなキミも好きなんですけどねー。しかしでもカラダで? カラダで覚えてばかりですか? キミの場合」
「なんだよ。ケンカ売って……って何だよ、この手は」
「いけない手です」
自ら断言する通りに左手は、五つの指をすべて伸ばしてその動きで綱吉の半袖パーカーを広げてしまおうとしている。
眉をひそめ、綱吉は手の甲を叩いた。
「あのな。オマエが誕生日だってウルサく繰り返すからきてんだぞ。そもそも正月からぽちぽち言い出してさ、あんときからヤな予感してたけど五月から毎日メールだしてこられるのは迷惑だ。限度がある」
「キミが隙あらば僕を放っておこうとするからですよ。これが、性的な手に進化しちゃっても知りませんよー?」
「ちょ、やめろっ。ほらチョコ! 誕生日おめでとっ!」
「アリガトウゴザイマス」
発音にアクセントをつけ、オッドアイを半分にさせながらの礼は慇懃無礼だ。
既に封を切ったスクエアボックスが右の手に収まっていて、綱吉はその手首を握りしめて突き返すかたちで触ってくる左手をどかした。
九粒のプラリネ・ショコラを目下にしつつ、好敵手さながらニラみを利かした。
付き合ってだいたいは一年だが、綱吉と骸にはわりとよくある展開だった。
覚えてんだろーな? ハイ? 骸が、都合のわるい過去はすっとぼける男だというのも、綱吉にはもはや常識だ。
「ゼッたいにオレの言うこと聞くって言っただろ! オマエに付き合ってやってもいいけどもうストーカーばりに付きまとうのはヤメロとも」
「キミだって少なくとも僕は好きなんでしょう? コイビトになったなら関係は対等ではないでしょうか」
「コムズカシー言い方をすんな。その手には乗らないからな! 約束は約束だっ」
「もちろん。僕にとっても約束ですよ。契約のような、ねェ。僕の沢田綱吉。クロームも困っていますし、取りあえず座ってくれませんか」
「あっ」
お盆をかかえる彼女が、廊下にひっそりと立つ。幽霊のように。
「ごゆっくり。ボス……」そして足音もなく去っていく。この頃、戦士としての成長がめざましい彼女に綱吉はビビりっ放しだったが、平然とそれを促し要求する骸の考えやら非常識やらも恐ろしいので意見は胸にしまっている。クロームは女の子なのにな。
「さ、て」
「…っ」
でん、と、骸はソファーの隣に難なく腰掛けた。
ショコラボックスを差し出した。
相も変わらず薄っすらにっこりした顔つきで了承を求めてくる。
「頂きますよ。キミのチョコレート」
「ど、どうぞ…」
「キミも食べますか」
「え。あ、や。オマエぜんぶ食えば? それ。オレのこづかいじゃ高いの買えなかったし……数もあんま入ってないし……」
「なら茶菓子がありますよ。クロームは気が利きますね」
「ああ。うん。昼たべてきた」
だからハラは減ってない。そんなニュアンスを明確にさせるよりも、綱吉は色づきほのかな指がショコラを摘まむさまに気を取られていった。
ホワイトラインがたわんでかぶる球体のプラリネ・ショコラ。人差し指と親指で少しだけクルリとまわし、裏表を確認したうえで骸はそれを自らの咥内に押しこんだ。
綱吉は、横目で見納めつつ、頬に血をのぼらせる。
(似合わね)
毎回、感じることもまた胸にする。
(ごッついアーミーブーツで手にもンな、とげとげしたアクセつけて。軍服好きでチョコ好きって。……てか、今日は部屋って聞いてたのに……)パーカーにパンツなんて軽い服できてしまった。アクセサリーすらポケットからでてる財布用のチェーンくらい。
骸は、くいと、次のショコラを口に落とす。
「……」言葉はないが、ゆっくりと息を吸っては吐いてる肩の呼吸と、溶かすかのようにショコラを見据えるその視線が物語っている。この誕生日プレゼントは気に入った――
ぱく。
また次が呑まれていく。
「……キミにしては奮発したんですね」
その粒が熔けきっただろう頃だ。
喋ったかと思えばそんなコトか?
脳裏でツッコミする綱吉だが、言葉も態度も端々があからさまに挑戦的なのは自分に対してだけ、つまり、骸は甘え方がよくわかっていないと今は知っている。
珈琲のカップに口をつけつつ、スクリーンを見やる。
(広げないのか)かつてミニシアタールームだったろうこの場所は、骸のプライベートルームであるが日常生活に不向きな大きな段がある。
その段の上、そこに置いた赤革のソファー。ここだ。
ここは、六道骸のお気に入りだ。
ソファーの背に腕をかけたり足を崩したり気ままな姿勢をつくって、壁のスクリーンに映すものを楽しむのが暇潰しだ。彼のところで遊ぶとは、八割方この行為へのご相伴を指す。いまいち自分が落ち着かないのは、骸に動く気配が丸きりないからかな、綱吉は思う。
(なんか、動きがなけりゃないで落ち着かない……。コイツは突拍子ないヤツだし、なんか)
「チョコって神の食べ物ですよねぇーほんと」
「何いってんだ。今月、こづかいピンチになったよ」
「味の違いがわからないキミが、僕のためにこんなもの買ってくれただけで充分です、とか、言って欲しいんですね? たかってくれて構いませんよ。今月はもう」
「チョコもらえりゃいいんだよな、オマエ」
「クフフ。そですね、まったく可愛くない言い方ですがチョコレート美味しいですから許してあげますよ。綱吉のチョコはおいしーです」
「チョコにかける情熱が異常だよ」
呆れて言ってから、かちあうオッドアイの眼差しにきらりと変化を覚えた。四粒目を迷っていた骸の指は止まっている。何でもないような声ではあった。
「チョコレートよりも大事にしてるモノはありますよ」
「そうか? オマエさ、なんでもチョコがいいっていうじゃん。何選んでいいかわかんないっつったらじゃーチョコで、チョコでいーですとか。助かるけどさ。世界でいちばんチョコレートが好きだろ」
「まぁ否定しませんけど、でもそう見えますか」
「ミエる」
なぜだか四粒目はかじって、断面をうかがう骸。
ショコラを熱心に見つめながらも面白そうに深く口角をねじって笑っている、その姿に綱吉はといえばバカらしくなってきた。チョコレートがそんなにおいしいか?
「いつだったか、ハロウィンでチョコの精のコスプレしてたよな。チョコ魔人か」
「こんなに美味というに綱吉はおきらいなんですね。甘いの、あんまり好きじゃないですよね、キミって人は」
まるで欠点のように言いやがる。毒づきは胸中でおさめる気でいるも、溜め息をつかれたのでカチンときた。
「チョコレートよりも大事なもんいっぱいあるもんで、オレは」
「へぇ。僕は一個なのに?」
「オマエ自身かよ」
「くはッ。なかなか面白いことを言う」
ぽい、ぱくと、いつの間にやら噛んで食べるようになっていて、骸はあっという間に残りのショコラを減らす。それまでの舌で転がして味わいながらの食べ方が嘘のようだった。
足も伸ばし、ソファーからずり下がるようにして腰は浮かす。だらしなく姿勢を崩すのと同時に片腕をソファーの背にもひっかける。綱吉の後ろ、覆うように、いつでも肩に手がかけられる位置だ。
実際、早々に肩を抱かれたので、綱吉は両眼をぱちくりさせた。勢いをつけられたので骸の胸によりかかっている。
「なっ、何すんだよっ」
「君なら分かってくれると思ったのに。僕の勘違いですね」
口をモゴモゴさせるので八粒目もまた噛み砕いているのだとわかる。涼しい目つきにどうってことはないという表情。
だが両眼はジッと見下ろしてきて、ショコラも残すところ一粒だ。
「…っ」
革張りのソファーに手をつけて、身を引き剥がそうとした綱吉だが。出来ない。
見慣れたはずの虹彩異色のレッドとブルーがそれぞれ別個に感じられて、怖じ気づいてしまっていた。その目々が光の吸収率に差があると感じられる。例えば、片方は穏やかで、片方は荒れてるとか、そんな感じの戸惑いが胃を浸すのだ。
おまけに、綱吉の体にちからが入ってなくとも。
「な、なんで抱きついてくるんだよ」
「なんででしょう」
腕をまわしてきている。ショコラボックスをソファーに取り置いて、右手でうなじを撫でては左手で髪を掻き分けた。
ちゅ。指と指とで剥いた頭皮にキスされて「うわっ」、悲鳴がでる。
ちゅ。今度は毛の先に唇を置いて、ちゅ、ちゅっと、てっぺんから髪のきわへと降っていく。チュー。眉のうえにくる頃には、キスがいちいち間延びするようになって、しつこさが増した。
「ちょっ」
「おい!」
「やめろって」
「おまえ」
「…骸っ!!」
一人分の叫びだけが、こだまする。
と、耳が震えた。骸の口のふっくらした肉厚が、度重なるキスによって唾液を帯びているのに、唐突に触ったから。
「ひぃいえっ?!」
外耳を超えて穴にまで這おうとしている。
うえで唐突に触れたからだ。
放っておいたら蝸牛まで犯しかねない男だ。
「っこ、のやろ、ほら! チョコ食え! オレは食うなっ!!」
「綱吉って、自分の生まれついただろう日を祝ってもらってうれしいなんて感情が、僕に存在してるなんて思いますか?」
「――はっ?! だ、だってオマエが……。祝えって……?!」
「そうですね。僕の誕生日は、六月九日ですからね」
まるでそれがルールとばかりに言って、骸は今日はじめて大きく表情を動かした。笑みの質がまるきり反転する。
「いいんですよ? うれしいに決まってるじゃないですか、そこのゴミ箱取ってきてくれたら君にイチャイチャするの止めてあげてもいい」
「……おッ……まえ……っ何なんだ、ワケわかんないやつだな」
「君の、わからないものはわからないって正直に言ってくれるところ、正直言って僕はかなり買ってるんですけどね」
筒状のスリムなそれを受け取り、もう片手でショコラの箱を取りあげ。
くるり。ざっ。
「アあぁああーっ?!!」
「くふン」
稲光のような白が、骸のそれぞれの色目にサッと点った。
ゴミ箱に落ちていった最後のプラリネ・ショコラを見、綱吉も即座に見、仄かにまなじりを緩ませる。
なっ、んなな、言葉もろくにだせず真っ青だった。
「なっっ、でェっ?! 何すっ!!」
「これは証明してあげたんですよ」
「ッッな? なっ!!」
「ナニを? と、言いたい?」
こくこくこく! 上下に頭をふる。
幼児にしょうがないですねといった対応で、骸はいじわるな目つきのままにっこりする。大げさに頷いてみせもする。
証明、つまり――
「つまり、チョコより勝るものへと」
「…………っ?!」
(どういう……)
疑問符しか、綱吉にはヒネれない答えだった。
(?! ちょこだいすきなんじゃ? ……三度のメシもチョコでいいってコイツが、うっさくプレゼントよこせって要求しつづけてっ、そもそも恋人だって強要してきてるコイツがチョコくれってうるさいから。好きなんだろ。なんで捨てる)
「くふふっ。回答を要求していいですか?」
しかもなぜか上機嫌だし、骸は満足しているし――
まじまじと穴を穿つように見つめまくっても綱吉はわからなかった。イヤな汗を掻いてしまって服が冷たくなった。裏切られたような悲しみで、視界がブレを生んでいく。
追い込みは容赦がなかった。羊をいたぶるオオカミなら、きっと一撃でしとめる。骸はタチがわるい。
ソファーが、ぎしりと言う。ゴミ箱を傾けて綱吉に中身を覗かせてやって、うつむく綱吉の面を横合いから自分でも覗き込んでやりながら、骸は攻撃を放つ。
影になったオッドアイは、それでも美しい原色を保っていた。
「回答は? 僕の沢田綱吉」
「……捨てることないだろ……」
「回答と、ちがいます。もちろん僕は君もチョコレートも愛でていましたよ。さっきまでの僕を見てわかるでしょう、そんなコトは」
「ならなんで」
「それより答えてほしいです、綱吉。なぜでしょうか?」
「……っ、ば、レンタインにかぶったから怒ってる、のか? またチョコだったから」
バレンタイン、の段階で歯を見せてきている。ぷくっ。そんな類の反応。
綱吉が骸自体に困り果てて喉をつまらせるも、額に額をすりつけられると、綱吉は全身で硬直した。くふふふふふふっ。至福の鳴き声をあげているこの人間が、だいたい一ヶ月に三回はバケモノに思えるのが綱吉のここ近年の悩みでもあった。
二人の目下にゴミ箱を備えさせた男は、綱吉よりも高くひろい体を思いきり猫背に丸めてしまいながら、うれしそうに言い出した。
「ココに君も入れたいんですよ僕は」
ゴミ箱には、埃やら紙片やら、それとショコラが沈んでいる。
うずしおが巻いてるかのよう、脳みそがストップしてる。それだけが綱吉に分かった。
「そのうえから僕のものを撒きたい。キミの表てでも汚せるならどれほど喜ばしいか……理解していただけなくて当然と思ってるんですよ、ぼくは。きみに。僕という男を体でなく頭でわかるんならキミっていう人格が狂ったときだと思うんですよ。たぶん、狂っても好きでしょうけどね、キミのその皮だって、今は愛してますから、中身がどうなっていようがキミは僕を知らずにオワるとしても。かわいい話です。それでいてドロドロに穢されたキミってとても沢田綱吉らしくて、愛らしいんでしょうね」
「…………ぱーかー」
「逃げるなら六道輪廻を経ても呪う…っていったらどーします?」
「……の…びる……!!」
涙目で、骸の手に抑えつけられたパーカーを引っぱり出そうとする綱吉。
懸かる力の大きさに両者とも腕がぷるぷるしている。
笑んでいる口許も、笑ったように細目なのにらんらんとしてる眼球もままに、骸はあっけらかんとした声で言った。終わりにしましょ。こんなこと。大抵はその主旨で彼はよく使う。
「冗談ですよ。綱吉ってからかい甲斐がありますね」
「お、れに、害のあることすんな! オレの周りにも友達にも!」
「わかってますよ。約束したでしょう」
「絶対っ、絶対だな!」
「僕には契約がすべてですから。案じずとも守られますよ」
三人がゆうに入るソファーのハジまで退いて、綱吉は我が身を抱きしめた。内臓がゾゾゾゾゾゾッと冷え冷えしていてたまらない!
骸もまた、反対の側に寄った。ポップコーンの箱を抱えでもするように、ナチュラルにゴミ箱を抱き寄せてひょい。ぱく。今の今まで絶叫はガマンしてた綱吉が、ビジュアルの衝撃さに耐えきれず絶叫した。
「ギャアアアアア!! ごっっゴミを食うなゴミを!! 食うなら捨てんなっ!!」
「別に、このぐらい。汚れたのうちに入りませんよ」
「捨てた時点でアウトだ! ゴミ箱に入ったときにもうっ! 日本の衛生観念ナメんなァアッ?!」
「腐るまえにあまくなる果実みたいですね」
「そ、ゆ問題っ……うわきたなっ、くんなっ!!」
「もう怖くしません。あまやかしてあげますから――」
蹴ろうとした足首を握り、そこからがよく心得られていた。骸は膝のうらを触り、ふともものうらも指先でなぞった。指をばらばらに拡げてみせながらで綱吉の知らない世界。骸と出会ってから二年ほど、まだ子どもで女性も知らないというのに、一方的に開拓されていっている異世界――綱吉にとっては――の、触覚。
「う」
血がうごくのを感じ、綱吉がうめく。
「ちょ、やめ…」
「すきでしょう。僕のゆび」
「オマエがヘンなふうにさわるな」
「こうすると大人しくなりますからね、キミ」
スルスルと胴にきて胸をとんとんリズミカルに撫でるよう這う、指。
ゴミ箱も床にやって、骸は綱吉を横抱きにかかえながらもソファーの中央に座るようになった。
腕をさすり、首の匂いを嗅ぎ、人差し指であごをなぜる。
何度か試みてそのどれも妨害されて、骸が抗議のうなりをあげた。
「キスはいやなんですか?」
「オマエさっきゴミ箱からチョコ食っておいてな」
「心がせまいですね。僕もっとキタナいものたくさん食べてますよ。言いませんけどキミが聞いたら吐くようなものですよ。僕への愛はないんですか」
「ゼロじゃないけど……。なんかオマエと話してるとけっこーむしろマイナスにいくべきなんじゃって思わないでもないんだけどな」
「必ず、キミを喜ばせてあげるのに? キミが気に入るように、キミが望むまま、いくらでもあまーくやさしく母よりも父よりも丁寧にキミを受容してあげるのに?」
「……だまされてるよな、オレ……」
気が遠くなってきて毒づく。骸は慣れたものだ。
「永遠にだましてあげますよ。それならいいでしょう。ね、僕の沢田綱吉」
「ヘンタイの手に落ちるっつー不安がぬぐえない」
「よく考えてみてください。不安がない人間関係なんて成立しますか。僕のこの思い、どの他人が聞いても理解できるように表現してみせるなら大好きってコトバで充分ですよ」
「そおゆうのがヘンタイの根拠になるんだぞ」
燃えてきてる顔や体はなるべく意識せずに言い放つ。
骸の直視はつらい。両のひざを持ってきて体育座りのように作るが、骸の足のあいだでの姿勢変化ではある。骸は、両腕を伸ばして肩に引っかけてきているし、首すじに点々と口をつけている。
(ほだされてるよなァ)
いつの間にか、だ。
(……なんか、たまんなくなってくるけど……こんなの、おかしいのに)
「綱吉。また僕にチョコ食べさせてくださいね。いくらでも食べたいです」
「……バレンタインに永遠にカブっちゃわないか?」
「そんなこといわず。あまいの好きなんですよ」
「結局、チョコ大好きなんじゃん」
「だいすきですよ…」
切羽詰まったように耳に囁かれるので、綱吉も必要以上に逆らわない。こっちが勘弁して欲しいという領域があるのだ。
右手を伸ばし、クロームが用意してくれた皿からチョコを摘まむ。
後ろからのイタズラをやり過ごし、指先で包装のいましめを解いて外し、骸の口にまでチョコを運んでやった。ホラ。乱暴に促す声すら骸には優しく響くらしかった。
「ん」骸が鳴いた。指を吸ってきたが、そんなプレイはごめんだと綱吉はひっこ抜く。
「……」
何か、言いたそうな空間の熱さが広がっていくけれども、知らんぷりだ。綱吉がつれなくしても骸は好き勝手にやる、いつものことだ。そのうちに後ろから出てきた手があごを掴んできて、持ちあげるようにしながらも、本体を振向かせた。
位置をあわせ、塞ぎにくる唇の上方でオッドアイがひらいている。原色にまつげの陰が羽根のように落ちていた。受け入れ、受け入れられながらもチョコの味がするキスをしながら、綱吉は疑問を抱く。
(バレンタインにかぶってる――のがイイんならプレゼントがチョコだってのに怒ったんじゃない、のか? 骸がチョコより好きな物って何なんだろう)
結局、ナゾのままだ。
チョコのほか骸が夢中になっているモノなんて聞いたことがない。
味が薄くなっても思考がとろけていっても、その疑問は氷解せずに残った。
気になる。帰りがてら、自分への言い訳も織り交ぜつつも(次に会うときに)聞こう。決心した。そして思うより遙かに早く、『次』はきた。
ふろあがり。部屋に戻ってくれば、六道骸は昼間と同じアーミーテイストの服を着てベッドに居た。足を組んで、てきとうに綱吉の漫画雑誌をひろげて膝に乗せている。
暇だったから。なにしてんだっと口角を引き攣らせてる綱吉への返答だ。そして彼はきょとんと両眼をあどけなく拡げて沢田綱吉を仰ぎ見た。
「ちょこよりすきなものですか?」
うわめづかいも、ふしぎそうにされることも珍しくて、綱吉は狼狽した。
急に胃が塩辛くなってきたし拳がわななく。
「お、オマエあんっなオレに回答しろだとか迫っといて自分でだしたモンダイは誤魔化しただろ! 卑怯じゃないか? オレは、別にそんな気にしてないけど、でもずるいのが気になるんだよっ」
「…………風呂上がりの君って色気があって見てて愉しいですけど」
「はぁ?!」
「鏡見てませんか」
「ま、また誤魔化すのかよ。フロはどうでもいいだろ。もっとはっきり言われなきゃオレはわかんないんだよっ!」
「…」
耽るよう、オッドアイがちかりとする。
ものの数秒で深めの息を吐く。勝ち誇ったようなきらいがあり、呆れて声も出ませんよといった諦念もあった。顔では、感情をすり抜けてしまって、眉を寄せながらもククッと笑っている。
「ま、君にゃ見えないかも知れませんよ普段は、はっ」
「――なっ!! …ナニが面白いんだよ!」
「はは」
傾げるどころか肩に寝かせるほど首を曲げてみせて、しきりにくすぐったげにしたかと思えば、骸はすっくと脚を伸ばした。
掴みかかりかけた綱吉の手が、びくっ。留まるが。
「でもそんな下らないことをいつまでも質問しないで欲しいものですよ。誕生日プレゼントに欲しくなっちゃいますよ」
「っ。おれがだせる物なのか? それ」
「もちろんです」
だから、チョコがいいって言ってるのになぁ……、敬語もなく、気だるげに呟く姿に綱吉はなぜだか心胆が冷えた。
骸の手は濡れてしっとりしてる髪を一筋つかんでいて、唇に運んでいる。
「来年。もらうんで。いいですね?」
「……まぁ、誕生日、一年に一回きりだし」
「くふ。急に、うれしくなってきましたよ。誕生日って概念が。おめでたいですね」
「ていうか、どいてくれ」
「なぜ? いやです」
壁を背に、追いつめられた体であるが、まぁいいかと綱吉は思い直した。リボーンが風呂からでてくるまではキスしてても――
(一年に一回きりだし、な)
六道骸はその後、実に一ヶ月間もの長きに渡ってえんえんと機嫌がよかった。学校に遅刻した綱吉が風紀委員長によってトイレ掃除の罰を受けるまで、学校が休校をよぎなくされる前日までの話である。
>>>もどる