フランプリール




「しっしょー!」
 語尾上げの発音でもって飛びおりて、少年はリビングに入ってきたばかりの骸の背を叩いた。
「っ!」
 乱暴に柳眉をしかめ、骸が何かを言おうとするが――。
「?!」
 その目がまん丸になる。
「きょってーエップリルフールですねぇ〜」
「……そうですが」
「っつーわけでドッキリ企画でーす」
 じゃじゃぁーん、自分でそう喋りながらフランは両手の人差し指を立ててみせる。ピココッ! それもまた口で喋り、真横に立たせているものを指二本で指した。
「さわだつなよしぃ〜!」
「…………」
 思考停止したかのように黙った骸だが。
 すぐさま表情で拗ねた。
「幻覚ですね。くだらないイタズラはやめろといつも言っているでしょうが!」
「いやーでもぉーシショーがビックリするっつったらこんなのしか……ほれほれ、実はかなりンどっきり! でしょ?」
「ごたくはいりませんよ! 修行してろといったでしょう。部屋に戻りなさいっ」
「なんですかー、シャレのわからんシショーじゃないでしょー」
「僕の不意を突くためだけに沢田綱吉を引き合いにだすなど、浅知恵もいいところですよ。ヴェルデ博士の機械で勝手に遊ぶンじゃありません」
「チぇー」
 手で弟子を追い出しつつ、骸はさりげなくリビングに誰もいないのを確認した。
 ぱたむ。ドアを閉めれば、出会った頃のように黒いTシャツにくたびれたズボン、行き場を失っての困り顔をしている沢田綱吉が残った。
 潜伏用として、新しくこしらえたアパートである。綱吉は戸惑ってあちこちを眺めた。
「あ、あの……オレ……」
「まったく」
 こめかみに指をやり、しかし骸は定位置のソファーにはいかずに床にしゃがみこんだ。
 見れば見るほど、実体ある幻覚の沢田綱吉はよくできている。
「フランも腕をあげたものですねぇ」
「っ…………!!」
 足を触り、腿を握り、腹から胸へ――肩にまで手を這わせて、骸はふと観察眼の色合いを変えた。
 少しだけ、面白くなった。
「おや。怯えているんですか?」
「……さ、触るな!」
「顔が青いですよ……、クフフフフ」
 嫌がっているその腕をとどめ、両肩を引っぱり寄せる。綱吉は驚いていた。
「フランはもう少しデキが悪いと思っていたのですが……、これは意外に……」
「お、おいっ?!」
「よく似てる。……匂いも」
「?!」
 ぽふ、前髪に鼻をうずめて骸は目を閉ざす。
 生身での邂逅は少ないが、本人に気づかれないうちに夢では会っていた。本人は覚えていないはずだが。
「同じだ。それどころかリアリティがすばらしい」
「……ん、んっなっ!」
「反応も本物っぽい」
「こ、これが……っ?! エイプリルフールなのか?!」
「クフフフッ」
「はぁ?!」
「クハハッ。なかなかじゃないですか!」
「……っ?!」
 ひっ…悲鳴らしきものが綱吉の口元に引っかかった。
 眉間に浅くシワをつけて、少しイヤそうに放笑をあげる――、そのサマを、綱吉はマネキンが笑ったというように信じられなさそうに凝視する。
 骸は、屈託もなく感情をみせたあとで自らの唇に人差し指の腹を押しつけた。
「フランも恐ろしいもんですねぇ。これはいい術士に育ちそうだ。ヴェリアーにやらないで正解だった……」
「お……まえ……っっ、詐欺か?!」
「は?」
「そ、んな……顔……っあ?! これがエイプリルフールか!」
「……? あぁ、フランの設定ですか。ヴェルデ博士の装置の助けがあるとはいえ、セリフを繰り返すとは……なかなかやりますね」
「どんなエイプリルフールだよぉーっ?!」
「う〜〜ん」
 ヒィーッとしている綱吉とは対照的に、骸は小難しげに唇を結んだ。
 ……その頬がかすかに赤らむ。
「フランの手にハマるようで、いけすかないですが」
「おまっ、やっぱりじゃあれは――夢じゃなくって――、こっちのおまえはまったくキャラが違うからアレは、ゆめ、」
「……久しぶりですしね」
 お互いに話はよく聞いていなかった。
 骸は釈放されてから夢での邂逅ができなくなって寂しかった。綱吉も混乱が酷かった。
 覚悟を決めると、骸はグイと強めに綱吉の両腕を鷲掴みにした。
 引っぱり、綱吉の足を浮かせるようにして自分の唇にまで持ちあげる。
「――」
 綱吉が硬直する。
「……」
 骸は、押しつけた先のやわらかさを堪能するように僅かに唇をズラし、口角までなぞるとチュウと音を求める。
「……本物みたいだ、これは九十点ですね」
「…………っ」
 そこで初めて、骸は綱吉の目のなかを覗いた。
 にこり。笑いかける。
「悪くありませんでしたよ」
 顔をはなすと右手を互いの間にねじ込んだ。親指と人差し指をこすりあわせる――、パチンッ。
「ですがもう不要です。さよなら」
「……」
「!」
 骸が、ギョッとした。
 顔色をあからさまに変えて次には部屋のドアをバキッとやって走っていった。フランの部屋めがけて転がるも同然に階段を落ちていった。
 蒼白になって次のドアも蹴りあける。
「――フラン!! 貴様!!」
「あー」
 彼は、自分の部屋でゴロゴロとリンゴに抱きついていた。タイヤに抱きつくパンダそっくりだが修行である。
「ししょー、どうしたんですー?」
「どっ、どっ、……た……でなっ……ど……で綱吉が!!」
「は〜? 何いってるかサッパリ。あっ、あ〜、ああン、ドッキリ大成功なんでしょーさては」
「…………っっ!!」
 ――ジャキッ、真っ青から回復はしていなかったが骸は三叉槍を握りしめる。
 フランもゴロゴロをさりげに壁際に後退させた。
「どっちですかあ〜? ぼんごれのボス? ししょーっすか? ししょーは疑り深いだろーから実はナンの幻覚も使ってなかったンスよ〜」
「……な……るほど!!」
「あ! それでもシショーっすかぁ〜?」
「それでも弟子かぁあああ!!」
 ガシャッ、どがあっ、壁紙も剥がれて壁自体もなくなるような乱闘と化したが。よろめきながらも綱吉がやってきた。
「あー! ししょー逃げた!!」
 骸が、割れた窓に無理やり体当たりして、そのまま何処かへ消える。
 綱吉は呆然と町を見下ろしたが。
「……」
「どーでした?」
 ひょっこりとフランが顔を出した。
「エイプリルフール……。言ったとおりにバッチリはまってすばらしーでしょ? ね?」
「……うん」
 眉を寄せて、ポケットを漁ると綱吉は死ぬ気丸入りの小瓶を握っていた。
 からっぽの薄笑いを浮かべて、深呼吸をする。
「あいつ、めちゃくちゃでっかい嘘をついてるな……間違いなく……うん、いいエイプリルフールになりそうだよ」
「ちなみにシショーはプライドが高くてマフィアはだいきっらいでー、自分の世界観にあわないことは認めない、ちょーワガママな男だとおもいますー」
「うん、そうだった……な!」
「おー」
 目の前でハイパーモードに変わる、その姿に素直に感嘆をもらしてフランは空に飛び出していった綱吉を見送った。
 細かい事情をフランは知らないが、その後、骸からはイヤミといびりを浴びせられ、綱吉からはお礼の言葉をもらった。








>>>もどる