DMT試し書き




 ふわふわの金の色に憧れていた。ふくらんだ実をつける稲穂のように、彼は艶やかで成熟していた。
「ヨォ!」
「わぁっ?!」
「!」驚きで退いた、弾みで後ろに立っていた骸の胸へと後頭部を沈める。綱吉は両目をしばたかせながらもバネの要領でハネて戻った。
「ディーノさんっ?! あれっ、なんでウチにきて」
「やー、ホテルの近くでおいしいケーキ屋見つけてよ。差し入れついでに可愛いツナはどーしてっかなーと思ってさ」
「えっ?! あっ……、はい。げ、元気ですよぉ」
 掠れた声になる。
 数秒を挟んで、綱吉も「かわいい」と「ツナ」の間に「リボーンの弟弟子の」が入ると分かった。
 急いでクツを脱ぎ捨て、話し始めようとするディーノをリビングに押し込む。自然と頬がほころぶ。
「オレ、急いで着替えてきます。ちょっと待っててください。母さん、ジュースとかないのーっ?!」
「もう出してるわよ」
 台所では、奈々がホールケーキを切り分けていた。チョコレートに浸され済みのガナッシュケーキ。
「うわっ! すごっ。気ぃ遣わなくていいのにっ、ディーノさん」
「いいんだよ。皆で食おーぜ」
 白い歯が光った。
「すぐ戻りますから!」
 念を押して廊下に戻る。肩掛けのカバンを肩から外しつつ、綱吉は階段を駆け上ろうとした足を止めた。
「骸っ。リボーンに用事あるんだろ?」
 彼は、ドアの内側に一歩も入っていなかった。
 廊下を見やって棒立ちしているとも思えたが、綱吉が呼びかけると表情を変えた。
 侮蔑的な冷笑。
「所詮、あなた方もマフィアですね。裏でコソコソしているとは見苦しい」
「はぁ?」
「僕を卑怯と罵る前に、君たちのそーいうところ、直した方がいいんじゃありませんか」
「何をいうんだよいきなり……」
 困惑しながらも、あがってきた少年を見やる。
 傍にくれば見上げることになる。
 骸は、汚いものでも睨むようにオッドアイを細めていた。
 全くワケがわからない、不当な扱いを受けているとしか思えずに綱吉は喉をうならせる。
「みんなやってるじゃないか。骸だって」
「僕は悪役だからいいんですよ。君は正義の味方を気取ってるでしょう? だから卑怯なマネは100%反則です」
「なんじゃそりゃあああっ?!」
 全力でツッコミする、も、
「はぁ」
 骸が大げさに嘆息した。
「そこですよ、そこ!」
「お前なんか変だぞ骸?!」
「知るか! キャバッローネのディーノにも同じようなナマイキな口が利けるんですか? 無理でしょう。君は卑怯な人だ!」
「なんでディーノさんがでてくる――」
「頼もう!」
 二階の廊下で綱吉を追い越して、骸が寝室のドアを開け放った。
 がらんどうの室内があった。
 窓は、空いている。
 綱吉は横からひょっこり顔を出した。
「――でかけてるな。さっきビアンキもいなかったから、デートかも……」
「……なんですかそれは」
「家の前にいきなり立ってて、オレ、びっくりしたぞ。リボーンも骸がくるなんて思ってなかったんじゃ? 用事はまた今度にしたらどうだ?」
「不愉快だ」
 吐き捨てて即座にとって返す。
 階段を乱暴に下りていく骸を放っておくワケにもいかず、綱吉はカバンだけ置いて、追いかけた。
 階段の手すりを掴んだところでハッとする。
「もう帰るのか? 六道」
「――――!」
 降りた先には綿毛の金髪をもった青年がいた。
 腕組みをして、壁に背中を預けて、崩したスーツ姿でさわやかに微笑んでいる。
「今日は作戦会議じゃねえ。おめーもどうだ? ケーキがデカいんだ、奈々さんとツナだけじゃカロリー過多ってもんだ」
「……これはこれは、キャバッローネの若きドン。あなたが貢ぎ物をするようなタチの悪い輩だとは思っていませんでしたよ」
「ん? 差し入れだろ」
「ディーノさん……」
 提案に戸惑いながらも、綱吉は気を取り直すのが早かった。
 階段をおりて、途中で立ち往生になっている骸の背中を指で突ついた。びく、どうしてか触れた途端に骸が動いた。
「沢田綱吉」
「ディーノさんがああいってるんだ。食べていったらどーだ」
「断る」
 眉根を顰め、忌々しげに。
 わりかしどうでもよかったが、ヘソが曲がったような不快感が生じた。綱吉は兄弟子に憧れているのだ。
「おまえな。ディーノさんは悪気があって誘ったりしないんだぞ! 好意をのしつけて返すよーなマネやめろ!」
「チョコレートケーキ、おいしそうよ!」
 奈々が、廊下に頭を出した。濃厚そうなチョコクリームをつけた包丁を手に握り、綱吉たちへとウインクを送る。
 それで、綱吉が思い出すと、骸はますます不機嫌に唇を引き結んだ。
「骸、チョコ大好きだったじゃんか。チョコの精〜っとかって遊んでただろ!」
「過去のことなんて忘れましたね」
「もしかして嫌われてんのか? おれは」
 ディーノが小首を傾げる。
 慌てて、綱吉は黒曜制服のジャケットを握りしめた。階段を下りるように促す。
「骸! ほら、一緒に食べようよ」
「なんで、僕が……」
 うんざりした声だが、片腕の袖を掴んでいる手を――綱吉の小さな手を見つめているだけで骸は振り払わなかった。
 綱吉が先に立って、リビングに入った。瞬間的にディーノは何かを呟いた。骸がオッドアイを見開かせてふり返る。
「あっ。おい」
「……なんですって?」
「ん?」
 ディーノは、にこにこしながら、骸の肩を押し出した。
 骸よりも背が高くて、笑顔も爽やかで胡散臭さのカケラもなくって、聖歌合唱団の少年を描いたような美貌。
 骸とは出自も外見も立場も、何もかもが違う、大人の男性だ――綱吉はふり向きながらもその事実を感じた。
 押し黙った骸には、身をちぢめ、襲いかかる前の算段を立てる山猫を思い出した。
「…………」
「オレは、ほらなって言っただけだぜ」
 淡い笑みを浮かべて、ディーノはまっすぐ骸のオッドアイを眺めていた。
 片側の赤い目玉。
 そこに視線が特に集まっている気がして、そこで、綱吉も声をかけた。てっきりそのために緊張感が生じたと思ったのだ。
「ディーノさん、骸ってムズかしいヤツで……、あんまり気にしないでください。眼を話題にすると怒るんですよ!」
「おぉ。そっか。すまんな」
 軽く謝り、骸の傍を通り抜けた。骸は視線でディーノを追った。
 綱吉の頭には大きな手がポンと乗る。
「ツナは、こんっなにオレが好きなのにな」
「? はい……? わ、くすぐったいですよぉ」
 通りすぎざまにクシャクシャとやってディーノは肩で笑った。骸は無表情になって綱吉に眼をやる。
 そうして呪いを吐き捨てた。
「所詮、マフィアですね」
「……なんでこの場で言うんだ?」
「死ねばいい」
「骸。ディーノさんにそういうこというのは止めてくれ。オレにいつも言ってるだろ、それで満足しろよ」
「…………」
 骸が拳をかたく握っている。
 そのかたちが見えたのは、彼が、右手を持ち上げて逡巡したからだ。綱吉がキョトンとしているのにすぐ気づく。
「何をじろじろ見ているんだ」
「ぶふぅうっ!」
「あっ! てめー何するんだよ!」
 すかさずの平手打ちに飛ばされた綱吉を、ディーノが受け止める。あいだに立ちはだかったディーノを骸も睨んだ。
「いいでしょう、受けて立ちましょう。チョコレートケーキ、僕が食べ尽くしてあげますよ」
「い、いってぇええ〜っ!」
「おぉお。はっ。やっぱいい根性してるぜ、おまえさん」
 ぶたれた頬を片手で抑えつつ、綱吉は途方にくれた眼を上向ける。ディーノと骸のあいだには火花が散っていた。









>>>もどる