ふねのなか



「お前はどうしたいんだ?」
 ドスンと腹に響くような、重い声だ。
 綱吉は祖父をイメージした。ボンゴレ九代目。目尻に柔らかそうな皺を寄せて、自分には優しく話しかけてくれたその人がマフィアのボスなんだと今は分かる。
『ありったけの構成員と武器を集結させよ!!』
 シモンファミリーとの戦いに備えようとしたその姿は、武人のものだった。
 綱吉は、怯んだ。
 しかし焦りもした。つい口を突いた言葉があった。
 戦争にしたくはない、戦うのはよしたい、その情熱が引き寄せた単語だ。
「……僕は……」
 肩を貸している骸が、顔をあげた。
 青い方の目を感じながらも綱吉は言葉を選んだ。ともすれば、頭が真っ白になりそうで心臓が脈打った。
「……僕は、そういうのは……、初めから反対でした」
「六道骸の投獄には反対だったと?」
「あの戦いでは、誰も死んでない。確かに六道骸は悪いことをしたかもしれないけど、あのときはしていなかったんです」
 綱吉ですら反論を思いついた。だが、誰も口を挟まなかった。仲間は既にガナッシュの用意した船に乗り込んでいた。
 シモン達のアジトである無人島に、風は吹いていなかった。
 復讐者たちは、島に残っていた。
「そいつは、脱獄囚だ。発見時に悪事をしていなかったのが理由になるか? 否。逃げたやつは連れ戻すのが筋だ」
「デイモン・スペードに勝利するには六道骸が不可欠でした。骸は、負傷しました。名誉の負傷……ではないですか? 僕は、僕たちのために負ったその傷を手当てするのもまた筋だと思います」
 骸が隣で息を殺している。項垂れている。
 綱吉はいやな汗を体中に覚えていたが、汗を拭うこともせずに復讐者を見つめ続けた。
「……よかろう」
 島に蔓延る緑をバックに、黒づくめの男がうなる。
「六道骸の乗船を許可しよう」
「ありがとうございます」
 綱吉は、ほっと息をついて、船に乗り込んだ。
 入ってすぐの船内で、アメジスト色の瞳に涙を貯めたクロームが二人を待っていた。ばたばたと足音も響いた。
「出港だ!」
「銃弾を使わなかったな」
「おい、ヒバリは?」ガナッシュの用意した船員に混じって、「あいつはヘリコプターで帰っただろ」とか、馴染みの声がする。獄寺と山本だ。
 甲板へのドアが開いた。景色を見に行ったようだった。
 無人島は、太平洋のど真ん中にあるので、綱吉たちも半日をかけて移動していた。これからまたしばらくは船の中だ。
 右肩の体重が動いたので、綱吉は彼の望むままイスに座るのに手を貸した。
「はぁ。骸の言うとおりだったな。あいつら、スキをみせたらまた牢屋に連れて行こうとするって……」
 船に乗るまでは傍に居ろ、そう耳打ちされたのはシモンとプリーモの記憶を見た直後だった。
 クロームが涙ぐんで綱吉の服を掴んだ。
「ボス。ありがとう、ありがとう……」
「あっ、オレは、骸に言われたとーりにやっただけだよ!」
「いや」
 と、否定したのは骸だ。ぼさぼさになった前髪のあいだから、オッドアイが垣間見えている。
「僕が思ってるよりも、君は成長しているようですよ」
「…………」
 ため息――が、混じっているように聞こえたし、骸の眼差しは真剣だった。骸はまじまじと綱吉を見つめ、激戦を終えたばかりのその体を観察した。
「……久しぶりですね。沢田綱吉」
 綱吉は、意識もせずに両手を握りしめていた。
 船医が救急箱を持ってやってくる、それを目尻にしつつも、頷く。
「うん。ホント、久しぶり」
「おまえさん、いちばんひでぇ怪我だな。あんたから手当だ!」
「はいっ! 骸さま!」
「では……」
「う、うん。それじゃ。……あの、船、六時間ぐらいで日本につくから……。日本についたら骸はどうするんだ?」
「しばらく姿を消しますよ。復讐者と取引します」
「牢に戻るのか?」
「戻る気はありませんよ、今回でかなりの恩を売れた。恩赦をせびれるかもしれない」
「おんしゃ――」呆然と反復する。その間に人が増えて、骸を連れて行った。クロームがお辞儀をした後でついていった。
「…………」
「おっ。沢田! どうした? キツネに化かされたよーなカオしてるぞ!」
 了平が、通り過ぎざまに肩を叩いた。
 ふり返れば紅葉と一緒だ。包帯やら傷薬を山ほど抱えているので自分たちで手当するらしい。甲板に出て行く彼らについていった。
「あのっ! おんしゃってどういう意味ですか?!」
「あー? 何をいうんだ? どう思う?」
「結局、写経の類と見たな」
 ニヤニヤしながら自信たっぷりに、紅葉。了平は「だそうだ!」と胸を張った。綱吉は二人を通り過ぎていって他を探しに行った。
「あ! 炎真くん! おんしゃってどーいう意味かわかるかな?!」
 彼と一緒にいたアーデルハイトが、骸の発言だと聞くとすんなり答えてくれた。
 恩赦。特別に、罪を許されることだという。

***

(骸は、許してもらえるのか)
 十代目である綱吉には、短い間の船旅でも個室が用意されていた。
 無人島に来るときは、一度も入らなかった。
 けれど、アーデルハイトに恩赦の意味を教えて貰った後は、綱吉は真っ先にこの個室に足を運んだ。上着を脱いで、半袖のシャツだけになってベッドに腰掛けた。
「骸が……、自由に?」
 声に出してみて妙な感じがした。
 足下がフワフワするというか……、現実感がなかった。ずっと、夢見ていた筈で、彼と何度も――。
 思考が途切れたのは、ドアが開いたからだ。
 入ってきてすぐに彼はドアどころかカギまで閉めてしまった。
「お、まっ?! 手当――」
「そんなこと日本に帰ってからでもできる」
「うわぁああっ?!」
 ぎゅちッ、スプリングが耳障りな音ではずんだ。
 綱吉は、ベッドに押し倒されながら、一つしかない明かりを遮る少年を見上げる。
 破けかけの囚人服を着て、足は裸足。まだ泥が付着している。顔も、汚れは酷かったが水で洗ったらしくそこだけは綺麗に清めてあった。
「はやく――、時間がありません。六時間だって? 随分と高性能の船を用意したものだ。太平洋を横断するってのに速すぎる。急がないと……」
「お、おいっ、おいいいっ?!」
 シャツの上からなぞってくる手のひらが、綱吉にとっては思いの外に大きい。上半身をくねらせて枕に後頭部が突っ込んだ。
 それで、頭は固定された。真上にいる骸と真っ向から眼差しがぶつかった。
「!!」
「――――」
 オッドアイが、丸くなる。
 赤と青の瞳は驚くほどに鮮やかな色をしていた。綱吉は愕然として、驚きすぎて声を失った。
 初めて、生きた宝石というのを見たかも、ぼんやりと感じる。
「……おまえ……っ」
「…………」
 骸が、口元をキュッと引き締めたままで、指を下ろした。
 意味するところを二人ともが分かっていた。
 淡く、少なく、少量の雪は、触っただけであっという間に消えてしまう。綱吉は経験からそれを知っている。骸の手つきに似たものを感じた。
 指の腹がそぅっと頬に着地するのがわかって綱吉は目頭が熱くなった。
「……骸、本当に、戻ってきたんだな」
「きみに、初めてさわる」
 骸の声が震えていた。興奮している。べったり、手のひらを頬に密着させると綱吉の顎を持ち上げさせた。
 綱吉はキスかと思った。もう何度も、骸の幻術を通しての夢では――体験したことだった。それでも肩がぶるっとした。
 骸は、実際にはキスの直前で動きを止めていた。すぐ間近で感じられる綱吉の息づかいに目を細めている。
「きみの息があついのが、わかる」
「……骸……の、声が」
「ぼくのこえが。感じる?」
 唇を通しての吐息が、こしょっと擽りながら頭に入った。
 鼓膜が打ち震えるのが綱吉にはたまらなかった。
 目を閉じて、耐えた。恥ずかしいのか、骸と同様に興奮しているのか、判断ができなかった。耳が熱かった。
「声、低いんだな。おまえ……、そんな声してたっけ」
「きみは、そんなに、大きな目をしてたものか。こんなにつるつるのカワイイ肌でしたっけ」
 唇の両端がいたずらっぽく持ち上がる、それを見ながら綱吉は急に不安になった。
 骸が何をしに追いかけてきたのか、わかる気がする。クロームの肉体に憑依した彼に触られたことはある。夢ではどういうことが起こるか知っている。
 でもこれからの事は、綱吉は何も知らなかった。
「む、骸。まって……、骸」
「ほほがあつい。赤くなってる。……綱吉くん」
 夢での呼び名で、カァッと全身が熱くなった。綱吉が飛び起きた。
「骸っ!!」
「なんですか。六時間なんでしょう? もうあと……そうですね、他の時間も考えて四時間といったところだ。しばらく潜伏しますから君にも当分会えない。急ぎましょう」
「待ぁてええええ!! あのな! なっ、なあっ、いきなり何を考えてんだよ?!」
「僕と君の仲じゃないですか」
 骸がキョトンとする。綱吉は後ろ手でひっつかんだ枕で、テープが貼られただけの骸のほっぺたを叩いた。
「っつ。そこは、まだ痛いですよ」
「アホかーっ!! 怪我人は寝てろよ! クロームはどしたっ?!」
「クロームに僕に成り代わってもらいました。彼女が船室で寝てます。さぁ、だから君ははやく僕に抱かれましょうね」
「どこがどーつながってんだ?!」
「……時間がないと言っているのに」
 枕でぼすぼすと頭を狙われて、骸は鬱陶しそうに歯噛みする。短く確認した。
「僕が好きですよね?」
「んなぁっ?! なっ! なっ、な、なっ、な、なあ、なあああああああああぁああっああっやっやめっ、ちょ、まっ」
「カワイイ。綱吉くん。君の心の準備ができてないというなら、待ちたいのは山々なんですけど、でも僕はもう充分に待った後なんですよ。今だけ強姦だと思ってくれても構わないので、イイですか?」
「おおおおおおおまえ言ってることがハチャメチャすぎんだろ?!」
「僕はこういう男ですから」
 なだめすかすように、優しいのは声だけで、骸は力を込めて手首を掴んでいた。ベッドに再び寝かせようとする引力は本気そのものだった。
「ひ、ひいっ……、お、おれは」
「今更、現実ではこんな関係を望んでないとかいいませんよね? 僕とヤッたセックスの数々をリボーンに幻覚イメージで伝えますよ」
「おおおおお脅すやつがあるかぁあああぶっうっ?!」
「しーっ。静かに! ……君は、ホント厄介な人ですねぇ」
(どっちがだ?!)
 目を剥いてツッコミするも抵抗は長引かなかった。
 骸は、綱吉と時間を共にするうちに、綱吉を凋落するすべを学んだとしか思えなかった。目線を絡め取り、じっくりと重ねた上で顔を近づけさせてくる。赤と青の接近に総毛立って、綱吉は自分の望みすらわからなくなった。
(あ……、こ、こんな)もう、オレの知らない世界だ……、それはわかった。
 骸がソッと綱吉の口をふさいだ手を外した。
 かわりに、自分の唇を宛てがった。数秒ではずして問いかけてきた。
「これは? はじめて?」
「…………っ、ん」
「では、これでセカンドキスですね」
「んッ……、むぅう」気障ったらしく笑ったかと見えたが、綱吉には確認のヒマもなかった。初めてのキスで麻痺したように唇が震えてしまった、そこを、舌先であっけなくこじ開けられていた。
「……っ?!!」
 夢や、幻術で味わったものとはまったく――、舌に舌が絡んでくる、くちゅりと交わる感覚に、足の爪先までしびれた。
「うっ……、っ、―ッ!!」
「……大丈夫です、おちついて」
 暴れ始めた手や足に、骸のものが絡んでくる。
 彼はやはり笑っていた。おい茂るような鬱蒼とした暗闇に、輪郭が馴染んでいる。電気が消されて、窓が閉められて、室内が暗くなっている。
(い、いつのまに)
「綱吉くん。力を抜いて。こわくはありませんよ……、気持ちがいいし、すぐにおわる。怖くない」
「はっ、はぁっ、はっ、っ!!」
 舌を入れてのキスは、一分程度だった。骸が手加減したのだとはわかったが、綱吉は胸を盛んに弾ませる。
 毒物でも口移しさせられたようだった。息があがって止まらない。
「はぁっ、はあっ、はあ。あ。あっ、あは、あ、や、むくろっ……骸っ!」
「息を吸って。肺の底まで使って息を吸うんです。やりなさい」
「まっ、……できな、息できな、い」
 どうにかしてそう喋れば、骸の手が止まった。
 綱吉のシャツのボタンが一個だけ残った。骸はそのボタンを掴んだままで、上半身を伸ばして綱吉のあご先にキスをした。
「合図があったら、息を吸う。いいですね。さん、に、……いち、ハイ、吸って」
「……っ、はっ、は、…………っっ!!」
「さん。に。いち、ハイ」
「……っっ」
 口元に指がかかり、呼吸の流れを確認している。綱吉は荒っぽく息継ぎをしながら霞んだ視界の奥をこらし見ようとした。
 骸が、よく見えなくなっていた。彼はこちらを見ている、それはわかる。感じる。指をかすめる二酸化炭素やらで、骸は呼吸の正常化を悟っていた。
「君が落ち着くまでに……。六時間くらい、ですか?」
 皮肉っぽく呻く。骸らしくて、だが彼らしくない優しさにも綱吉は勘付いた。唾液をつけている指が、目元に昇ってくる。
 綱吉はゆるく頭を左右にさせた。眠らせて欲しいわけじゃなかった。
「ご、ごめん。ちがうよ。……ちょっとパニくっただけだ、から。むくろ。おれも骸に触りたい」
「……ほう」
 ベッドが軋んで、体重が移動する。骸が綱吉の手を取って自分の頬に触らせた。
「次は?」
「……さ、さわって、いいよ……、おれ息してるから。ずっと。ごめん。ごめんな」
 触っているのが、自分が殴った箇所だと気がつくと綱吉は胃が縮むのを感じた。目の前がさらに暗くなる。
 骸は、綱吉が戦いで得た傷口の上に唇を置いた。そのまま舌も乗せる。
「何かしていたほうが、落ち着くかもしれませんね。……僕の服脱がしてください。君のは、僕がやりますから」
「…………。おま、相変わらず性格悪いな」
「おかげで君とセックスできるんなら安いものですよ」
 にっこりしているのが暗闇に透ける。綱吉は、心臓の痛みに耐えながらも、うなだれた。骸の囚人服に手を掛けた。
 ひっく。混乱と息づまりとで、喉がえづいた。
「……ほんと、性格が……、歪んでる」
「でも、君は、脱がすのが楽しくなってくるはずだ。僕は元から楽しいですけど」
 戦いの跡が生々しく残っている肉体に指がすべる。綱吉は煤だらけの服を少しずつ剥いだ。骸が酷く楽しそうに呟いた。
「何が何でも恩赦をもらってきますよ。戦いを終えた君への手土産だ」
「おまえ、自分のこと好きすぎるぞ」
「そりゃあ君が好いてくれた僕ですから」
 よくまわる口だと思って呆れて見返せば、触れあうほど近くに瞳があった。キスを受けながら、生まれたままの素肌を探り、綱吉は骸に気づかれないように囚人服をベッドの下に捨てた。








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骸帰ってきておめでとう話を一度はやらねばぁああと思ってコミクス見返してやっとツナの「僕」に気づいたなど な、なにそれ…おじいちゃんにお願いするときは僕とかいいだすツナとか…萌え…