ドリーム

 
 靴の底を空に向けて、頭のてっぺんは土に向けて、つまりは天地を逆転させて六道骸は物思いに耽っていた。
(……ここはどこだ?)
 疑問に感じていること自体が、疑わしかったが、それでも前後関係の整理を試みる。久々に、雲雀恭弥と戦った。沢田綱吉に会った。だから、久しぶりに、ここにも顔を見せようと思ったのだ。
(ということは、ここは、沢田綱吉の精神世界であるはず……。夢の中のはず。僕が間違えた理由が何もない)
 落ち度がないことを確信して、骸は、両脚をするりと前にまわして大地に着地した。
 木が一本もない、荒野が、広がった。
「沢田綱吉? どこですか」
「ん、」
 と、寝惚けた声がしてすぐに、骸のとなりに人の気配が浮き上がる。
 沢田綱吉は、白いパジャマに素足の格好で、ボンヤリした目つきで直立する。
 特に驚きはせず(夢の世界の特異ぶりには馴れている)質問した。
 ここは本当に君の夢かと、いささか間が抜けた内容になる。綱吉の眼差しだけふり向いた。
「何してるんだ? おまえは」
「君の心象世界はずいぶんと殺風景になったんですね。もっと瑞々しいイメージをもてないんですか」
「燃えてるんだよ」
 言いながら、綱吉は自分の右手を開いた。
 ――ハイパーモードかと思えたが、そうではなかった。握ったり、開いたり、無意味にくりかえして綱吉は嘆息する。そして告白する。
 燃えたんだ。
 木や、湖もあったけど。
 一度、火がついたら、消し止める術はなにもなかった。
 そうした告白を聞きながら、骸は、もう二度とこの少年の夢には来ないだろうと自分に聞かせた。のうてんきで平和な思考を持っている人間の夢を覗くのは、それなりに、骸にとっては骨休めにはなった。飛ぶ鳥が、止まり木につくようなものだ。
(大抵は、若い女か、十歳にも満たない幼児……。彼らの夢は非現実的で、ばかばかしくて、羽根を休めるにはちょうどいい)
 青い空を眺めている少年の横顔を眺めて、この子も大人になったのかと、妙に――もったいない、悔やむような気持ちになる。
「つまり、ボンゴレ十代目になる覚悟を固めたんですか?」
「……失ったものは多いけど、こんな自分が嫌いってワケでもないよ。それに決意って本人だけの意思で決まるものじゃないんだ。感情が交じる余地がない場面もあるよ」
「君が望むならあるのでは?」
「ないよ。オレは余地がなかったことを知ってる。骸が、何を、知っているんだ?」
「中途半端に頭がよくなったようなセリフを言うんですね。でも、君のは、混ぜっ返しているだけですよ。考えてるようで考えていない」
「違いなんて、オレにはわかんないよ」
「思考停止っていうんです、それ」
 だんだんと、寝惚けていた頭が回転してきたようで、綱吉は目をパッチリとさせた。
 体ごとで骸をふり向くと、具合が悪そうな声で、
「お前、元気?」
「? なんですかいきなり」
「いや、オレってどうしようもないなって思ったんだけど、でも、お前のほうがアレかもなって。あと十年も……」
「?」
 言葉をモゴモゴつまらせて、曖昧にするので、骸は小首を傾げる。綱吉は早急に話題を打ち切った。
「いや。やっぱいいや。今、元気そうでよかったよ」
「……ちなみに、今、君が観ているのは幻覚ですから、僕の実体が元気かというとまた別ですよ」
「骸の中身はそれなりに元気なんだろ。よかったよ。ちょっと安心した」
「?」と、妙にこそばゆくなる。
 骸は腕を組んだ。
「沢田綱吉。何だかよくわかりませんが、僕を見くびっていますね? 標的の君に手出しをしないのは、この世界では無意味だから、その理由だけですよ」
「骸さあ。もし、契約したらさあ……」
 ――契約という単語が、彼の口をすべるという事実にギョッとする。思わず見やれば彼は笑っていた。
「契約したらさ、オレのかわりにマフィアやってくれるのか?」
「なっ……。じょ、冗談じゃありません」
「お前、オレに成りすますんだろ。演技うまいんだろ。できるんだろ?」
「したくないと言ってるんです」
 早口で言い返して、しかし、これはと思った。骸は舌打ちしたくなった。
 また――。
 気付けば、この夢を訪れている予感がする。
 それはきっと羽根休めとは意味が違うのだ。別個のものが混ざるに違いない。
 見えない引力が、たしかに、沢田綱吉の体内に流れているのだ。
 はじめて会ったあの日から、木漏れ日の下での不可解な出逢いをすごし、綱吉がマフィアとしての成長を果たしていく日々においても今になっても変わらずに。
 彼はのうてんきに笑っていた。
「ハイパーモードの他に、もういっこ、別のモードもあると思えば楽そうだよな。ちゃんとやってくれるなら、いいよ。オレの体を貸してあげても」
 その心中をさぐってみて十秒で骸は結論を弾き出した。
「エモノのクセに諦めるんじゃないですよ」
「抵抗して欲しいのか?」
「もちろん。嫌がってる相手を跪かせてこそでしょうが」
 綱吉は、複雑そうな顔になる。
「やっぱ、ナシかな……」その瞬間、目を合わせていた骸には配水管に詰まっている子猫でも目撃した気分が起きた。
 サクリと、話題を切り替えて、綱吉はかるく頭を左右にふった。
「ひどいヤツだなぁお前は。前言撤回。ふあ。骸、そろそろでてけよ。オレは安心して寝たい。こーいう時間って、今のオレには、貴重なんだからな?」
「追い出す気ですか。構いませんけど。……ひとつだけ」
「ん?」
 近づいてくる気配で綱吉は顔をあげた。
 ちょうどいい位置にきた鼻頭にチュッとキスして、骸は、すぐに空に向かって足で飛び込んでいく。天地が逆転する。
「……はっ?! うわっ、わ?!」
「僕は、ちょっと幼い君の方が好きですけどね。いたいけな男の子を騙してる感じがしてより楽しめる」
「ハァッ?!」
 真っ青になって、彼は抗議した。
「に、二度とくるなぁあああーっ!!」
 いつもの捨てセリフを残して、骸は自分の唇をぺろりと舐めた。
 そうして夢を去る。
「アリーベデルチ!」






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