ゆめみ




 その日の眠りは深かった。ベッドは生ぬるい沼地のように恐ろしく寝心地が好くてあっという間に意識が落ちた。
 そうしてオレはハタとした。
『沢田綱吉?』二重の音声が聞こえてくる。
 ふり返ったのは、一人の少年と一人の青年で――、見慣れない、真っ白な床が浮かんでいる。
 オレは、そこの床に棒立ちして、座り込んでいる二人に見上げられていた。
「……うえええっ?!」
「おやおや! ホントにきましたねー」
 そういう方の青年は、多分、六道骸の二十五歳バージョンだ。髪が長くてゆったり落ち着いた物腰。
「う゛〜ん……まァイイんですけど」
 そっちは、よく見知っている方の六道骸の十五歳バージョンだ。
「な、なんだこれはっ?!」
 壁も天井もなくて真っ暗だった。
 二十五歳らしき方が答えた。
「あまりにヒマなので出番待ち用にイメージ控え室を作ってみたのですよ」
「呼ばれました」
 頭が痛そうに眉をしかめつつも、十五歳が同調する。骸二十五歳は笑みを深めてイタズラっ子のようにオレを見る。
「でもほら、味気ないでしょう? 男二人でしかも同一人物というのも。僕は骸の話す内容はすべて記憶にあるんですよ!」
「ゲストを呼ぼうと言い出したのはこっちの男です。僕はこの未来には行きませんが」
「どことなくトゲがありますねぇ骸は」
「お前らノンキだなーっ?!」
 二十五歳はあぐらを掻いて手招きしていて、傍らでは十五歳がやはり不機嫌そうに唇をとがらせながらもお茶の用意をやっていた。正座してきちんと膝を揃えている。
「まぁ、どうぞお茶でも」
「これもイメージですがね」
「ど、どうも……」
(か、かえりてェええええええええ)
 手を出しもしないのに、ふよふよと湯飲みが浮かび上がってオレのところにやってきた。仕方ないのでオレは体育座りにしとく。
 骸十五歳が右側、骸二十五歳が左側になった。
 十五歳がお茶にズッと口をつける。遠い眼差しだ。
「まぁ君はここで愚痴るコトなんて何一つないのでしょうが。招かれざる客ですよ、少なくとも僕にとって」
「くふ。楽しい方がいい、お茶会は」
「…………」
 ズズ、オレもお茶に口をつけた。
 苦そうな真緑色なのにどうしてか甘くて――味が軽かった。おいしい。
(……悪意はないのか? これ? 相変わらず電波だなァ)
「ん?」
 と、間近にくると骸青年バージョンが何かを持っているのに気づく。
「なんですか? それは。野球ボール?」
「あぁ。何だと思います? 当ててみてくださいますか。ヒントをあげましょうか」
 ニコニコとしながら、骸はその小さな球体を両手の指先で差し出した。
 表面は、ぶつぶつしているが光が反射されるくらいにキレイで……光? 周りは真っ暗なのに、オレは眼で見るのに困らなくてボールを見るのにも支障がなかった。
 ふしぎな場所だ。
 六道骸もふしぎな笑顔でヒントを連ねていった。
「ヒントいち。優しくて深いもの。ヒントに。浅くてけれど愛おしいもの。ヒントさん。熱かったもの……。ヒントよん。二度と会えないもの。ヒントご。彼の魅力を僕が語るとするならばそれは海原がふさわしいのだと今は深くそう思う」
(…………? なんだ?)
「あなたは嫌な人だ」
「なんだかわからないよ、そんなテキトーなヒントで――」
「正解はですね、」
 彼は、手のひらで掬ったそれを愛おしげに指でなで上げた。隣の少年骸がピクッと眉をひそめるのが見えた。
「君の、」
 いやにゆっくりに唇の動きが見えた。
「魂ですよ」
 思考が止まっている。
 言葉は……、聞こえているから、意味は理解しているけれど飲み込めない。オレはしんとなってただ眼を丸くする。
(……おれのたましい?)
 そう言っているようにしか、受け取れないんだけど。でもそれはおかしくはないだろうか?
 常識とか……、いや六道骸にそんなことを説くほうが常識外れかもしれないけど。
 でも、おかしい。
(何を言ってるんだ……。十年後の……骸さんは。十年後のオレは……)
(――オレは、どうしてここにいないんだろう)
 ぴんっと針金が外れていく。戻ってきた思考がうなる。変な方角に。
「――もしかして、」
 骸二人は、怖い顔になってオレをただジッと見つめていた。
 胸元から透明になっていく気分だった。
「オレのこと守ってくれてるの……か? 十年後の世界で。むくろが」
 そこで骸二人が別の意味で怖い顔になった。
「期待した僕が馬鹿でした!」
「ほら! これだから沢田綱吉はダメなんですよ! まったく成長してないんだ!!」
 本気で心が折れたらしい青年と、一人でいやに勝ち誇って悦びまくってる少年。オレは彼らの変化に理解ができない。
「綱吉くん。君という人は!」
「沢田綱吉はこんなもんなんですよ! このマフィア風情が!」
「よ、よくわからないけど違うんだな?! なんなんだよっ?!」
 掴みかかってきそうな彼らから、逃げようと思って床を後退って――。ズルッと滑る感じがお尻に焼きついた。
 ハタとなって眼を開ければ天井は汚れていた。オレの部屋だ。
 パジャマの着心地。オレの部屋。
 頭は、変な夢だった割りには痛くなくて今すぐにまた眠れそうだった。寝転がったまま鼻でうなっていた。窓の外は真っ暗、リボーンの気配もなくてあたりは静か。
「んー……」
 夢の意味を、考えてみようと思ったけれど。すぐにまぁいいやと思い直した。
(アイツらの言うことよりオレが思ったことを信じる方がずっと楽だ。何より。オレが、)
「……そっちのほうが、しんじたいなぁ……、ン……」
 寝返りを打って、鼻の穴が塞がっちゃうくらいにフカフカの枕に顔を押しつけた。寝入る寸前の気持ちよさで溶かされていった。

「ほんとに」
 骸が、如何ともしがたそうに眉を八の字にして唇を一文字に結ぶ。
 大きく瞬きをすると慎重に問いかけた。
「あんなやりとりで彼を僕のものにできるんですか? 布石? あれが?! 僕自身の発言でなければ即刻ウソだったと決めつけてるんですからね?!」
「布石ですよ。彼は、君の望むままになる――、そう。何よりも愛しいものに」
 湯飲みに口をやりながら、オッドアイを閉ざす青年に少年はうさんくさげだ。
「……僕が求めているものとは違う」
「では、光に。彼は何よりも愛おしい光に成るべきものだ」
「なぜ僕に協力を申し出た」
「ヒマだったから。百蘭の能力を知ったはいいですが、いかんせん、迷宮のようだ。道中で君を見たのでヒマ潰しに」
「ヒマじゃないのでは? その状況は」
「今の僕には一瞬は永遠と同じ。いつでもヒマでいつでも忙しいんです」
「さすが、僕は、僕とは二度と会話したくないですよ……」
「クフフフ」
 得意げに微笑む青年を睨んで、骸は自分の湯飲みに口をつける。正座どころではなくてヤンキー座りになっていた。
「ちっ。使えないんですけど。大人の余裕のつもりですかぁ? なぜ協力をすると言い出したんだ」
「沢田綱吉をモノにできない未来があるなんて、僕は認めたくありません」
 我が物顔でニヤッとしながら言いのける。そんな二十五歳の美丈夫に怪訝な眼差しを注ぎ続けて、
「…………」
 あるところで骸は眼を反らした。
 お茶をひとくち。馬鹿らしくなったのだ。
(期待した方が馬鹿だった。僕が素直に喋るわけがない……。それに。僕は彼の敵だ。虫の良い展開なんて、僕は、期待してない)戦で無条件克服やら、無血開城なんかを狙うようなものだ。ムチャだった。
(いつかわかるだろう)今より先の未来は知らなかったが骸は独りで納得する。いつかは見えるようになる。(……お前は、ぼく自身なのだから。綱吉をたとえ殺しても僕は彼を愛しているということが)
 手にした魂を軽く握りしめてみる。あたたかかった。嬉しかった。
「……ところで――、賭けの話ですけれど。僕の勝ちのようですね」

 何も夢は見ていなかったと思うが急に誰かがしゃべり出した。
「言ったでしょう? 彼は君を信頼してもいるって。そこの点では賭けは僕の勝ち。多少の信頼がなければあの発想はできないんですよ、あの子は素直な子だ」
「すなお……、バカ、というのを可愛らしく言い直したらそれですか?」
「ひねくれてますねぇ。まぁ今でも変わりませんけどね」
 ニコニコしながらあっさり肯定して、二十五歳は手にしている珠を見つめていた。
 少年がしぶしぶと認めた。負けているらしいが誇らしげに。
「まぁ、でも、いいです。賭けはあなたの勝ちだ。僕にも可能性はある」
「最初からそう言ってるじゃありませんか」
 骸が、白くてきれいな宝珠の表面にキスをした。濡れた音を立てさせていた。
「――にしても、」ボールから口唇を離すと、ニィッと口角をつり上げる。オレのよく知る骸の表情……、ちょっと皮肉げでいじわるそうなやつ……。
「これで僕の三連勝だ! やはり昔はちょっとツメが甘かったんですよねぇー。アドバイスしておくと、すべて捨てれば望みは叶うものだったんですよ。まぁいいですが。違う未来に行くのでしょう?」
 面白そうにクスクスしながら、彼は決して手にしているものを離さなかった。
 手を使うときは球体は彼の体の線をコロコロとまわってまるで磁石みたいにくっついていた。得たいのしれない、何かの、ワザなんだろう。
「次はポーカーにしましょうか。僕けっこう得意になったんですよ」
「にしても、あなたはいつまでそのニセモノの魂を抱えてるんですか?」
「はは。本物ですよ」
「……えっ?」
 不意を突かれたように、少年骸の声が強張った。
 同時に戦慄もしたらしかったが……彼の声はしばらくプツンと止んでしまった。青年はにこっとした。
 空気が止まっているのがオレにもわかる。夢なのに。すぐ泡になって消える予感がずっと続いている。でもなかなか消えない。
 かなりの時間を掛けてから、若いほうの声が震えながら呻いた。
「なんで僕が沢田綱吉の魂を……?」
「くふふふ。愛に言葉はいらなかったんです」
 にこっ、にこっ、単発的な微笑みとでもいおうか――青年は何度かそれを繰り返して腕にコロコロしていたその珠を右手で掴んだ。
「僕たちに心はいらなかった。愛していたから。いつか、わかりますよ」
「……。分かる気がしない。それにそれはやはりニセモノだと思う。僕の考えでは……あなたは僕の思考回路の延長にあるなら、焚きつけるためにウソをつけてしまう男だ」
「それは、そうですね。さすが僕自身。立派なご推察だ」
 楽しそうな微笑みを保ったまま青年は子どものように小首を傾げる。
 そうしてぼんやりと夢を見続ける――、後日。
 骸たちの遊びにことある毎に駆り出されまくったオレが不眠症になるまで、わずかに五日程度だった。





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11.10.12