既定路線
――沢田綱吉。
その単語を口にするとき、ザワッとした。まぎれもなく不快感だったように思う。
「お前を倒すことだ」
「なっ!」
かねてからタイミングを窺っていたその言葉を言うと、彼は、怯えたような悲鳴をあげて後退りした。
予想通りの反応だった。骸は、綱吉という少年を見誤っていなかったのだ。その証明である『なっ!』というだけの響きはながらく耳に残った。
骸がそうと気がついたのは、耳に、子猫のような甘え声が掛かったときである。
甘い匂いがする。M・Mは口臭すらもなぜだか甘ったるくて、かぐわしい香りのする少女だった。人一倍に美容には気をつけているのだ。
「それじゃ。ホテルにいってるわね。ボンニューイ!」
眼球だけを横にやり、骸は右肩にしなだれかかっているM・Mに頷いた。
「ええ。おやすみなさい、また明日」
「骸ちゃんはクールねぇ〜」
まだ肩に両手をおいて、M・Mは不満そうな顔をした。
「せっかく、ヒミツを共有したもの同士で仲良くやるためにフランスから来たっていうのに!」
「ヒミツがあるのはテメーだけじゃねえ」
「おれたちもだな」
犬がすかさずうめくと、千種も応じた。十年後の記憶のことを言っているのだ。
骸は、M・Mに肩を貸したままで反対側の手摺りに肘をついた。一人掛けのソファーは黒曜ヘルシーランドに新たに持ち込んだものだった。
「まぁまぁ。未来の仲間なんですから、仲良くしてください。僕は僕のために働くものを歓迎しますよ」
「私のデータ通りの男のようだな、六道骸」
向かいの暗闇から、やや甲高い声がする。見合うサイズがなかったので、ソファーにチャイルドシートが乗っけてあって、そこに我が物顔で白衣の赤ん坊がふんぞり返って座っていた。
骸は、にやりとした笑みを口角にくっつけた顔で、顎をしゃくった。
「例えば? そのデータというのは」
「唯我独尊と似ているが、その領域にいくほどマヌケでもなくしかし限りなく近く自己中心的。自分のために利用できるものは何でも使おうという要領の良さと狡猾さがある。こずるい悪党とでもいえようか」
「ほうほう。他には?」
「残忍で、冷酷な男だ。しかし身内には甘い傾向がみられる」
「ほう。そうでもないと思いますがね。身内といったら僕の一部ですから。僕が、僕に甘いのは当然のことでしょう?」
「皮肉が好きで、理屈を捏ねまわすのも好きだ。しかし変わったものを好む男だ」
「しかし、と、そればかりが多いデータですねぇ。本当に科学者ですか?」
「科学者だ」
ヴェルデは、動揺もせずに顎をひいて肯定して、最後にエヘンと喉をならした。してやったりという反応だ。
「当たっているだろう?」
「そういうことにしておいてあげましょう。貴方の顔を立ててね」
「慇懃無礼な男というデータもあるぞ」
互いに、ソファーに収まったままで喉を鳴らしあう二名をM・Mは変な顔で見つめていた。
鼻腔から、長く嘆息する。
「まぁいいわ! じゃあ帝酷ホテルいってるからー、何かあったら遠慮なくよんでね! 寂しくなったらでもいいのよ」
「ええ。わかりました」
頬にチュッとキスされても顔色一つ変えなかったが、骸は近くの暗闇で誰かが息を飲んだのがわかった。
彼女が退出してから、骸は、その暗闇の名を呼んだ。
クローム髑髏だ。並盛中学校の制服を着ていた。
「少し、不満がありそうですね」
「……びっくりしているだけです」
「沢田綱吉を倒したら、君にも触らせてあげますよ。充分に油断させておくんですよ。彼には、君が身も心も僕のものだということの本質が理解できないようでしたからね」
「はい」
いくらか近況を聞いているうちに、ヴェルデがまた笑い出したので骸は顔をあげた。今度はヴェルデは自分からは喋らなかった。無視して、骸は指示をすべて伝えた。クロームの背中を見送る。
部屋に残ったのは、エストラーネオの残党3人とヴェルデだけになった。
「どう思いますか」
「何がだね」
誰にともなく呟いた骸に、真っ先にヴェルデが反応する。
この空間では、骸に対等な話ができるのは自分しかいないとヴェルデは信じているのだ。骸は面白くなってきて相好をさらに緩めて眉を寄せた。くつくつした笑みを漏らしているとヴェルデは気味が悪そうに鼻を鳴らした。
「今の小娘についてか? 沢田綱吉の信頼は得ているようだ。リボーンが動けばすぐにテレパシーでお前にもわかるんだろう? 私は何も間違った選択はしていない。私の代行者として期待しているよ、六道骸」
「それはどうも。僕も、期待していますよ。僕の沢田綱吉のために貴方が多大なる活躍をしてくれるときをね」
「お前の沢田綱吉?」
「僕のものになる男ですからね」
しらっと真顔で答えた骸に、ヴェルデは、神妙な眼差しを投げかけた。
骸はまだ薄っすらと笑いの名残を頬に貼り付けていた。
まんじりともしない沈黙だった。犬も千種も黙っている。骸は薄ら笑う。ヴェルデはやがて声に出して笑った。
一言だけ、うめいて、チャイルドシートから飛び降りた。
「データに一行追加してくる。沢田綱吉が本気で欲しくてたまらないようだな、六道骸」
「僕が、夢にまで見るほど腹立たしくなったのは彼だけですよ。ヴェルデ。夢で会ったのもね……」
「興味深いデータだ」
去っていく白衣の裾を横目にしつつ、骸は足を組み直した。
3人だけになると、犬が、ハ〜ッと重たい息をこぼした。骸しゃん、気弱に呼びかける。愚痴にすら唇を歪めるぐらいに骸は機嫌がよかった。
「クロームがいなくなるわ、変なやつがアジトに増えるわで気苦労しそーだびょん。あ〜。いつまで続けるんれすか」
「犬が気苦労とかいうわけ?」
「クフフフ。賑やかになりましたねぇ。いいじゃないですか、十年後になんてあっという間に追いつきそうですよ」
両手を結んで、その指先に微かに顎をくっつけながら骸はオッドアイを窄ませる。
昼間のことを思い返した。
「にしても、彼はいまだに僕のことを怖がってるんですね。ザンザスやエンマやD・スペードのことがあったというのに、彼らを調服さしせめた事実をもってしても克服できない恐怖心というのは興味深い。彼は僕に倒されるためだけに――、僕に差し出されるためだけにあの体を守っているんですよ。なかなか健気で可愛いところがあったもんだと思いません?」
にやにやしながらの言葉に、犬と千種が眼を丸くさせる。
骸は、答えは求めていない。しかし疑問系の様式は保ったままで続けた。いうなればこれは様式美なのだ。
「沢田綱吉の体は僕がいただきます」
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11.09.16
ジャンプがすごくて思わず 本誌でヴェルデについたむくろばんざい