ムクロウといっしょ




「D・スペードが骸の体を乗っ取っただって――?!」
 緊迫した叫びがこだまする。
 古城は、次にはシーンと静寂をこだまさせた。
 その次にこだまする声はだいたい五分くらい過ぎてからで、ムクロウを介して喋る六道骸だった。
「……そういえば、イタリアにいるんですよね。僕の体は」
「…………」
「…………」
 綱吉もリボーンも沈黙した。骸の声は、つい今しがた、うっかりまんまとD・スペードに肉体を奪取された失態を自ら帳消しにしようと張りきるように、いやに冷静に、分析をつづける。
「そもそも計画に難ありと言わざるをえませんね。牢獄を出たとしてもデイモンは僕の資金源なんて知らないでしょうし、出獄したあとはどうやってここまで来るんでしょうか? 方法は? まさか歩いて? まだまだツメが甘いです!」
「おまえ、どの口で……、わっ、わ? なんで俺に着地しよーとするんだよ?!」
「沢田綱吉の鳥の巣頭は帰巣本能を刺激しすぎてていけませんね!」
「のわぁあああああ?!」
「クハハハハハハ!」
「骸さま。楽しそう……」
 はやくもクローム髑髏が待機に飽きて一人と一匹を観察しはじめる。山本たちも、構えた武器をおろして、困ったようにリボーンを視線で探った。
「……まぁ、いちおう、一時間は待っといてやろうじゃねーか」
 リボーンは、眉と眉との間にシワを作りつつ、複雑そうに篭もった声で言った。腕組みする。せめてもの救いは炎真たちが最終決戦のためにと選定したお城がキレイだったので観光に適していた点だ。


 一週間が過ぎた。
「何でウチにいつくんだよ、オマエは」
 その朝は、ムクロウが定位置を先に奪っていた。
「クフフフフ」
 真っ白くて巨大な翼を広げて、フクロウはふいと横を向く。
 額に六の紋章、分け目に房までご丁寧にくっつけている白フクロウは、骸の声でごたいそうに喋れてしまう。
「あー、はいはい、はいはい、そうだな」
 耳が痛くなるほど聞いていた。
 ばささ! 羽音を大きくもたらし、フクロウが抗議する。綱吉がイスにくると少しだけ浮き上がって、綱吉が座ると、元のように背もたれをかぎ足で掴んだ。
「いいですか」
「顔を近づけるな。メシに羽根が入るだろ」
 箸を握りつつ、綱吉は頬に冷や汗を浮かべる。すぐそこにフクロウのオッドアイが迫っていた。綱吉の困った顔が、二色の水面にきらりと浮かぶ。
「――君の殺害がD・スペードの悲嘆だ。まさか鳥の巣頭に習って鳥レベルの記憶力ですかぁ? 僕の目的はあくまでボンゴレ十代目の肉体の奪取です。勝手に死なれちゃ迷惑なんですよ」
「鳥類にンなこと言われても……。骸の体は?」
「もちろん、君を狙って襲来した暁には、僕がスペードから取り戻してみせますよ」
「だから羽根を広げるなっつーの!」
 自らを誇示するように、フクロウが体躯の三倍はあろうかという翼を広げた。
 綱吉は、目玉焼きの皿とご飯茶碗を両手にして、イスごと横にズレようとする。しかしムクロウはまだ背もたれを掴んでいた。いっしょにずりずり動いてついてくる。
 綱吉の目を覗こうと、羽毛にぴっちり覆われたモコモコボディを近づけた。飽き飽きして綱吉も叫んだ。
「ご飯に羽根が入るだろーもー、俺に近寄るな!」
「……僕のごはんは?」
 クチバシをかちかち言わせて目玉焼きを狙うつもりだ。綱吉は慌てて母親の名を叫んだ。
「母さん! なんで家にいれたんだよっ、昨日やっと追い出せたんだよ?! 霧吹きでシャワーかけてやるっていって外に誘い出して……!! さすがに二度は同じ手くわないだろ?!」
「君の非道さにはたまに目を瞠りますよ」
「つっくん。あれはつっくんが悪いと思うわ! ムクロウちゃんは悲しそうな目をしてずっと窓に貼りついてたのよー? 母さんはさすがにアレは無視できないわ!」
「霧吹きは結局やらないつもりなんですね、沢田綱吉。さすがマフィアです」
「そ、それはっ…でも母さん、俺、コイツに顔を潰されて今朝も起きたんだよ。可哀想だからってなんだよ! こいつ犯罪者なんだよっ?!」
「何いってるのよ?」
 奈々は、本気で呆れた顔で息子を睨む。
 フライパンからは目玉焼きをお皿に移した。腰に手をやって胸を張る。
「オウムよりずっと頭のいい可愛いフクロウじゃない。クロームちゃんから、よろしくお願いしますって頼まれてるの母さん見たわよ。つっくんが鳥嫌いだなんて知らなかったわ!」
「と、鳥が嫌いっつーか……中身が!」
「僕が嫌いだとでも?」
「ぐ!」
 ずん。首が前に傾いて、綱吉の頭後ろにフクロウのもっこりした毛並みがこすれる。ムクロウが胸から不時着してきたのだった。まさに鳥の巣頭に胸からスポッとスライド着地をしましたの図である。
 手でぱっぱと払うと、ムクロウはすぐに天井すれすれを旋回した。
「クハハハハハハ! 沢田綱吉も大したことありませんねえ!」
「よくわからん嫌がらせはヤメローッ!!」
 拳を握りしめ、綱吉が逆上する。奈々がさらりと教えた。
「つっくん、頭がまた白くなってるわよ」
「うわああ!」
 両手で急いで髪にくっつく羽根も落とした。ムクロウにたかられるといつもこうだった。
「くふふっ。ふふふふふっ」
 フクロウは、ブキミに笑い声をあげて改めて着地する。
 机の上だ。 奈々が目玉焼きを差し出したからだった。
「ありがとうございます、奈々さん」
 食事の配給主である奈々にはスマートにキリッとお礼を述べてみせた。
「お、おまえなぁっ……、いつまで居候する気なんだ?! っていうか母さん! こいつ鳥じゃないよ! 鳥はチョコレート喰わないだろ?!」
「あら、ムクロウちゃんは好きなのよ? チョコ」
「目玉焼きもチョコもおいしいです。奈々さん」
 クチバシで啄み、余計なコト喋るんじゃねーとオッドアイがガンを飛ばした。さすがに、連日のバトルと、鳥の巣扱いされている現状がために素直に怯めはしない。
「あ、あのな。……外にいろよ! 外から俺を見守って満足してろ!」
「この六道骸に野宿をしろと?」
「鳥だろ!」
「くはははははっ。もぐっ」
 ネズミでも一呑みするかのように、ムクロウが目玉焼きを一本釣りして食べた。綱吉がそれを指差して抗議するが、奈々は取りあわない。ランボやイーピンで異常現象には馴れているのだった。
「かわいいじゃないの。母さんは好きよ、ムクロウちゃん」
「ありがとうございます、奈々さん」
「かぁあああさああん?!」
「それはそうと、沢田綱吉。さっきのを訂正してもらいましょうか? ――『君を見守って』? 僕は君を心配してるんじゃありませんよ、あくまで肉体の安全確保のために……面倒なので表立って尾行しているような状況なのです。わかります? この繊細で上品な違いが!!」
 チョコレートの粒を啄みつつの説教の途中から、綱吉はカバンを取っていた。いちいち付きあっていたら日が暮れる。
「いってきまーす!」
「……くふふっ」
 ばささ。当然のように翼を広げ、白フクロウが追いかけにいった。見送るのはリボーンである。
「……水牢に入ってる間に霊長類としてのプライドが欠けたんじゃねーか?」
 溜め息とともに、目玉焼きのカケラを刺しているフォークを口に突っ込ませた。
 いつもの登校路を走りながら、綱吉は忌々しげに頭上を睨む。
「頭に着地すんなよ。まだD・スペードは影もカタチもないんだからどっか行ってろ!」
「いいんですか? 僕がその気になればこのフクロウの足のかぎ爪で君を切り裂くコトだって簡単に」
「いつまでもンな脅しでおびえっ――て、いてっ、つつくなぁっ?!」
「クフフフ!」
「骸さま、楽しそう……」
 民家の塀の影からクローム髑髏が見守っていた。D・スペードは本気でまだまだきそうになかった。ムクロウから頭を庇いつつ、綱吉が絶叫をこだまさせた。
「何してるんだよあの男は――っ?!!」
 デイモンは、一ヶ月ほど経ってから見事に日焼けした六道骸の体で現れた。道に迷った挙げ句にアフリカを経由したらしい。その頃にはムクロウが胸毛でドーンと頭に乗っていても動じないほどムクロウの従者として調教されていた綱吉だったが、そのとき、ムクロウがクチバシからアスファルトに落ちていくのを目の当たりにして、さすがに気の毒に思ったという。
 D・スペードは指輪からでてきたプリーモが耳を引っぱってあちらの世界に連れ帰ってくれた。




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11.05.9

本誌の房つきムクロウの破壊力が… 房が…