うそつきの日常
桜が咲き始める季節だと思っていた。なぜそう思うかといえば、常識だからだ。けれど目覚めれば今朝は雪が降っていた。
「…………」あれっと思ったが、深くは考えなかった。
綱吉は今日が4月1日であると一ヶ月も前から警戒していたのだ。
しんしんと降る雪の中を登校して、月明かりが降りそそぐ中で新学期の朝礼に出た。教室に入れば生徒がみんな知らない顔になっていた。
「…………」
しらっとした目になって、綱吉はいつも通りの席に向かった。
イスに座っている先客は子兎だ。
「なるほどな」そのときだけ一言を呻いて綱吉は兎を床におろす。いつも通りに授業が終わって、朝日の中を下校した。それで自宅の自部屋の扉を開けた。想像通りのコトが待っていた。
「なんで――」
六道骸が、ベッドに腰掛けている。
人指し指をたてて表情はかしこばっている。彼は深刻だった。少しだけショックを受けてもいる。
「ツッコミしないんですか?」
「…………よぉ」
いつも通りに制服のジャケットを脱いで、カバンを置いて、着替えるから出て行けと声をかける。
骸はどかない。ベッドの上に靴下の両足を持ってきて体育座りをした。
膝に両手をのせて、その手の上に顎を乗せる。かわいい幼女かグラビアかのお決まりのポーズだ。オッドアイをぱちぱちさせていた。
「どおぞ。邪魔しませんよ」
「…………」
綱吉は机から小瓶を取った。死ぬ気丸が詰めこんである。――そうしてパリィンッと窓が割れて、だが六道骸は窓枠にしがみついていてしぶとい。
「綱吉くん! いつもみたいにうわぁあーっとかウオーッとか言わないんですか? ツッコミは?! 君の常識が悲鳴をあげて今ごろ死にかけてるんじゃないですか?!」
ハイパーモードの少年が、トドメを刺すべく窓から飛びでた。屋根に着地した。
それに合わせて骸も屋根に足を着けた。チャキッ! 三叉槍まで手にして、黒曜制服をはためかせながら両手を槍の軸に添えている。
「いつもみたいにギャアギャア騒いでご町内迷惑になってるのは?」
骸は愕然としてまだ問いかける。
「……綱吉くんっ? どうしたんですか。今日って何の日か知ってます?」
「…………」
両手をスッと顔の前に出した。
炎がついていて、臨戦態勢にあることを示す。
骸は少女が怖がるみたいにして引き攣った表情になった。少しだけ気遣うようなオッドアイの色だ――、だが。
「……っざぁあとらしい!」
ようやく叫んだ綱吉のセリフに、唇をニヤッとめくった。しかし本性はまだ隠していた。悲しげに眉を擦り寄せる。
「今日の綱吉くんはノリが悪くてどこまでやっていいのか僕も戸惑ってしまうんですが! 一体どおしたっていうんですか!」
「しっかり反撃しながら言うんじゃねえよ!!」
ガチィンッ!!
拳と槍とが交差する。
っタン、一歩を下がったのは骸で炎によって歪曲した三叉槍を捨てた。先端の剣だけは取って置いて、その先の槍軸は瞬時に再生させてみせる。
その間にも綱吉は距離をつめている。今までの戦闘で培ってきた拳のラッシュにも骸は追いついていた。
が! ガガッ、今度は槍が溶けなかった。幻覚のレベルを上げてきたのだ。
「――思うに――。わかりましたよ。それが君のエイプリルフールってワケですね」
「…………ッ! ハぁアアアア!!」
がんっ!
違った打撃音になった。渾身のパンチがめり込んだ――、綱吉ははっとする。見覚えのあるものが。
後ろで、骸が身を翻して着地した。
「……あるいはもしかして怒ってますか?」
心配そうな声を出しつつも肩越しにふり返っている彼は三叉の剣だけを握っている。槍だったものが机になっていた。綱吉の部屋にある机だ。
「……おいっ!」
どが、がしゃ、がらがら。机が屋根から転げ落ちていくのを見送る綱吉が青褪める。
ふり向いたときには、額でハイパーモードの証したる炎が終わった。
「今の! ホンモノじゃないか?!」
「引っ張ってきたんです」
唇に人指し指を宛てて骸は慎重な声だ。さすがに仰天して綱吉も詰め寄る。
「んなっ!! なあ!! 何すんだよ! 机に穴開けちゃったぞ今!」
「それはかわいそうに」
「お前のせいだぁあああああ!!」
胸ぐらに掴みかかるが、頭を揺すぶられても骸は大してダメージを受けてないと見受けられた。それでハタとする。これはクローム髑髏の体の筈だ!
綱吉が悔しげに奥歯を噛んで手を下げる、と、骸がその手首を握りしめた。
にこっ!
一見は人畜無害そうな、やわらかな微笑みがあった。
「綱吉くんが愚かなガキよろしくギャアギャア騒がないなんて朝日に鳴かないニワトリのようなものですよ。どうしたんですか? 僕に何か不安が? せっかく今日のために三月中ずっと充電してフルパワーで挑んだのに何も反応がないとは僕も少々傷つくというか暖簾に腕押しというか意味なしってものでしてね、せめて四月馬鹿はヤメロくらいツッコミしてくれませんか?」
「……オレは……」
憎たらしげに睨みつけて、綱吉は庭に墜落した机へと目を反らす。
冷や汗が垂れた。
「弁償するんだろうな」
「返答次第ですね」
「お前な?! いい加減にしろよな気持ちワリィ! いいか! オレはなーっ、この頃のバトルで新境地に達したの!」
「というと? 自分からそういうこと言いだすパターンって大抵は失敗の前触れですが?」
「お、れ、はっ!」
もう一回叫んで、綱吉は腰に片手をあてた。ちょっと言うのが照れ臭かった。
「……っ、突っ込まないとゆー新しいツッコミを覚えたよ。考えてみればいちいち騒ぐからお前みたいなのがつけ上がるんだ! 放置がいちばん効くだろ?!」
「それが君のエイプリルフールだと……」
「違う!」ごく、深刻に固い唾を飲む骸に人指し指を突きつけて、しかしすぐにハッとして引っこめた。
踵を返して、窓から室内に入った。屋根を歩き回っていた靴下は脱いだ。
骸が後につづくので、注意する。
「靴脱げ! この非常識!」
「ツッコミですよそれ」
ンー、下唇に指の腹を宛てて骸は何かを思案していた。綱吉の頭から足のつま先までを往復で四回くらい見ていて、綱吉は気まずく感じながらもサッと私服に着替えた。Tシャツにグレーのチノパンだ。
「盛大な幻覚をドーモアリガトウ。驚きました。4月1日楽しかったですね! じゃあな」
「待ちなさい」
一階に篭もったらもうテレビの前から動かない心づもりだった。
骸が、手を握ってくる。
まだ考え中の眼差しをしていた。泥から綺麗なものを取りだすように、骸の瞳は焦点を持っていなくて手探りの目つきだった。
「一昨年は……、君をやっぱり殺すと言って追いかけましたね。ボンゴレ十代目になるならやっぱり許せませんしね」
「…………」
「去年は、ヴィンディチェから出られましたーって言って一日中頑張って実体化しましたね。4月2日に大泣きされたのでああいうジョークはもう止めると約束しましたが」
「…………そうだな」
聞いてるだけでもげっそりして綱吉は目を伏せる。ちょっと飽き飽きもした。愛想が尽きる気持ちにソックリだ。
「お前、もうエイプリルフールやめたら。平和な嘘ってのに限りなく向いてないよ」
「僕は別に君を喜ばせたくてこういうことをしてるワケでは……、ああ、嘘ですよ? 嘘です。倦怠期解消のためです!」
出て行こうとすると骸が背中にしがみついてきて綱吉はずるずると彼を引き摺った。
階段に差しかかる前に、骸が自分の足で立って綱吉の肩を引っ張った。腕力では向こうが勝っているため、ずだん! 容易く壁に押しつけられてしまう。
「わかりました」
骸が、壁に押しつけている両肩に身を寄せた。
綱吉は眉間を歪めて見上げる。
「……でも僕が君に今できることなんて限られてますし、君の持ってる日常の中に埋没するくらいならまだ憎まれる方がマシだと思うんですが……。それでも、そっちのがいいんですか?」
「お前の尺度は狂ってる」
苦く呻く。骸はひそひそ声で求めた。顔を寄せてきたので頬に吐息が押し迫る。
「それなら。狂ってない方に合わせます。君のこと大嫌いですよ、綱吉くん」
「……オレは、大好きだよ」
触れあうだけのキスが引いて綱吉が睨みつけた。
骸は、陽気にけらけら笑った。
「何をすれば大嫌いになってくれるんですか? 今日が終わるまであと何時間だと思ってるんですか? 気になるので君の傍を離れるワケにはいきませんね」
「お前、フルパワーで今朝から暗躍してたんじゃないのか」
「今日のために術師を四人ほど監禁してきてあります。彼らの精神エネルギーが尽きるまであと二時間ほどって、あ、その眼は殴る目ですね! 君のためですよ!」
「そういうのはやめろって言ってるだろ! やっぱ大嫌いだ!」エイプリールではなくてものの弾みで本気で叫んだのだが、骸はぱっと顔を明るくした。
綱吉の後頭部を両手で持ち上げてキスをやり直す。息継ぎの合間に捕虜の解放を促した。骸はケロリと言った。
「今日ってエイプリルフールですけどね。どっからどこまで僕が嘘付いてると思います? 君を心から愛してるんですよ」
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11.04.1