フォッグリフト
ぐいと、腕を高所へと引き揚げられていく、その奇特な感覚で目を瞠った。まったく唐突だ。ワケがわからない。
気がついたときには綱吉は洞窟ではなく森の入り口に立っていた。
景色の様変わりように、愕然とした。
「え? なんで」
濃い霧がさ迷っている。
色なんて付いていないハズなのに、紫の濃霧があるとしか思えない。雨に濡れたネコの匂いがする。動物がどこかに隠れているのだろうか。
唖然となっても本能が蠢いた。
足が、ひとりでに霧の暗闇に向けて後退る。瞬間は真正面の霧が濃さを増した。
ガチンッ!!
硬い音がして、真っ赤な火花が走った。右頬に触れそうなほどに近い。
青い髪の、背の高い男が、すぐそこで無慈悲に両眼を見開かせていた。彼は既に鎌をふり下ろしていた。
「――――」
綱吉がゾッとしたときには、彼の小さな体躯は六道骸の腕のなかにあった。左の肩と顎のあいだ、ほんの僅かなスキマに骸の三叉槍が突き立てられていた。少しだけ遅れてビュウッと風が走り、三人の間だけで霧が晴れ渡った。
「んー、惜しいものだ。チャンスが無駄ではありませんか」
「場外乱闘は今はいいでしょう」
「なっ……なあっ……?!」
ギチギチギチチチチ! 金属質のものがけたたましく金切り声をあげ続けている。いまだに、デイモン・スペードの大鎌と六道骸の三叉槍とが互いに全力の腕力を込めて激突しあっていることの証明だった。
「んなぁっ、あっ、む、骸っ?! 骸なのか?! それにデイモン――ッ!」
後ろには逃れられず、しかし前にも行けず、綱吉はその場でただ震えあがる。
ギチギチギチギチ!!
力で駆け引きをしながら彼らは唇をめくって歯軋りをした。
「しつこいですね!」
「どちらが!」強く睨み合う。デイモンがふり下ろした鎌の刃先は、綱吉の右肩にまで回り込んでいる。あと少し振りかぶれば――、骸が槍を差し込んで支っかえの役目をはたしさえしなければ、綱吉の首が撥ねられていた。
「お、お前ら、何を!!」動けないままで綱吉は刃と槍胴との衝突地点を見つめる。
ギギギッ、拮抗しつづけている。
(なんだっていうんだよ?!)歪曲刃のするどさに息を呑み、真っ青になりながらも綱吉は無理やり唾を飲み干した。結局は骸を信用して彼の胸にもたれかかった。
「骸! 何が起きてるんだ?!」
「ボンゴレが僕の邪魔をしている!」
「はぁっ?! オレなんもっ――」
「君の存在が、私と六道骸の幻覚を乱したのですよ」
「オレ、が? っていうかお前ら何をしてるんだ。どこで戦って。炎真くんは? クロームは?!」
「気を荒らげるな!」
胸の前に腕がでてきて、瞬間的に綱吉を抱きしめた。だが骸は綱吉の服を鷲掴みにするなり地面に投げ捨てた。
「ぎゃあああっ?!」
骸とデイモンのあいだから、綱吉が転びながら滑りでる。と。
音もなく少年と青年とが駆け出した。
「おいっ! どこに。おい!」なかば反射で綱吉も走りだしていた。森に突っ込んでいって二人を追った。キン! ザン! 大鎌と三叉槍との軸で打ち合い、骸が綱吉に気を取られた一瞬でデイモンは笑みを深める。
「骸!」
いやな予感がして叫んだ。
鎌が足を狙いにきた。足元を掬われて、跳ねて避けるが。だが骸はそれで終わらせずに三叉槍を両手で横に振った。
「ヌフフッ。沢田!」すばやく身をかわし、ザグッ、三叉槍の切っ先は幹を抉った。デイモンはウインク混じりに闇へと身を投げる。
「私が憎いのならばこちらに来なさい! 追いかけっこといきましょう!」
「邪魔だと言った筈だ!」
乱暴に吐き捨てて、骸はオッドアイで睨みつけてくる。綱吉はそれでもぼうぼうに伸びている草を掻き分けた。
「骸! お前いつこの島に――、いや、オレも加勢する!」
「するな!!」
「んなっ!! なんでだよ?! ここ、現実に繋がる空間……だろ? デイモンを逃せないよ!」
「この空間で貴様が力を使うのが相手の思う壺だと言っているんだ! 助けは必要ない!」
「おいっ?!」
「もっとコチラに!!」
口角に深く笑みを刻みつけながら、デイモンが不意に片腕をバッと引き揚げた。
ごうぅうっ! 霧が、右回りの回転をはじめてトルネードを起こした。骸は追撃の足を止めて槍を横に凪がせる。すると、彼の背後でも霧が濃くなった。
「沢田! きさまを亡き者にすれば私の目的は七割が達成できたようなもの――、さぁ、ボンゴレの生贄となるがいい!!」
「な、何を言ってるんだ、あいつは」
「…………」目を丸くして横並びになる綱吉に、骸はまじまじした眼差しを送る。それまでとまったく異なる語調で尋ねてきた。
「まさか、本物の沢田綱吉なのか?」
「えっ……? そ、そうじゃない、のかな? え? お前だってホンモノの骸だろ?」
「どうやってここにきた」
「気がついたら……。炎真くんの炎であふれてるお城に入った途端に」
「超直感か」
「いや、直感とは違うんだけど」
おぼつかない質疑応答だったが、骸は一足先に納得してしまった。霧から出るなと早口で忠告した。
「おや。どうしてですか? 骸! 忌まわしいマフィアを守るのですか!」
片手で鎌の刃を支え、もう片手で胴を支え――、デイモンは斧槍としてハルバードをふり下ろしてみせる。
真っ黒い霧は、砂の粒子をあちこちで光らしていた。木々を薙ぎ倒してすぐさま巻き上げて塊となって圧し迫る! 危機に対する防衛反応に等しく綱吉は目玉の色を変えた。
オレンジ――、輝かしい炎の色に気がついて、骸が舌打ちした。
「僕が君を守っていなければ、そもそも君はこの空間で生きていない」
「……どういう意味だ?」
「ここは酸素がない宇宙空間のようなものだ。幻術が使えない者にとってはね!」叫びながらオッドアイを引き絞る、綱吉も微細な痛みの正体をわかっていた。ぱしぱしぱし、霧に混じっている砂の粒が吹きつけてくる。
ハイパーモードに変貌したまま棒立ちになって、静かに尋ねる。どうしたらいいんだ。
「…………」骸は、用心深かった。迫ってくる霧の塊を前に綱吉を警戒している。
火の灯っていない右手を差し出した。まっすぐに。
「さっき、オレはお前を信じたぞ。お前はどうだったか知らないけど、オレはお前を本当に信じてなかったときはない。お前もそうだろう? オレは、出会う環境さえ違ってたらお前に嫌われてるつもりはない。お前もそう思わないか?」
「嘘ですね」
冷たくあしらって骸は鼻を鳴らした。しかし三叉槍をデイモンに突きだし、両手を槍の軸に添えて、突進の姿勢を取っている。
「僕に怯えている。腹に一物抱えているタイプは苦手でしょう? 君は。さっきだって僕に抱かれる瞬間さえ震えていた」
「お前、自分が善人だとでも思うのか」
「まったく思いませんがね。でも、出会う環境が違えばどうたらは同意しかねますね。僕は、お人好しは、嫌いなんですよ」
「行くぞ!」
「僕の霧に炎を混ぜろ!」
がっ、両膝で屈伸した次には骸は空中に飛び出していて、砂の渦へと突っ込んだ。三叉の切っ先が霧を開いて、その向こうにいるデイモンへの通り道を造る!
「あぁあああああああああ!!」
綱吉が噴き上げた炎をまとい、霧が森を真っ白に染め上げるほどの水蒸気をあげながら槍ごと飛び出していった。デイモンは何かを刈るように鎌を両手で携えていた。
綱吉の目に、砂混じりの黒霧が吹っ飛び、炎混じりの霧が煙をあげながら消えていって、最後には二人だけが残って槍と斧とで打ち合いをしている――その姿が焼きついた。どこかから声が聞こえた。
『今ので、門が開きました。出て行くといい。もう君の世話にはなりません』
『むくろ――』うめいて、喉に声が篭もる感じがなぜか恐ろしく感じられた。体の感覚がおかしかった。急に重くなる。
「待てよ!!」
夢中になって前にあるものを掴んだ。だがふり向いたのは獄寺隼人だった。
「十代目っ?! どうかしました?!」
「……!!」もう何の匂いも感じず、木々も霧もなくて、見渡して在るのは縦揺れのつづく廃墟の壁だった。炎真の城だ。
「お、オレ……」
「どうした? ツナ。滑ったか」
山本が、後ろから綱吉の背中を押した。床に敷かれているカーペットは穴だらけでボロボロだった。
ちょっと臭くて、スニーカーの裏に吸いついてくる。正体不明の汚れだ。
ぺりり、靴からカーペットを剥がし、首を左右にした。
「……ううん。何でもないよ」
「十代目、今度転んだら遠慮なくオレに捕まってくださいね」
「なんでベタベタしてんだろうな、ここ」
「……うん……。にしてもさ、やっぱ間違いないと思うんだ。骸もきてるよ、ここに」
「マジっすか?!」
「勘イイよなー、ツナは」
前後の二人をちらりとそれぞれ見やってから頷いた。綱吉は目では天井を探っていた。いるとしたら、どこだろう?
「また、後でな」唇のほんの先っぽだけで呻いた。城はずっと揺れていて、炎真の居場所と比べて骸がどこにいるのかは分からなかった。
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11.03.14
ジャンプで骸15歳再登場ううううううううううううううのよろこび!!