24日



 

 

「ボスたるもの、たまにはファミリーを喜ばしてやるもんだぜ」
 ぴたりと動きを止めた。コートから左腕を抜いたままの格好で、リボーンに背を向けたまま硬直する。12月24日、クリスマスにそんなことを言われて、何をやれと言われているのか理解できないほどツナは呑気な性格をしていなかった。
 油の足らない機械の動きで、ゆっくり振り返る。ニヤリとするリボーンと、小さな宇宙船。
 くるりと方向を変え扉にダッシュしたツナの背を、宇宙船が押しつぶした。
「ボンゴレ十代目。どうして逃げるのですか」
 武器チューナー・ジャンニーニが小首を傾げる。
 ツナは潰されたままでうめいた。
「お、おれのクリスマスは終わった……」

 

 気象予報に逆らって、夜には雪が降った。
 顔面に照りつける雪が混じった寒波のなかで、フウと両手に息を吹きかけた。
 屋根の上で小型ソリに収まっていた。ジャンニーニが作ったという即席サンタグッズである。ソリから伸びた鉄線は鉄製のトナカイに繋がれていた。トナカイの背には、リボーン。サンタクロースのような真っ赤な服を着込んでいる。
「お前がノリノリなんだから、一人でやればいいのに……」
 同じくサンタ服で、ツナがうめく。
 振り返ったリボーンは手でピストルを構えていた。ツナは大人しく両腕をあげた。
「お前が背負ってる袋には特製の武器が入ってる。ファミリーがパワーアップすんだぜ、ボスが喜ばなくてどうするんだ」
 ツナの脳裏には、ジャンニーニが武器作りに失敗した事実と黒曜襲撃事件とが浮かんだ。武器の重要性は認めたが、素直に喜ぶ気持ちにはなれなかった。
「なんで、わざわざクリスマスに……」
「情緒がわかんねーヤツだな。とにかく、とっとと始めるぞ」
 理不尽な! 思ったが、鞭を振るわせた。
「くそう。もー、ヤケだ! 配るぞリボーン!」
「最初からそう言やーいーんだよ」
 ソリは空中に飛び出した。
 ジャンニーニの宇宙船と同じ原理とだけリボーンが教える。
 二度三度と鞭を振るえば、一頭のトナカイによってグングンと前に進んだ。
「実はこのトナカイだけはジャンニーニの父親製なんだぜ。九代目も、若い頃はこれで部下にプレゼントを配ったって話だ」
「へえ。また面倒な……」
「おっ、山本の家だ。行くぞ」
「へいへーい」
 ピシャっと鞭を振るう。
 トナカイが急降下し、ソリが屋根に不時着した。
「どうやって中に入るの? 煙突もないし」
 ニヤリとしてリボーンは、その小さな手のひらをトナカイの口へと持っていった。二つのものが吐き出された。ロープとドライバーだ。
「これを窓枠のサッシにはめ込め。ガラスにヒビが入るぞ」
「そりゃ不法侵入だろーが!!」
「九代目もやった伝統的な方法だぞ」
「おいおいおいおいおい!!」
 頭を抱えるツナに、リボーンがトドメをさした。
「大丈夫だ、最終的には部下はボスに逆らえねーから」
「…………お、おまえ。それって」
 差し出されたドライバーを受け取る。
(なんか、色々と問題発言じゃない……か?)
 怖いので、やはり口にはださなかった。


 
 同じ手口で。と、そう述べるのは犯罪組織のようだとツナは思いつつ、同じ手口で獄寺や京子、イーピン達に配り終えて、公園の上空で一息をついた。
 トナカイは独りでに、ファミリーないしはファミリー候補のもとへと赴いた。
 今は、誰かを探しているらしく、ひたすらにウロウロとしている。ツナは街並みを見下ろしながら、目を半眼にしてボヤいていた。
「でもさあ、イーピンに餃子型の爆弾ってのはどうかと思うよ」
「立派な武器じゃねーか。ハルと京子には包丁だ」
「……朝起きたら、ちょっとしたホラーだと思うんだけど」
 我ながら的を得てると思いつつ、二の句をつなぐ。
「で、獄寺くんにはタバコのダンボール詰め。どういう基準なんだよ」
「武器になりそうなものと、実用できるかも? の、ギリギリラインをいくのがクリスマスプレゼントだと思わねーか?」
 一つ目はまず違ってる。
 ツナが思ったところで、トナカイが急降下した。
「うわっ。誰だー、あと残ってるのは!」
「ヒバリだな」ギョッとして、ツナが鞭を引いた。
 ヒヒーンと馬のような声。まるきり馬の鳴き声を録音したようだとツナは感じたが、とにかく鳴き声と共にトナカイが首を振った。スピードは緩まらない。
「ど、どーしてヒバリさんにまで!!」
「立派なファミリー候補じゃねえか」
「そうかもしれないけど、うっそ。あの人なら絶対に気がつくよ! 窓ガラス破いて不法侵入とか、絶対に気付くし半殺しじゃ済まされないよ!!」
 ガラスにヒビが入った途端――いや、と思い直した。
(屋根に降りた時点でアウトだ。ボコりにやってきそう!)
「……――――っ?!」
 ぐらりと、ソリが傾いた。
 首を振っていたトナカイが方向を変えて猛進を始めたのだ。
「うわっ、ちょ!」張っていたはずの鞭が緩み、慌てて腕をひく。
 その瞬間に、ぐにゃりと車体が反転した。
「うそっ――」
 サンタクロースは空中に放り出されていた。
「だろぉおおお!!!?」
(下はただの砂地だぞ?!)
 十メートルはある。叩きつけられたらタダではいられない――。
 伸ばして腕は当然のようにソリまで届かなかった。
 反射的に絶叫したツナの耳に、ワンテンポ遅れて驚いた声が割り込んだ。
「ボンゴレっ?」
「! その声! 骸?!」
 公園の中央で、制服の少年が立っていた。
「何やってんですか。空中で」
 電灯に照らされながら、オッドアイを丸くして呑気にツナを見上げている。少年本人よりも、サンタの服装に気を取られるようで片目をすぼめた。
「お、落ちてるんだよ!!」
 返答する律儀さをみせるツナだが、地表まで数メートルだ。
 骸はツナを目で追った。ニヤリと唇が笑った。
「そのまま行くとブランコに激突しますよ」
「うわああっ?! た、助けて――!!」
「構いませんが、貸し一つですね」
(こ、この期に及んで!)このやろうと思わないでもない、が、胸中で叫び終わるころには地面をタタンと蹴る音がして骸の腕の中にいた。ブランコの上に乗り、がしりと落下の衝撃を受け止める。
 サンタの帽子は衝撃でもぎとられた。
 ばしっと土煙をあげて激突する姿に、ツナは息を呑みこんだ。
「……た、助かった。ありがと」
「いえいえ」青褪めながら、腕の中から抜け出ようとする…、が、骸は両腕に力を込めた。
「ちょ、ちょっと。何する気だよ」
「何かしましょーか?」
 思いのほか、顔が近かった。
「なっ……」
「君にはお世話になったお礼もしてなかったような……」
 もぞもぞと指先が蠢き、ツナはぴくりと背筋を仰け反らせた。赤いフェイクファーを潜り抜けて、骸の指が地肌に触れるところにいた。へその上を通って、胸元まで這い上がってくる。
「こっ。コラァ! 何すんだ?!」
 ツナが本格的に手足をバタつかせると、途端に、骸は腕を解いた。
 よろける。よろけて、自分の立ち居地を認識した。ブランコ遊具の『上』だ。
 一メートル以上の距離はある。平凡な中学生がひとりで降りるには無理がある距離だ。
「…………」唖然とした顔のまま、ツナが骸を見上げる。
 少年は当然のように、閉じた両腕を広げてみせた。
 互いににらみ合う静かな時間が流れる。すごすごと腕を伸ばしたのはツナで、骸の胴体にぎゅうっと抱きついた。彼はツナを抱きしめ返した。
 すとん、と、羽根のように地表へ飛び降りた。
「文句がありますか?」
「ありません」
 口を尖らせたのは、嫌味が返ってくると考えたからだ。
 しかし骸は悪戯っぽく笑うだけだった。片手だけで挨拶をして、踵を返す。
「え……」面を食らってツナが顔をあげる。あまりに呆気がない退場だ。
 ボンゴレに敗退してから、骸は並盛街で謹慎生活を送っている――と、ツナはリボーンから聞いていた。それでも隣町に入り浸っているようで、ツナとの直接の接触はなかったのだが。
(ちょっと……。感じが、変わった?)
 以前の六道骸と、現在の六道骸にはズレがあるようだとツナはようやく勘付いた。
 去りゆく広い背中に感情は読みとれない。迷いのない足取りをツナは困惑して眺めた。少年が、静かに闇夜に溶け込んでいく。
「待てよ、骸」声をかけたのはリボーンだ。
 上空からトナカイごと滑り降りる。ツナの前へとまると、ソリの中身を指差した。
「アイツの分もある」
「へっ? なんで骸のも?」
「ボンゴレ更生施設をでれば立派な戦力だからな」
「更生施設っ?! ンなとこに送ってんの?!」
「おめおめと都合よく更生されるつもりはありませんが」
 いささかの仏頂面で、しかし骸が戻ってきた。
 リボーンが顎で袋をしゃくる。むぅ、と低く唸りつつも、ツナは袋に腕を突っ込んだ。手に当たったのは小さな四角形の箱だった。
「これ……?」
「そうだ。相応しいものが掴めるようになってるからな」
「?」成りゆきを理解しきれずに骸が首を傾げる。
 ツナのサンタ姿をじろじろと眺め、差し出された箱には眉根を顰めた。
「受け取ったら爆発とかしませんか?」「し、しませんよっ」骸がリボーンを睨む。
「このまえ、そういうことがあったんですよねぇ……」
「お、おまえら。俺の知らないとこでどういう教育を……」
「まぁ、秘密だ。骸、開けてみせろ」
 完全な命令口調にイヤそうな顔をしてみせ、包装紙を除ける。
 でてきたのは弾丸だった。特殊弾だろう。摘み、ジロジロと眺め、月にかざして、さらにじーと睨む。と。骸がことさらに眉根を顰めてツナを振り返った。
「小言弾ですね。新手のイヤミですか? それとも精神的なアタック?」
「お、俺を怒っても……」
「骸。それがテメーへのクリスマスプレゼントみたいだな。大切にもってろ」
「これを?」厭気を滲ませ、顔を歪める。ツナがさりげなく骸から離れた。
「いつだかに役にたつんだろう。もってな」
「…………」
 骸は、四方八方から弾を眺め回すのをやめない。
「さて。じゃ、残り一人。ヒバリだ!」
「ええっ。やっぱり、行くの〜……」
「待ちなさい」グ、とサンタの襟首が掴まれる。
 ツナがキョトンとして見上げると、骸は複雑そうに眉根をゆがみながらも微笑んでみせた。
「いちおう、もらっておきますよ」
「ありがとうございます」
 なぜだか、彼が受け取ると言うなら礼を告げなければならないような気がした。
 直感に等しいツナの判断は、さらに複雑なものを骸にくわせていた。今にも閉じそうなほどに、両目をギリギリのところまで細めていた。
「……どういたしまして」
 ソリに乗り込んだ。すぐさまに浮かび上がり、骸が一歩を下がる。
 公園はすぐに視界から遠のいた。
 トナカイは時間を気にしているらしく、ぐんぐんと加速する。
 しばらくしてから、ツナは公園があるだろう北の方角を振り向いた。
「なあ、リボーン」「あ?」
「あの人、元気にやってる?」
「気になるのか」「ちょっとだけね」
 リボーンはにやりと笑った。
「元気だぜ。手に余るくらいにな」
「ふーん……」
(今度、見かけたら)
(お茶くらいは誘ってあげようかな)
 シャンシャンと、機械仕掛けの鈴の音が響いていた。

 

 






 





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機会があったので手直しして復活! です

 

06.01.22