ゆきやまじけんぼさいご




 

 並中に風紀委員長がいない。不在だ。
 そういうウワサはどこから流れているのだろう。出所さえわかれば、雲雀恭弥は必ずそこにいくし相手の喉首を締めあげる。
「も、もうお帰りになって――」
「噛み殺す」
「ぐお!」
 革靴で相手の顔を真正面から踏みつけながら、ヒバリは、重く嘆息をついた。
 今日の成敗相手は、一般生徒だ。二年生の廊下のド真ん中で、裏切り者に対する荒療治が行われていた。
「僕が一週間ほどお出かけだって? その話を他校生に話したって? へーえ、面白いな。ウワサ話の代償はときに高くつくんだよ」
「お、お許しくださいッ。おゆるしを!」
 男子学生が床に両手をついているが、ヒバリは薄く笑うだけだ。
「例えばさ。君は、もう少し力があったら僕に逆らうのかい? それとも敢えて逆らわないで受け入れるのかい? それってまるきり中身が違うよね。僕が、君らを赦さないのもそういうこと」
 キャアーッ!! 女生徒の悲鳴がこだまして、逃げていく足音もこだました。廊下がシィンとするようになった。
 トンファーを袖口に仕込み直しながら、ヒバリは思いついたように、付け足した。
 足元では六人ばかりノビている。
「でもあれってあれはあれでかなりの……、難しさなんだろうね。君らには難しすぎるかも」
 肩にかけた学ランをなびかせ、立ち去った。


「むっくろさん。シベリア土産は?!」
「雪って溶けますよねぇ」
「……柿ピー、骸さんが明らかなウソをつくびょん!!」
「おかえりなさいませ、骸さま」
 はいはいはい、といった感じで千種に手をふり、骸は黒曜ヘルシーランドの定位置へと戻った。つまりは赤い革張りのソファーである。
「ふぅ。すこし慣らしてから、髑髏に交替します。髑髏の体にもそれなりの負担をかけてしまいました。僕が抜けたあと、熱が出る可能性が非常に高い。千種、薬局へ。熱冷ましと解熱剤を買ってきてください」
(大事な僕の髑髏ですからね)
 肉体的にも、精神的にも、キズをつけずに真綿でくるんで保存しておくのが望ましい。千種は骸の命じたもののメモを取った。
 彼について、出て行こうとした犬が気を取り直して質問した。
「シベリアどうだったんれすか。オオカミはいるんれすか?」
「野犬ならみましたが……」
 ソファーの背に両腕をかけて、黒曜中制服の姿でふんぞり返りつつ、骸はしばし思案する。
 やがて「あぁ」と呻いた。
「聖母マリアのようなもの……ならば、みたかもしれませんね。途中で」
「……骸さん、臨死体験したびょん?」
「さすがです、骸さま」
 犬が千種をふり返り、千種はマジメくさって適当なセリフを帰す。
 骸は、なにか小難しいことを考えるときの顔になって黙ってしまったので、少年二人も買い出しのために出て行った。


 ロシア語の権利書を両手で広げて、綱吉はながらく悩み抜いていた。
(うーーーーん)
 日本に帰ってきてからまだ二十四時間も経っていない。が、ヒバリも骸も、空港の時点で別れてしまって、あれから顔を合わせていない。
 きっとしばらく会わない。
 特に理由なく会うような間柄では無いし、彼らと綱吉は友達でも無いからだ。
 今日は、母親に頼んで、疲れが取れないからという理由で休んだ。
 短パンにタンクトップ、ラフなシャツを肩に引っかけただけの姿で、綱吉はベッドの上をごろごろと転がって往復する。
「リボーン」部屋の出入りは多い。
 彼が、何度目かに入ってきたとき、声をかけた。
「シベリアのファミリーのさ、正式名称さ、本当は知ってるだろ」
「知ってどーすんだ?」
「うー……」体を起こし、綱吉は、権利書をくるくると手中に丸めてしまう。
 言いにくかったので眉を寄せた。
 リボーンは、入ってすぐのところで、綱吉の表情をつぶさに見つめている。綱吉は眉間に皺を寄せて慎重に呟いた。
「これ、返したいな」
「なんでだ。金になるんだぞ?」
「だって。オレが決めることじゃない。これを放棄して逃げるようなボスなら――、話し合いには応じてくれそうだろ? 油田の正式な持ち主はそのファミリーなんだから、オレやボンゴレが勝手に横領したり売却したりしちゃいけないんじゃないか?」
「……ほー。そうか」
 お前の拾ったモンだから好きにしろよ、と、そういってリボーンはまた部屋を出て行った。
「……、ああ、好きにする」
 半眼で見送り、権利書はベッドの枕元に置いた。下あごを枕に押しつける。目を閉ざしてみると雪山の寒さが蘇った。
 やっぱり、標準的なサイズのベッドは、一人で使うのがいちばん自由で寝心地がいいもんだと思った。










おわり



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