ゆきやまじけんぼまんなか2
ノックしてみよう。そう言いだしたのは綱吉だったが、ノックした途端に、扉は後方へと吹っ飛んでいった。
どがぁあああ!
爆発じみた轟音。長方形に切り取られた空間から白埃が吹きつけてくる。
綱吉の両隣では、ヒバリと骸が、扉にカカトを叩き降ろしたポーズで固まっていた。骸は寒さのためか自分の両肩を抱いている。
「は〜〜。死ぬかと思いましたよ」
「バカじゃないの。どう見たって無人だろ」
「げっほげほげほげほげほ!!」
盛大に咳き込む綱吉をよそに、二人はさっさと入っていった。山小屋である。
「だれかいますかぁ」
暗がりに向けて綱吉はそれでも声をかけてみる。用意しておいた懐中電灯を、床や天井に順繰りに向けた。
「埃っぽいな。やってらんないよ」
「ですからー、髑髏のボディは大事にしなさいとあれほど……」遠慮がちな綱吉の対極にあるような少年二名が、堂々と、納屋の物色を始めた。
おまけに骸は懐中電灯を引ったくった。
「ほーおう。なかなかご立派で」
「うわぁあああっ?!」
クマの頭が暖炉の真上にあった。
剥製だ。牙を剥きだし、訪れるものを威嚇している。
「か、金持ちっぽいなー!」
「君らさぁ、手伝う脳みそないわけ?」
ヒバリは、手近な位置にあったタンスを転がして、雪と風のこぼれてくる入り口を塞ぎにかかった。蹴り破った扉を元の位置に宛てて、そこに物を置いて閉鎖するのだ。
慌てて、綱吉も手伝いに戻った。寒さでかじかんだ唇で話しかける。
「偶然、小屋が見つかって助かりましたね」
床に敷いてある毛皮を引っ張り、剥がし、ヒバリはそれですきま風をも防いだ。
綱吉は、クマの毛皮の足元を抑えながら、まだ喋る。
「ここなら野犬の侵入はなさそうですし、ベッドもお布団もあるし、防寒もバッチリですよ。どうにか明日の朝まで――」
テープでの補強を終えて、ヒバリが呆れた顔で見下ろした。
「君ってのんきだね」
「え?」
ちょうど、そのとき、骸がライトをこちらに戻してきた。
「ああ――。そこにもありますね」
扉は、どうやら、内向きと外向きを間違えて取りつけ直したようだ。
ノックのための取っ手が内側にきている。
骸は、扉の正面にライトを当てる。綱吉も気がついた。
ようく見れば――、古ぼけた細工品が扉に埋めこんであるのだ。
「……紋章?」
錆びた銀のような風合い。モミの木をバックに、猟銃が交差している……。
「それ、あちこちにありますよ」
「とっくに逃げだしてたんだ。シベリアのファミリーってやつは」
「…………」
ヒバリも訳知り顔で言うので、綱吉は盛んに目をしばたかせた。
話についていけない……先が見えない……ヒバリさんと骸はテレパシーでもやっているのだろうか。
「えっ? こ、ここが、オレ達が探してたファミリーの隠れ家ですか?!」
「最初見たときに何とも思わなかったの?」
いっそ君の思考のがフシギといわんばかりに、ヒバリが黒眸を丸くさせる。
彼とは折り合いが悪い骸ですら、風紀委員長を肯定した。
「こんなところに意味なく立派な小屋が建ってるワケないでしょう? まぁ、いないならいないで、勝手に使わせてもらうまで。食糧はないようですがね」
「吹雪と嵐が止んだらすぐ下山だよ」
「わかりました」
驚きながらも感心してしまい、綱吉は、二人の動きをマネた。家捜しである。
ここが目的の場所ならば、あるはずだ――、そしてボンゴレの超直感というのは恐ろしい性質が在った。
少年二人もそう思ったのだろう。
綱吉が、分厚いロシア語の哲学書を開けて、とある紙片を取りだす。それを見せられると彼らの顔つきが変わったので綱吉もコレが目的のものだとわかった。
「油田の、権利書……。ですね。これもモミの木と猟銃の刻印がついてる」
「根性無しのファミリーだこと」
骸が、嘲った。
ヒバリは肩を竦める。
綱吉には、疑問だ。
「なんでこれを置いていったんだろう? 骸、なんでなんだ」
「なぜ僕に尋ねますか」
「お前、さっきからテキパキ動いてるだろ? ロシア語が読めてるんじゃないの? これに情報があったりしないか?」
「…………」
無言にはなったが、骸は綱吉が差し出した書類を受け取った。オッドアイをくぼませて、酷くつまらなさそうに目を通す。
左から右へ、定期的に眼球の動きをジャンプさせながら骸がボソリと呻いた。
「想像つきませんかね? 君には」
「めっちゃ金になる権利なんだろ。ファミリーを捨てたとしても、お金は必要だろ」
「自由は金では買えない」
敬語もなく、冷ややかに吐き捨てられて、綱吉は苦虫を口に放り込まれてしまう。
骸がいうと説得力は万倍だ。
マフィアに飼われ、脱走し、現在はマフィアの牢獄で本体が服役中。そんな彼だから自由に対する考え方は人よりも深い。
少年は、権利書の下側に走り書きされた文面を指差した。
「ここ。恐らくはボスの個人的なメッセージです。――『解放を求めて』」
「解放……」
オウム返しにしてみる。骸が、ジッと、長らく見下ろしてきた。居たたまれなくなったので綱吉はヒバリをふり返る。
カマをかけてみれば、彼はニコリとも笑わずに同意して、そうして目的を棄てた。
「ヒバリさん。この権利書を横取りするためにシベリアまでついてきたんじゃないんですか」
「もういい。逃げだした奴らの置き土産なんざ興味ないから」
(――武闘派なんだからなァ)
心中で控えめにツッコミしつつ、返された権利書を懐にしまう。骸も何気なく綱吉から目を離した。
綱吉も骸もヒバリも、これで手持ち無沙汰になったわけだった。
「……」「……」「……」
寒い。食べ物もない。吹雪が止まない。ベッドがそこに一台ある。
「……し、仕方ないですよねー」
綱吉は、三枚重ねのガラス窓の、一枚目が激しくガタガタ揺れているのを横目にしつつ、ベッドの布団を正した。
下山はどちらにせよ朝だ。寒さ、空腹、疲労の三重苦をごまかし、体力の温存を図るためには寝るしかない。
ベッドを使うのは必然だ。綱吉は念のためにもう一回言った。
「仕方ないですよね!」
布団の端から、入ろうとして、実際に入った後になるが。
ベッドの上は一分も待たずに戦場と化した。
「肩がぶつかってる。僕に触るな」
「それ以上、僕にくっつくなら訴えますよ」
「接触面から腐る」
「殺しますよ?」
「できるの?」
「やってやりましょう」
よろよろと、綱吉が右手を挙げる。
「て、提案がありまーす」
(なんでこんなことに……ッ)二人の間に行かせてくださいという簡単なものだ。ヒバリも骸も、拒否の言葉は言わなかった。だから入っていく。
――できるだけ、体がくっつかないように全身をピンと伸ばしつつも、綱吉は布団を引っ張った。
埃っぽいし、饐えた匂いがするが……、文句は言えない。
綱吉相手なら、ヒバリも骸もある程度は許容するらしい。両隣に、少年達の背中があって、ぎゅうと挟まれた。
(せ、せまい)
途方に暮れながらも、綱吉は汚れた天井を仰ぐ。
遠くから、吹雪の音がする。
ごうごう。ごおおっ。
カタカタカタ、ガタン。
窓と扉のほうから大きい音がする。夜そのものには音が無い。小屋は静かだが、外で吹雪が暴れている。
徐々に、綱吉の体から力が抜けていった。リラックスとはまったく違う脱力である。
ずっと緊張し通しで、そろそろ、体が限界なのだ。
(お……、も、もうちょっといけそう)
片肘をシーツに沈み込ませる。左右の少年達に余計にぶつかってしまうのだが。
彼らが怒り出さない限界地点のギリギリを探りつつ、綱吉は天井を仰いで寝っ転がっていた。
(…………)
外は寒い。この部屋だって寒い。
外にでている顔が、冷たい。
しかし、体のほうはちょっとはマシだ。三人分の上着をまるごと乗っけているからちょっとだけ暖かい。
(……いや、でも寒いよ。ラーメンとか食べたいなぁ。カップラーメンの、おつゆだけでも……)
昼間のカップラーメンはおいしかったものだ。食べ物を思うと、みじめになった。
ふいに、視界の端の妙なツンツンが気になりだした。
六道骸の後頭部についている房である。反対側では、ちょっとボサボサしている雲雀恭弥の黒髪があった。
……ベッドは一人用を三人で使っている。
体に力をいれて手足を伸ばして、できるだけ触らないようにしても限度がある。もう、綱吉は、肩で彼らの背中を押し返すくらいには体重を預けてしまっていた。
(……怒られないのか)
ホッとはしたが、唇から零れたのは浅い嘆息だった。
(リボーンのやつ。もしかしたらココにファミリーがいないの知ってたのかな)
骸は――ウソをついてるように見えなかった。
解放を求めて。それが、姿もなく、大金を置いていった彼らの遺言だ。
(……おれ、期待しすぎかなぁ。マフィアが正義の味方だなんて……、そんなふうには思ってないけど)
でも、この権利書でいくら手に入るのだろう。原油流出の被害額では何兆円とかの報道を見たことがあった。
(そんなお金……、おれの人生が何百個も買えるんだろうな)
骸が言う、自由とお金がイコールにはならないという考えや、ヒバリの言う、自分の理想と違うからもう欲しくないという考えは、綱吉にはよくわからない。
(流されてるのかな。でも、逆らう方法なんて、)
くしゅん。
右隣で、背中が跳ねた。
ヒバリだ。ふり向いても彼は二度目のクシャミなんてしない。寝ているらしい。睡眠中の物音ひとつで目覚めてしまう彼が、自分で、鼻を啜りながら寝息を立てている。
「…………」
やっぱ寒いよな。
綱吉の意識は、まっ黒い室内へと向いた。
(もう、寝ちゃったのかな。ふたりとも。オレがどんっだけ苦労して、さわんないよーにしてんのか、ぜんぜん気にしてないよなぁ。こんくらい周辺の迷惑を考えないでイイ性格してたら、オレももちょっとラクなんかなー? 後継とかさ、はっきり、イヤっていって逃げちゃえるかも)
ヒバリや骸と、自分では、人間としてのタイプがまったく違うけれど。
考えるだけ、ムダだな。
その意識は、劣等感に限りなく等しくて綱吉は少しだけ憂うつになった。しかし、ベッドをずり上がり、上半身を枕のところで立たせた。
(…………)
これくらいの、炎なら。
額に意識を集めて、集中する。ほどなくして綱吉は小さな炎を額に灯した。
丹念に刃を研ぐようなイメージで火力をあげていく。
ハイパーモード化の効果のひとつに、気が大きくなることがある。
気の持ちようまでもが綱吉は炎と同じだ。
両腕で、ヒバリと骸の肩を抱き寄せた。
おれはぜんぜんダメだなぁ。遠いところで綱吉が嘆くのを聴きながら、そっと、二人を自分の腰の近くに集めるようにする。幼子を抱きかかえるような格好になった。ベッドが狭いのが幸いした。
(朝まで……、なんとかなるか)
自分の頭は、窓辺にかけて、綱吉はすぅっと息を吸いこんだ。
そうして眠りに任せてしまう。
睫毛が震える。
一度だけ目を開けた。思ったこと、そのまんまの光景があったのでヒバリはまたすぐ目を閉ざし、眠りにつこうと努力した。
「よくわかんないよね、君は……」
その傍らで、呟く。
ヒバリにすれば綱吉は理解が難しい生き方をしている。
この子は何がしたいんだ? 割りと頻繁に、よく、繰り返し、疑問に思う。
(肉食の群れに混じった、草食動物はさぁ。食べられるか、自分も肉食をやっちゃうかのどれかしかないとおもうんだけど)
炎の暖かさを感じる。今度はぐっすり寝られそうな予感につつまれて、ヒバリは心の意味でも目を閉ざす。
先に動いたのは自分の腕だった。
頭で、理解して、それを受け入れるまえに、骸は暖かなものの後ろ腰に片腕をまわして抱きついていた。
「…………」
頭上から、暖炉のぬくもりが届く。
(一体、何をしてるんだ。この子といて楽しいと感じるなんて絶対に狂っているのに)
綱吉の炎はよくわからなかった。
骸の知る限りでは、相手を癒すこともあるし、蒸発させることもあるし、かといって何一つ燃やさずにただの明かりにもなれる。
そして、今は暖かい。
骸にすれば綱吉は容易には触れない存在だった。
炎を素手で掴もうとするのと同じ、極めてキケンな行いだ。
(…………)真実の体がある場所は、外の吹雪きに負けないほど冷えきっている。しかしそれも忘れてしまえそうだった。いつしか眠りについた。
つづく
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