EX*招待客
扉を抜ければ真っ赤になった。
丸みのある――赤いライン、渦巻く花びら、棘のある茎、要素を一つずつみてようやくそれが薔薇なんだと気づく。
しかも大集合だ。大群だ。
「お誕生日おめでとうございます」
にっこりしながら、六道骸は薔薇の花束を抱えていた。
「……えっ?」
「今日が誕生日だと聞きました」
「ケェーッ、てめーらも物好きだびょん。毎年やってンのか、こんなこと」
「メンドイな」
「ボス。おめでとう」
黒曜制服の彼らはオレの横を通り過ぎていって、ただ独り、骸だけが正面に残った。彼は笑顔を崩さずに薔薇の花束を突きつけてくる。
「受け取ってください。何をバカっぽい呆けたツラをしているんですか」
「…………?!」
「君への誕生日プレゼントですよ、ほら」
「……リボーンに……じゃなくて?」
「なぜ僕が彼に花束を? 受け取りなさい、ボンゴレ十代目。君は花がお好きでしょう。薔薇は好みではありませんか?」
「お、おれに? コレを?」
異物の塊でも見るような気持ちで、花束を見やる。
薔薇の匂いがムワッと香る。見ただけで腹がいっぱいになりそうな、クドい色遣いにクドい匂い。こんな濃いものは初めてだ。
「お、おれは男だぞ」
戸惑いを見透かしたように、くすっと骸が喉を鳴らした。
「僕もね。男の君に花をおくるなんて趣味はありません。しかし、君は僕に花をくれた。だからまずは手土産に選んであげました」
「あ」
言われて思い出したが、確かに今年の六月にそれをやっている。
崖に生えてた花を……白くてちっちゃくてカワイイやつを、骸に渡したんだ。あいにくそれしか用意できなかったんだ。
経緯を理解すると、ぱっと顔が赤くなったのが自分でもわかった。
「いらやがせか! お前!」
「違いますよ。お誕生日おめでとうございます。受け取りなさい」
「なっ! ……なんだよ、そのバカにした笑みは!」
「面白いなと思ってるだけですよ。君って期待通りの反応をするんですね」
「やっぱ嫌がらせじゃねーか!」
「クフフ。上出来です」
薔薇を受け取れば、せせら笑いが引っ込んで代わりに上機嫌なうすら笑い。そうして骸は玄関をあがっていって垂れ幕の下をくぐった。
垂れ幕にはメッセージが書いてある。リボーン&ツナ、お誕生日おめでとう、合同誕生日会……だとかなんとか。
オレは、両手から溢れてくる薔薇の花束を抱えつつも骸の背中を睨む。
六道骸。
よくわからないやつだ。
一時期はライバルなんかに感じてた――本気で負けたくないと思った……けど、今は、骸がまったく理解ができない男ではないと知っている。彼は時に残虐で、鬼畜のようで、でも仲間にかける情愛がゼロでもなかった。問題はあるが決して共感できない男ではなかったのだ。
「……こんなん初めて見たよ」
花束をもてあましていると、堰がこぼれた。
「げほっ。……げほっ、うえっ、に、匂いキツッ!」
「十代目? うわっ、なんですかそれ!」
買い出しから、獄寺くん達が戻ってきた。誕生パーティーの始まりだ。
台所では母さんも声をあげた。
「まっ! どーしたの? つっくん、スゴい花束じゃないの! 誰かにあげるの?」
「お、おれがもらったんだよ……。母さん……、あのさ、オレへの誕生日プレゼントって用意してるの?」
「あら。何か、欲しいものでもあるの?」
母さんはとびきりのニコニコ顔になる。実はオレが中学生になってからは、誕生日プレゼントをもらってなかった。
特に、欲しいものもないし……、代わりに発売日当日にゲームソフトを買ってもらってるから、オレにはそれで充分だ。ゲームソフトってのは誕生日にじゃなくて発売当初にこそ手に入れるもんだ。
「今日なの? 運がいいわね〜。何の発売日だったの?」
馴れたものだから母さんは楽しそうに聞いてくる。
オレは、ちょっとだけ恥ずかしくなった。
「う、ううん。今年はゲームはもういいや。リボーン達との――、その、いろいろ、忙しくってゲームする時間がなさそーだしさ。だから今年はもうゲームはいいんだ。だからさ……」
「? なあに?」
カチ。フライパンの火を消している。それで不思議そうに息子を見つめた。
いやな汗がでてきた。
リビングでは、誕生日会の準備や相談でわぁわぁしてる声が。オレも早くアッチにいって出し物を考えないといけなかった。こんな子どもっぽいお願いをするのは本当に気がひける……。
「そ、そのぉ……」
チラッと後ろを見やれば、パイナップルに似たシルエットが垣間見える。
黒曜制服の彼らはメモを片手に出し物の打ち合わせをしている。最近の骸は、誘いを断らなくなった。必ず文句は言うが付き合ってくれている。
いわく、オレが気になるからだとか……一回だけ、言われたことがある。
まぁ、オレは骸に嫌われているんだけど。
視線を戻す――、母さんはいつものように大きな目を丸くしてオレのお願いを待っている。思い切るしかなかった。
「ら……っ、来月のおこづかい前借りしてもいいっ?!」
*******
「――つっくん、あなた今日は誕生日でしょう!」
最初には驚かれた。お金は貸してくれたから、オレは二千円を握って飛び出した。
「四時までには帰ンないと! あーと、アイツが喜びそうなものっ……!」
なんだろう? 考えてみても、オレはアイツのことを知らなかった。まったくといっていいほどだ。
――死ぬほど嫌いです、そう言われたときのことを思い返してみる。
――お花は、ありがとうございます、そう言われたときのことも。
時間はないのに、プレゼントを考えるのは簡単なコトではなかった。結局、四時半に帰ってきたオレを見て、リボーンはピストルを取り出した。
「だぁあああああ! ごめんってば!! 遅刻に悪気はなかったんだ!!」
「死ぬがいい」
「だあああああああああっ?!」
獄寺くんがクラッカーを鳴らして無理やり誕生日会を始めてくれた。それで、オレはできる限りにさりげなくを装って骸たちの方にビニール袋を置いた。
「んあ?」
犬が、顔をあげた。
鼻をくんくんさせて「お菓子ら」とうめく。骸がオレをふり向いて、了平さんとヒバリさんの出し物に向けてた嘲笑を引っ込めた。
「勝手に人のペットにエサをやるなと言われたりしません?」
「あ……、や、ち、違う」
「犬。食べるのは後にしなさい」
「きゃいんっ!」
テーブル下で足でも踏まれたかのように犬が飛び上がる。すぐさま、母さんが作ったフライドチキンに食らいついた。
すすす、千種がコンビニの袋を回収していく。骸は頬杖をつく。
「なんですか。それ、買いにいってたんですか」
「食べ物のほうが喜ぶんじゃないかと思って……そういうこと言われた気がするし」
「?」
オッドアイをしばたかせて、不思議そうに骸がオレを見つめた。
母さんにおねだりしたとき以上に、気恥ずかしくなった。席を立ち上がる。誕生パーティーはもう中盤だ。
「獄寺くん! 出し物の相談しよう」
「十代目っ! いつでも準備はできてますよ」
「それじゃ――」
まだ見られている感じがする。
二時間くらいが経って、オレは骸がどういうヤツなのか前よりもわかった気がした。
しつこい。ちょっとおかしいほど執念深いんじゃ? 一度、気になってしまえば彼はなかなかその問題から離れようとはしないらしい。
「君、今日、誕生日でしょう?」
母さんと同じことを言われたから、あぁ、バレたんだなと思った。
夜だ。1972円分のコンビニお菓子が詰まった袋を片手に、六道骸は窓辺に座り込んでいた。誕生パーティーが終わって、オレはお風呂を出て、リボーンはビアンキとのデートに出かけていった。
首にかけたタオルで髪を拭いつつ、オレはあんまり動揺していない自分に気づく。
骸は月明かりを背負って髪を黒くしている。
「花をあげたのはまずかったかなと思ったんだ。ば、薔薇の花束、なんてさ。お前に変なことさせてゴメンな。あのときに花を貰ったの怒ってたんなら、もっと早く言ってくれてもよかったのに」
「誕生日プレゼントのやり直しをしたつもりになっているんですか? 認めませんよ、それは。しかも今日だ……しかも野に咲く花の次はコンビニのお菓子つめあわせ。僕には理解できませんね、君の庶民感覚が」
僕たちは子どもじゃないんですよ、当たり前のようにそう言う骸に、キョトンとしてしまう。
「? 子どもじゃないのか」
「感じないんですか」
「へっ?」
骸にあげたビニール袋を見やる……、予算は二千円だ。
コンビニってあれでもけっこう高いお菓子が多いから、でも誕生日プレゼントに百円菓子はまずいだろうと思って高めのを選んだんだ。
だから、二千円なんてあっという間になくなった。
黙り込むオレに、骸が嘆息をこぼす。鼻の先からクスッと抜けるような奇妙な笑い方で、オレに流し目を差し向ける……横顔が銀色に光った。
「まぁいいんですけど。この話をするつもりはありません」
「は……?」
「ただ、言わせてもらうなら、」
骸は、何をしにわざわざオレの部屋にきたんだろう?
見たところ、帰宅しなかったようだ。リビングの掃除を待って――後に用事があるなら手伝ってけよという気もするが――、オレのお風呂を待って、一人になるのを待って、こうして不法侵入してと。
文句を言うためだけに?
変なやつだ……気にくわないやつがボンゴレ十代目でいるのが、そんなにイヤなのか?
「君はそのままでいいですよ。馬鹿なままでいい。まっしろで浅はかでド素人でウブで、それでけっこうじゃないですか」
「……そうだった、おま、オレが嫌いなんだよな」
「ええ。もちろん」
「嫌なヤツだな〜!」
こっちだって遠慮無くイヤミをいってやろう、そのつもりで叫ぶ。
骸は、にやにやし出していた。
「僕は君に同情しているのかもしれないし、優位に立てた喜びに浸り、優越感に酔っているのかもしれない、君を見下したいだけかもしれない。君はどう思いますか」
「はぁ?」
「最近の僕ってよく君を許容してると思いませんか? 今日みたいに遊びにきてる。どう思いますか?」
「なぁっ。――バカにするために見に来てるっていいたいのか!」
「そんなところでしょうかね」
口元は思いっきり皮肉げにニヤついているのに、瞬きを大きくやったオッドアイの方は霞がかっていた。目の奥が。
床に振り下ろすみたいにして、タオルをばさっとさせた。
「あのな! お前が嫌いだっていうのは――、お、おれにはどうしようもないだろ。何だよ。オレがどう思うかって? アンタの性格はずいぶん悪いんだなって思うよ」
「ほう。それだけですか」
「おい。言いながら菓子をあけるな! 長居する気かっ!」
「リボーンは?」
「ビアンキがホテルの予約取ってて連れてかれたよ。あ。ポッキーをまとめて五本食いとかするなよな?! もったいない!」
「この豪華な食い方も理解できないとは……グズですね」
「一本ずつ食えよ?!」
骸が、本気で怒ったようにギロッとオレを睨んでくる。
指の間に二本と三本を挟んで、ぽりぽり、優美にして豪快に食っていくもんだから消費スピードがシャレになっていない。
「あ、あぁ、……ポッキーの定価買いってけっこう高いんだぞ……。スーパーならちょっと安いけど、遠いからいけなかったのに」
「貧乏人は黙るといいですよ」
ぽりぽりぽりぽり。見る間に小袋がカラになった。
骸は、素知らぬ顔で次の袋も開ける。
「ちょっ、人の部屋で――」
「食べますか?」
詰め寄ろうとすると、小袋を差し出された。まるでタバコのシガレットケースでも差し出したかのように、さりげなかった。
つつ、どうやったのか、差し出したときの弾みでポッキーの一本が飛び出てくる。
「なっ……、お、オレがあげたもんだろ?」
「もう僕のものですから。僕のものをどうしようが僕の勝手。違いますか」
「んなっ!」
ガーンときたが、骸はこういうやつだ。
何だか損した気分になりつつ、事実を告げる。
「いいよ、歯ぁ磨いたから」
「おやそれは残念」
小袋ごと口に戻して、一本だけ歯で噛んで取り出す。
その仕草があまりに自然だった。
「おまえ、普段からそういうのばっか食べてるんじゃないだろうな」
「もちろん僕の口には合いませんよ」
ウソをついているとは見えない生真面目な顔である。
二袋目もカラになる。骸は他愛のない話を持ちかけてくる。ほとんど十割がイヤミで意味がなくって、オレには骸が何をしにきているのかがわからない。
「そろそろ、帰ります」
他のお菓子もあけて口をつけて、ビニールの半分が軽くなったところで骸が言った。オレはその頃には正座して仕方なく一緒にチョコを食べていた。
歯磨きのやり直しは既に確定してて、悔しかったので尋ねる。
「お前、結局は何しにきたんだ?!」
「遊びにきただけって言ったつもりなんですけど? 見に来ただけですよ」
と、彼は当然のように呟いて、窓から出て行った。残されたオレは呆然とするだけだ。母さんが花瓶にいれてくれた薔薇の花が、異様な存在感を放って机の上に乗っている……。
「な、なんなんだ」
思わず歯噛みをした。
そりゃあ獄寺くんとか、山本とか、特に意味もなく遊びにくるけど……。友達だから。骸も、オレにとってそうなったって思っていいんだろうか?
謎だ。薔薇の匂いが、咽せてしまう程に甘くって歯磨きしなくちゃと思いついた。
>>>おわり