破裂



 

 

 ヘビのようだと、かつても胸中で呟いた。
  腕を引かれた。認識した次の瞬間には壁に背を打ち付けられ、唇に貪りつかれていた。
「ぐっ?!」頭一つ大きい影が覆い被さる。わかるのはそれだけで、脳裏に嵐のように荒く重いものが圧し掛かる。酷いキスだ。キスと呼べるかもわからないやり方で、舌を吸われて根本を締め上げられる。そのうち上の歯列がギシギシ呻き声をあげた。思い切り、噛み付いてる。
「…………ッッ」
(な、なに)学校の敷地内でこんなことをする人物はいない。
 滲む視界をむりやり開かせようとした綱吉だが、阻むように目を覆われた。
(息が……!)ぐらりと身体が大きく傾いた。影が後退る。その場で膝をついた。
「っぁ。ハッ、ゲホ!!」咳き込んだあとで、深呼吸を繰り返す。
 唾液を拭いながら顔をあげると、一ヶ月前に対峙した少年が佇んでいた。唇に付着した血を、舌だけでペロリと舐め取る。そこでようやく、綱吉は咥内を噛み切られたことに気がついた。
「久しぶりです、ボンゴレ」
「骸……。なんで、ここに……。げほっ」
「大丈夫ですか?」そ知らぬ顔で少年が屈みこむ。
 伸ばされた手を振り払った。まるでヘビような男だと以前と同じ印象を胸中で繰り返し、周囲を確認する。一瞬で木立の奥に引き摺りこまれたらしく、助けを求められそうな人影は見つからなかった。骸が、屈んだままでニヤリと笑った。
「っ?!」ガツッと後頭部が壁面に叩き付けられた。顎を鷲掴まれていた。
「どうやら僕は思っていたよりも君に惹かれていたようで。忘れられずに忍んだ次第です」
(何いってるんだ?)骸の腕を押し返そうと、両手でむしるがビクともしない。
「狙ったものは逃さないスタンスですから」
 ギリギリと締め付けを緩めないまま、骸。
 顎を抑える手はそのままに、もう一方でポケットからナイフを取り出す。目を見開く、数秒後には襟首からベルトまでを一本線に切り裂かれていた。眉間を歪ませて、骸が陰湿な笑みを浮かべた。「ここ数週、君を見てましたよ。火曜日は一人で帰宅してるんでしょう。寄り道もしてる。夜方まで帰らずとも心配はされない。二日前は部屋の電気をつけっ放しで寝た」
「な、なに考えてんだよお前!」
「女子との接触は極端にない。君、童貞ですね?」
「?!」驚愕に活目し、唖然と骸を見上げる。
 ニヤリとした笑みを崩さずに、冷めた指先に胸元を辿らせる。
「やめろよ……っ」気持ちが悪くて指先が痺れる。クフフと肩を揺らして骸は愉しげに微笑んでいた。
「男の経験もないようですね。上々な次第です。こっちは剥いたんですか?」
「やめろよ!!」服の上から、指がぐしぐしと急所を転がせていた。渾身の力で手足をバタつかせたが、すぐに骸が両足の上に乗った。複数回にわたって後頭部を打ち付けられる。
 視界が霞み始めたところで、骸は手をとめた。
「大丈夫ですか?」平然となされる質問には気遣っているようなニュアンスもある。
 しかしどこまで演技か見当がつかない。混濁した意識のままで、綱吉は壁面に体重を預けた。覗き込む骸に気がついて歯を食い縛り、精一杯に睨みつける。返ったのは満面の笑みだった。
「そうこなくては。とりあえず君から奪えるものはすべて奪っておこうという気になったんです。ちゃんと見て、覚えるんですよ。僕を満足させてください。君を辱める男の名前と姿は楔として穿たれ、」
 スゥと右耳に唇が寄り添った。「永遠に残る君の傷痕になる」身の毛がよだつほどの低音。上機嫌に首を撫でさする指の動きが堪らなく胸にきた。大声で泣き出したい衝動にかられる。
「クフ。さあ、好い声で哭いてくださいね」
 ねとりと。しめったものが耳裏を舐め上げた。

 










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06.1