×と×とでXmas




 あけましておめでとう! そう言いながらドアを開けてホワイトスーツ姿で姿を見せた。半ば条件反射で綱吉は拳を握る。
「それを言うならメリークリスマスじゃないのかっ?!」
「おや? 似たようなものかと思いましたが」
 サングラスを外しながら、六道骸はきょとんとしたオッドアイをしばたかせた。
「まぁいいです。沢田綱吉。僕とデートしましょう」
「なんでだ?!」
「今日が恋人達の日だと聞きました。イルミネーションを観て、ホテルに泊まって、おいしいチョコレートケーキでも一緒に食べればそれでいいのでしょう?」
「とりあえず一番でっかいツッコミどころにツッコミするけど、恋人って誰と誰が」
 口角を引き攣らせつつ、綱吉は机を漁った。埋まっていたイクスグローブを両手に嵌めて、耳にはオペレーションシステムと連結した小型ヘッドホンを嵌める。
「……変わった正装ですね」
 高校のブレザー制服に、そんなアイテムを組み合わせる綱吉に骸が半眼を送った。
 人差し指をたてて、口を酸っぱくする。
「しかし常識がないと敢えて辛口に評価してあげましょう。デートには向きませんねそれは。着替え直しなさい」
「…………。恋人って、誰と誰が?」
 問い直しながら、戦闘態勢を整えた両の手をぱちんと合わせる。
 帰宅直後だ。十二月二十四日。階下に母親はいるがリボーンはどこぞにでかけ――いや、ビアンキに捕まってデートか逃避行か何かなんだろう、多分。ともかくも一人だ。骸はそれをわかってきて家にやってきたのだろう。
 綱吉の額と両手に点ったオレンジファイアを見つめつつ、骸は、哀れむような目つきになって唇では蔑笑を浮かべた。
「忘れたんですか? 僕に、来いと言ったではないですか。二年前の二月十九日、時間は恐らく午後の一時四十二分」
「あれはヴィンディチェの牢獄から引っ張り出すためだって何度言えばっ?!」
 反論はしたが、この一歳違いの年上には話が通じないともはや身で覚えている。
 綱吉はバックステップを踏みながら神経の集中を試みる。
「ええい、問答無用だ! 出て行け!!」
「くふっ。素直ではありませんね。沢田綱吉。僕がこれほどまでに心を砕いてあげているのにどうしてもわかりませんか」
「それいったらどーしてお前にゃ話が通じないんだよ?!」
「クフフフフフフフフ」
 手にしていた白百合の花束が、綱吉のベッドに放り投げられた。
 瞬時にして骸の手に現れたのは愛用のトライデントである。
「ねじ伏せられるのをお望みですか。いいですよ。一度、脱がして、着替えさせてあげましょう。僕の手で」
「いちいち言うことが気持ち悪いのもどーにかしろコノヤロー!」
 ヒィッとして口を一文字に引き攣らせつつ、綱吉は、窓を開け放つなり外に飛びだした。炎の渦と蓮の光とがぶつかった。
 と、そうした小っちゃな事件があった一時間後に、綱吉は急いで路地を走っていた。
 あれから私服に着替えた。赤いシャツに品のいいブラックパンツで、黒のダウンジャケットを上に着ている。首には飾りのついたマフラーだ。
 はぁっと白い息がくすぶる。頬が赤らんできた。
「おまたせ!!」
「十代目!」
 待ち合わせだと報されている店の近くで、友人達がたむろしていた。
「ごめんっ。ちょっと、仕度にっ。思ってたより時間がかかっちゃって……!」
「いいんスよ。このバカ女とバカ牛も遅刻ッス」
「んなぁっ!! バカバカ言わないでください!」
「あははは。よっし、集合だな」
 並盛商店街はクリスマスデコレーションを施されて眩しく輝いていた。夜の黒に、緑の電光が広がり、赤光が息づいて、白い明かりは道の先を照らしている。
 仲間達が歩いていくのについていこうとしたが、綱吉は最後尾の視線に気付いて足を止めた。
「……クローム。もしかして……」
「ボス。骸さまのこと、フッちゃったの?」
 い、いやいや付きあってないし約束してないんだよ。
 即座に思ったが、冷や汗をこめかみに滲ませつつ首を縦にした。非難げに見つめられても理不尽な要求に変わりはないのだ。
「クロームは、オレ達のとこでよかったの?」
「あ……。うん。せ、せっかく呼ばれたから。ありがとう、ボス」
「え? オレにお礼いわれても――」
 綱吉は、ニット手袋同士が手を繋いでいるのを見下ろした。
 髑髏とイーピンだ。この二人はあるときを境に妙に仲がいいのだ。ちらっと目だけでふり返れば、先を行っている京子がこちらを眺めていた。
「クローム。あっちでも話したいってさ」
 できるだけ何気なくを心がけて、ダッフルコートの肩を押した。前の方まで彼女を誘導するのに、途中からイーピンも手伝ってくれた。
「メリークリスマス。今日、きてくれるって言ってもらえて嬉しかったんだよ」
「め、めりー、くりすます」伏し目がちに、髑髏。
 イーピンが、少女らの間に居ながら何かを叫んだ。きっとメリークリスマスだと思った。
 妙にくすぐったいシーンを見ている気がして苦笑が漏れたが、心が軽くなるような温かい気持ちになった。
「ふう。間に合ってよかったぁ」
 帰宅してからの面倒臭かったことを思いだして、綱吉は再び安堵を仲間達に告げた。
 予約しておいたカジュアルレストランで、残りの仲間と集合した。ささやかなクリスマスパーティだ。発案はハルだという。
「クリスマスケーキ、切りますよー」
「おい、十代目にいちばんでっかいのを出せ、いや初めからでっかく切れ!」
「ランボにあげていいよ、はは」
 クリスマスプレゼントの交換は、綱吉は武のものを受け取った。シンプルで高級感のある万年筆だった。
「てめー、やっぱまだ右腕狙ってやがったな!!」
 どうしてそうなるんだとツッコミして、友人を取り押さえて、冷たい汗も掻いて、笑いもして、そうして、
「……何してんだ、六道骸さん?」
 綱吉が帰宅したころには時刻は夜の十二時に近づいていた。
「苦しみます……。クリスマスに苦しみますよ、僕は」
 げっそりした調子で怨めしげに呻くその少年は、腕組みをして家の門の前に立っていた。焦げた白百合の花束を小脇に挟む。
 スーツも汚れて、袖のあたりは破けてもいた。身なりを整えるために帰るという発想はなかったのか……。内心で舌打ちしつつ、綱吉は、骸の頭頂部に積もっているものを指差した。
「雪。寒くないんですか」
「寒いに決まってるでしょう?! ずっと待ってたんですから」
「いや、待ってるっつーても……。オレとしては待ち伏せされているというか」
「では待ち伏せしてるんですよ。これで文句ありませんね? チッ。とんだ仕打ちを受けましたよ!!」
「わっ!」
 突き出された花束に、綱吉が目を瞠った。
 やっぱりオレに渡すために持っていたのかそれを、と、胸中では納得したが顰め面をして首を左右にした。
「あのな。受け取れるわけないだろ」
「なぜ? 受け取って君の何が減るというのです?!」
「うう?! や、やめろ。理詰めで追求するなよっ。ワケわかんなくなるだろ!」
「君は、雪も降ってきたこの寒い夜に待ち続けた憐れな男を見捨て、しかも十二月二十四日にわざわざ会いにきてやった男を殴り、ことごとく屈辱を与えてさらにはささやかな好意も無下にするというのですか!! お人好しが聞いて呆れますね!!」
「う、うるさいなぁっ。もう! 受け取ってもいいけど受け取っても何も言わないな?!」
「受け取ったらデートしましょう。今からでも」
「受け取れるかァあああ!!」
 両手をわきわきさせて全力でツッコミする綱吉に、骸は溜飲を下げたようシニカルな笑みを返す。
 ばふ! 顔面に花束が叩きつけられた。
「うわぶっ。お、お前なぁ。母さんに渡すからなこれは。オレが受け取ったんじゃないぞ!」
「未来のお母様への捧げ物というならぎりぎりで許しましょう」
「気持ち悪いこというな」
 本気の鳥肌で、ぶるりと綱吉が身震いした。
「減るぞ。今、オレの気力のメーターがすごい勢いで目減りしてる。骸、もう帰ろう? クリスマスももう終わるから。もー気が済んだだろ」
「それはクリスマス・イブです。クリスマスはこれからですよ」
「延長戦もお断りだっていってんの!」
 って、いうか!
 再戦も覚悟して、綱吉は後ろに後退りをした。相手はトライデントを使うため、間合いには気をつける必要がある。
「なんか人がさんざん薄情だーみたいなこと主張してるけどっ、オレはちゃんとお前にメールだしたろ! クリマスパーティーのお誘いみときながら何でデートにっ――?!!」
 スニーカーの足が、妙に後ろに行きすぎる感じがした。
 突きつけた筈の人差し指はまっ黒い空に向く。雪の降り交う空へ。
「あっ?」様々な戦いを制したボンゴレ十代目であっても、生来のドジっこ的性質はそのまんまで残っていた。あ、やばい、コケるわ。降り積もり初めの雪でスリップしながら直感的に感じていると――超直感である――視界がぐるんっと反転した。
「うわっ」
 硬い腕に支えられて、寧ろその衝撃に驚いた。
 骸の顔が、すぐそこにあった。
「何してるんですか君は」
「す、滑った」仰け反ってしまった背中を戻そうとするが、スニーカーの靴底がコンクリートを掻いただけだ。六道骸の右腕が背中をひっかけているせいでうまく立てない。
「見りゃわかりますよ」
 呆れた目で、まじまじと、オッドアイが至近距離での観察を始める。
 ひどくナチュラルな仕草だった。
 抵抗もうまくできないままで、綱吉は唇に押付けられた冷え切ったものの正体をしばし悩んだ。十秒くらいだ。キスされているとわかると一瞬で血が頭に昇った。
「ンッ?! んなぁっ、ひ、ひいいい?!」
 大きく睫毛を羽ばたかせながら、骸自身も戸惑ったように綱吉の体を起こした。
「す、すいません。つい」
「ひぃいいっ?! ファーストキスが何か今ものっそいあっさり?! ひいいいいいいいいいいいいいい?!」
「すいません。もっと後にしないといけませんでしたよね」
「なんか違うぞそれは?! 後でもダメだ!」
 指差すと、自分の体がぶるぶる震えているのがわかった。
 体温が急上昇して、あたりに降っている雪の冷たさも忘れてしまう。頬を火照らせ、恥じ入っている様子のボンゴレ十代目に骸が酔ったような眼差しを向けた。
「メリークリスマス、綱吉くん」
「こっっ、このタイミングでかテメー……!!」
 怒りでこぶしを戦慄かせ、ショックと狼狽が故のめまいに耐える。
 ぼそぼそした早口はともすれば聞き取りにくかったが、だが、今の綱吉には確かに聞き届けられた。愕然とするあまりに骸の言動全てに全神経が集中しているのだ。
「僕もちょっといろいろプランを考えていたんですけどね。もっとムードたっぷりに君がキスで感じられるくらいの濃厚なやつをしたかったとか。お互いにいい思い出になれるような。あわよくばもっと気持ちいいこととか。その意味では残念ですね。しかし初めはアクシデントというのもなかなかオツで……、君って近くでみると睫毛がたくさん生えてるんですね」
「…………ぐあああ……っ」
 精神的な攻撃に身悶えしつつ、もはや今では赤くなるどころか青褪めているのだが、骸の胸ぐらに掴みかかった。勢いに任せて骸を揺すろうとしたが、向こうが意外なほどしっかり立っているので髪がゆらゆら動く程度のダメージしか与えられなかった。
「返せ! バカヤロー!!」
「何を返すっていうんですか。くちびるくらい構わないでしょう? 君の何が減るのですか」
「減った! 目減りしてる!」
 力説しつつ、固めた拳を振りかぶろうとして、だが、掴んだ筈の上質な布地がすり抜けたので罵声をあげた。
「ひ、卑怯もの! 逃げるのか!」
「君が、僕を追いかけようとするなんて初めてかもしれませんね」
 外塀の上に飛び乗った少年は、頬を紅潮させて照れ臭そうにしていた。悪くないな。すばやく呟く内容も綱吉の怒りを買った。
「ふざけんなよなああああ!!」
 怒りを買っているとは見抜いて、骸は既に屋根伝いに逃げようとしていた。逃げ足は速い男なのだ。
「ま、待て!」
 焦ってしまって、声が裏返った。
「はい?」骸が、どこかうきうきした声でふり返る。
「他言無用だ。今のっ……、事故! 今の事故、誰かに話したら絶対許さないからな!!」
「君が、クリスマスに二人きりでデートできなかった代わりに僕にファーストキスを献げてくれた件をですか?」
「既に歪曲しまくってんじゃねえかお前ぇぇぇええ!」
 外塀によじのぼり、綱吉が唾を飛ばす。
 骸は、機嫌がよかった。今まで見た中でいちばん気持ちよく微笑んでみせる。手ではアディオスとばかりにキマった角度で右手をひらりとさせている。
「僕との取引をお望みですね? わかりました、セカンドキッスで引き受けましょう。年明けに君たち日本人は初詣とやらをするんでしたね。ではメール待っていますから!」
「はぁ?!!」凍結しかけの屋根を走っていって、骸の背中が見えなくなった。
 綱吉は、唖然として目と口を円くしながら――、心の底からの感想を呟く。一体、この数分の間で何が起きたというのか。
 綱吉は地獄を迎えたかのように渋いツラになる。
「……し、死んでしまえ……」
 クリスマス・イブはこの頃合に過ぎたらしかった。わぁああっ! どこかの家から、若者達のあげた歓声が響いてきた。







09.12.25

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