光に足掻き

 はるか昔、一人だけ十年先も会ってみたいと思う人がいた。出逢いは十五の時だったろうか。いろいろと悶着と確執があった相手だが、この子は十年経っても変わらずに楽しそうにしていられるのでは――あの濁った汚泥というに相応しい世界に居ても。
 僕には無理であったけれど、彼には楽しみもある世界なのかもしれない。
 僕には耐えられなかったが彼は耐えていけるのかもしれない。周りの人間が支えてくれるからか、彼が周りの人間を信頼しているからだろうか? それとも環境ではなくて、魂とか、持って生まれた素質なのだろうか?
 いずれにせよ彼は何もかもが白く煤けて見えるような男にとっても面白いと感じる存在ではあった。
 そうして、九年と十一ヶ月ばかりが過ぎたある日に、気が向いたので久方ぶりに彼の元を訪れてみた。
「……え?」
 よくつるんでいた友人であり右腕だった筈の男――、正式な右腕らしい銀髪の男は小うるさくて気に入らないので、もう一人の、あごに傷をつけた男を選んで接触してみる。僕の意中の相手には夢が繋がらなかったからだ。
 すべてを聞いて、何も言葉がでてこなかった。
 漠然とした感情だった。凪いだ水面に冷え切った風が吹く。だんだんと自覚を持てるようになった。彼は僕の希望だったんだ。この暗く濁った世界であっても、明るく、前を見て笑っていようとしてくれる彼のような人が、僕には必要だったんだ。僕はこの世界に絶望しか見出せなかったからだ。
「どうして」
 唇が震える。気が付けば目の前には彼が従えていた筈の男達がいた。これだけ頭を揃えておきながらなぜだ。
「どうして守ってやらなかったんだ」
 重役会議の場に、唐突に姿を現した僕に対して、守護者達はめいめいの反応を取った。顔を俯かせるもの、奥歯を噛むもの、……おのれの獲物を取りだすもの。そいつに合わせて僕も三叉槍を手中に握る。
「雲雀、どうして守らなかった」
 彼はイスを立つ。睨みつけてきたまま長く沈黙した。
「守らせてくれなかったんだよ」
「君たちは、信頼しあってたのではなかったんですか? どうして彼の信頼を裏切るような自体を招いた!」
「綱吉は、僕らを信頼してはいなかったよ」
 単に事実を呟くといった様子だが、僕が目を見開かせている間に銀髪の元右腕が立ちあがった。
 テーブルを両手で叩いてやめろとしきりに喚く。
「十代目はオレ達を守ろうとしたんだ。辱めるようなことを言うのはやめろ!」
 その男を背に、雲雀がトンファーを構えたまま言葉をつなげる。
「あの子が、僕たちよりも強くなれば――、あの子の考えそうなことくらい、わかるだろ? そういうことだよ。君だってあの子に追いつけなかったじゃないか」
「僕は……、お前らの仲間ではない」
「言い訳だね。守れなかったのは君も同じだ」
「どうしてだ。信頼し合う仲間たちの結束はなによりも強いと僕に教えたのは彼だったしそれが希望であると教えたのも彼だ。なのにどうして彼が一人だけで死んでいるんだ!!」
 なにかを推し量る目で長く見つめてきた果てに、唐突に、雲雀はトンファーをしまう。そうして吐き捨てた。
「綱吉が君にこだわってたワケ、今更、わかったよ」
 心底からいやそうに、もう、闘う気もなくなったとばかりに、踵を返していく。殺意をこめて僕はそのスーツの背中を睨む。
「何を言うか。お前に僕の何がわかる」
 彼でなければ――、意味がない、何もなかった。
「まるで子どもだね。お前。綱吉さ、そういうやつが、放っとけないタチなんだよね」
「お前に彼の何がわかるんだ!!」
「ウルサイな。みんな、わかってた気になってたけどわかってなかったんだよ。これがその結果だろ、ぎゃあぎゃあ騒ぐのやめてくれる」
 言われて、取り乱していると気付いてハッとする。
 後ろに一歩を下がって三叉槍を下げた。許せない――、自然と言葉が漏れる。どうして何もしないでこんなところでちんたらと会議してるんだ!
「…………」
 憐れむような目をして、雲雀は、忠告だとなぜだかいくぶん和らいだ声でもって告げた。君は放っておくと何かしそうだから――、とか、そうした言葉はほとんど頭に入らなかったが。
「綱吉の弔いは僕たちでする。君は動くな」
「……なぜ命令する!」
「六道、冷静で聡いのがウリのはず――」
 ふざけるなよ!
 その思いだけを抱えて、ボンゴレファミリーとのコンタクトを切り上げた。いつもは――雲雀がなぜ態度を和らげたのかとかなぜ会議をしていたのかとか、考えられたのだろうが、混乱してしまって思考が進まなかった。
 最後に会ったのはいつだろう? いつに見ただろう? 
 思い出を探ると目の奥がツンと痛んでくる。僕は。誰もやらないのなら僕は――ガラにもないことを――してしまいそうだ。まだ目の奥が痛かった。幻想で組上げたはずの肉体すら痛みを覚えるなんて。
「骸さま?」
「……レオ、君の体、使いますよ」
 レオナルドはしばらく無言になった後、神妙な顔でうなずいた。

 

 


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09.3.19