2月14日→3月14日




「骸さま、ワカメ、ワカメが」
 クローム髑髏が何やら言っているが持ち前の物事を都合よく捉える思考力を発揮して聞かなかったことにして、六道骸はあらためて沢田綱吉の顔を見た。
 丸い目に、細い線。
 前に見たときよりも可愛らしくまるで少女っぽく――、笹川京子とかいう美少女に似てきた気がした。これは――、男性という性別を超越して彼に何かの面影を見出し始めている前兆というのか――、
 作画の変化とかではない。沢田綱吉に助けられ浄化とか言う心的ヒーリングを受けたせいだろうか? 彼を自分に近い存在として感じている一面は確かにあるが、この交渉には不必要な情感なのであえて無視する。
「それで? 僕に恩を売りたいわけですか沢田綱吉」
 しらっとして告げる。
 だが骸の頭には包帯が何重にも巻かれて白いパジャマ姿であるし病院の簡易ベッドで点滴に繋がれて身動きできない現状である。
 頭の回転がにぶいと人から言われる綱吉にだって、六道骸が必死に強がっているのは筒抜けである。だが綱吉は強がる相手の弱味をわざわざ指摘するほど性格が悪くなく――揉め事を嫌うタチだ。
「そういうわけじゃないけど。はい、お見舞い」
 いやなことはとっとと済まそう。
 そんな意思が垣間見えるどこか腰が引けた様子で、綱吉がフルーツの入ったカゴを差しだす。髑髏が受け取った。
「ボス、このワカメは?」
「あー……。うん、何にも聞いてないから好きにしていいんじゃないかな」
 病室にはベッドが一つ。そして布団が三つ。
 骸が復讐者のもとから救出されてからというもの、黒曜三人組は病室に泊まり込んでの生活を続けている。隅には彼らのものらしき服やら洗面用具やらが山積みだ。
「こんなもの、恩じゃありませんよ」
 薄い毛布に肘をつきつつ、骸がブツブツと呟いている。
 その脇で髑髏と綱吉は水槽にどっさり入っているワカメを眺める。ベッドの下に水槽三つ分。
「まさかあの牢屋水槽で育っていたとは……」
「食べて良いのかな?」
「お腹壊さない?」
「発育するに充分な期間を水中で過ごされていたとは……。お労しや、骸さま。骸さま、リンゴとバナナではどちらがお好きですか」
「桃を」
 さりげなくバスケットの中身を見ていたので骸が注文をつける。
 かしこまりましたと頷いて、千種がナイフを取りだして桃剥きを始めた。隣であぐらを掻いてしゃがみこんだ犬はマンガ本を片手にうめく。
「復讐者、おそろしいやつらだびょん。自給自足してっからなかなか見かけねかったとは。ダッセー!」
 綱吉が顔をあげる。窓を向いて沈黙する骸の背中に、哀愁が漂っているよう感じる――超直感がど〜たらではなくて苛められっ子の感覚でわかるというか。
「骸さま、ワカメ、どうしますか」
「焼却しなさい」
「ワカメご飯……」
「好きにしなさい。お腹壊しても知りませんからね」
 叱られたイヌの目をする髑髏を一瞥して、苦湯を飲む顔で振向く。
 と、綱吉と目が合ってハッとした。
「なんですか。恩を売ったと思わないことですね! 僕がこんなことで君になびくとでも? とっとと消えてください!」
「……う、うん……。あ、それ、ボンゴレファミリーからだから!」
 バスケットを指差し、沢田綱吉がそそくさと病室を出る。
 チッ。舌打ちして、骸は居所が悪そうに毛布下でもぞもぞとした。寝転がると千種たちに背中を向けて寝入ろうとする。
「……骸さま、お体は?」
 いささか低い声で、千種。世の中からあぶれた異端児たちの主は、冷酷な声でもって、不機嫌に断片的な意思を告げる。
「完全な調子に戻るまであと二日。待機」
『ハイ』
 三人が揃った調子で返事をする瞬間、
 病室の空気が氷点直下に低下する――、淀み濁った大気が満ちる。
 目を据わらせるもの、浅く笑みを浮かべるもの、舌を覗かせるものと反応はそれぞれだが彼らを統括する当の骸は目を閉じた。
(クソッ。具合が悪い。あの脳天気なツラした沢田綱吉に借りを作ったまま姿を消すのは僕の納得できるもんじゃありませんね)
 あと二日か。それまでに何かできるか――?
 と、思考を遮って不自然に明るいナレーションが聞こえた。
『ハイッ! もーすぐバレンタインですねー、今年の売れ筋チョコは――』
 むくり。骸が上半身を起こす。すかさず、千種が切った桃を並べた小皿を差しだす。
 寄り目をして難しい顔をする主に、テレビをつけた髑髏が気付いた。チャンネルをそのままにする。
 ――CM。
 中年男性とちょっと中性的な見た目の若い男性がチョコレートを手に今年の流行を提唱する。男性からチョコをあげるべし――逆チョコ。
 きっかり三分後に、骸が毛布を剥いだ。
 腕に刺さっている点滴の針をブチッと呆気なく引き抜くと窓枠に手をかける。
「骸さま?」
「二日後には帰ってきます」
 と、告げながら髑髏に向けてあごをしゃくる。
 すぐに合点して少女はベッドに膝を立てた。
 六道骸の身代わりが彼女の任である。薄霧がベッドを包んだ数秒間で、少女が六道骸のコピーと化す。その体まで。毛布を掴むと骸がそうしていたように横たわって沈黙する。
「骸さん、どこに――?」
 犬の疑問には答えず、六道骸はさっさと夜に飛びだした。

***

「さ、て、と」
 闇から出てきたときには、六道骸は質のいい黒革ジャケットを着ていた。
 ジャケットの中は、ロックなプリントがついた白い長袖シャツ。黒パンツを併せてほっそりした――筋肉は付いているが不必要な肉はとことんない――シルエットを見せながら歩み寄る。薄明かりの方へと。
 廃墟と化した黒曜ヘルシーランドには以前に骸たちが持ち込んだ簡易的な照明や生活雑貨がいくつか散らばっているが、その一つのライトスタンドがソファーの隣に置いてある。
「気分はどうですか? 沢田綱吉」
「ん……っ!」
 ソファーの上では、猿轡を嵌められ後ろ手に縄で縛られた少年がおねえさん座りをやっていた。
「クフフフ。油断したようですね。ボンゴレ十代目ともあろう者が!」
 自分に酔ったような宣告と共に、骸が手にしていた小包をソファーの端に置く。
 片手では、ぐっと綱吉の猿轡を降ろした。
「ぷはっ! な、なにすんだよお前は!」
 沢田綱吉は軽く頭を振ってから骸を睨んだ。コンビニまでの買い出し途中で拉致されて、夜までこんな廃墟に一人で放置されていたのだから目眩の一つもする。ラフな七分丈のズボンに厚手の上着一枚で、近所を歩く格好だ。
「今日は、何の日でしょう?」
 ゆっくりと紡がれた質問に綱吉が目を瞠る。
 ソファーの隣に腰掛け、互いの顔がうっすら照らしだされる空間――他に人はいなくて少しだけ肌寒い――ライトを離れるとあたりはこちらを塗りつぶす勢いの圧倒的な闇。ムードはばっちりだった。そして答えも一つしかないのだった。
「ば……。ばれんたいんでー?」
 硬い声で、間違えようがない質問に対して間違えてますようにと祈りながら喋った感じで、綱吉。
 冷や汗をにじませる少年の顔と丸目とを見下ろして、骸は、自分の参謀役らしい険のある横長の双眼をしならせる。
「そうです。だから君を拉致させていただきました」
「…………だ、だから?」
 ――だから。接続詞。だが骸の言葉はなんだか接続されてない感じがする。綱吉には。
 が、骸はこうした矛盾には頓着せずに足を組んで本題のものを両手に頂いた。
「君には世話になった。百歩譲って認めてあげましょう」
「は……、はァ……」
 綱吉が、チラチラと骸が手にしている包みを見やる。
 赤い包装紙で四角い箱を包んでいる。箱の上部右上には黒い花飾り。なんだか毒々しさがあったがそれを手にした骸というのはそれ以上の禍々しさだ。
「ここのヘルシーランドでの戦闘はともかくとして……、その後に千種たちの身を引き受けた。そうして僕本体の救出。確かに君に必要以上に介入されましたよ。そして、奇しくも今日はバレンタインデーというではありませんか」
 ――そして。そして、その接続詞で、一体何が……繋がっているんだろう。
 と、そんな顔で綱吉が骸を見上げる。
 赤と蒼とのオッドアイと視線が一直線に交差した。濃厚ななにかがフワンと廃墟に香る。二人の目があった瞬間に。
「どうぞ」
 骸が綺麗に包装されたものを差しだした。
「これでチャラです。僕が選んだ一級品です。どうせ君なんか食べたことがない種別のものですから味わって食べなさい」
「へっ……。お、お前が、くれるの?」
 世界がぐらぐら動くような不自然な声の震えで綱吉が確認する。
 骸は、殊勝な面持ちで頷く。
「今までの礼というだけですけどね……。受け取りなさい」
「…………。え。あの。その」
 男からチョコレートを――受け取るのは初めて――、と、骸にも察しがつく。ひたすらに焦りながら驚いた綱吉がやがて困った顔で首を傾げた。
「お、おまえ、日本だと……、どういう意味でチョコの受け渡ししてんのか知ってる?」
 考えて考えてどーにか答えを見出してようやっと一筋の可能性を思いついて、念のために聞いてみるといった、異常な慎重さが声にこもっている。
 綱吉と同じ方角に首を傾げて、骸がおかしなものを見る目をする。
「意味? そんなことよりもわざわざ僕が用意したものを受け取らないつもりですか」
「い、いや、おまえ、わかってないんじゃ――」
「何がですか」
「…………」
 沢田綱吉が言葉につまる。
 ウッとでも言いたげにヒイて骸を見上げ、汗顔を――ぽんっと赤くさせる。オレの口じゃ言えない、ってか、いいにくい……とかを早口でものすごい小声で呟くので骸はますます怪訝な顔をした。
「何言ってるかわからないんですけど? 要するに――、」
 オッドアイが冷え冷えした色に変わる。
「受け取らないと?」
「あッ……、そ、そおじゃなくて」
 汗だらけになりつつも、綱吉は真っ赤になった顔を左右に振る。
 六道骸におずおずと眼球を向けて窺う顔をしてくる――、
 骸はドキリとした。少年がするにあるまじき艶のある仕草と双眼に映る。一体、何をそこまで焦っているのかと――、そこでようやく昨夜のテレビCMを思い出した。
(もしかして、わざわざああいうシーエムを打つということは、男性からは通常贈物をあげないものなのか?)
 イタリア――、に限らず、いくつかの国に滞在した時は仲のいい(と思わせた)相手とは性別も年齢も関係なく贈物の受け渡しをしたものだ。花束だったりカードだったりチョコだったりアメだったり何でも。この国ではチョコが喜ばれるらしいというのは記憶に強く残っている。チョコが好きだから。
「…………」
「…………」
 二人で黙りこむと、ムードたっぷりの廃墟にさらに濃厚な空気が流れるよう感じられた。骸も焦り始めたが、綱吉はそれを上回る狼狽を見せる。
「あっ、やっ。その……、そじゃなくて。そうじゃなくてさ」
 必死に、答えを探している。先程の受け取らないのかといった言葉への答えを。
 やがて、泣きそうな目で骸を見た。
「手……。縛ってあるから受け取れないよ」
「あ、ああ」
 やっぱり渡すのやめておこうかな、と、五割くらいは考え直したのだが咄嗟に頷いてしまって骸は縄に手をだした。
 縄を解いてしまえば、実にあっさりと沢田綱吉はチョコレートを受け取った。
「さ、さんきゅー」
「……」
 そっぽを向きながら早口で返してくる少年に、何かを言いかけそうになる――。が、言葉の中身がわからずに黙る。
 綱吉はひどく疲れたように、包みを両手で持ったままで溜息を吐いた。
「礼なんて。気にしなくていいのに」
「僕は、気になるんですよ……。マフィアの……ボスからの貸しは作らない」
「これで、チャラ、か?」
 何かを悩んで困ってますというように、綱吉の言葉には妙なニュアンスがある。骸が首を傾げる。
「うん。い、いただくよ。食べとく。チャラな、チャラ! じゃそうゆうことで……出口はどっちだ?」
 ソファーを立って、今すぐここを出たいとばかりに綱吉がそわそわする。骸はその後ろに立つ。
「あっちです」
「……わかるかッ」
 暗闇を指差す骸に、綱吉が体を震わせる。骸がまた反対に首を傾げる――、仕方ないから送るしかない……のだが……。
 この寂れた廃館に漂っているどことなく甘い空気は一体……。
 原因は沢田綱吉にある気がした。何か、前よりも綱吉からの空気があたたかいというか――打ち解けたようなこの微妙な空気感は一体。
(?! この繋がりを断とうとしたのでは?!)
 何かを間違えたと遅れて気が付くが、その頃には、黒曜ヘルシーランドから逃げるように走り去っていく沢田綱吉の背中を見送っていた。
「チッ……。このチャンスに殺しておけばよかったのか?」
 ぶつぶつ呻きつつ、骸も踵を返した。

***

 そうして、時間が経つ。
「骸さま。ハッピーバレンタイン、です」「骸さん、ちょこれす!」「骸さま、チョコです」
 とかのイベントをこなし、仲間をつれて失踪できるだけの体力が戻ってきた頃合いになる。途中、出歩いたので回復は万全ではなかったが骸はこれを理由に失踪作戦を遅延させようとは思わない。
「病院の待合室にボンゴレファミリーと思しき見張りが紛れている。注意してください」
 白いパジャマ姿で簡易ベッドに収まり、いくつか注意を告げる。何気ない夕方の風景を演出するためにテレビがつけてある。バレンタインデーの売れ残りチョコの特集がワイドショーで始まった。
「…………。髑髏」
「はい、骸さま?」
 ワカメの一部をビニール袋につめていた髑髏が顔をあげる。
 骸は、テレビを見ながらぼうっとした声で尋ねた。
「ジャッポーネにおけるヴァレンティーノとは――一体――」

***

 ああ、もう、酷い目にあった!
 と、心持ち綱吉がぐったりしている時にその報告が入った。いわく、六道骸一味が脱走してどこかに消えてしまった!
「ええ?! なっ、なんで?!」
「計画的犯行だな――」
「リボーン。わ、わかってたなら何で手を打たないんだ」
 言ってから、だが、綱吉は安堵する。骸が姿を消そうが――ボンゴレの霧のリングを持ったままどうたらとか救出に関しての契約をぜんぶ放棄するつもりかとか――、そんな大人の事情とは関係なしに重いものが取れた気になる。
 自由になりたがる鳥なら空を飛ばしておけばいいという呑気な性質、というのもあるが、何よりも。
「顔、合わせづらかったんだよな〜〜っ」
 ちょっと目のあたりを赤らめて青褪める綱吉に、リボーンは怪訝な顔をする。
「踏み倒したんだ! オメルタを破るヤツには死をくださなきゃなんねーんです、リボーン先生」
「探すだけ無駄だと思うぜ? それにまだオメルタ破りと決まってるワケじゃねーし」
「リボーン先生!」
 こういうとき、自分が能なしでよかったと思う綱吉である。
 周囲に期待されていないからリボーンのように引っ張りだこにされなくて済む。病院で六道骸を監視していた筈のファミリーなんだろうが、綱吉には、見覚えのない大人であるし……。よくわからないやり取りが続いて、大人の集団とリボーンとがでていった。それとほとんど入れ替わりだ――、
「ひっ!」
 窓ガラスが、げいんっと何者かにより蹴られた。
「ひ、ヒバリさんっ?!」
 いつもそこから入ってくる先輩を思い出して窓を開けるが。
 顔をだして、室内に着地したのは、
「ぎゃあぁあぁあああ?! ろくどーむくろ?!」
「いつぞやはどうも」
 ジャケットにヴィンテージジーンズ姿で六道骸が立つ。腰を抜かしかけながらも、慌てて綱吉は扉まで下がった。
「た、たった今おまえが脱走したって報告受けてなんでああうチョコはちゃんと食べたからっ!」
「食べた……んですか」
 ヒクリ、と、口角を震わせて骸が複雑そうな顔をする。
「一言だけ言っておくべきかと思ってですね……」
「?!」
 ドアノブは手で握りつつ、しかし、綱吉は骸と体を向き合わせて沈黙する。
 まだ入院が必要と診断された筈の男は、至って健康そうな見てくれでそこにいる。ヤブ医者が診たんじゃないだろうなという程だ。幻術を専門とする男なのでどの姿が本当の姿かはわからないが。
 骸の沈黙は長かった。用意した言葉があるのだろうが、実際に綱吉を前にすると躊躇うようだ。
 あのチョコは、
 と、ようやく呻く。
 本当に、本当に、小さな声だ。ぼんやりしたら聞き逃してしまう。綱吉が弾かれたように骸の声量を大きく上回る悲鳴をあげた。
「単なる間違いですか――」
「ちゃ、ちゃんと食べたってば! ごちそーさま!!」
 骸がオッドアイを丸くする。
 綱吉の悲鳴はまるで作文のようだった。
 骸に何か言われたら、どう答えるかちゃんと考えておいたようだ。縋るものを探して、視線をあたりに迷わせながら口をパクつかせる。
「びっくりするくらいチョコおいしかった。な、中に入ってたメッセージカードだけどリボーンに読んでもらいました。これで終わりって意味だそうだけど、それは、わかりました。気にしてるみたいですがオレは骸につきまとうつもりはありません。恩を売った気でもないです。ちょ、チョコとか、いらないです。あの。日本では好きな人に贈るって言う意味がものすごく強いものです……女の人から男にあげるもんです。気をつけてください。ごちそうさまでしたッッッッッ」
 一息で喋りきると、大きく息を吸いこんでぜえぜえとする。綱吉は顔を真っ赤にしていた。眉は八の字にする。
 呆然として、直立不動になった骸を軽く睨むと苦しげに頭を左右に振った。
「そ、そゆこと。じゃ。挨拶ありがとな」
 少なくとも、挨拶に現れるくらいには自分に恩義を感じているのかと――先日のチョコも併せて思う綱吉である。
 骸はその言葉を受けてもしばらく呆けていた。軽く震えた末に目の下あたりを火照らせる。
「わ、わざわざ教えてあげる必要はなかったようですねっ?」
 ……横目で骸を見つめ、綱吉が頷く。
 六道骸は窓辺に後退る。
 そのまま出て行くかと見えたが、だが、彼は立ち止まる。
 不意にあの夜の濃密な空気が蘇った気がした。目が合っただけでちょっと心苦しくなるような感じがしたので、綱吉は、骸が動かないのが気になるのに顔をあげられない。骸も綱吉の足元ばかりを見つめて言葉を探すように沈黙する。二人の態度が、濃密な空気感に拍車をかけてねっとりと絡むような熱い空気になる。
「食べたんですね」
 数分後に、ようやく、骸が何かを繰返し呻く。
 ? と、疑問符を浮かべたが頷いた。綱吉が顔をあげるとオッドアイも同じタイミングで視線を持ちあげた。
「クローム髑髏に日本の慣習を聞いた――」
 その言葉がカタチをもって水面に落ちても波紋はできないに違いない。ひどく静かな声で、綱吉はゾクリとした。
「一言だけ言っておきますよ。沢田綱吉。三月十四日に。舞い戻ってきますから」
「……へっ?」
 なんだか予想と大幅に違うことを言われて素っ頓狂な声がでる。
 骸が窓を開けながらオマケのように付け足す。
「輪廻の底から!」
「あっ……。おい、骸!」
 そんなまさか、と、どことなく悲惨な響きがある悲鳴をあげて、追いかけるが骸は素速く並盛町の空に溶けた。
 窓から上半身を突出し、きょろきょろと付近を見渡したが骸の姿はない。
「三月十四日って……、ホワイトデー……! ええっ?! ちょ、おい、骸、なんだよそれ!!」

***

「なんだよそれ!!」
 屋根の下からの悲鳴を聞きつつ、六道骸は深々とした溜息を吐いた。
 背後には、仕度を終えた仲間の三人が立っている。黒曜中学校の制服姿で三者三様の荷物を抱えている。髑髏はひときわ大きな登山用と見まがうばかりのリュックサックを背負う。
「骸さま?」
「骸さん? 顔が赤いびょん」
 千種と犬の手前に、吹きすさぶ風で髪を遊ばせる髑髏がいる。骸にいくつか質問されたこともあって、なんとなく……、思うところはあるらしい。
「骸さま? この町、出るんですか」
 髑髏の質問に答えず、骸は首を傾げさせる。
「まだいますよ。僕は標的の動向を探る用事がありますからね」
 しもべ三人が屋根の下に視線を送る。
 勢いよく荒れ狂う風を感じながら、骸も自分の真下にいるだろう人間のことを考えた。マフィアとか、標的だとかを抜きにして、好きか嫌いかを問われれば――。
(なんたることだろう)
 薄ら寒いものにゾッとしてしまう。
(だが、ともかくはチャラだ。あとは来月の君次第というもの)
 そっちが悪いんだと罪をなすりつけあう子どもっぽい気持ちになりつつも、その感情を羞じつつも、骸は再会を誓う言葉を残すことにする。ありーべでるち。ひとまずは三月十四日に向けて。


 

 


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09.2.14