ドールプレイ

「これを……君の代わりに?」
 六道骸の革靴を見つめながら、綱吉が頷いた。頬はにわかな桃色に色づかせていて詰まり気味の声で言う。
「そ、の、だから諦めてくださいね、骸さん。今回はァー、ゼッタイ、きたらダメなんですから」
「誰が作ったんですか」
 両手でヌイグルミの脇を支えていた骸が、たかいたかいをした。下から覗いても腹チラは拝めない。アブノーマルな思考に基づいて作られたワケではないのだ。それがわかって安心する……が、残念でもある。複雑な心境である。
 シャツとズボンの縫い目に視線を移した。
 けっこう荒い縫い目だ。
「まず君じゃあないでしょう。作らせたんですか?」
 場所は沢田綱吉の寝室だ。
 ふかっとベッドに沈みつつ、骸は脚組みをしている。綱吉は床の上でちゃぶ台と向き合っていた。手にはオレンジジュースがある。骸のジュースもちゃぶ台にあるのだが、まだ、手をつけられてはいない。
「作ってあったのをもらったとゆーか」
「誰に?」
「そこ、大事なのか?」
「そりゃあね。君をモデルにした人形なんて悪趣味だ。一体、誰の許可を得て作られているんですか」
「オレだよ」
「僕は許可してません」
 ゲホッ。
 ジュースに咽せながら、涙目で唇を拭い、綱吉が体ごと骸に向き直った。コップを、だん! とちゃぶ台に置く。
「とにかく! それで手を打ってくださいよ」
「大体、僕が製造を監督するんならこんな粗悪な作りには……腹チラは必須ですよ。せっかくの人形なのにできることが少ないじゃないですか」
「なにをするっちゅーんだおのれは?!」
 手をわきわきさせて綱吉が怒鳴る。
 大人しくなると踏んで、真相を口にした。
「ハルが裁縫に凝ってるんだよ」
「三浦サン?」
「そうだ。って、よくハルの名字を知ってたな」
「君の身辺情報ですから」
 骸が胸を張った。
「サラリと自慢げにストーカーみたいなこと言うな」
 だが綱吉は青褪めている。
「ハルがなー、人形作りたいっていいだしたんだよ。一ヶ月くらい前に。それは綱吉一号。で、二号目が完成したからこっちはツナさんにーっていう展開! ゴミ箱に捨てられないし他の人にもあげたくないって……聞かないんだよ。押し付けられたんだ」
「ほう。で、綱吉くんは僕に押し付けると」
 綱吉人形を胸に抱き、骸が流し目を送ってくる。
 できるだけ彼の方を見ないようにしつつ、綱吉は、困惑の半眼を作って蔑声を漏らした。
「いらないなら、いいんだけど……」
「いります」
 薄笑いを裂いた唇を人形の頭部にうずめて、骸がクスクスと声をだす。
 怪しげな笑いなので綱吉は念を押した。
「変なことはするなよ」
「たとえば?」
「き、きすしたりとか」
「ほう」
 言いながら、チュと先制攻撃をされた。
「あ、あーっ!!」
 綱吉が立ちあがる。
 体を壁に向けて人形を庇いつつ、骸は綱吉を挑発した。
「僕に渡すんならそういうことされるってわかってた筈でしょう? なのに渡した。ほんと素直じゃありませんね。イヤなら最初から渡してこないってことくらい、わかるんですよ? 馬鹿にしないでください」
「め、目の前でやられてるのを見過ごせるかっつーたら別問題だ! イタズラすんならオレがいない時にしろ!」
「じゃー僕の股間に顔をつっこませてる写メでも送ってあげますよ」
「いやがらせかそれは?!」
「そうですとも」
 ナデナデと、慈悲のこもった手つきで綱吉人形を撫でて、しかしそのオッドアイでは怨みがましく綱吉を睨んだ。うぐ。綱吉はこういう目つきをされると弱い――後ろに後ずさった。例え相手が六道骸でなくとも綱吉は怯む。それを理解しているため、骸はいっそ沢田綱吉を憎たらしく感じるのだ。
「意地でも僕を連れて行こうとしない薄情なボンゴレですからね。少し意地悪くしても放っておいてくれるでしょ。ホンモノがイタリアから帰ってきたらこういうことしちゃいましょうかねぇ?」
「…………」
 まんじりともつかない眼差しで、綱吉が、右足から逆さづりにされた人形を見つめた。
 やがて嘆息して自らの額を抑えた。
「とにかく、どう言おうが骸さんは留守番です」
 背中を向けると、ちゃぶ台の前にまた座り込んで、ジュースをぐいっと一気呑みする。
 ブラブラと揺れる人形を手先に感じつつ、骸が、懇願をした。
「暴れたりとかしませんよ。ただ君の傍にいる」
「ダメです。今回はヒバリさんと獄寺くんで足りるんです。……リボーンからも、」
 躊躇いがちに付け加えられた。
「骸さんは今回はダメって言われてるんです」
「君はいつまでたっても子離れしませんね」
 疲れた声で呻く。骸は、ハァとあからさまなため息をついた――綱吉への当てつけとして。綱吉の背中は動かずにいる。ハァ。今度は心底からため息を吐いて、宙吊りにしていた人形を大事に抱え直した。
「じゃあ。わかりましたけど。その体に傷一つでも作って帰ってきたら殴りますからね」
「……そっちこそ、素直に気をつけて行ってきてとか言えないのか!」
 半泣きで体を震わせる綱吉である。
 が。愕然とした面持ちでふり向いた時には、既に六道骸は窓を開け放っていた。肩越しに覗くオッドアイは半眼に細められていて、「この裏切り者」とかいう言葉を秘めている。
「いってらっしゃい」
「お、おいっ」
 慌てて走り寄ったが、骸は、綱吉を待たずに窓辺から一樹へと飛び移って去っていった。
「…………。お土産でも待ってて!」
 窓枠に両手をついて、ひとまず、叫んでみる綱吉である。

*****

「彼はね……ボンゴレ十代目への就任を覚悟してから少し人が変わった。僕がいちばん好みだった綱吉くんじゃなくなってるんです」
 ソファーに寝そべり、ぶつぶつと呻く少年の前で少年二人と少女が困った顔をした。三人は食卓机についている。髑髏がサラダをつつく。
「骸さま、朝もああしてた」
「昼もああしてたよ」
 千種がうなずき、犬もうなずいた。ステーキにぐさりとフォークを突き立てる。
「ここでずっとゲームしてたけど骸さんずっとああだびょん」
 ああしてる、とは、ボンゴレ十代目によく似た人形を抱いたまま魂が抜けたようにボーッとしている姿である。食欲がないのか食事は昼にスパゲッティを食べたきりだ。
「昔のが僕は好きでしたよ……」
「って、あれ、ボコってた頃?」
「あの頃のボンゴレは言いなりだったからな」
「ボス、ちょっとだけココに住んでた」
「は〜あ」
 人形の額に己の額をごしごしと押し付けて、骸が両手両脚を伸ばす。ソファーに収まりきらずに、肘から先と足首は宙に浮いている。
「いっそ綱吉くんが廃人になってくれればいいのに」
 独り言にしては大きい声で、骸。
 犬と千種が肩を寄せあった。
「あそこまでいくと憎んでるのか好きなんか微妙らよな」
「両方なんだろ」
 髑髏がフォークを置いた。
「骸さま。ボンゴレを追いかけますか?」
「ああ、よけーなコトを!」
 犬が悲鳴をあげる。だが骸は立ち上がりもせずにソファーに転がったままの姿勢で首をふる。
「あそこまで念を押した上で追いかけたらハイパーモードの彼に殴られますよ。さすがにいやですね。ああ、なんであんなにパワーアップしてんですかねえ彼は」
「じゃあ野菜だけでも食べてください。きちんと食べないとダメだと仰ったのは骸さまです」
「…………。僕は特別です」
 ソファーに顔を埋めて駄々を捏ねる十五歳である。千種が眼鏡の奥の黒目で達観した。
「やめとけ。無駄だ」
「千種」
「病気なんらよ」
 囁く声も上機嫌に、犬が、骸の分のステーキに手を伸ばす。と、髑髏がイスを蹴って立ちあがった。
 両手で骸の皿を頭上にかかげる。
「ダメッ! 骸さまの!」
「なんらよ! 喰わねーともったいねーよ!」
「明日食べればいいの!」
「今日にしねーと鮮度が落ちっだろ! てめー! 関係ねえーじゃんかよ! 肉寄越せ!」
「ダメ!!」
「ハァ。綱吉くんの両脚に銃弾当たりませんかね」
「…………」
 ステーキをめぐる攻防戦を眺めつつ、骸の堂々としたうわごとも聞き流して、千種は食事を終えた。食器を片付けに向かう途中でこんなふうにぼやいたとか。
「ボンゴレがいないとめんどいな」

*****

「ヒバリさん?」
 同行者の足が遅れていると気が付いて、沢田綱吉も足を止めた。雲雀恭弥はイタリア市街の角を曲がってすぐの場所でディスプレイを眺めている。
 顔をだしてみると、そこには、鳥籠が展示されていた。
「……ヒバードにお土産ですか」
 なんとなくピンときて、引き攣りながら尋ねてみると、パープルファーをつけたダウンコート姿の少年は首で肯定した。
「カゴはいらないけど家はいるだろ」
「は、はぁ」
 よくわからない論理だ。
 胸中で思いつつ、ガラス越しに店内を見つめてみる。ペット向けの商材がいくつも並べてある。恭弥は断りもなく店内に入っていってカゴを指差している。
 片言のイタリア語だったが、店員には通じた。
 綱吉は狭い店内を歩いていて犬用の首輪に目を止めた。思わずごくりと喉が鳴る。
 と、綱吉が気配を変えるとすぐにわかる少年が居る。
 恭弥が、店員との会話を中断してふり返った。首輪を見つけて黒い瞳をしならせる。
「そんなものが欲しいの」
「ち、違います」
「六道骸が恋しいのかと思った」
 からかいのニュアンスがにじんでいる。黄色いレースリボンを頂上に結ばれた鳥籠を受け取り、恭弥が数枚の紙幣を店員に握らせる。
「っつ、違いますってば」
 動揺は声に出たので綱吉はこぶしを握る。
「骸がつけた首輪を取ったのは君だって聞いたけど。もうアイツは飼い主じゃないんだろ?」
「……おれはおれですよ。骸はどうでもいいんです」
「なあなあで関係は続けてるくせに」
 店員は日本語をわかっていない。それを確信しているせいか恭弥は大声でそんなコトを言う。だが彼よりも度胸が据わっていない綱吉は居心地が悪くなって店の外に出た。恭弥が鳥籠片手についてくる。
 外は寒かった。車を止めてある場所まであと少しだ。
「綱吉。つなよし?」
 面白半分で、隣に並んだ彼がひたすら名前を呼ぶ。
「つなよしってば。黙らないでよ。言い負かされてていいわけ?」
「痛いとこばっか突いてこないでください、ヒバリさん」
「何言ってんの。イタくないと愉しくもない」
 ケロリとした物言いだ。
 綱吉は苦笑する。雲雀恭弥は骸に似ていると思った。
「確かに骸さんのこと思い出しましたけどね。ただ変な意味じゃなくって。オレがいないと、アイツ、壊れちゃうなぁと思って」
「壊れるう? あの男が」
 疑わしげに眉を寄せる恭弥である。
 ごまかすように綱吉は空を両眼で見上げる。
「人形が好きなんですよ。骸さんは」

*****

「ただいまぁ」
 そう言って黒曜町の外れにある廃墟、その一室に顔をだした。大きなお屋敷をさ迷っている内に千種と遭遇し、彼は驚きながらも骸の居場所を教えた次第だ。
「骸さん?」
 この部屋には彼が好むようなソファーベッドがない。見渡すとヒビの入った壁ばかりが目についた。と、暗がりに、厚みのある毛布が敷いてあるのが見えた。
「骸さん。寝てるんですか」
 近づくと、毛布の上に人が寝ているとわかった。
 六道骸はゆっくりと寝返りを打った。
「あ……?」
 寝惚けているようだ。当然だった。時刻は朝の六時で、綱吉は、日本に帰国するなりこの場所目指してタクシーを走らせたのだ。
 片腕に大きなボストンバッグを抱え、分厚いコートに身を包んだ姿だ。綱吉が膝を折る。骸の腕に抱かれている人形に軽く触ろうとした。
 と、触れる前に、がばりと骸の上半身が起きあがる。
「綱吉くん」
「骸さん、お土産」
 片手に持っていたビニール袋を差しだす。
 両肩に冷たい体温がのし掛かった。骸がすぐさま抱きついてきたのだった。
「綱吉くん。おかえりなさい」
「うん。ただい、まッ」
 奪うような口付けが五分ほど続く。
 朝から目が醒めるような一発だと綱吉は思った。実際、骸にもそうだったようで、口を離すと彼はいくぶんスッとした目つきで綱吉を見た。髪に寝癖が残って、無精髭すら薄っすらと見える。たどたどしかったが彼はニッと微笑みを作る。
「思ったより早かったんですね」
「ヒバリさんが張りきってて。仕事、片付いちゃった」
「僕ならもっと早くやってみせましたよ」
 言いながら骸が二度目の褒美をせがむ。性急な手つきがコートに潜り込み、ベルトを掴んでくると、綱吉が拒んだ。
 少し慌てて、後ろに下がり、両手で×印を作る。
「アホか! 朝からなんてやってられません!」
「久しぶりなのに?」
「オレのセリフだっ! お前の頭は不純なことしか入ってないんかいっ」
「失礼なこといいますね」
 綱吉を睨みつつ、前髪を掻きあげて骸が毛布を手で探る。
 拾ったのは綱吉の人形だ。
 馴れた手つきで、胸元に抱え上げてぎゅうと腕に力をこめる。この段階になって綱吉は骸の目の下にできたクマに気が付いた。さらにハッとして、恐怖と共に、新たな事実にも気が付く。出発前に会った時の――人形をあげた時と――同じ服を着ている上に、あの時よりも、骸の服がすっかりくたびれている。人形もくたっとしていた。
「……お、おまえなぁ」
 がっくりと膝をつくと、骸が体を寄せてきた。
 床に手をついて首を伸ばしてくる。
「綱吉くん。会いたかった」
「…………。うん。骸さん。ほら、ちゃんと、お前のこと忘れてなかったから。イタリアで評判のお店のチョコレート。大好きだろ?」
「綱吉くん……、ええ……」
 背中にゆるゆると手をまわし、掠めるだけの口付けを求めながら頷く。まるでゾンビだと感想を抱きながら綱吉はビニール袋から小包を取りだした。
 骸が腕に抱こうとしてくるのですんなりとはできなかった。
「骸さん、あと、これ」
 体の上をまさぐっていた手が止まる。
 少なからず六道骸も驚いた。
 疑いの眼差しで綱吉の眼をジッと見る。
「なんのつもりですか」
「オレ用じゃないよ」
 犬の首輪を片手に、綱吉は肩を竦める。しかし骸の手には赤いベルトの首輪を握らせた。彼は例の怨みがましい目つきをして呪いをかける喋り口になる。
「僕のところにはもう戻らないと言ったクセに」
「オレは人間ですから。骸さんのペットってだけじゃいられないんですよ」
 目をそらしつつ、うそぶく。
 綱吉が思った通りに――あるいは、目にした時から骸もこの意図を感じていたのかもしれない。彼は人形を抱きあげた。慎重な手つきで、あぐらを掻いた上に座らせる。そうして首輪を人形の首に巻きつける。
「……うん。似合うんじゃない?」
 どこか満足感を覚えて綱吉が笑う。
 はぁ。骸はため息をする。
「綱吉くんのヘンタイ」
「お、お前が言うのかッ」
「いいですけど。似合ってますよ……かわいい僕の人形にはね。綱吉くんは首輪をつけるために生きてるよーな無様な人間でいるのがお似合いですよ」
「あのな。死ぬ気で殴られたいんかい」
 半眼でツッコミする綱吉である。
 話もきかずに骸は首輪をつけた人形に頬擦りする。
「僕の味方は君だけですよ。いつも傍にいて慰めてくれるなんて存在、結局、ヒトじゃ無理なんですよ。みんな薄情なんだから」
「そういうコト言うとなぁ」
 綱吉が額を人差し指で掻く。ちょっと気恥ずかしかった。
「あの。休暇。もらったんだけど……ここにいて邪魔なら家に帰るぞ、オレは」
「…………」
 オッドアイが丸くなる。
 しかし彼は即座に綱吉の手首を掴んで捕縛はした。そして早口で言う。
「今夜、つけます? これ」
「人形用の土産だって言っただろ!」
「ほんとに可愛くなくなりましたよ君は。こっちのかわいさを分けてあげたいくらいだ」
 片腕で人形を抱いたままで骸が文句を垂れる。
 ともかくも一週間は休暇だ。
 それがわかると骸は文字通りに手のひらを返して綱吉を歓迎した。が、これらの一連のやり取りを根にもって、綱吉は骸の同行を断ったのがこの休暇のためだとは口にする気がなくなった。
 かくして骸が綱吉の愛を知る機会は潰れていく。いつものパターンである。


 

 

 


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某割れ鍋につなぐるみを投下しようとしてなんだかズレたからやめとこう…な話でし…た

08.11.9