骸の誕生日





 綱吉はカレンダーを眺めてぼんやりしていた。
 今日は、運良く、学校の創立記念日だ。朝から休みなわけだがそのせいで余計に今日が何の日かを意識する。
(学校いってたら、まだ考えなかったんだろうけど。……骸、やっぱ、欲しがるよね)
 だってオレだったら欲しいもん、と、考えてみて、綱吉はポッと赤面した。
「あぁああああ! キャラが違うっ! キャラが乙女いやだあああああ!!」
 頭をガシガシと掻いて、ハッとして、テーブルに突っ伏していた頭を持ち上げた。
 部屋の扉の前に、家庭教師リボーンが立っていた。
 リボーンは、ピッと親指を立てた。
「乙女ちっくもーど、オンだぞ。ツナ」
「はぁっ?!」
 沢田綱吉、十四歳。
 なし崩しか運命か、ボンゴレ十代目として裏世界を掌握する使命を持ち、六道骸という名の変わった恋人がいる辺りが人とは違っていた。
 リボーンの号令と共に、少女達が扉を開け放った。
 先頭のクローム髑髏に笹川京子、三浦ハル、ビアンキが続く。彼女らの手にあるものにギョッとして(ワンピースとか化粧ボックスだ)、床に押し倒されたのにドキッとして、ズボンを脱がされたので、
「うぎゃああああああああああ!!!」
 綱吉は末期の絶叫をとどろかせた。

**********

 それから二時間ばかり、六道骸は呼び出しに応じて沢田家を訪れた。彼は家の戸の前に立って鼻腔から深く息を吸う。
「…………」
 黒いジャケットに迷彩のTシャツと、気に入っている服を着てきた。奈々はすぐに骸を家にあげた。一人で綱吉の部屋の前まできて、骸は、コホンと息をつく。
「綱吉くん。僕の誕生日、ちゃんと覚えてたんじゃ――」
 ガチャ、と、扉を開けたまま体を固まらせる。
「あっ! 骸さまがきた!」
「さすがだびょん骸さま! 時間通りら」
 室内には、十人ばかりの男女が待っていた。骸はオッドアイをまん丸に剥いて硬直する。
 六道骸・誕生日オメデトウの段幕が天井近くに張り巡らしてある。
 天井から天井に渡したモールが陽の光できらきら光る。綱吉がよく勉強机代わりにしているちゃぶ台に二段重ねのバースデーケーキが乗っていた。山本武がいそいで16本のローソクに火をつけて、その隣で、咥えタバコの獄寺隼人がクラッカーを持っていた。骸と綱吉をのぞいた全員が手にクラッカーを持っていた。
「せーのっ!」
 ハルが号令をかけた。
「ろくどーっっ、むくろー!! 誕生日おめでっとうございまあァーっす!!」
 すぱぱーん!
 カラフルなメタルテープが一斉に天井に昇った。ひらひらひら、と、舞い落ちる中で骸はまだオッドアイを丸くしている。
 室内の様子を頭に叩きこむと、ただ一人、異様なプレッシャーを放つ人物がいることに気がつく。骸が会いに来た少年だ。
 沢田綱吉は、頭にメタルテープの洗礼をうけつつ黄昏れていた。
「ふ、ふふ、おめでとうございます。よかったな、誕生日、よかったな。よかったじゃないか」
「つ、綱吉くん?」
 一目見て骸も異常性に気づく。
「ちょっと、立ってみてください」
「ざけんなぁっ!!!」
 瞬間的にカッとして綱吉がケーキ皿を投げた。
 ひょいと横に避けて、骸は確信する。
「なんて格好ですか。なにしてんですか?」
 ハルがにこにことふり返った。
「誕生日パーティですよぉ。骸さんの。はい、ケーキです。チョコレートケーキです」
「ケーキだケーキだ! わーい全部ランボさんのもんだあい!」
「バカ牛はイモでも食えよ」
「ぴぎゃあああ!」
「…………」
 ランボと獄寺が掴み合いをするのにはブリザードな眼差しを注ぎ、六道骸は素速く事態を読んだ。
 ベッドの上で、飄々と構えている家庭教師を睨みつける。
「何を企んでいるんですか」
「ちょっと融通してもらいてえもんがあるんだな。無人島を買収してボンゴレの基地にしてえ」
「知りませんよ、そんなこと……」
「まあまあ、受け取れ。そこのツナを。下着まで女物に替えさせたんだぞ」
「ぎゃあああああ!!」
 飛跳ねたのは綱吉だ。拍子に、白いワンピースがはためいた。
 膝丈のフレアスカートは風を受けると大きく広がる。新品のサンダルは編み上げのリボンとセットになっていて、綱吉の(男にしては)細い足を螺旋状に彩っていた。
 化粧のせいで普段よりずっと少女めいた面立ちになって、沢田綱吉は涙声をあげた。両手でリボーンの頭を掴もうとした、が、よけられた。
「バラすなよ! おれにどないせーっちゅーんだ!!」
「無人島買ってよん、って骸にねだれ」
「できるかぁあああああ!!!」
 ワンピース姿の少年がのけぞる。仲間達は、なんともいいがたい眼差しで綱吉の背中を見つめた。
「似合うけどな」
 山本武がズバッと切った。
「そ、そういう問題じゃないよっ。うわああ、あ、足元スカスカだしっ。頼りないし〜〜っ」
 スカートの端を掴んで引っ張りつつ、綱吉は下着がトランクスでないことに文句をつけているのだが、骸はハッとした。事態を整理しようとしてワザと何も考えないようにしたがそれが仇になった。何も考えずに綱吉を指差す。
「そのポーズ、『七年目の浮気』」
「はぁっ?! 何言ってんのかわかんないよ!」
「マリリン・モンローが地下鉄の換気口からの風によってスカートめくりされちゃうっていうぶっ!!」
「アホかぁっ!!」
 今度は、骸は顔面にケーキ皿の直撃を受けた。ただしダメージは低いのか、よろめいただけで、憮然として綱吉を睨むくらいはできた。
 綱吉は顔を真っ赤にしていた。既に仲間はケーキを切り分けて口にしている。
 フゥ太がうさんくさげに骸を見あげる。
「無人島なんか、ほんとに、買ってもらえるのかなぁ」
「シッ、いま、いいとこなのよ」
 ビアンキが耳打ちする。ちなみに、隼人が手助けに向かおうとしたがビアンキの尻に敷かれてしまっていた。青褪めて腹を抑え、足をピクピクさせている。
「骸さま、ファイト!」
 クロームは綱吉に女装をさせられて満足げだ。
 ぽむ、と、手を叩いたのはリボーンだった。
「よし。エサを与えよう」
「うわあっ!」
 綱吉を骸の方へと突き飛ばす。骸が綱吉をよける道理はない。腕をあけて、胸に受け止めた。
 リボーンは、にやりとして人差し指をつきつけた。
「テメーの好きにしていいぞ。ちゃあんとお前が好むようにデコレートしといてやっただろ?」
「好むって……」
 頭がくらくらとしてきて、骸は、綱吉の肩を抑えた。こういう格好が好きだろうとか思われてるということだ。
 カァッと頬を赤くさせて、骸が叫んだ。
「僕をばかにしてんですか?!」
「む、骸?」
「冗談じゃありませんよ。さよなら!」
「骸っ、お、おい――」
 綱吉が焦る。骸はとっとと階段を駆け降りていくので、追いかけようとしたが、背中に視線を感じた。仲間が自分の動向を見守っている――、
(う、うっ。なんなんだこれは!!)
 涙をにじませつつ、走りだした。
「骸!! 待てってば!!」
 二人がバタバタ走っていく音を聞きながら、ビアンキがぼそりと呟いた。
「これがラブラブってやつなのかしら?」
「無人島……」
 うめきつつ、フゥ太がケーキをほうばった。

**********

「だってまるで僕が変態みたいじゃないですか! 君に女の格好させて何がどうなるってゆーんですか?! 勃つんですか?!」
「何叫んでんだお前はぁあああああああああっっ」
 蒼空の下だ。並んで歩くのをやめて綱吉が頭を抱える。
 骸は、綱吉が追いつくとぶつぶつと文句を言い続けていた。
「あの連中には馴染みませんよ僕は。クソ。むかつく」
「…………」
 どうしたもんかな、と、思いつつ、しかし自分の格好もどうしたものだろうと思う綱吉だ。
 ふと、このままだと商店街の中を歩くと気づいて骸に尋ねる。
「骸さあ……。誕生日だろ?」
「そうですよ。ああ、君からのメール。打ったの誰ですか」
「ハルが勝手にオレのケイタイ使ったんだよ」
 チッ、と、あからさまな舌打ちをして骸が呪う目つきをした。
 綱吉はわざと明るい声をだした。
「あああっ、あっ、す、す……、する?」
「え、女装プレイをですか?」
 素っ頓狂な声と共に、骸が綱吉をふり返る。
 サッと青褪めたのは綱吉だ。
「なんだかんだいいつつ変態っぽい発言が多いんだよ骸は! って、そうじゃなくて、で、で……、な。でーと……。このまま」
「!」
 オッドアイが見開かれた。
 即座に頷き返されて綱吉はホッとした。頬が赤く染まる。
「そうと決まれば、着替え買ってかせてよ。さすがにこんなカッコじゃ――」
「ああ、大丈夫じゃないですか?」
「いい加減なこというなよ」
「女の子に見えますから。僕は本気でいってますよ?」
「こえええよ!!」
 ショックを受けた様子で骸がうめく。
「じゃあどう言えっていうんですか……。要するにね、悪くないということを……」
 ああだこうだと言い募られて、綱吉も辟易した。人の多い場所に向かう足は止まっていないから少し焦る。
 ということで、妥協案をだした。
「じゃあ、個室。それならこの格好で良いよ」
 六道骸とは、色々とあったから、少しくらい恥ずかしい姿を見せても綱吉はもう大丈夫だ。こういうことを耐性ができたと言う。
「僕と二人きりなら女装してもいいって意味ですかそれは」
「そ……、うかもだけど、なんか違うなそれ……」
 口角をヒクつかせて、綱吉は個室のありそうな店を探した。小さなレストランが個室有りの看板をだしている。
 入店のついでに、二人でケーキを注文した。
 これくらいの誕生日ケーキで間に合っていると骸が言う。綱吉もそう思った。と、狭い個室の空気が少し変わった。綱吉がそう感じたのは、骸が頬杖をついてジィとした上目遣いをした辺りからだった。
「……ごめん、誕生日プレゼントはまだ買ってなくて。今度でいい?」
「ああ。イイですよ別に。このデートがプレゼントなのかと思ってました」
 紅茶をすすって、骸は、まだオッドアイで上目遣いをしている。
「で? 君はいわないんですか?」
「え?」
「ムジントウ」
 あ。綱吉が小さくうめく。
 ……みるみると頬を赤くした。リボーンの言葉をまだ覚えているとは意外だったが。それを求められたのも意外だ。
「い、いってほしいの?」
 ドギマギとして尋ねると、骸が眼を反らした。
 恥ずかしそうに伏し目を作って、小さくささやく。ハイ、と、確かに綱吉の耳に聞こえた。
「…………っ」
「君、僕にものねだることがないから」
 それは見返りの要求を恐れてのことだ、とは、さすがの綱吉も今はツッコミできない。
 少女の白い異装姿で、肩を縮めて躊躇いがちに唇を動かして、綱吉が呟いた。茶色い眸が控えめに潤む。
「か」
 口がぱくぱくとした。
「か……。買って、よ……」
「リボーンに言われたから欲しいんですか?」
「か、買ってもらわないと、オレが怒られるし……。むくろ……、ん」
 馴れないことで赤面していると、骸が掠めるように唇を奪った。テーブル越しなのですぐに離れる。
「い、いきなりっ?!」
 顔をトマト色にして綱吉が仰け反った。
「クフフフフフフ。フフフフフフフフフフフフフフフフッフフフ」
 紅茶のカップを取って、骸はオッドアイのすぐ下を赤らめつつ満足げに呟いた。
「君を買いたいくらいですね……」
 微かに震えていて、真に迫った言い方だった。
 ――やっぱりちょっと変態入ってるのでは? と、は、やっぱり言えない綱吉である。乾いた笑いが口角に浮かびあがった。

 ちなみに、レストランを出ると六道骸は綱吉に服を買ってあげると言いだした。
「似合うの選んであげますから、それで、夜までデートしましょうよ」
 と、これは綱吉にも魅力的な誘惑だった。
 なにせ何だかんだで骸とは恋人同士だ。一緒に居られて嬉しいに決まっている。

 さらにちなみに、骸は、無人島は買ってくれなかった。リボーンを通して怒られて、後日、綱吉は文句を言いに黒曜中に殴り込んだのだが、
「え? 無人島? 買わないですよ」
「おまっっ、オッケーってムードだったじゃん! おかげでこってり搾られたよ!」
 ふうん、と、しながら綱吉をじろじろと見て、骸は小首を傾げた。その言葉を聞いて綱吉は胸に誓う。自分の誕生日には骸がいやがるくらいの難題を考えといてやる。女装とか。
「だって僕、マフィア嫌いですもん」
「そーゆーことは初っぱなに言えぇええええー!!」

 

 

 

 


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