VS.骸





「ほう。僕が勝つとお思いですか」
 するりと手から落ちた短剣が、刃を下にして床板に突き刺さった。
 ツナが後退り、扉の前で腕を組むリボーンを仰ぎ見る。少年が悲鳴をあげかけているのを見て、家庭教師たる赤子は拳銃を取り出した。
「逃げたら撃つぞ。戦え」
「おまえな! たった今、たぶん骸が勝つなーって言っただろ!」
「不可能に立ち向かうのは立派な修行だ。いい練習相手だろ?」
「レベルが違いすぎるって!」長槍を水平にしたまま六道骸は仁王立ちになっていた。ゴクリと固唾を飲む。「ていうかコイツ凶悪犯じゃないかっ」
「いろいろと隠し技もってやがるからな。応用のきく相手として使っとけ」
「使う、ですか……。六道の記憶を持つ者をずいぶんと気軽に扱ってくれる。甘く見ないほうがいいですよ、もしかしたら、私はあなたを殺すこともできるかもしれない」
「はっ。だとよ。やっちまえ、ツナ」
「おまえがやれ――っ!!」
「撃つぞ」
「ぎゃああああ!!」
 頭を抱えて転がりでて、ツナは骸と対峙した。
 眉をやわやわと歪めて唇を噛むツナと違い、骸は余裕に満ちた微笑を浮かばせている。
「殺さなければ何をしてもいい。そういうことでしたね」
「そういうことだ。スキルは使用禁止、傷も一週間で治る範囲で、だ」
「お、オレの体なのに……!」
 嘆きつつ、短剣を引き抜く。
 窓から侵入した骸は、あなたの武器だといってそれを手放したのだ。ツナはこわごわと剣を見下ろし、やがて、ぎゅっと握りしめた。
「きなさい。ここでは槍を振るえない」
「……場所はどこでもいいだろ? オレはここで」
「僕の命令が聞けないと? 偉くなったものですねボンゴレ十代目。かつて僕を倒したのは君だけではなかったでしょう、今この場では」骸が腰を低くした。ぎょっとしてツナが後退る。
 その鼻先に、一瞬で槍が押し付けられた。
「絶対の権力を持つのは僕ですよ。ツナ君、従いなさい」
「時間は一時間。ツナがダウンしたら骸の勝ち。骸、テメーが勝てば借りをチャラにしてやっていいぜ。骸に傷一つでもつけたらツナの勝ちだ」
(リボーンのやつ、イタリアの警察に手を引かせたのを利用したのか……!)
 それで、どこぞへと姿を消した彼が目の前にいるのか。
 骸は皮肉るように唇の端を尖らせた。
「私はあの時の恨みを晴らすつもりで来てるんですよ……!」
「だと。逃げ切ってもお前の勝ちだ。がんばれよ、ツナ」
「おまえら鬼だ――――っっ」
 リボーンごと扉を押し開けてツナが玄関へ駆け出した。
 後ろから足音がついていく。リボーンと骸が大口をあけて嘲笑っている姿がツナの脳裏に鮮明に浮かび上がった。「はめられてるのか。オレ……?!」
「さあ、どうでしょうね」
「うわあああ!!」
 声はツナが思うよりもすぐ近くだ。
 驚いて飛び上がる奈々がリビングで見えた。リボーンがフォローをいれるのだろう、ツナは外へと飛び出し、一瞬だけ逡巡して駆け出した。人通りの少ない裏手の住宅街を目指した。
「覚悟を決めたんですか?」骸が隣に並んだ。
「うわっ、わああ!!」
「いいですよ。君が望む場所へ」
 強者の余裕を香らせ、口角を吊り上げる。
 むかっとしたものがないわけでもない。短剣を握りしめたまま叫んだ。
「お前なんかきらいだ!!」「それはどうも」
 槍がくるりと回り肩に引っかかる。飄々とした笑みを貼り付けて、骸は足を止めた。ツナが足を止めたのだ。ぜえぜえと肩で息をするのに笑って、呼吸の乱れもなく槍を両手で持ち替えた。
「アルコバレーノに呼び出された時はどうなるかと思いましたが。願ってもないチャンスですよ、こうして再びまみえてエモノとすることができるんですから」
「…………っ」口角を拭った。
 黒曜事件の最後では煮え湯を飲まされた。骸ほどの凶悪な人物が、煮え湯のもとである自分をただで帰すとはツナにも思えなかった。
 本来は骸の武器である三叉の剣を握りしめた時だ、骸が動いた。
「うっ!」
 ギィンッと澄んだ音がひびく!
 両の腕に鋭く痺れが走った。ビビビとブレるみたいな錯覚が全身を巡る。
 閉じかけた視界に骸の槍があった。ツナがくらくらしながら目を開けば、骸の顔が間近にあり、間を阻むものは、剣の刃と交差した長槍だった。
「ヒィ――――っっ」
「おやおや。まぐれですか?」
「わっ、わあ! やめてやめてやめて――!!」
 ググッと槍を押し付けられて、ツナは両手で剣を柄を握ったまま後退った。下がらざるを得なかった。住宅を囲むコンクリート製の壁が肩にぶつかる。
 これ以上下がることはないのだ、が、今度は、剣の刃が押されて迫ってきた。
「ぎゃああああ!! きれる! 顔きれるから!」
「顔といえども軽傷ならば一週間で治りますよ」
「ヒィッ?!」
 槍の圧力が消える。
 と、次の瞬間に柄を握る両手を鷲掴みにされた。
 無造作に顔に刃を押し付けられる――寸前に、腰が抜けてツナはへたりこんだ。
「おや」骸がいささか頓狂な声をあげる。
 宣言とは違って、刃の先端はコンクリートにめり込んでいた。
「よけましたね。相変わらず、運はいいとお見受けしますよ」
「こ、殺す気かよアンタは……っ」
「いいえ? 今の僕はアルコバレーノに従わざるを得ませんから」
「…………」下から見上げる骸の微笑みは。壮絶の一言で終わった。笑っているはずだのに黒いオーラがにじみ出る。あの風紀委員が笑みながら殺気を放てばこんな感じだとツナは現実から逃げるよう空想した。「わかってますか」
 ふつふつとした怒りを笑みに滲ませて、骸が槍をバトンのように回転させた。
「こうなったのは全部君のせいなんですよ。どーしてくれんですかこの状況を!!」
「し、知らないよ……っ。そんなの!」
「責任とってください!」
「ぎゃああ!!」
 落ちた剣を掴み、駆け出す。ザクンと槍がコンクリートに突き立った。
 槍の上に乗った骸が恨めしげにツナを睨みつける。
「君が負ければよかったんだ!」
「ん、んな無茶な。そーゆーの逆ギレってゆーんですよ!」
「この際、逆ギレだろーがなんだろうが構いません!」槍を引き抜き、再び駆け出した。
「ころ……すことは、できませんが、痛めつける許可はおりてんですからヤラれろ!!」
「それが本音か――!!! 誰か――っ、獄寺くーん!!」
「情けない! 仲間の助けを呼ぶなどと!」
 ダンッと背後で踏み込む音。振り返ろうとして足が滑った。
 ヒーッと喉の奥で叫び、尻餅をつきながらも振り返る。骸が大きく両腕を振りかぶらせた。
 突風が顔面を殴る。ほんの少し手前を槍の先端が凪いでいく――頭上で骸がツナを睨みつける――、その両腕は、振り切った槍と同じ方向へ流されていた。
(! そうだ。先端の剣はオレが持ってる)
(だから、突くか振り回すかの攻撃しか出来ないんだ!)
(突くのは避けやすいし振り回すのは――振りかぶるのがスキになる!)
 二撃目をよけた。縄跳びをさける感覚に似ていた。チッと舌を鳴らして骸が手首を捻り、槍を持ち替えた。脇腹目掛けて突き下ろされる。しゃがんだまま、短剣を握りしめ目を細めた。
 そうして、太腿にできうる限りの力をいれて伸び上がった!
「この――っっ!!」
「っ?」
 骸が息を呑んだ。
 薄く開いた視界に、ピッと一滴の赤が飛んだ。
「や、やった?」剣を見下ろせば、左の矛が赤く濡れていた。
「これは……」骸が頬を拭った。
「オレの勝ちだな?!」
 両手を握り、いきりたって顔を明らめる。
 まなこを見開かせて、骸は指に付着した赤とツナとを見比べた。
「チィ。ろくでもない結果ですね、面白くもない」
「でも結果は結果だ。二度目の敗退だな、骸」
「……アルコバレーノ」憎憎しげに、巨大化したレオンに跨るリボーンを睨みつける。リボーンは屋根の上で様子を見ていたらしかった。にやにやとしてツナを見下ろす。
「よくやった。明日の授業は特別に休みにしてやるぜ」
「えっ? マジで? やった」脳裏に過ぎるのは、クリアしていないプレイステのゲームソフトである。骸が心底からの厭気でツナを睨み、その手から短剣をひったくった。
「返してください」
「ああ、ありがと。助かった!」
「…………。どう……も」
 信じられないものを見るような目つきだ。
 構わず、ツナは両手を結んだ。
「たまにはリボーンも粋な計らいするんだなっ。日曜におまえのスパルタがないなんてめちゃくちゃ久しぶりじゃん! くぅーっ、うれしい!」
「…………」まじまじと見つめ、眉間のシワを深くした。
「次は、負けませんからね」
「ああ。――って? 次?」
 頷いたのはリボーンだ。
「コイツにはテメーの戦闘面でのカテキョーを補佐させることにした。これからもちょこちょこ相手させるからな」
「んな――――っ?!!」
「そういうことです」
 フウと息をついて、骸は槍を畳んだ。四箇所が駆動した。
「正直、いきなり勝利を譲るとは思いませんでした」恨みがましい囁きだ。
 瞳まで恨みつらみで奇妙に濁っている。
 ツナが首を振って後退った。
「こ、殺される……」
「殺せないんですよ」
 残念そうに骸が二度目のため息を吐いた。
「まあ、そういうことですけど。第二ラウンドはこうは行きませんからね、ツナ君」
「あ、あああああ」頭を抱えるツナをまんじりともせずに見つめ、骸は赤く線の刻まれた頬を撫でた。ため息は三度目だ。「六道まで巡ってボンゴレのカテキョーに収まるなんて」
「なんて侮辱ですか。狙ってやってるなら僕より性格悪いですよ」
「おおおおオレからも願い下げしししたいんですがあああ」
「ダメだぞ」ピシャリと、リボーン。
 ツナと骸が同時にうな垂れた。





 

05.12.

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