メイドさん現る






 天気がいいからってイイことが起こるとは限らない。
「久しぶりですね、沢田綱吉」
 後ろからの呼びかけで少年が足を止める。
 沢田綱吉、十四歳。
 影の名前はボンゴレ十代目。マフィアの若頭として期待されつつも、気弱でお人好しでやる気のない平凡な少年である。
「……その声は」
 綱吉は、ふり返らないままでゲンナリと額を抑えた。肩掛けカバンがズルッと滑る。
 足は肩幅に開いておく。パッとふり向くと同時、人差し指を突きつけた。
「六道骸!! 何だよしばらく平和だったのにぃいいってギャアアアア!!!」
「クフフフ。クフフフフフフフフフフフ」
「?!!!!」
 一メートルほど後ずさって綱吉は改めて悲鳴をあげた。青ざめて目尻には涙が浮かび上がった。
「いやーっ?! いぎゃああああああ!!!」
「ちょっと引きこもりしていた間に千種と秋葉原で遊んでまして……」
「それヒキコモリじゃねええええ!!」
「秋葉原で引きこもったというのですか……。クフフフ、いやぁ、なかなかに面白い世界でしたよ。君は、自分以外の客が全員チェック柄のシャツを着ているとゆー異空間な喫茶店を体験しましたか?!」
「だあぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
 六道骸がのたまう途中から地団駄を踏んでいたが、ついに、綱吉は敗走をはじめた。
 泣きながらの全力疾走だったが声は変わらずについてくる。追われている。がむしゃらに悲鳴をあげた。
「来るなぁああああああ!! 変態ィイー!!」
「そう! そうですよ綱吉くん!」
 肩越しに見れば、骸は歓喜に頬をゆるめて両手を広げていた。その光景が――真っ白になって現実感覚が遠のいていく。綱吉は鳥肌をたてて息をつまらせる。
「ふと思ってしまいました。この格好で君に奉仕するのってちょっと楽しいかもしれないと!」
「メイド喫茶に引きこもれ馬鹿ヤロウ!!」
「おやおや、なんたる口のききよう。自分の感情だけで他人の楽しみを貶すなんて感心できませんよ」
「男がメイド服着てるほーがよっぽど感心できねーだろ!!」
「綱吉くんの分も持ってきましたよ」
「どぁあああああああああ!!」
 こころの底からの大絶叫が終える頃、実際に、綱吉はドアノブを鷲掴みにした。沢田宅のドアノブだ。玄関に駆け込むなり鍵を閉めてチェーンをかけた。ぜえぜえっっっ、ぜえっっ、両肩で呼吸しながら、冷静になれと自らに呼びかける。
(なんで骸がメイド服で?! なんなんだこれはっっ、ああぁああああ戸締まりしないと!!)
 と、リビングから声がした。あちらに裏口用の引き戸があるのだった。
「あら? いらっしゃい」
「お邪魔します」
「だぁああああああああああ!!」
 六道骸は、リビングの奥からヒョコッと姿を現した。
 フリルのついたスカートが愛らしく揺れる。生地は黒だが、白いエプロンドレスとたっぷりあしらわれたレースとでラブリーに見える。
 左手の五本指には全てファンシーな指輪を通して、ピアスも左耳だけだった。腰に片手をあてて、長身とガタイのよさを強調するように骸はモデル立ちをしてみせた。
「どうですか? けっこう似合うでしょう」
「…………っっ」
 口からあわを吹きそうだった。
「今日の六道クンは萌え系なの?」
 骸の後ろから顔をだし、沢田奈々がニコニコと綱吉と骸を見比べた。
 骸が自信満々にうなずいた。
「ええ! さあ僕で抜くくらいはしてみなさい沢田綱吉!」
(う……宇宙人……)
 他に言葉が思い浮かず、胸中にうめく綱吉である。腰が抜けてドアを背中に玄関に尻餅をついていたりした。
「? まあ、つっクン。おやつ持っていってあげるから部屋に案内くらいしなさいよ」
(母さんは火星人だよ!)
 骸にツッコミいれろ! と、他力本願な気持ちになってきた。骸はニコリとして首を縦にする。綱吉の襟首を掴むと二階への階段を見つめて首を傾げた。
「おかえりなさーい。ご主人サマをご案内しますねえ」
「ぎゃああああああああ!!」
「メイドゴッコ?」
「はやっているんですよ」
「アキバ限定だろーがぁああああ!!」
 ずるずるずるずる、と、見た目通りに力強い男メイドに引きずられつつ足をバタつかせる。階段も文字通りに引きずられたので綱吉はちょっとした拷問のよーに感じた。
「骸! 何のつもりだよ!」
 部屋に入り、ポイッと放られるなり、綱吉は警戒心もあらわに叫んだ。後ずさって、窓を背にして、メイドとの間合いを図る。
「…………。クフフ」
 六道骸は、あごを下げて暗く含み笑った。
 そのオッドアイは壁を見つめる。スラッと下がって、綱吉のベッドを見た。ベッドシーツを引っぱるだけして、目を線に細めて綱吉に笑みをかける。
「ご主人サマ、ベッドメイクができました」
 ゾッとするギャグだった。
「…………」
 思わず自分の体を抱いて窓を窺う綱吉である。このままメイドプレイになだれ込むくらいなら骨折の方がありがたい。本気でそう思ったが、考えを見透かしたタイミングで骸は首をふる。
「綱吉くん。残念ながら僕は本気です」
 言いながら、片手を――指輪だらけの左手をワキワキさせて、ボキボキとか物騒な音をたててみせる。
「スパナとかヒバリとかいろいろあるじゃないですか……。君があんまり素っ気ないのでそろそろ僕も本領発揮しようかと思いましたよ……。君に、死ぬほどの苦痛を味合わせてあげますよ」
「あ、あいかわらず頭がおかしいヤツだな!」
 綱吉の目尻に生理的な涙が浮かぶ。
 メイド少年は嗜虐の笑みを作る。一切、発声をしないままで無音にくつくつと肩で笑うので気味が悪いことこの上ない。骸は、首を微かに傾けて、嘲笑ってみせる。
「わかってますよね。逃げたくらいじゃ、終わりませんよ」
「萌え系を開始五分もせずに捨ててるぞお前!」
 綱吉はカバンを肩から外した。
 いざとなればコレで攻撃するしかない。クッフッフッフ、と、六道骸は自信満々にスカートのレースをつまんだ。ちなみに、黒いタイツが綱吉の目に突き刺さってきた。グサァ! と容赦なく奥まで刺した。
「あぐぅ!」
 目を抑え、苦痛に喘ぐ綱吉である。
「クフフフフ。これもこれで萌え系なんですよ?」
 したり顔で言うと、しゃなりと歩んで綱吉の懐に入った。途中で綱吉が焦って投げたカバンを腕の一振りでたたき落としたりした。強いメイドだ。
「だっ?!」
 腕を引ったくられて綱吉は眉間にシワを寄せる。乱暴だったので腕が抜けるかと思った。
 ベッドに倒れた上に、影がのしかかった。
「や、やめろよっ! お前久しぶりなのにスゲー感じ悪いぞ?! いきなりマニアックすぎるんだよ!」
「どう思われていようが興味ありませんね」
 捕まれたままの右手は強引に骸の頬へと宛てられた。彼はうっとりとして相好を崩す。
 翳りを帯びた瞳が真上に昇って、綱吉はドキリとした。
 一瞬、呼吸を忘れた。そりゃ、格好の凶悪さは当然だが、唐突に切なげな顔をされたら驚くくらいはする。骸と違って綱吉は血も涙もある真っ当な人間だ。
「沢田綱吉……」
 息をひそめて、骸がシーツの裾を掴んだ。
 自分たちを体を覆うようにして適当にかぶせる。綱吉は背に汗をかいた。コレでいいわけなんてない。しかしまだ手は放してもらえない。
「メイド服を脱がせるのって……男のロマンだそうで――」
「今日はなんとどら焼きがあるのよ! って。あら? お取り込み中なの?」
 バン! と、無造作に扉が開いた。
 盆を片手に奈々が目を丸める。
 すぐさま飛びあがったのは骸だった。いつもよりオッドアイを丸くして首をふる。綱吉も骸と揃ったタイミングで起立して首をふった。
「ぜ、ぜんぜん! 全く全然!!」
「ご主人サマが気分が悪いとゆーので介抱です」
「あらあら? 六道くんは優秀なメイドさんなのねえ」
「ええ。まあ」
 フッと微笑する骸だ。
 と、綱吉は遠い目をした。骸が途中で言いかけた言葉のつづきは――。まあ、なかったコトにしておこう。追求するだけダメージを負う気がした。
 おしゃべりの後で奈々が部屋をでた。骸は鏡の前に向かった。ポーズを取ってみて難しい顔をする。
「もえませんか?」
「お前、根本的なキモさに気付けよ」
 直視するとオレンジジュースを吹きそうだったので微妙に視線をズラして床を見る綱吉である。骸は、肩越しに綱吉をジッとみやる。見つめる。ガン見する。
「こういうカッコでもすれば、君に萌えるコトもないかと思ったんですけど、やっぱりうまくいかないですね」
「……ん? な、なんだって?!」
「けっこうナルシストなんですけどね。僕のが萌えるかと思ったんですが、そうでもない……。さて、着替えてくれますか。沢田綱吉」
「ちょ、は、話についていけない。ついていけてないんだけど!!」
 バンと机を叩く綱吉である。
 骸はもうメイド服装着済みであることなんざ忘れたよーにニヤッと犯罪者の企み顔をした。目元が陰気に翳って不気味で凶悪でおそろしい。
「今度は君が僕をもやしてくれる番です。愛してますからメイド服着てください」
 ……斜め上から下目掛けて、バサーッと袈裟斬りにされた人間ならば、綱吉の断末魔と同じくらい陰惨に悲惨に無残に部屋中にとろどく奇声をあげられるに違いない。夕方、六道骸はちょっと照れたふうに
「君に惚れ直しましたよ今日は。ご苦労サマです」
 なんてのたまって帰宅した。綱吉はメイド服で見送りに立たされて涙していた。
「イッテラッシャイマセなんか言うかバカヤロー!!」
 メイド喫茶では、来店時に「おかえりなさいませ」と言って帰宅時に「いってらっしゃいませ」というパターンが多い。骸の教えた知識はしっかりと頭に残ったが、なんだか、脳内を犯されたよーな実にイヤな気分がした。
「二度とくるなぁああああ!!」
 六道骸は夕日の中で手をふっていた。雲はなくてイイ天気だけど、だから、天気がいいからイイことが起こるとは限らない。

 

 

 


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08.4.17