25×4とか
心配が杞憂に終わって安堵した。骸の隣で安らかに朝を迎えて、綱吉はベッドから出た。それから朝ごはんよりも先に、
「ウチのツナを返さねえかコラァアアッ!!」
家庭教師が怒鳴り込みにきた。
「ふあ。今、何時だと思ってんですか」
寝惚け顔で頭を掻く青年。長い髪に馴れていないせいで寝ている間にからまり、それを直すためにクシを片手に格闘中だ。
「八時だろーが! 起きるの遅いんだよ!」
リボーンがイライラと叫ぶ。
「ウチはー、九時からが通常らー」
テーブルでだれつつ、犬。髑髏と千種だけがパジャマから私服に着替えてシャッキリしている。
家庭教師は単刀直入にカラの包み紙を放りだした。
「青いのが十年分、トシを取る。赤いのが十年分、若返る。お前ら、メルモを知ってるか」
「じゃぱにーずまんが?」
千種が眼鏡を光らせる。ヲタク魂にひびく単語らしかった。
どうでもよさそうに骸が頬杖をつく。
「元に戻るには?」
「メルモちゃんを知らねーのか?」
「イタリアからきた殺し屋なのにコアなネタを知ってんらね」
いささか引き攣って、綱吉。マグカップからホットココアを飲む。リボーンは教養の一つだと断言した。
「あの飴はセットで飲むものだ。一方の作用を打ち消すための二対セット! ランボはもう飴がないって言ったんだぞ」
「えぇ?! そ、そんな!」
危うくマグカップを落とすところだ。
四歳児はテーブルに両手をつく。
「らってそれじゃ、オレはずっと四歳のままじゃないか!」
骸も嘆息する。
「僕は、まあ幻覚でカバーしようと思えばできますが……しかし余計にトシを取るとは面白くありませんよ」
「今のトコ、打つ手ナシだ」
非情に告げる。綱吉がヘナヘナとしてイスに戻った。信じられない。
「ったく。もっと早く発見できてれば、飴玉の消化を防げたかもしんねーのに……。ダメツナめ。家に帰るぞ!」
――綱吉の帰宅を予期して、不機嫌だったようだ。
骸が無造作にクシを投げた。呟く。
「いつでも戻ってきてくれていいんですよ。綱吉くん」
「…………。テメー、覚えてろ」
顔のまん前でクシを受け止めつつ、リボーンがうなる。綱吉は溜息ばかりだ。正直、二人のバトルはどうでもいい気分だった。元に戻れなかったらと思うと――。
「じ、人生終わった……」◆◇◆◇◆
その日の夕方だ。
男の子が一人、手ぶらで町を走っていた。やっとのコトで目的のマンションに辿り着く。
部屋まで向かうのも一苦労だ。
足が短いので廊下が長い。チャイムを鳴らすと、四倍の背丈はあろうかという青年が扉を開けた。彼は意外そうな顔でしゃがみこんだ。
「つなよしくん? 一人ですか?」
昔のTシャツと短パンを来た姿で、綱吉はぐしぐしと目尻の涙を拭う。
「初めてのおつかいに失敗したって感じが全身からあふれてるんですけど……」
「だ、だって」
ココに来るまでに――バスに乗ったり走ったりした――追いつめられた気分になっていたりした。もう限界だ。
「み、みんらしてオレをガキ扱いする〜〜〜〜っっ」
「そりゃあ。四歳児でしょう」
肩をポンと叩く大きい手。
綱吉は悲しげに喉をしゃくらせる。
「む、骸はまだいいよっ。でかいから! オレなんか最悪もっかい幼稚園らよ! きょ、京子ちゃんはオレを膝にのっけるし……、う、うう、ハルなんか人形使って話しかけてくるし! 恥ずかしいし情けないし、ど、どーしていいのか、わかんないよお」
「綱吉くん」
気遣いの色を込めて名を呼んでくる。
「し、しまいには母さんが一緒に風呂入るっていうから、逃げてきた……」
「骸さーん! 誰かきたんれすか?」
「!」
室内からの声に、ビクリとした。肩に置かれた骸の手が微かに動く。
「移動しますか。ここは人がいますから」
犬に向けて外出を宣言すると、ブーツを履いた。マンションの廊下に出る。
手を引っぱって外へと誘導する。……が、足の長さが決定的に違うので、綱吉は小走りになりがちだ。マンションを出たところで、ヨイショと抱きあげて、自分の右肩の向こうに顔をだす姿勢にさせた。
六道骸は嘆息した。
「こんな形で君を誘拐するとは思っていませんでしたよ」
「おれだってこんなふーについてくなんて思わなかった!」
「もっと格好よく決めたかったんですけど」
幼児を抱っこするパパさんの有り様でスタスタ歩く。いつもよりリーチが長い。夕日に縫いつけられた影も長い……。
「う、ううっ」
沢田綱吉はみじめに泣声をあげた。
「もうこんな生活イヤらぁあああああ!」
「あー。はいはい。よしよし」
幼稚園児をあやしつつ、骸は立ち去った◆◇◆◇◆
夜が更けていく。肌寒さから骸に引っついて、骸自身も寒さを感じるのか、駅前のホテルに一泊すると決めた様子だった。
パチリ。
電灯がつくと、ダブルベッドが一つと小さいデスクが備え付けられただけの室内が照らし出される。
ベッドに横たえられて、うめいた。
「う、ううっ」
会話はあまり弾まなかった。
元に戻れるか否かで頭がいっぱいだが、こればっかりは骸も綱吉が喜ぶよーな返答ができない。愚痴られる度に、頷くか、よしよしと頭を撫でる程度だった。
「しばらくここに住みますか?」
ベッドに腰かけつつ、骸。足を組んで溜息をついている。
「うわあああんっ。み、みじめすぎるよお」
「十年分、トクができたと考えては?」
「お、おれが、また十四歳になったときは京子ちゃんとか獄寺くんが二十四歳だろ……。お前なんか三十五歳じゃないか!」
想像してみて、青褪める。これじゃ浦島太郎になってしまう。
「綱吉くんの成長の軌跡を見るのはそれなりに楽しそうですけど」
「他人事らなぁっ?!」
両手をわなわなさせる。骸は、クスリと達観した笑みをこぼした。
身を乗り出してくる。
体格差は有り余るほどだ。覆い被さられると視界は完全にかげる。涙も引っこむほどに驚いた。
「君が好きですよ。三十五歳になったとしても――君を同じように愛する自信はあります」
「な、なぁ、ら、らってお前、そもそも、二十五まで生きる気がないみたいなこと言ってなかったか……?」
「あれ、覚えてました? そりゃ僕の望みは世界が終わることですけど」
苦笑して、眩しげに見つめてくる。
言葉とは裏腹な印象を受けた。四歳児は目をしばたかせる。
「骸……」
触れようとしたが、いつもより遠い。馴れない手つきで彼の顔を探った。縦に伸びて、大人びた造りだ。
「オレは、それを望まないよ」
「綱吉くん……」
オッドアイが細くしなる。彼が具体的に何を求めているかはわからなかったが、自分は骸に必要なんだという思いが強くなった。
「戻れなかったら――」
つまった声。見つめてくるのは、体が熱くなるほどに意思が熱いまなざしだ。
「僕が面倒みてあげますから。育ててあげますから」
矢継ぎ早につづけた。
「君のお父さんになってあげますから」
最後は、少しだけ照れていた。彼は自分でも不思議だと首を傾げる。
「子どもは好きじゃないんですけど。なんだか今の綱吉くんを観てたら愛せるようになりました」
「オレも、おまえは絶対に子どもは嫌いだと思ったよ……」
「綱吉くん」
背中に手を差し込まれた。抱き上げて後頭部にまで平手をまわすとキスを求めてくる。骸はすぐに角度を変えた。
「……ん」
綱吉が四肢を強張らせる。
ぬる、と、濡れたものが唇を割った。
「…………っ?!!」
口付けが深くなる。舌が長い。咥内いっぱいにもぐりこんで、出て行って、またもぐってきてこちらの舌に絡んでくる。
自分達の現状とか半端じゃない体格差とか色々と理性がわめくほどの事態だが――、優しげな愛撫に酔わされて、枕の上に頭を寝かされても、綱吉はろくな抵抗ができずにいた。ぼんやりを見上げる。
「柔らかい肌ですね」
真意のわからないコメントをしつつ、再び口付けてくる。シャツに手がかかった。脱がされて冷や汗が背中に浮かぶ。
「骸……。ちょ、ちょっと」
「この肌に触れるだけで罪かと思うと、非常に強くそそられる。綱吉くん。無理はさせませんから。お願いしますよ……」
「む、むりってさあ……。全体的に……」
全体的にムリだろ!
と、ツッコミができない。ハダカに剥かれると極限に心細くなった。羞恥に体を丸める綱吉の上で、骸がシャツを脱いだ。
頭を抱き寄せて三度のディープキス。
理性が色々と叫んで体が冷たくなるのに、心臓だけがバクバクして熱い。たまらない。
口角からあごまで唾液が伝う。
「じ、じどーぽるの法違反になるぞ……」
「イヤな断末魔ですね……」
互いに見つめあった。
合間見えるハズがなかった姿でここにいる――。ドキンと心臓が動く。口角を拭いつつ、綱吉はなけなしの理性を集めて首を振った。
「だ、だ……、さ、さすがに、やばい」
「綱吉くん」
切なげに四度の口付け。
それを終えて、また、オッドアイに懇願されて、
「…………」
綱吉は目を反らした。
微かに、頷く。
大きな手のひらが、小さい体の上を這った。今までにない意思を持っている。
「う……」
きゅっと眉根を寄せた。
顔中が火照っている。部屋のライトが骸によって消されてサイドテーブルのランプだけが光源になった。非常に頼りない照明だ。五度目のキス。夢中で相手の唾液を呑んだ。
衣擦れが聞こえる。
骸が完全に脱いだのかと――、
思ったが。ハッとした。
「あっ?! あれ?!」
ガバリと身を起こした。緊張からシーツを握りしめていたのだが、それが、やたらと突っ張った感がする。
両腕が長くなっている。
骸の顔を押しのけ、慌ててサイドテーブルのランプをいじった。
光量を最大にする。照らされた体は、長らく綱吉が馴染んだものだ――、十四歳の少年のものだった。
「骸! 戻った!」
ふり向いて、目を丸くする。
「お、お前もだよ。骸っ」
身長が縮んで、髪も短くなった。
十五歳の六道骸は、上半身をハダカにした姿でオッドアイを丸くしている。
彼の様子で、何をしようとしていたかを思い出した。真っ赤な肌がさらに赤く茹る。慌てて骸が脱ぎ捨てたシャツを拾った。
「あッ。こ、これ借りるな?」
頭から被る。向こうのが体格が大きい。それが幸いして、どうにか、腰までは隠せるサイズだった。
精一杯にシャツを伸ばし、下半身を隠そうとするのを見て骸はハッとした。
「何がどうなったんですかこれは?」
「お、オレに聞かれても」
「――――?」
首を傾げ、天井を見やるオッドアイ。
「あ」
彼は唐突に閃いたようだった。
「体液。さっきのキスかもしれません」
「え?」
「アメは胃に消化されたとリボーンは言った……。僕らの体内にめぐってるわけです。それが、僕らが互いの体液を交換したことで」
「そ、そうか……! 青い飴玉と赤い飴玉を舐めたのと同じ効果が得られたってコトか!」
声を弾ませ、片手でこぶしを握る綱吉である。
「やったーっ!!」
「……チッ」
「こらぁああああ?!」
腕組みして少々悔しげにするので、綱吉は六道骸への恐怖心を新たなものにしたとか、しないとか。◆◇◆◇◆
で。
「なんで元に戻った?」
「十代目はオレより骸が頼りになると思われているんですかっ。それは誤解です!」
「あれは骸さまのせいじゃない」
「でもツナを連れ去ったのは六道だろー」
沢田綱吉の部屋に、守護者やら骸一家のメンツやらが集まってわいわいしたのは翌日のことだ。
会議中だった。というか、沢田綱吉と六道骸の失態を責めるための集まりだった。弾丸会議とかいう。リボーンの主催だ。
ちゃぶ台で向かいに座り、家庭教師は青い筋をこめかみに浮かべる。
「おい。どーやってどーして戻ったんだよ」
「ええっとぉおおおお」
汗だくの綱吉である。
隣の六道骸は、
「はぁ」
と、憂うつに溜息をつくだけだ。
頬杖をついてアンニュイに窓の向こうを見つめる。肘でつつかれても気にしない。
「もったいないことをしました……」
こ、このやろう。
内心で毒づきつつ、綱吉は引き攣った笑い顔のまま首を傾げた。
「なんか、気付いたら……、戻ってたんだよ。骸、なあ?!」
「はい。そうです」
「骸さま……。ココロここにあらずで、おいたわしい」
気遣わしげにハンカチを握りしめるのは髑髏だ。千種と犬は顔を見合わせる。
「きっとくだらないことで悔しがってると思うびょん」
「素直に吐けよ。アアン? 何した?」
「なーにーもー、ない、よ」
「オレは十代目の言葉を信じますから!」
獄寺隼人が主張する。リボーンは納得できないとばかりに同じ質問をする。
「交際は百歩譲って許すがっ、キス以上のコトは高校卒業まで禁止って言ったよなぁ?! 申し開きはあるか!」
「うがぁ!」
隼人がダメージを受けて倒れた。
イタいところを大声で言われて綱吉が赤面する。ヤケになって叫んだ。
「だから、何もなかったってばーっ!!」
「はあ。はー」
ひとまず、今日も天気がよかった。
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08.2.28