天使の夜に!



 冬の寒空は見えない。雲が厚く覆い被さって日を隠す。夜には雪が降るかもしれない、と、早朝の予報士は告げたが、夜への期待よりも今現在の寒さがつらいので綱吉はうんざりした。
 駅前では人の群れが出来ていた。
 誰もが、何かを待つ顔をしてじっと寒さに耐えている。
 垂れてきたマフラーを首の後ろにやって、綱吉は人気のない方角を目で探った。骸ならそういう場所にいる筈だ。
 六道骸は、膝丈のロングコートを着て、駅ビルの壁に背中を預けていた。
「骸! お待たせっ」
「綱吉くん」
 駆け寄ると彼は嬉しげに自分の時計を見た。
「時間ぴったりですね。えらいですよ」
「め、目覚まし時計、あれから買い足したからさ」
「ほう。いい心がけですね」
 連れ立って歩くと、人の大波に飛び込むような気が起きる。流れに沿って歩く内、骸も辟易して首を傾げた。
「ところで下賎な連中は総じて土に埋まればいいと思いませんか?」
「ぶっ! 思わねーよっ」
「クリスマスだからってねえ。綱吉くん。あんまり離れて歩くとはぐれます」
「あ、」ごくさりげなく手を掴まれて、綱吉は言葉を飲み込んだ。横断歩道の信号が赤に変わろうとしているので、骸は小走りに先を行く。どういう顔をしているか綱吉にはわからない。
(こ、こんな街中で)
 一瞬、かぁっとしたが、綱吉は間を置いて骸の手を握り返した。これだけ人が多くてぎゅうぎゅうだと、誰も、他人の肩より下は見えないし気にしないだろう。
 骸はしばらくしてから振り返った。
 頬を上気させて、目線だけは俯かせる。
「まあ、人ごみの中だからこそ出来るコトって、ありますよね」
「そ、そーかもね」
 気恥ずかしいので綱吉はさっさと話題を切り替えた。
「骸さん、ご飯食べる場所とか、決めてるの?」
「ええ。この前、千種と行ったら美味しかったお店が」
「は、はやく行こうよ。買い物は後にして!」
「も、もうちょっと歩いてから行きませんか?」
 ガラにもなく骸はぐずるようなコトを言う。
 結局、一時間程、クリスマスのために様変わりした街並みや店の中を見るのに費やした。
 昼食後は、ゲームセンター型のアミューズメントパークで遊ぶ予定にしていた。大型の機械は混雑するので、UFOキャッチャーやらメダルゲームやらに手を出したが、
「僕って才能溢れるオトコだと思いませんか」
 六道骸は自分に酔っていた。
 うっとりと獲得した景品――、白い毛並みを持ったウサギの縫いぐるみを撫でている。二撫ですると、傍らのカウンターに置いた。
「じゃ、いらないので返します」
 景品の詰まったビニール袋をカウンターに並べられて、店員がぎょっとして後退りをした。
 彼が戻ってくると、綱吉は畏怖を込めて毒づいた。
「お前、ゲームセンター荒らしになれるぞ」
「ふふ。勝てないからって妬むんですか。君もヘタじゃないがね、まー、僕には劣るっていうだけですか。昔から、この右目のおかげで反射神経は抜群に秀でているんですよ」
 自慢げにくふくふとしつつ、骸はポケットから一つのキーホルダーを取り出した。今日の日付が金属製のプレートに刻印してある。その点が他のものとは違う。
「今日の収穫ですね。かわいいじゃないですか」
 クリスマスリーフがぐるりとプレートを囲んでいる。綱吉は、何も言わずに半眼で恋人の全身を見やった。手ぶらだ。信じられない。
(あれだけ浪費しておいて、残すのがたった一つか。金持ちの感覚はわかんないっつーか骸の感覚は狂ってるっつーか)
 六道骸への恐怖心を新たにしていると、彼が小さく呟いたのを聞き逃した。綱吉が訊ねると彼は首を振る。アミューズメントパークを出た途端、寒風でコートがはためいた。
「そんなしつこく聞くことじゃないですよ。その」
 いささか跋が悪そうに骸が言い直した。
「別に君が人より劣ってるとか、そういう……悪い意味で言ったわけじゃないですよ。綱吉くんは最高ですよ。僕にとっては完璧な人だ」
「はあ?」
 何をいきなり。思ったところで、骸が自分に嫌気が差したように眉根を寄せた。首を振る。
「君が唐突に黙るのが悪い」
「ぶふっ。な、いたたたたたっ」
 両側から頬をつねられ、綱吉は慌てて骸の腕にしがみ付いた。曇り空を上目で見上げて、骸は、溜息をついた。


********************


  夕方が近づくと街の華やかさも増した。並木はイルミネーンで彩られ、貼り付けられた電球によって、建物の輪郭が浮かび上がる。
 綱吉は、骸と連れ立って一軒のレストランを訪れた。
 入り口は地下に潜る形になっている。大通りから外れていることもあって、店自体が隠れ家のような独特な雰囲気を持っていた。内壁はレンガで飾られ、中世の街並みに似ている。骸は店員と何かを話し、一番奥へと進んだ。
「綱吉くん。ここは予約入れてるんですよ、こっちです」
「あ、ああ。へー。面白い。ここのお店」
「そうですか」
 最愛の相手からの評価に、骸は口角を緩ませた。
「グルメ雑誌とかあるじゃないですか。色々と見たんですよ。で、一ヶ月前から千種とあちこちでご飯食べたりとかして……。ここなら美味しかったし、適度に上品ですし君も気後れしないでしょうし、雰囲気もいいですし」
「一ヶ月前から? お前、そんなに」
(張り切ってたの?)
 と、呟きかけたが綱吉は強引に言葉を切った。口に出す前に気付いてよかったと思えた。何だか恥ずかしくなってくる。
 個室に案内されると、互いにコートを脱いだ。
「あ。うまっ」程なくして運ばれたディナーを食べての第一声だ。
 肉汁が口の中で蕩ける。ハンバーグだ。
「…………。でしょう?」
 キャンドルの向こうで、六道骸は首を傾げた。
「うんっ。こんなの初めて食べた! ああ、にんじんもいい感じ。うまいや」
「綱吉くん、綱吉くん」
 手招きをして、骸が自分に運ばれてきたものを覗かせた。
 同じハンバーグと思いきや、付け合せのソースが違う。綱吉のは赤いが骸のは白い。困惑して見上げると、彼は期待に満ちた眼差しをする。
「食べてみたいですよね。僕も、君のお皿にあるやつを是非とも食べてみたい」
「…………?」
(あ)何を目論んでいるのか、ワンテンポ遅れて理解できた。
 無言のままに骸がハンバーグを切り分ける。フォークにかけらを刺して、綱吉へと向けた。
 綱吉は赤面しつつそれを口にした。
「どうですか?」
「……おいしい……けど……」
(ば、ばかじゃないか、この人)
 内心での呆れが顔に出る前に赤くなって堪らない心地になる。骸は頬杖をついて、獲物を見るような目で綱吉を見返した。企みがうまくいった時によくする顔だ。
 反射的に口を拭って、綱吉は頭だけ後退りさせた。
「お、お前、恥ずかしいやつだよな。基本的に」
「君がすきなんですよ。ね?」
「あー……、もお」
 自分の鼻頭をぽりぽりと掻きつつ、フォークでハンバーグのかけらを刺した。自分の皿からだ。
「あーんってちゃんと言ってくださいよ」
「お前、言わなかっただろ」
「言って欲しかったんですか。じゃ次から」
「いや、言わなくていいけど。次もなくていいよ!」
 個室を確保してきた時点で何らかの仕打ちは覚悟するべきだった! と、軽く後悔しつつ、綱吉はフォークの先を骸に向けた。若干、持ち手が震えている。
「は、はい……。あーんして」
 ぱくりと咥えて、しかし骸は動かない。
 静かに綱吉を見つめている。段々とその眼差しに熱が篭っていくよう見えて、綱吉は内心で悲鳴をあげた。フォークを後ろに引いた。
 つぷっと唇の間から抜ける。
「…………」ごく、と、呑み込む音がしたが、ハンバーグを呑んだのか固唾を呑んだのか。
 骸が手を伸ばして綱吉の頬に触ろうとした。
「や、やめろよ。ご飯だろっ」
「僕のご飯は最初から此方ですよ」
 言いつつも、手をはたかれると、骸は大人しくフォークを握り直した。
 互いに頬は赤らみ、若干、目が潤んだ。綱吉は、この生理的な変化はキャンドルの明りのせいだと思うことにした。薄暗い視界の中、ぽつんと浮かんで向かいに座る少年を映すのでいつもより魅力的に見えた。
 食事が終わると、綱吉は満腹感で満ち足りた気分になれた。
「あー、もう。入らないや。ごちそうさま!」
「ケーキも美味しかったでしょう?」
「う、うん」
 思い出して綱吉は跋の悪さで眉を寄せた。
 もう精神的にも満腹だ。ケーキもやはり一人ずつ違うものが運ばれて、同じコトを要求された。六道骸は本当に次からは「あーんですよ」と甘ったるく声をかけてきたし、嬉しげにするときもあれば意地悪げに、甚振るように言葉を付け足すこともあった。食事をしながら追いつめられた気になって綱吉は胸を押さえる。
(恋人っつーか、からかわれるだけっていうか)
 冷や汗が出る。骸は食後のホットココアを飲んでいた。
「恥ずかしかったですか」
「骸さぁ。トラップみたいなコト仕掛けてくるの、やめろよ。ビビるだろ」
「だって仕掛けないと君はやってくれないでしょ」
「そんな……ことは。いつか、気が向けば」
 曖昧に言いつつ、また先程のやり取りを思い出す。言われるがままにケーキを咥えようとして、
『やっぱりだめですね。お預けですよ』
 と、悪戯っぽく微笑まれたのがイチバン効いた。フォークを手元に戻して美しく蟲惑的に微笑まれた瞬間、ぎくっとして、体が芯から震え上がった。手玉に取られているのがわかって羞恥と妙な歯痒さが同時に沸いた。
(……変なことしたがるんだから……)頬がかぁっとした。
 どうも、骸が求める方向性と綱吉が求める方向性にはズレがある。以前から感じてはいたが。
(まあ、好きだけど。変なトコも強引なトコも)
 骸は綱吉じゃ想像もつかないようなことをする。思えば、そこに憧れを抱いたのが骸との関係の第一歩だった。
 世間話に適当な相槌を打って、不意に骸が態度を変えたので綱吉はハッとした。
「う。うん!」
「ねえ? 恋人同士の恒例、でしょう?」
「ああ。ちゃんと用意した。メリークリスマスっ」
 壁にかけてあるコートをいじって、ポケットから黒い小箱を取り出した。光沢のある包装紙に骸が片眉をあげた。二重に巻かれた白いリボンとの黒い包装紙とのコントラストが格好イイと綱吉は思ったが、骸には違う印象があった様子だ。
 彼は神妙な顔をして包装紙を解いて箱を開けた。
 親指と人差し指でシルバーリングを摘み上げて、まじまじと見つめる。獅子の横顔が付いて、たてがみが流線を描きながらぐるりと指を一周する仕組みになっている。
 中指に嵌めて見て、キャンドルにかざした。
「へえ。いい趣味ですね」
 小さく呟いたが、しかし、骸は目を窄めた。包装紙もちらりと見やって、訝しげにする。
「君の趣味ってこんなんでしたっけ?」
「え?!」
 綱吉は肝が冷えるのを感じた。
(あ、あれ、もしかして気に入らなかった?)
 黙り込むと、骸は不審を強めて、中指からリングを抜いた。ことり、静かにテーブルに置く。
「…………」キャンドルの光に照らされた指輪を、人差し指で軽く撫で付けながら、不意に声のトーンを落とした。氷河に落ちたように冷たくさせる。
「ああ、わかった……」
「な、なにがですか」
 思わず敬語になる綱吉である。
「獄寺隼人の持ち物の傾向に似てる。彼の好みに合いそうだ」
「!」
 綱吉は愕然とした。同時に震え上がる。
「よ、よくわかるな」そこまでチェックしていたとは。
 骸がシルバーリングに爪を立てた。ぎきっと音が立つ。
「デートしたんですか」
「選ぶのを、て、手伝って貰っただけだよ」
「ほう」
 少年は指輪を握り締めた。
「骸?」どきどきしながら尋ねてみる。
「これは受け取れませんね」
 実に簡単に、六道骸は、ぽいっとした動作で指輪を部屋の隅に投げた。
「んなぁっ?!」綱吉の仰天も意に介さず、イスを立って歩み寄る。
 強い力で肩を掴まれて綱吉は慌てた。
「ちょっ! な、なにすんだよぉ?!」
「君こそ何するんですか。こんな日に、そんな……。それなら君を丸ごと貰える方がいい」
「ハァッ?!」
 相手の顔を押しのけようにも、既に胸元に入り込んでいた。強引に服を引っ張って、首筋を剥き出しにすると唇を寄せる。
「う、うわ……っ。骸?!」鋭く痛みが走った。うなじを吸引されているのだと、遅れて理解できたが、何故にそんな仕打ちを受けるのかがわからない。イスがズッと後ろに傾いた。綱吉は両足を緊張させて首を振る。骸は仕置きだとでも言うように、吸引した皮膚に歯を立ててきた。
「っつ。や、めて。ちょっと待てよ」
 薄く開けた視界に、光るものがある。
 シルバーリングだ。床に転がって埃と一緒になっている。こんな扱いはあんまりだと思うと惨めになった。
「〜〜〜〜っっ、骸の、ド馬鹿ァア!!」
「ぐふっ!」
 膝蹴りが相手の腹のど真ん中に決まった。
 綱吉は肩を怒らせた。立ち上がるとイスが後ろに倒れたがもはやどうでもよく思える。
「何だよ、お前に合わせてやろーと思ったのに! 獄寺くんに手伝って貰ってまでだよ?! お、オレなりに一生懸命、選んだってゆーのに、それをーっ、あ、あっさりと捨てやがって」
 叫んでいると涙腺がちりちりし始めた。
 綱吉は即座にコートを掴んで個室の扉を出た。目を丸くする店員がいたが、振り返らずに地上への階段を駆け上がる。ぶわっと冷気が吹き付けた。
 雪だ。
 黒くなった空から、白いものが疎らに降る。
(さむ。マフラー、置いてきてる)下唇を噛んで、でたらめな方向に向かって走った。うかうかしたら追いつかれる。寄り添って歩くカップルすらも押しのけた先に、綱吉は開いた場所に出た。
 広場だった。しかしクリスマスのイルミネーションはないので寂れた一角だ。そのせいか他に人影はなかった。
「っ、はっ、はっ」
 急いた呼吸の度に喉が痛んだ。
「何してんだか」うめいて、自らの額を抑えた。
 雪が頬に当たって体温を押し下げる。
 空を見れば、無数に白粒が踊っていた。真っ直ぐに顔面めがけて降り注ぐ。
 柔らかく、水滴程の大きさだ。綱吉は頬に当たった雪を突付いた。指の腹に付着したものは、眺める間に、すぐに溶けた。
「なんだかなぁ……。性格が歪んでるんだよなぁ。アイツは。いつも優しけりゃいいのに――」
 早足で通り抜けようとしたときだ。
 景色に変化が起きたので顔をあげた。
「青い、雪……」
 空を踊るものが、ブルーライトを当てたように、青く鮮やかに発光していた。
 綱吉はピンときた。追いつかれた。
「骸。いまさら、ご機嫌取りか?」
 夜道の向こうから、少年が走ってきた。
 彼は肩でぜえぜえとして、白い息を頻繁に吐き出した。そうしながら右手を差し出す。獅子の顔が付いたシルバーリングがある。
 ぼんやりと骸の右目を見た。
 赤い眼球に刻まれたのは『六』の文字。得意の幻覚能力を利用した足止めだ。青い雪がはらはらと二人の間に落ちた。骸はリングを見る。綱吉も見た。
「この点に関しては納得してないですよ。僕は、これは嵌めない」
「……あっそ。好きにすれば?!」
 両手をポケットにいれて、綱吉は骸が反対の手で差し出したマフラーを奪い取った。乱暴に、首にぐるぐるさせて踵を返す。
「何だよお前。プレゼントは欲しがってたクセに。もう知らないからな!」
 無性に苛々とする。やるせなくもあった。
 後ろから苦い声がした。
「綱吉くん……。こっちを向いて」
 骸は指輪を握り締めて耐えるような顔をする。
「僕を誘えばよかったんですよ。選ぶのに困っていたなら。確かに君に選んでもらいたかった。でも僕はこんな方法は絶対認めない」
 要するに獄寺隼人と一緒に選んだことが許せないらしい。綱吉は歯噛みする。相手の執念深さに腹立ちすら覚える。
(そんなこと、ほんとにオレが好きなら気にするなよ)
 骸は変なところで子どもっぽいし、異様に嫉妬深いため、綱吉の手に余るときがある。今がまさにそれだ。骸はうな垂れて恨み言を続ける。
「僕に嫉妬させたかったんですか?」
 悔しげに眉根を寄せていた。耳が俄かに赤い。
「君がすきなんですよ。嫉妬するに決まってるじゃないですか……」
「…………」
 胸がちくりとした。しおれた姿に良心が痛む。
 自分のお人好し加減を恨めしく思ったが、綱吉はしかし考えを改めた。今日はクリスマスなのだ。このまま明日を迎えるのは気が引ける。プレゼントを全面から拒絶した相手をいきなり許すのもおかしいと思ったが。
「骸さんは、オレに、何かくれようとしてたの?」
 間を繋ぐため、綱吉は思い当たったことを尋ねた。
「一人で選んだの? それは」
「君を思いながら選んだ」
 ポケットを探ると、小さな紙袋を出してきた。
 シンプルな包装だ。ツヤのある白い袋。渡されて、綱吉は素直に中を覗いた。一目には正体がわからなかった。手に出してみて、連結のための金具を見つけて、初めて、有刺鉄線を模したデザインのチョーカーだと悟る。
「なんか――」
 ひくっと口角を引き攣らせた。
「思いっきりお前の趣味な上にいや〜な感じの意図がこもってそーな?! 何でこんなの選ぶんだよ?!」
 骸は鋭く呟いた。
「君を僕のものにしたい」
「なっ。なに、いってんだよ。そこまでいくと少し気持ち悪いぞ」
 本気で驚いたので多少過ぎた言葉が出た。だが、相手は拒絶にめげるどころかさらに頑なに目を光らせてきた。骸は首を振った。掠れた声でうめく。
「一つになりたい」
「ど、どういう意味」
「わかるでしょう。好きなんです。抱きたい」
「…………?!」綱吉は混乱して後退りをした。
 その首から上が真っ赤に変色している。心臓が冷や汗を掻いたみたいにドクドクと強く鼓動する。
「む、骸……。ちょっと。骸さん」
 雪で足元が濡れる。雪は幻覚で青い。現実感がない。
 低く積もった雪上を踏んで、骸は綱吉を妨害した。後ろに下がりかけたのを、両肩から垂れていたマフラーを掴んで引き止めたのだ。命綱を握られたようでギクリとする。その緊張を感じたのか、躊躇うような気配を見せたが、しかし六道骸は目を細めた。綱吉は強く目を瞑る。ぐいっと引かれるとなすがままに顔を近づけた。額にちゅっとした感触が沸く。
「な、なに……。外だぞ」
 横目で探るも、他に人影はない。今ばかりは、骸を止めるために第三者の眼差しが欲しかった。
「っ。骸。ちょっと」ちゅ、ちゅ、と続けざまに優しくキスが落ちる。唇で前髪を撫ぜるようにされて、綱吉は思わず首を竦めた。くすぐったい。
「う。ダメだってば。骸。おい」
 声に力が入らなかった。足の爪先から背筋を通って脳天にまでぞくっとしたものが走る。
「好きです。僕のものになってください」
 骸が自らの右頬を綱吉の額に擦り付けた。
 ゼロ距離に等しい距離感に体温が上昇するのを感じた。
 綱吉は耳まで赤くして、骸の肩にしがみついていた。引っ張ってどけようとした筈が、単にコートを鷲掴みにしただけで力尽きた。ぶるぶると小刻みに震えている自覚はあった。
「そ、それさ、どういう意味で言ってる……?」
「躊躇うんですね。今更男同士だとかを気にするんですか。どうでもいいでしょ、そんなこと」
「で、でも、だってオレは……」
(オレは。骸さんは、好きだ。酷いやつけど。こんなに愛してもらったの、初めて)綱吉も骸が愛しかった。強く皺を寄せて赤くなった眉間にキスが落ちる。ちゅっ、ちゅ、と、連続するので綱吉は薄目で見上げた。オッドアイは真摯な色を点しながら綱吉を注視する。底辺には感傷めいた暗い光が篭る。青雪も見えないくらい、距離が近い。
「や、やだよ」
 か細くうめく。キスの嵐が勢いをつけた。
「僕は気に入りませんか?」
「そうじゃないよ。だ、だって、さ――」
 照れていた。綱吉は目を潤ませた。この仕打ちだけでも消え入りたくなる程に恥ずかしいし、耐え難い。やっとの思いで先を続けた。
「まだ中学生だし。そんな、先に急がなくてもいいじゃんか。こ、恐くなるから。はやすぎると」
 キスが止んだ。見れば、彼は、次の口付けをしようと綱吉の前髪を掻き揚げ、唇を額に寄せたところでピタリと制止していた。
「…………。綱吉くんって、」
 ひくりと、前髪を抑える手のひらが震える。オッドアイが潤んで、それから切なげに絞られて瞼で閉ざされた。耳まで火照らせて、観念を込めてうめく。
「恥ずかしいこと言いますよね。素で」
 綱吉の唇にちゅっとした感覚が残る。それを最後に、骸は顔をあげた。
 互いの間に冷風が吹き込む。火照った体には丁度いい。綱吉も骸も、心地の好さとキスの余韻にうっとりしつつ互いを見つめていた。
 大分、長く沈黙を挟んだ末に、
「じゃあ」
 骸が言った。
「楽しみは先に取っておきますから」
「ん……」
 堪らなくなってきて、綱吉は自分の頬っぺたを掻いた。
 無理やりに笑ったので泣き笑いの顔になる。
 骸が目尻をひくひくとさせる。固唾を飲むと、彼は、悪戯っぽく――を装おうとしていたが微妙にやりきれず切なさが混じった――、再び綱吉に口付けた。
「ん?!」
 ぬるりとしたものが唇を割る。
 綱吉が全身を硬直させたのに気付いて、舌先はすぐに引っ込んだ。代わりに骸が上擦った声で尋ねた。
「い、いいでしょう? もう少し先だけ、ですから」
「む、むくろ……」口から舌を覗かせて、もぐもぐと喋られると綱吉の唇にまで震えが伝わる。湿った上に、生暖かいものが下唇をざらりと舐めた。視界が震える。骸の息がかかって顔が熱くなる。同じように綱吉の吐息を顔に浴びながら、彼はしきりに唇を舐めてきた。
(あ。あう)悲鳴なのか何なのか、自分の頭の中に浮かぶ言葉すら読み取れない。「先に取っておきます」と宣言した直後にこれっておかしくないかと叫ぶ声がするが、骸に届ける前に、霧散してしまう。
 頭が蕩けて、気付けば頷いていた。
 口を僅かに開く。舌が深いところまで一気に潜り込んだ。
「っ!」未知の感覚に肌が粟立った。硬く目を閉じるが、骸の眼差しをひしひしと感じるので羞恥心が煽られる。合間を縫って骸が助言する。
「綱吉くん。鼻で息して」
「けほっ。あ。うん。む。んふッ」
(う、うわあ……っ、なんだこれは)丹念に咥内を舐められて、綱吉は息苦しさに戸惑うと同時に奇妙な感覚に襲われた。ぞくぞくとする。
 たっぷりと五分ほど舌を絡め合わせた末に、骸は名残惜しげに身を引いた。綱吉は目をぼんやりさせていた。優しく深いところまで愛撫されて、その余韻にうっとりとしていた。
 その頭を胸に抱いて、骸がしきりに髪を撫でてくるから、さらに堪らない。寒空の下で、雪が降りそぼる程の寒さだというのに、あまりにゆったりと気持ち好いので眠りの感覚にすら襲われた。
 軽く首を振って、綱吉は盛んに瞬きをした。
「ん……。ごほっ」
「綱吉くん。愛してます。僕の全部をあげますから。君の全部もくださいよ……? 約束ですからね。僕だけを見て」
 ぽつりぽつりと呟きつつ、骸は余韻を味わうように自らの上唇を舐めた。オッドアイを蕩けさせて、目元を赤く腫らしている。照れ臭そうにうめいた。
「そんな可愛い反応してると、またキスしちゃいますよ」
 ようやく頭の芯がハッキリしてくる。綱吉は、後頭部を掴んでいる骸の腕を払い落とすと、すごすごと後退りして距離を空けた。
「そ、そろそろ帰るか?」
「レストランに戻りましょうよ。終電近くまで時間は確保してあるんですから」
「あ? そうだったんだ」
 気が付けば、青かった雪が白に戻っていた。
 きれいだったよ、と、道を戻りながら告げれば骸は嬉しげにした。
 大通りの方へ向かえば、人の流れが見えてくる。クリスマス当日とあって絶え間がない。
 綱吉は人波の向こうに一軒の店を見つけた。
「あ、待て。骸。ここにいて!」
「?」
「ついてくるなよ!」
 釘を刺して、さっと横断歩道を渡った。
(まあ、しょうがないか)実のところ、先程からずっと、獅子の付いたシルバーリングが脳裏にちょこちょこ浮かんでいた。もう恨みがましい思いはしなかった。綱吉はむしろ清々していた。
(あれだけ嫉妬深いんじゃな。妥協したほうが、きっとうまくいく。むしろわかり易いやつと思えば)
 自分が非常によくできた人間になりつつある気はしたが、骸と付き合うなら仕方ないだろう。それでも好きだという思いはあった。
(これかな)
 店内のものを一つ取って、会計をすると、ガラス戸の向こうに見慣れたシルエットがあった。
「骸!」
 コンビニを出ると、六道骸はいささか不安げにした。
「どうかしたんですか。何の用が?」
「待ってろっていったのにー。まあいいや。はい」
 ロゴ入りのビニール袋を差し出した。
「メリークリスマス! あげるよ。純粋にオレだけが選んだプレゼントな」
「え?」
 骸は、戸惑いながらも袋から一冊の雑誌を取り出した。
 オッドアイが丸くなる。
 何度か綱吉と雑誌とを見比べた。
「安物だけど。気に入ってくれる? オレ、それ毎週読んでるんだ。コミックも持ってる」
 にこりと首を傾げてみせる。
 視線をまた手元に戻して、骸は、嬉しげに照れた。
「ああ……。ええ。君らしいです」
「思いっきりオレの趣味だけど。それ、ちなみに最新号ね」
 しげしげと物珍しげに見つめるので、綱吉は面白くなってきた。週間で刊行されているマンガ雑誌だ。じゃんぷ。それをコレほど嬉しげに見つめる人物もそういないに違いない。
「大事にしますね」
 彼は極楽だとでも言わんばかりの笑顔を浮かべる。
 ポケットに手を入れると、先程、もらったものに指が当たる。道を戻りながら、囁いていた。
「次の機会は、ちゃんとしたもの買うからさ。今年はそれでよろしく」
「君が君の好きなものを僕にくれるなら何でもいいですよ」
 本心だろう。レストランのある細道になると、また人通りが絶えた。骸がじゃんぷを小脇にしつつ、ここぞとばかりにニッと口角を吊り上げた。
「綱吉くん。さっきのチョーカー、つけてくださいよ。その腕時計みたいに」
「っ!」さすがに気付いていたか。
 綱吉は若干恥ずかしくなって右腕を隠した。
「照れなくても。ほら。巻いてあげますから」
「ああいうのは、オレには合わないと思うんだけどっ」
「まあまあ」
 チョーカーを取り上げると、するりと首筋に両手を潜らせる。留め具がぶつかり合ってパチッと音がした。見た目は有刺鉄線だが、さすがに地肌に触れる部分は尖った作りにはなっていない。綱吉はどぎまぎして自分の首に触れた。
 上目で覗けば、骸は、すっかり御満悦になっていた。
 愛しげにオッドアイを細めて、鉄線を模したチクチクした部分に軽く指の腹を押し当てる。
「……似合いますよ」
「そ、そーかなー?」
 骸の口調が、どこか淫猥な響きを含んでいるので、綱吉はイケナイことをされた気がした。僅かに首を締め付けられているので落ち着かない。
「また機会を見つけて選んであげますからね。そうだ。リング、選びに行きましょう。ふたりで」
「ん」
 首筋をちゅっとしてから、骸が顔を離す。
 それをいささか名残惜しく感じたので、綱吉は一人で顔を赤くした。
「骸っ」
「はい?」
「あ、あのね。ありがとう」
 これ。首の有刺鉄線を軽く突付く。
 不意打ちだったのか、六道骸は怯んだように眉を寄せた。みるみると目元を朱色に染める。間を置かずにうめいた。
「綱吉くん。ほんとに、好きです。今日は我侭言ってすいませんでした」
「…………え?!」
「じゃあ暖かいココアでも注文しましょうか!」
 脱兎の如く、地下のレストラン目掛けて走る六道骸。綱吉は戦慄していた。あの骸に謝罪されたとはすぐにはわからない。我侭を自覚していたのも意外だ。
「――――。む、骸。待ってよ」
 引き攣りつつ、後を追った。店員がおかえりなさいと声をかけてくる。頷くだけにして、店の奥まで走った。
 彼は壁に向かって立っていた。溜息交じりに自分の口に人差し指の第二関節を押し当てて、難しい顔をしている。その耳までが赤い。
 綱吉は堪らなくなってその背中に抱きついた。
「骸っ。大好き!」
「〜〜〜〜……」
 肩越しに振り向く。顔面を真赤にしていた。それを見て綱吉も頬に熱が集まるのを感じる。どきどきしながら笑顔を返した。眉間を皺寄せて骸は首を伸ばす。
「僕もです、よ」
 ちゅっとキスを合わせた。







07.12.22

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 らぶ系でした…。メリークリスマス!