百人増殖事件と呼ぶ
あまりに驚きすぎて嘔吐感に見舞われた。
世界が終わる。地球滅亡に関するほら話は人の数ほどある。
彼に限定するなら、まだ明確に滅亡をイメージしたことがなかった。沢田綱吉、ボンゴレ候補の中学二年生。1999年のハルマゲドンとか最後の審判とかをコミックメディアを通して知っているくらい。
「んなっ、なっ、ばばばばばばば!」
人差し指がぶるぶる震えている。場所は黒曜ヘルシーランド、携帯電話のメールにココまで来いと指示があったのが午前中の話だ。
「何これェ――ッッ?! リボォーン?!!」
「オッス」
もさもさ蠢く少年たちに混じって、リボーンは館内中央に備えられたソファーの上で仁王立ちになっていた。その両脇を固めるのは六道骸。そのさらに両脇を固めるのも六道――、綱吉は本気で両足をガクガク震わせていた。
「夢だな?! 夢だろ! オレを殴れよリボーン!」
「ラジャー」
「ぎゃああああ?! 誰が撃てっちゅーたよ!」
ズガガガガガ! マシンガンが火を噴いて、綱吉は飛び退いた。もしかして、一発でも当たって痛い目に遭った方が頭痛も和らいだかもしれないと次には思う。ザザザザザザザッと轟音が立ってリボーンへと矛先が振り下ろされた。轟音の正体は足踏みだ。壇上が埋まるほどの人数だ。
『綱吉くんに何をするんですか』
その声が廃館にこだまする。地響きのようだ。
綱吉は、へなへなと膝をついた。リボーンは六道骸の集団を見上げた。オッドアイを持ち、霧のリングを所持し、黒曜中学校の在籍し――今も黒曜中の制服に身を包む少年。まさに群れ。
最後の余力を振り絞って質問した。
「な、……何人いるんだ?」
「百人だ」
「多い」
あまりに驚くとまともなコメントが出てこない。腰を抜かす綱吉に、百人の骸が物憂げな視線を投げた。
『これには事情が』ざわざわっと五十人ほどが同時にうめく。
「ひぃっ?!」むしろビビる綱吉である。
『僕が好きでやったわけでは』今度は三十人ほど。
『アルコバレーノ』今後は八十人ほど。
『の』今度は、二十人ほどだ。ようやく声が重なってほとんど聞き取れないという事実に気付いて、六道骸の群れは互いを目配せしあって確認をした。リボーンの隣で、ソファーに座っていた六道骸が挙手をして呟いた。
「責任です」
「…………。会話だけで大変そうだな」
やっぱりまともな返答が浮かばず、乾いた声で返す。今、明確に地球滅亡のイメージが展開された。六道骸が百人、世界大戦をしかけたら――、ボンゴレも並盛町も日本もアメリカも世界の全部が降伏する気がする。
――実質、誰が大変かといえば、六道骸以外の全人類である。いや骸も迷惑してるのかも? と綱吉は骸達の顔色を窺って思い直した。
レッドレザーのソファーに座る綱吉と、リボーン。取り囲む六道骸達はあからさまに不機嫌だった。
「例によってジャンニーニだ。覚えてンだろ? どんな発明品も狂った効果しか発揮できないよーにさせちまう落ちこぼれの天才」
「落ちこぼれの天才……。イヤな表現だな」
『あいつ殺』『す』ぼそぼそした呻き声が方々から起こる。
綱吉とリボーンは公然と気付かないフリをして額を付き合わせた。綱吉はリボーンの口角がひくひくしているのを見逃さない。
「十年バズーカの構造書なんていつ入手したんだか。ともかく、それでビアンキに依頼されてあいつァーオレの十年後を見ようとした」
「賠償金請求しますよ。どうしてくれるんですか。僕を盾にするなんてタダじゃおかない」コホン、と、ソファーの上部から二人を見下ろしていた骸が咳払いした。
「ああ、そういえば、おまえ、今日って……」
守護者と連絡を取るといってリボーンは沢田家を出て行った。綱吉はなんとなく想像がついて遠い目をした。骸に異常事態が起きているということは、命中したのが……、だったんだろう。ジャンニーニが生きてるか謎だ。
「ジャンニーニは?」
「寝てます。あっちで」
「骸の幻覚を見てるぞ。骸、そろそろ止めろよ」
「あと五時間」
別の方面から声が割入る。リボーンは首を振る。
「一時間。アレでも将来は有望だから殺すな」
『三時間!』骸の八十人ほどが声をあげる。綱吉は絶望して耳を塞いだ。
「悪夢を見せる時間を値切ンな! これこそ悪夢だよ!! この現状がさァ!」
「ともかく! 骸に当たったンは失敗品だ。増殖バズーカだな」
「超いやな名前だな、既に……」
『元に戻す方法は?』
骸の二人ほどが同時にうめく。リボーンは眉根を寄せた。
「おい、番号つけて順番に喋れ。一応、同一人物だろ。全員がよ」
百対のオッドアイが互いに互いを見る。やがて、右の最端から連呼が始まった。綱吉はもはやあきれ返ってソファーの肘置きに背中をつけて寛いだ。ヤケになってきた。
「破滅的な光景じゃん。どーすんの、これ?」
「仕方ねえから持って帰る」
「オレん家には絶対入らない」
「イタリアにだ」
「百番です。……て、ハァア?!」
……ざわっ。六道骸がざわつく中で、一人の骸が進み出た。
「何いってんですかアルコバレーノ?! 僕をイタリアに……? 先日、復讐者から釈放されたばかりだというのに! ちなみに僕は九十九番っ」
「九十八番になります。どういうことですか? 一人だけココに置いていくと?」
「九十七。ずいぶん、勝手なこと言うんですね」
「…………。お前ら、器用だな」
綱吉は目を丸くする。たらりと冷や汗が垂れた。
「そりゃあ、六道骸ですからね。九十六番」
「ツナ、面倒だから黙ってろ。ジャンニーニの特別製だからいつ一人の骸に戻るかわかんねーんだよ。ひとまず、こんなとこに百人突っ込んでてもしゃーねーだろ? イタリアに持ってく」
「クハ。物ですか? 言い草が気に入りませんね」
「先ほど別の僕も言いましたがあまりに勝手すぎる。いやですよ。僕は――僕たちは日本を離れません」
リボーンはからかうように口角を笑わせた。
「テメー、調子のんなよ。ツナから離れたくないってんだろ? ホモめ」
「…………。九十三番です。問題が? 愛し合っている」
綱吉は引き攣った。確かに水牢での骸を目撃して、それから骸が頻繁に夢の中にやってくるようになって親交を深め――、生身の六道骸が戻ってきた際には、勢い余って、色々といたしちゃったりなんかして、なるようになってはいるが。
「お、おれは、べつに……」
「あ・い・し・て・ま・す・よ、ね?」
「だあああ?!」背後から九十ニ番の骸が抱きついた。恨みがましく両目を窄めて唇を尖らせている。ぶんぶんと、否定するように首を振る間に、九十一番が反対側から抱きついた。
「綱吉くんと会えないならもう貴様らには協力しませんよ」
「ちょっ、この状況は多勢に無勢っ!」
「つなよしくーん! なんか君に大量の男が群がってるの見るのは納得いかないんですけど! いくら僕と言っても!」
「同感ですね。綱吉くん、浮気ですか?」
「ちなみに八十七です。僕も綱吉くんに触りたいんですけど」
一人が綱吉の頭を撫でる。骸の群れに呑まれつつある綱吉である。
「だぁあああ?! これ、一人一人が全部ホンモノなワケぇ?!」
「そうだぞ。増殖だぞ」
「ホラー映画か! オレ限定のB級ホラー映画の会かなんかコレ?! ざけんなぁっ!」
無数の骸に腕を取られ首に抱きつかれとする間に、綱吉はボタリとソファーから落ちた。骸軍団が群がるのに耐え切れず、ソファーが横転したのだ。
一人、脱出して、リボーンはチャキッと平手をかざした。
「ツナ、なんで呼び出されたかわかンな? 見張ってろ。骸をこっから一人も出すなよ。オレは飛行機の手配してくっから」
『! させません!』
三十人ばかりの骸が、ダッと壇上を飛び出した。
『イタリアに行くなど冗談じゃない!』
「ツナ!」
「え、えええっ?! えー、えー、骸さん、待って! オレを一人にしないで!」
『!』百人全員がびくっと動きを止める。リボーンはツナに向けて後ろ手に親指を立てた。
「死んでも任務をやれよ。つーかできなかったらシネ」
「おおいコラァ――ッッ?!」
取り残された綱吉はソファーの上で腰を抜かす。六道骸たちは、複雑そうに九十九人の分身を見つめ、綱吉を見つめた。
「……八十六番、発言します。綱吉くんはそれでいいんですか?」
「八十五番です。僕がいなくなってもいいんですか?」
「八十四番ですが、それじゃあ、僕が思っていたよりも君に好かれていなかったということになる」
「ま、待てよ。一気に喋るなよ」
「八十三番です。初めての発言ですよ」
「八十二番。一人一回しか発言してないんですけどー?」
「だから、一気に喋るなと……」
「だから一回しか喋ってないって言ってるじゃないですか!」
焦れたように一人が詰め寄る。すぐさま、もう一人が割入った。
「八十一番の発言はそれで終わりです」
「そして八十番の発言も終わりです。僕は七十九番ですが」
「混沌としてくんなァ、もう」
綱吉がゲッソリとする。八十番と八十一番が不満げに周囲の六道骸を睨みつけていた。
「ケンカすんなよ、頼むから。みんなお前じゃないか」
「綱吉くん、ひとまず落ち着くことが先決です。アルコバレーノが戻ってきたら返り討ちにしないと……」
「それが一番イカれた発言じゃないか?!」
「七十七番は七十八番を支持しますよ。イタリア行きだなんてとんでもない」
「つーか一気に喋るなってば! 一人一回にしても数が多いんだよ! もしかしてそのまま一までカウントダウンする気?! キリがねェ!」
「この調子だと一番まで発言権が回るのは明日ですかね」
六道骸の一人が天窓を見上げる。ヒビが走っているが、橙色の光が曇りガラスを乗り越えて床を照らす。綱吉は片手で滲んだ夕日を指差した。
「そこまで増殖ネタ続くのイヤだよオレは! っつーかみんなそう思ってるって! もーすぐ夜だし帰りたいじゃんっ」
「綱吉くんと一緒なら場所はどうでもいいですが、しかしこのままは困りますね……。七十五番」
「いやー! カウントダウンいやー!」
頭を抱える綱吉だが、ハッとした。十人くらい、さりげなくヘルシーランドの入り口に向かっている。
「待てって! 逃がさないって言ってただろ?!」
「しかし……。返り討ちがダメなら、帰ってくるまでに一人に戻らねばなりません」
綱吉の肩を掴んで、骸。綱吉は首を振った。
「そんなこと言って並盛で変なコトするつもりじゃないだろうな!」
ポン、と手を叩く音がした。破れたカーテンの物陰にいた骸だ。綱吉が振り返ると、ハッと気がついて首を振る。綱吉の頬から冷や汗が垂れ落ちた。まるで、その手があったと感心したような手の叩き方に聞こえたのだが。
「…………おい?! 骸―?!」
「彼はまだ発言権がないんです。しかし気持ちはわかりますね」
肩にまた骸の手がかかる。彼は自分の顎を撫でた。
「なるほど、その手がありましたか……。ちなみに僕は七十二番です。今は確かに戦争の幕開けとしては好機だ」
「一番聞きたくないセリフが……。てか、骸!」
肩の手を振り払って、綱吉は腰を低くして臨戦体制を整えた。
「わかってるんだぞ。骸さんはオレの力が欲しくてずっとオレに優しかった。でも今は違う。百人もアンタがいるんだ。リボーンがいうこともわかるよ。ここから骸さんを逃がすことはできない」
「百対一で強がっちゃって」
「うひゃああ?!」
つつつつつ、と、背筋のラインに沿って人差し指で撫で付けられた。骸の一人だ。ぞくぞく震え上がって綱吉が飛び退く。その胴体をガシリと掴んだのもまた、骸だった。
「確かにコレだけいれば世界大戦も楽にできそうですが……。しかし。問題はそこですよ」
「六十九人目の六道骸です。綱吉くん。僕は君からの愛を疑っちゃいそうだ。そんな宣言されてしまったら」
「だ、だってっっ。方法がわからないだろっ。骸さんはリボーンが帰ってくるまでここでジッとしてるんだ!」
「…………。キスしますよ?」
「はへぇ?! なんでってぎゃあああ?!」
骸の一人が綱吉の前へと進み出る。その横顔を押しのけたのも骸だった。こめかみに青筋を立てている。
「おまえずるい。綱吉くん。じゃあ百歩譲って帰りを待つにしても。どうするんですか? 君はどうやって僕をここに留めておくつもりで? 百人も?」
「え…………。フツーに待ってろよ」
背後でため息が響く。綱吉のうなじに顎を埋めて、六道骸が宣言した。
「六十六番です。綱吉くん」ハートマークでもついていそうな声音だった。
その少年は続けて発言をした。
「慰めてくださいよ? 恋人でしょう。別れを前にして、最後の夜にすることは、」
しばし間を挟む。骸のオッドアイと綱吉の茶色い瞳とが交差して、骸は、人差し指を立てた。
「エッ」
「一つです」
綱吉は硬直した。一瞬で石に成り代わったくらいの硬直具合だった。六道骸の群れが、静かに、綱吉を取り囲む。その輪は刻々と縮んでいく。
「え?! ちょ、待って……」
複数の手に腕を掴まれて、綱吉の両目が潤みを増した。
「ハァ?! 待てっ、待てっつの。無理っ。おまえ、ひゃ、ひゃく、今、百に増えてんだろ?!」
「六十五番です。僕も、したいです。イタリアには行きたくない。でも君がどうしてもというなら行く。だから」
「だからで全然繋がっとらんわ!」
「最後になるかもしれないならちょっとの無理くらいオッケーでしょ、綱吉くん」
骸が力んで囁く。あちこちから腕と服とを掴まれて綱吉はソファーの上に倒れ込んだ。改めてゾォッと悪寒で震え上がる。見上げた先には無数の六道骸だ。
「う、うそ、うそぉうそうそうそぉおお?!」
顔を庇いつつ後退りする。その綱吉の肩を抑える手がいくつも現れる。綱吉は必死に首を振った。両目を見開かせれば涙がこぼれそうだ。
「死ぬっ。死ぬ! 死ぬぅ――――ッッ!! 百人も突っ込まれたらオレ死んじゃう!」
「僕だって君から離れたら死んでしまう。綱吉くん、少しの我慢です」
「百人を相手にしろって少しか?! 少しのガマンじゃねーだろそれは! ドアホ! 殺す気か?!」
「僕もガマンしますから。一発だけで」
「百×一で全然改善になってねえよ! 小学でもわかるだろ?!」
「話題のアダルトさでわからんですね。ちなみに六十一」
六十一番の六道骸は両手を伸ばした。シャツの端に手をかけて、グイッと捲りあげる。露わにされた肌に無数の掌が滑った。
「ヒッ……!!」
綱吉の全身がガクガクする。
「マジっ……いやっ……、勘弁しろボケェ――ッ!!」
手近なところにあった骸の顔を押しのける。彼はもごもごうめく。
「六十番です。綱吉くん、こうなったら楽しみましょう!」
「ド馬鹿ァアア――――っっっ!!」
フッと本格的に意識が遠ざかるのはすぐだ。
(や、犯り殺されるっっ!!)
(このままでいいのか?! オレの人生それでいいのかーっ……)景色が遠ざかる。無数の顔が、オッドアイが綱吉を見下ろしていた。ズボンのベルトに手をかけて、チャックに手をかける。
「こ……んにゃろぉ……ッッ」
ヂィーッと金具が降ろされる寸前、綱吉は目を見開かせた。
「それでいいワケねーじゃん! 死んでも死にきれねェエエエ!!!」
「うわっ?!」「自力覚醒!」
蜘蛛の子を散らしたように六道骸が飛び退る。綱吉は涙を光らせつつ超死ぬ気モード特有の瞳で骸軍団を睨み付けた。凛々しい眼差しとは裏腹に、両手で慌てて中途半端に下ろされたチャックを引き上げる。
「おまえらみんな浄化してやる! ふざけるのも大概にしろ六道骸!!」
骸達が後退りした。明らかに眉を寄せる骸もいる。
「一晩のお供にこの展開はちょっと……好ましくない」
「綱吉くん、落ち着いて。愛してますよ」
「アホか! そこに並べ! 一発づつ食らわしちゃる!」
「あ、いつになく強気ですね……。強気モードな綱吉くんも好きですけど。五十五番の僕としては大人しい方のが今は相手に」
「その卑猥な口を閉じろ! ワイセツ物!」
「君のために言ってるんですよ」
困ったように骸が呟く。彼は、前に進み出ると虚空に向けて腕を突き出した。ヴンッと出現した三叉槍が、握られて、ようやく超死ぬ気ツナの頬に汗が走った。
「あ、あれ?」
「だってそうでしょ……。百対一は全然変わらないのですから」
一人が囁く。いつの間にやら百人全員が槍を握っていた。綱吉はぎくりとして後退る。超死ぬ気モードのはず――が、全身がガタガタ震え出していた。
「あ……の、その、色々な仕切り直しとかしない?」
「色々っていうと? 僕は何番かわかりますか?」
「それはわからんですけど、色々っていうと……えーと、増殖バズーカに当たった辺りから……」
フゥ、と、乱雑にため息をついたのは綱吉の後ろに立つ骸だった。
「僕で五十一番です。さて、じゃあ、ちょっと強姦っぽくなるのは残念ですが」
「強行策といきますか」
にこりっと晴れやかに骸が言う。
超死ぬ気ツナは涙目で首を振るうが、百人の骸はそれぞれ槍を構えた――、
「うっ」綱吉が喉をしゃくらせた。
骸の目にはマジだと書いてある。
額に燃える炎が震えた。
「む、骸のバカァアアアアア!!!」
渾身の力で絶叫して、両手を下に向けた。ボンッッと炎が破裂して綱吉を空へと打ち上げる。
うわああああん!!
通常ですらあげないような泣き声をあげて、綱吉は窓を突き破ってヘルシーランドを脱出した。
「もうアイツなんか知らねー! イタリアで監禁されてりゃいいんだ! 百人揃って芋虫みたいに縛られてろ!」
夜の帳は落ちている。一人、走るが、死ぬ気の炎は既に消えていた。特訓のおかげで以前よりも筋肉痛は激しくないが、それでも走るのはつらい――が、逃げなければならない。
「もっ……、アイツ、あほ。バカ」
手の甲で目尻を拭いつつ、綱吉は丘を乗り越えた。
膝に手をついてぜえぜえとする。追っ手の気配を無数に感じていた。
追いつかれる気は不思議と全くしない。今だけ、超直感が完璧に使いこなせていると妙な自信がつきそうだ。綱吉は夜空に向けて絶叫した。
「骸なんか大っっ嫌いだァア――――ッッ!!」
追っ手を逃れて、クネリと曲がった細道を進んだ。過去に両親と来たときには、この先には巨大なアトラクションがあった。隠れ場所もあるかもしれない。
「!」しかし綱吉は絶句した。無い。
ポッカリした空間と、それを取り囲む柵があるだけで、アトラクションが丸ごと撤去されている。だが絶句の理由はそれだけではない。
「骸さ……」
六道骸が一人、円状に囲む柵に腰かけてボケッとしていた。
骸は驚いて目を丸くする。綱吉は戸惑って後退りした。
「やらないからな……! 一人に甘い顔したら百人寄って集ってくんだろ?! 冗談じゃない!」
「そんな……。僕は、一番目です」
「それが何だ?!」
「しゃべる時には番号をって君たちが決めたルールじゃないですか。従ってあげたのに」
殊勝な物言いだった。
両目をパチリとして、綱吉が歩み寄る。骸は俯きがちで視線を合わせようとしなかった。
「百分の一の骸さん? アンタは変なものでも食べた?」
「バカにしてますか?」
骸が鼻の下を伸ばして奇妙そうな顔をする。
綱吉は素直に首を振った。心配したから聞いただけだ。
が。すぐに後悔する。骸は歩み寄ったのをいいことに綱吉の肩を掴んだ。柵から降りて、その背中を抱き締める。僅かに体を跳ねさせて、綱吉は首を振った。
「おいっ。こらっ。アンタ一人でも絶対やらな――」
「ただ一人の自分に戻りたい。こんな風になるなら世界なんて壊さないし何もいらない」
手が止まる。骸を引っぺがそうとした手だ。綱吉の茶色い瞳は、揺らぎを宿して丸みを帯びた。
「世界大戦は?」
六道骸は首を振る。
「いらない……。綱吉くんがいい」
「……骸さん……」
照れ臭さよりも同情心が先立った。それに驚いて綱吉は目を瞑る。骸の顔を見れる気分ではなかった。己の額で綱吉の額をコツンと合わせたまま骸は動かない。
「あ、明日っ……」
「?」
オッドアイが目で問いかける。
「昔、ここにメリーゴーランドあったの知ってるか? もちろん知らないだろうけど、あったんだ。明日、また見たいなって――今――、思った」
「幻覚で再現する程度なら可能ですが」
「それでいいんだ」
探るようにオッドアイが翳りを帯びる。綱吉は慌てて生唾を呑んだ。段々と骸と目を合わすことが出来なくなる。
「でっ、デートとかじゃないけど。オレと骸さんだし?! でも、その……」
すり、と、額を押し付ける仕草をして骸が笑いかけた。
「わかりました。どれだけ幼稚な施設があったか知りませんが。金塊だらけのゴージャスなメリーゴラウンドを見せてあげます」
「いやそういうのは期待してないんだけど……。骸さん、わかってんの!」
「もちろん。明日、ですね。さてどうやって元に戻りましょう」
骸は顎に手を当てる。綱吉には疑問があったのですぐ口にした。
「ジャンニーニは? ヘルシーランドにいるんだろ。直せないのか」
「あ、そういえば、まだ悪夢見せたままでした」
「…………」
生死が不明だ。
引き攣りつつ、そして閃いた。
「そうだ。作らせればいいんだよ! 増殖バズーカから、百人を一つにまとめちゃうよーなの新しく作ればいいんだ!」
骸が目を丸くする。ぱんと両手を叩いて重ねた。
「集約バズーカって名前にしましょう」
「どうでもいいとこに注目すんなよォオ?!」
思わずツッコミする綱吉である。
朝日の中、リボーンがスーツをよれよれにして戻ってきた。綱吉はいささかやつれた顔で出迎える。骸と二人、ソファーに寝転んでいたところだ。
「うー……。眠い。ものすごく」
欠伸をしつつ、六道骸も上半身を起こす。ソファーの足元にはジャンニーニが骸骨の面相で倒れていた。悪夢と、百人骸とにせっつかれて発明に勤しんだ果てである。
「…………」リボーンは、無言で懐から銃器を取り出した。
「グッスリだな。だが悪いがオレが寝てないんだが」
「あ、なんとなくリボーンならそう言う気がしたよオレは!」
「おまえらはオレの苦労を無駄にした。死ね」
「アルコバレーノのマヌケめ! ざまあみろ!」
子どものようなことを叫びつつ、骸が綱吉を抱えてソファーの裏側に飛び込んだ。
「しかし戻れて本当によかった! 君に触れなくなるなんて世界が滅亡したみたいでしたよ」
ズガガガッガッガガガ! マシンガンの乱射にジャンニーニの悲鳴が混じる。頭を抱えつつ、綱吉は半泣きでうめき返した。骸は笑みだけは爽やかである。
「あのままじゃコッチこそ世界が滅亡したみたいなもんだよ!」
「そうですか? ところで、メリーゴーランドを見に行きましょうか」
銃声鳴り止まぬ中で、骸は寝不足で腫らした目のままニコリとする。その目を見て綱吉はピンとした。あの日は、思えば父親が家を出る直前の一日だった。母は少し寂しげにうめいたのだ。こんなメリーゴウランドみたいに、なれればいいな、と。
「ああ……。思い出した」
「何をですか?」
「メリーゴーランドの名前。ネバーエンドって言うんだ」
しばらく考えるようにしてから、チラリ、骸がオッドアイで綱吉を見下ろす。
「僕らのことですか。綱吉くん。愛してます。この体が百人に分かれても僕の愛は分かれなかった。これって何よりの証拠と思いませんか」
「どーかな……。アンタ、ウソつくから」
応えつつも、綱吉は額を抑えた。妙に居た堪れない気分になってくる。骸は満足げに綱吉を抱き締めた。
「つなよしくーん! 今度こそキスさせてくださいよ。何だかんだでずっとし損ねてます」
ちなみに、まだ銃声は止んでいない。全く関係ないというように、骸は綱吉の唇を啄ばんだ。
(確かにネバーエンドっぽいよ、この関係……)
と、胸中でうめく綱吉である。
おわり
07.10 ごろ
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>>かぼすさまの冗談を真に受けて(任せてください(何を))百人骸さま×綱吉でした