ひなひた遊園地
「僕のことそんな風に思ってたなんてショックですよ。君が思うよりずっと苦労してるんですから――演技は得意ですし――」
「ああー、ハイハイ。わかってますって!」
綱吉は慌てて相手の言葉を遮った。隣を歩いているのは黒いTシャツに髑髏をモチーフにしたネックレスを下げてる少年だ。耳には、同じく髑髏のピアス。だがこんな成りでも中身は意外とフツウであることを沢田綱吉は既に知っていた。
「あっ、骸さま! 骸さまー!」
「楽しそうですね」
メリーゴーラウンドを振り返りつつ、骸がくすりとする。クローム髑髏が嬉しげに片手を振っていた。その右隣にはハル、さらに右隣には京子がいる。京子の膝にはランボが乗っていた。
「いけ! いくのだ、ランボ号!」
「ランボちゃん、楽しいね〜。そろそろ、スピードあがるかな?」
「うひょー!!」
リュックサック一つを置いていたテーブルに戻る。綱吉と骸は手にしていたジュースパックを降ろした。女子と子どもが遊ぶ間に買い出しに出たのである。
「しかし、犬と千種はどこまで行ったのか……。探しにいってきますかね」
「ココにいた方がいいんじゃない? 帰ってきたとき、骸さんがいなかったら千種さん達こそまた探しに行っちゃうよ」
「変なことしてないといいんですけど……」
キョロキョロとしつつ、綱吉の隣でイスを引く骸である。並盛町からは一時間、黒曜中からは一時間半の位置にある遊園地である。広さの割りに、アトラクションが集中しているので一日たっぷりと遊べるのがウリだ。
「取り合えず、合流したらみんなでお昼にしましょーよ」
パンフレットを開きつつ、ストローを食みつつ、綱吉。その両眼はウキウキとしている。骸は、頬杖をついてそれを見つめた。
「僕こそ変な感じしますけどね。ボンゴレ十代目の割りに、君はあまりにフツーですよね、ほんと」
「オレは初対面こそ骸さんが悪魔に見えたけど」
ちゅうー、と、ストローでイチゴジュースを吸い上げつつ、骸は眼球を上向かせる。晴天だ。ジェットコースターの方から歓声がした。
「そんな人格を作ってないとやっていけないんですよ。裏社会は裏切りと殺しの連続。まあ、しかし、水牢を出た後にこんな生活に入るとは思いませんでしたが。今更、六道骸として長らくやってきたものを――」
捻じ曲げるマネをするなんてね。小さくうめきつつ、ポケットを漁る。ミントの葉があしらわれた手の平サイズのケースを出した。綱吉へと向ける。
タブレットだ。二粒を受け取って、綱吉はコリと前歯で噛んだ。
「こんなに気が合うとは意外だったけど……」
「同じく、ですね」
ミントタブレットを舐めつつ、骸。目を回したランボが、よろよろとして歩いてきた。あーあ、と、うめく綱吉を置いて骸が席を立つ。
「気持ち悪くなっちゃいましたか?」
「う、ううう、ランボさん、ちょっと踊りすぎた……」
「踊る?」
「あれー、ツナさん見てなかったんですか! ランボちゃん途中からメリーゴーランドで逆走しちゃって」
「ええええ?! ば、馬鹿だなー!」
「僕は見てましたよ。まさに馬鹿ですね。大丈夫ですか」
ランボの頭を撫でてみる骸である。クローム髑髏が、その後ろで両手を膝につけた。
「トイレに、連れて行きますか? 吐いたりする?」
「だ、大丈夫だもんね……。ジュース、欲しいんだもんね!」
「おや。えらいですね、ランボ君」
笑顔でパックジュースを差し出す骸である。綱吉は半眼になりつつ骸の横顔を見遣った。本当に、ほんっとうに、初対面のときとかバトルのときとは別人格である。彼は演技派なのでその表現は少しおかしいが。見事な人格豹変の演技である。
「オイラ、そっちのイチゴがいい!」
「ランボー、骸さんを困らせるなよ。このお兄ちゃんは怒るときっと怖いぞ」
「綱吉くん、何を人聞き悪いこと言ってンですか」
引き攣りつつ、骸は飲みかけのイチゴパックを渡した。
「……いいな」膝を折って、ランボの手元をジッと見るクロームである。ランボが得意になってパックジュースを差し出したので、クロームは喜んでストローに口をつけた。
その光景を目にして、骸の背中を見つめてみる綱吉である。やはり千種と犬が気になるようだった。
「オレ、探してこようか?」
「え? いいですよ。やっぱり僕が行きますから。ここで待っててください」
言いつつ、既に歩き出している。綱吉も並んだ。
「ハル、ちょっと友達探しに行ってくるから! パンフでも見てて何食うか決めといてよ」
「はぁーい、うわぁっ。これは目移りしちゃうラインナップですよ!」
「あ、このソフトクリーム美味しそうっ……って、違うね。お昼ご飯だよね」照れたように京子がはにかむ。それを肩越しに見て、綱吉が口を丸くする。目聡いのは骸だった。
「後でソフトクリーム買わないと、ですね」
「なっ。お、オレそんなこと言ってないからな!」
クスクスとしつつ、骸はジェットコースターの前で足を止めた。犬が絶叫アトラクションに並々ならぬ興味を示していたが。
「……どこいったんですかね、全く」
剣呑にうめきつつ、アトラクションの列を見遣る。綱吉がアッと声をあげた。観覧車の入り口に、今まさに入っていこうとするニット帽の少年。金髪の少年。
「骸さん、いたいたっ」
「…………。一歩遅かったですね」
小走りで観覧車の足元に辿り付いたが、すでに千種と犬とは昇ってしまった後だ。腰に手をついて、六道骸はため息をつく。
「犬は単純ですから高いだけのところも好きなんですよねー…」
「お二人さま、お乗りですか?」
制服を着た女性が顔をだす。観覧車に列はなかった。
綱吉と骸は互いをまじまじと覗き見る。頷いたのは骸の方だった。ただ、立って待つだけはつまらないので、綱吉も反抗することなく乗り込む。
「男二人で観覧車ってどーかな」
苦笑しつつ、扉が閉まるのを見守る。
「あっちの二人に言ってやってくださいよ」
足を組みつつ、頭上を指差す骸である。綱吉はけらけらとして同意した。
「ほんっと、仲いいですよね。骸さん達って」
「そうですか?」
ガタン……。観覧車のボックスが動きだした。
遠のいていく地表に視線を送りつつ、しかし顔は綱吉の方へと向ける。向かい合う形で腰を降ろしていた。綱吉は京子達を探した。
「あ。いたいた。この高さじゃ手を振っても気付かないかな」
「僕らがここにいるコト自体、予想してないでしょうねぇ」
骸がオッドアイを細める。会話は、それで途切れた。意外と滞空時間が長いのだった。観覧車はまだ四分の一も進んでいない。
外を見つめ続けて、ふと綱吉は骸を振り返った。
いつの間にか自分を見てきている。丁度、観覧車のボックスが頂点に差しかかろうとしている。
「? いいところでしょう、今」
「え? あ、ああ。ウン……。骸さん、いいところですよ、今」
「?! ええ、そうですね」
オッドアイがチラリと地上を見る。だが、すぐに綱吉に戻った。窓に手をつきつつも、居心地の悪さで目を細めていた。
「外、見てくださいって。骸さん、何か、そうやってジッと見られると落ち着かない……」
両目をパチパチさせて、骸は膝の上に肘をおいた。どこかつまらなさそうに、ようやっと、視線を外へと向ける。観覧車が頂上から下向し始めた。
「綱吉くん、どうしてボンゴレ十代目になるんですか? 僕と千種達が仲いいのは当たり前だ。ファミリーですから。そうとしか生まれ得なかった僕らですからね。ただ、僕が不思議に思うのは君だ」
ギクリとする。見れば、骸はまた綱吉を覗いていた。
「口じゃイヤだっていってるのに態度がついていってないのでは?」
「骸さん、何気なくかなりヒトのこと観察してるよな?」
「演技上手っていうのは、そういうことしてるから上手なんですよ。僕が君を演じるなら、流されやすい優柔不断なダメな男の子ってキャラですかね」
かなり正確に、しかも痛いところを突いている。綱吉はグゥと喉を鳴らした。気後れして窓辺に身を寄せる。
それを見て骸が唐突に腰をあげた。グラリ、ボックスが傾ぐ。
「うわっ! っと!」
骸の腕に掴みかかりつつ、しかし、揺れたのは彼が動いたせいだ。綱吉の隣に腰かけなおして、骸が足を組んだ。至近距離でオッドアイが物憂げにしている。
「今が幸せなのは、けっこうですけどね……。でも沢田綱吉くん。この際、せっかくだから声をかけますけど、僕とご一緒してはいかがですか?」
「?! どういう、意味だよ……。お前んとこのファミリーに入れって?」
「ご名答。いい子たちばかりですよ」
綱吉の肩に腕をかけて、骸はにっこりと微笑んだ。
「六道骸として、ボンゴレ十代目は使い捨てる予定でいましたけど。そうですね。特別サービスで、君がそのまま一緒にくるなら、笹川京子も一緒にテイクアウトしてあげますよ」
「ぶふっ。お、おまえ、やっぱり頭の中が少し変だぞ! 人をなんだと思ってるんだ!」
「おもちゃ……」
綱吉に顎を押しのけられつつ、骸は嘆息した。
「悪い提案じゃないと思うんですけどね〜。大事にしてあげますよ? 綱吉くん。せっかくの気が合う友達、無下にしちゃっていいんですか?」
「じ、自分でそういうこと言うなっ。骸さん! アンタならオレの苦労もわかってくれるだろ?! そんな、簡単に言うほど――」
ゴトン。軽い振動が足元から伝わって、二人は同時に顔をあげた。制服姿の女性が、並んでしかも肩組みまでする少年二人に目を丸くしている。
「…………」ぱっと立ち上がったのは綱吉だ。
ボックスをでると、骸がついてきた。
「誤解させちゃいましたかね」くすりとしつつ、若干、冷や汗を浮かべる。制服の女性がまだ目を丸くして骸と綱吉とを視線で追っていた。それから早足で逃げつつ、綱吉が骸を睨む。
「誰のせいだっ。骸さん。オレ、アンタとは友達でいたいんだから、妙な勧誘やめてくださいよ……っ。精神衛生上、よくない」
「マフィアいやだって堂々と言えるの僕だけですもんね、実際」
「うぐっ」
綱吉が歯噛みする。骸は笑い飛ばした。
「マフィアだけは大っ嫌いなんですよねえ。ボンゴレ十代目の君がそんな態度なんだから、僕としては、君が大好きですよ。面白いから」
「人の苦悩で楽しむなよな……。趣味が悪いぞ」
「アッ。先に戻ってますね」
いささか冷えた声音だ。確かに、千種と犬とが既にテーブルに戻っていた。クロームからパックジュースを奪い取って犬が舌をベーッと出している。
「犬……っ。骸さまがあたしに買ってくれたの!」
「骸さんがくれたもんなら、みんなのだびょん〜〜っ!」
「あたしのなの!!」
「やれやれ……」
浅くため息をついて骸が財布をだした。自販機で新しくパックジュースを二つ買う。その横について、綱吉は骸をまじまじと見ていた。
「おまえ、ほんっと、今時珍しいよなぁ……」
「どういう意味ですか。しみじみとして」
「変なところでピュアっぽいっていうか、あ、骸さんがね」
考えるようにしつつ、首を傾げる。綱吉の態度に、骸がフッと遠い目をした。これでも小さい頃から千種と犬の面倒を見つづけて来た身ですから――、と、不意に言葉を切って顔をあげる。
「六道骸としては、その評価を受け取ることはできないですよ、綱吉くん」
にこりとする。その笑みに意思があるよう感じて綱吉が後退る。
同じ分だけ歩幅を詰めて、骸が首を伸ばした。
「ん?!」
柔らかいものが口に触れた。
「こんな評価でいかがです? ああ、これくらいには好きってことでもありますよ」
「はっ?! は、はああああ?!」
朗らかに笑い飛ばして、骸が踵を返す。パックジュースを犬の頭目掛けて投げつけて仲裁に入った。
「ちょっ……、お、おま、待てえええ!!」
「おや。綱吉くん、顔が赤い」
他人事のように、骸。ハルと京子が同時に振り返った。
「あっ?! い、いや、なんでも!!」慌てて首を振りつつ、しかし、こっそりと歯噛みして綱吉は骸の背中に隠れた。
「何考えてんだ、おまえ! ホモ?!」
「自分の好きな子には特別なことしてあげたいだけですけど? それってフツーでしょう?!」
骸はとぼけた顔で明後日を見た。
おわり
07.10 ごろ
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>>かぼすさまからのリクエストで「人畜無害で白い性格をしてる骸さん」でした!