かぎろいハイキング
「よくあるじゃないですか。定番ですよ」
少年はニコニコとしていた。なので当然、信用できない。
「おまっ、ワザとか! ワザとだろ絶対!」
「だからー、定番ですってば。ドラマとかであるでしょう?! 仲の良い男女がよーしこの後はオレたちだけでフケちゃいましょうって展開」
「ああぁあああ定番ってそういう意味か?! 結局ワザとなんじゃないか!」
こくりと頷いて、六道骸は逆さまに持っていた地図を回転させた。迷彩のカーゴパンツにTシャツを合わせ、ポシェットを腰に巻いた姿だ。帽子を被って陽射を防いでいる。
ボンゴレ主催の強制ハイキングツアーである。夏の風物詩らしいがリボーンは何か勘違いをしていた。まだ二時間も経っていないので、中腹にいる程度だ。
「こっちが本来の目的地ですから。僕と綱吉くんは、こっちにしましょう。正反対の道にすれば会うこともないってもんでしょうね未来永劫!」
語尾にハートマークすらつけて爽やかに笑む。沢田綱吉にしてみれば堪ったものではなかった。霧の守護者たる六道骸、放っておいたらいつの間にか復讐者のアジトを出てきていた。オマケに自分の後にくっ付いてくる。極めつけは、
「僕たちの愛の巣でも作ってみますか。クフフフ」
再会以来、ずっとこの調子なことだ。六道骸はひたすらニコニコしながらセクハラを企んでくる。
「お山の開放感でちょっと大胆になるカップルてのもアリな気がしてきました」
「いぎゃああああ?! 帰るっ! 帰る――!」
「ま、フツウに利点をいうとこっちのコースだと滝が見れますよ」
ハイキングコースを確認しつつ骸は綱吉のリュックを引き摺った。ずるずるされて綱吉の口角が引き攣る。
「そ、そっちのコースだとおまえと二人きりになるじゃんか……!!」
気分が悪いと訴えだした骸に気をとられ、足を止めたスキに、あれよあれよと別の道に引っ張り込まれて今にいたる。
他のハイキング客に助けを求めるわけにはいかない。六道骸、好青年を装っている内はかわいい――いや綱吉にしてみれば気持ち悪いんだが――、とにかく、かわいいが、その本性は凶悪である。かつて黒曜ヘルシーランドで刃を交え、霧のリング戦での容赦ない戦いっぷりを知る綱吉にはいくら表面を取り繕われても気味が悪いだけだった。
「つ・な・よ・し・くん」喉を黄色く震わせて、骸。
その吐息は思ったよりも近かった。
「ぎゃああああ?!」
「僕の顔に何かついてますか?」
骸はねこじゃらしを手にしていた。それで、ふわりと綱吉の首筋をくすぐる。
「っ、やめろよ! ?! くしゅっ!」
鼻もやられて、クシャミをする綱吉に骸は笑顔を向けた。
「じゃれあう恋人同士……って感じしません?」
「するか! アホかぁああああ!!」
両手がワナワナした。オッドアイがつまらさそうに細くなる。
「ツンデレごっこは勘弁してくださいよ綱吉くん」
「オレの態度のどこにデレが見えるんだ?!」
「おや。ずいぶん俗っぽい言葉を知ってるんですね」
「おおおおまえに言われたくないわ!」
言い出したのおまえじゃん! 指摘しても動じもしない。ハイキングコースが河川に沿い始めた。川のせせらぎの中を進みつつ骸は自らの顎を指差す。その両目はからかいの光を帯びていた。
「じゃー、僕がツンデレやってみましょうか。綱吉くんなんて嫌いですよ」
ずるっと綱吉の足が草の上を滑る。骸がその肩を掴んだ。
「そんなに萌えました?」
目がきらきらしていた。
青褪めたまま、全力で首を振る。
「キモい。気持ち悪い。やめろよ。デレデレじゃんかよ」
「僕のことをキモいなんていう綱吉くんは嫌いです」
ニコニコと、やはり先程と同じく語尾にハートマークの乱舞をつけて、骸。こめかみがヒクヒクとするのは生理的嫌悪の為か拒絶感が故か綱吉にはわからない。六道骸は上機嫌だった。
「綱吉くんがこっち系もいけるなら、今度、メイド服でも着てもらいましょうかね〜。僕の趣味だと執事服でもいいんですけど。きっと似合いますよ」
ねえ! と、励ますように背中を叩かれて綱吉は眉間を皺寄せる。おかしい。メイド服はおかしい。似合うとか言われても嬉しいわけがない。
「骸……。マジ、引く」
「あ、ツンツンですね。いつデレがきますか」
「永遠に来ねえェ――ッッ!」
頭を抱えて仰け反る綱吉に六道骸はやはり笑顔だった。
「永遠とは重い言葉を使ってくれますね。それなら、僕は綱吉くんを愛しちゃいますよォ。永・九、に」
「ハぁッ?! なにそれ?! 罰ゲーム?!」
「愛の罰ゲームともいいますね? 受け入れないと六道輪廻から呪いが訪れます」
「タチ悪いぞおまえええええ!!」
「クフフフフフ」
ついには追いかけっこになる二名である。
一般客が驚いて道を開けた。骸を追いまわすこと五分、沢田綱吉は、ようやく正気に返って自分の行いが愚かだと気がついた。
「そ、そもそもっ……、このあいだに逃げればいいんじゃんっ……!!」
膝に手をついて肩でぜえぜえとする。汗が額を伝っていた。ハイキングコースとはいえ、何時間も歩いてきている。その上、傾斜を全力疾走すれば当然の疲労感だった。
「ツンデレですねえ。行動でデレを示してくれるのもポイント高いですよ」
骸は勝手に綱吉のリュックを開けていた。
「お、おまっ、もーその思考から離れろ……!」
頬に向けてペットボトルが差し出される。綱吉はまんじりともしない心持ちでそれを受け取った。骸も、全く同様の運動をしている筈だが、彼は帽子の下で涼しげにしている。
「……おまえ、幻覚使ってズルしてないか?」
「君の為に頑丈な体を作るようにしてます」
「おいおいおい、妙な含みをセリフに混ぜるな。誤解される」
「六道骸を舐めないで下さいね?」
言いつつ、綱吉が口を離すとペットボトルを取り返す。リュックに仕舞うのではなかった。ごく自然にフタを取り、ごくりと喉を潤す。ギクリとして後退りをしていた。
「綱吉くんと間接キッスってヤツですね」
骸はニコニコとする。
「くっ……!」
周囲を見渡しても手ごろな武器はなかった。枝とか、ゴミとか、この際、石でも大丈夫だろうに。
その思惑を透かし見たように骸が笑みを深める。
「照れなくてもいいんですよ」
「引いてんだってば! 気付け!」
「気付いてますけど認めるのとは別でしょう。綱吉くんはかわいいですしー、好きですし。感覚の違いなんて簡単に飛び越えられますよ」
「……使い方間違ってないか?! 飛び越えられる壁とかってフツーは恋人同士の障害とかっ」
「恋人同士の障害じゃないですか」
しれっとして、しかし口角をニコニコさせる骸である。綱吉が掴みかかった。さすがに一連のやり取りで頭の中身がキレかけている。
「ない交ぜにするなよ絶対おかしいだろ! 恋人同士の障害でなんで恋人の態度が障害になんだよ?!」
「おや。ついに綱吉くんが僕らを恋人同士だとみとめ」
「てなぁあああい! 認めてねええ――ッッ!」
ハイキングコースのど真ん中で言い合う両名の横を一般客が通り過ぎていく。迷惑そうである。綱吉は声のトーンを落としいささか顔を赤くさせた。
「あ。照れてますね。かわいいですね」
「恥だっ……恥ですよこれは……っっ。骸はマジで何なんだッ、オレに変なちょっかいかけてくるしおかしいし愛してるとかいうしっ! 変!!」
「僕も君を長らく変なヤツだと思ってたんですけどね……」
「は、はぁっ?!」
心外だった。綱吉が目を丸くする。
先程の呟きとまったく同じ口調、つまり僅かに悲哀を帯びた声音で、骸は悔やむように小さく囁いた。
「クローム髑髏には僕の意識が常に混在してたって気付きました? 契約を交わしてる千種と犬も同様でした。彼らを通して僕は君をほとんど毎日見てましたけど」パキ、と、枝を踏む。せせらぎの中に落ちていった。
不意に綱吉は、周囲が人目を塞ぐのに好都合の森林で、背後には河川で、先程揉めている間に一般客の大群が通り過ぎて、この場には二人しか人がいないことを思い出す。骸は目を瞑って静かに語る。
「なんですかね。君は誰かれ構わず心配するクセでもあるんですかね。あんまり甘いんで、僕は逆にちょっと感動しましたよ」
「…………?!」
顔面に影が差した。
「ちょっ、ま、」
言葉がつまる。顎に指がかけられていた。
「綱吉くん。スキ有り、でしょ」至福をここに得たり、そんな顔をして骸が軽く唇を押し付けてくる。綱吉がヒッと悲鳴とともに両肩を引き攣らせた。
「ぎゃああああ?! あ、ああああ?!」
「!!」骸が咄嗟に跳ねる。綱吉にしてみれば惜しかった。もう少しで、河川に向けて突き飛ばすことができた。
「綱吉くーん。そんなに照れなくても!」
距離を取りつつ、骸。頬が緩みまくっていた。
「お、オレの、ファーストキスっ……!!」
「えっ」
両眼を明るくさせる骸である、が。
「うわぁあああああ!!!」綱吉は悲嘆の絶叫と共に回れ右して駆け出した。全速力だ。先程、追い越した筈の一般客を追い越して――、だがすぐに後ろから追いかけてくる声がする。
「責任取ってあげますから! ね?!」
「テメー今よくないこと考えてるだろっ?! いやだぁあああっっ!!」
酸素不足で喘ぎ喘ぎになりつつ、綱吉が足を止める。
肩で息をして、言葉を失っている間に骸が追いついた。ポケットから地図を取り出し、目の前に広がる滝を見上げる。十メートルは上のところから、太い水流の筋が降り落ちていた。
ばじゃああっ……。飛沫が辺りを飛び交って、特に空気が湿っていた。
無言で、再び綱吉のペットボトルを差し出す骸である。
「お、れはっ……。断わる! 骸にまとわりつかれても困る!」
「フ。僕は告白してるわけじゃありません。いずれそうなる運命を予告してるんですよ綱吉くん」
「ほんっきでタチ悪いヤツだな?!」
くすくすして、骸がオッドアイを細めた。滝壷を見つめて勝ち誇っている。
「クフフフ……。君は、罠にかかったんですよ」
「は、はぁっ? 今度はなんだ」
「この滝の別名を教えましょう。一緒に眺めた友人は必ず恋人になれるっていう、別名! 愛の滝壷っ!」
「やめれえええ――っっ!!!」
本気で目尻を潤ませつつ、綱吉が骸の襟首に掴みかかった。掴みかかれても骸はニコニコ笑いを止めずに人差し指を立てる。
「何か他にご利益ありそうな気もしますから水に入ってみます? 僕は濡れた綱吉くんが見たいですね。シャツが透けちゃったりなんかして。わっ、僕、少し恥ずかしいですね〜」
襟首を掴んだ両手を掴み返され、そのままズルズル引き摺られて、滝壷に絶叫がこだました。骸は綱吉ごと水に飛び込んでけらけらと笑っていた。ぐったりとする綱吉を抱き締める。
「これで晴れて恋人ですね。愛してますよ。綱吉くーんっ」
「なっ……、ぐっえ、め、めっちゃくちゃ一方的ィ――ッッ?!」
腰まで浸かるほどの水量である。逃げるべく手足をばしゃばしゃさせる綱吉と、それを逃すまいと抱き締めにかかってくる骸であるが。
靴が乾くのには時間がかかる。水からあがれても、この先はまだ当分長くなるのだった……。とにかく、彼の前途はある意味でばら色で、ある意味で、点滅した赤信号を見上げて渡るようなもんだ。
おわり
07.10 ごろ
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>>かぼすさまからのリクエストで「つなよしくーんv」な骸さん、でした!