イタリア育ち



 
 
 このヒト、多分イタリア人なんだろう。
 だからきっとパスタは好きに違いない。目の前でアルデンテじゃないとか文句をつけてる青年を見上げつつ、オレは片肘ついたままで身を乗り出した。
「でさ。実際、髑髏ちゃんとどこまでいったの?」
  ピザを取ると、とろーりしたチーズが糸を伸ばした。モッツァレラだ、母さんが好きだから、このチーズの名前はオレも知ってる。あとのゴーダなんとかはよくわかんないけど。
 スプーンにフォークの先をあてつつ、くるくると器用にパスタを巻き付けながら六道骸はしらっとした顔でつぶやいた。
「……君って、ずっと彼女と僕が付き合ってると思いつづけてますよね」
  意味ありげに横目を向けてくる。
  少し、むっとしたから唇を尖らせた。
「よく言うよ。あそこまで所有権主張しておいて……。何で呼ばれたかわかってるですよね、骸さんは!」
「馴れ馴れしいのが悪いんですよ。僕の目の前で彼女に手をだしたら、ああなるってことです。例えマフィアだろうがキャバッローネの人間だろうが許しません」
「ディーノさんビックリしてたじゃないか……。あそこで笑ってくれなかったら、おまえ、殺されてたかもよ?」
  骸はフォークをくるくるさせるのをやめた。
  明らかに、わかりやすく、両目を吊り上げて不快を訴える。ゴクリと固唾を呑んだのは条件反射だったけど、一緒にチーズを飲み込んだので誤魔化せたと思う。
 水で喉を流してから、バン! とテーブルを叩いて見せた。
 最近、ヒトの真似して覚えてみた威圧のやり方だ。オレも成長してるってことだ。
「やめろよな。一応、おまえも組織の一員! キャバッローネの人を三人もボコボコにして……、謝罪、とまではいわないけど反省して!」
「…………」
  白々とした面持ちで、骸はフォークを口に咥えた。
  目だけが、いかにも文句ありますって眼差しでオレを射抜く。
「君は知らんでしょうがね。ディーノは僕に何もしなかったわけじゃありませんよ。ちゃんと、彼なりの形で僕に報復してきました」
「……オレはそんな話聞いてない。何だよ、報復って」
 店内には外国のレコードがかけられている。英語なのかなんなのか、よくわからないけど流暢にラブとかラブとか言いつづけている。骸は、相変わらず白々した顔で話題を変えた。
「ところで、さっき何の用件で呼ばれたかわかってるかと僕に問いましたね?」
 う、反撃だろうか。でもオレも学習はした。骸に喋らせちゃいけない。
「今はオレの話です。骸さん、あなたが日本にいるあいだは霧の守護者。つまり、えーと……、リボーンの言葉を借りるならオレが責任預かるって立場なんです! そのオレが、アンタをわざわざ呼び出してるの。その理由は叱るため。怒ってるんですよオレは!」
 がちゃんっ!
「っひえ?」
  目の前で皿が跳ね上がったので、思わず変な声がでた。喉の上をつかって、空気を素通りさせたような音色。骸さんが、わざとらしくも目一杯の力でパスタに混ざってたエビを突き刺したのだった。
 オレが驚きつつもエビに注視するのを確認すると、さらに、ぐりぐりぐりぐりとフォークでエビを抉り倒してみせる。
 その手の動きは止めずに、骸は世間話をするみたいに気軽に首をかしげた。
「まるでカンペを暗記したみたいに流暢に話すんですね。君がそんなふうに話すとこ、初めてみました」
  昨日、布団の中でだいたい暗記したのは事実だけど、それをバラすつもりはない。
  反撃の反撃だって考えている。今回は引けない、何せ骸の反省文を提出しろとリボーンからおおせつかっている。どこがボスだ、とか、ツッコミされると切ないけど、そもそもオレは将来はボスになるつもりはないから構わない。
「今はカンペなんてどうでもいいんです。骸さん、来たってことは反省してるって示す意思あるんでしょ。わかりますよ、オレは。これでも、もう数年の付き合いになりますもんね。で、アンタのしでかした責任はオレにくるんですよ……、ハッキリ言うとメイワ」
 ひょいっと無残に変形したエビが目の前に突きつけられた。
  ま、まだめげるワケにはいかない。
「…………っ、迷惑なんです。反省してますって教えてください!」
「ほ〜お。どんなふうにリボーンに言い含められたか知りませんけど、粘りますね。これ、綱吉くんって名前つけようと思うんですけど、どう思いますか?」
 フォークの先を天井に向けて、愉しげにくるくると回す。オレの反応をうかがってる。ニヤニヤした笑みが目尻にある。ごく些細な変化だけど、この人はオレの前だとよくこういう顔をするから、予兆は読みとれるようになった。
「ふざけるなよ。真面目にしろ。髑髏ちゃんには黙ってるから。署名するだけでいいよ……。反省文に。ほらほら、オレもけっこう妥協してますよね? 何せ全文オレが書いてんだから!」
「綱吉く〜ん、ボンゴレが僕に無体な要求をなさるんですよ」
「おまえな、オレの苦肉の策をっ!」
 試すような検眼を向けつつも、骸はにやりとした。
「否定しないんですね。じゃ、このエビは今から綱吉くんです」
「いい加減に真面目に――、署名だけだろ」
 呻いた直後、骸は、ぱくっとエビを咥えた。
「ってオレの名前つけときながら喰うな――――ッッ!!」
  思わず席をたつ。目尻をにやつかせながら、骸は口をもごもごとさせた。エビが綺麗に抜き取られたフォークをオレの鼻先に突きつける。電光が反射して、キラッと銀色が輝いた。
「本当は君だって僕がなんで呼び出しに応じたかわかってるでしょう?」
  骸も席を立った。実にさりげなく、流れるような動きでテーブルごしに顔を近づけてくる。
「思い出してくださいよ。細部までね。握手したでしょう……? キャバッローネのブタ五匹と。僕は見逃しませんでしたよ。その中の三匹が髑髏とも接触したのでムカついただけだ。後悔も何も感じてないので反省はしません。僕は、僕にとって正しいことをした」
「そ、それを自分勝手っていうんだアンタ最低……!」
  カンペの内容が頭から吹っ飛びそうになる。骸は、テーブルに両手をついて、オレに覆い被さるようにしてニヤニヤと笑っていた。まずい。主導権が取られる。
 店内のざわめきとか、ボーイさんが引き攣った声をかけてくるとか、周囲の状況も全て頭から吹っ飛んだ。骸が至極愉快そうに唇をしならせる。僅かに、唇が開いた。赤っぽいオレンジっぽい色が垣間見える――、骸は含んだような声でささやいて、オレの唇に口を寄せた。
「返しますよ。ボンゴレのからだ」
「?!!!」
 ぐち、と、微かな濡れた音がする。
 耳は不思議と店内の悲鳴を拾わなくて、動物が口移しで食べ物を移すみたいに、ぐちぐち言わせながら口の中のものを流し込んでくる音だけが聞こえる。
 体をはなすと、骸は笑顔でかるい会釈をした。
「やっぱり本人に返さないといけないですよね?」
「お、おま、おま……っっ!!」
「反省文、本文が書けてんなら、書名まで君が書けばいいじゃないですか。僕は何もいわないですし、たまにはリボーンをごまかすくらいの高等技術を見せてくださいよ」
 着席はせず、伝票をとりあげるとコートを羽織る。
 完全に硬直するオレを肩越しに振り返るだけで、骸は悪びれた様子がない。自分の唇をぺろっと舐めて見せると――悪意っぽいような光り方が見逃せないんだけど――片手をひらひらさせた。
「髑髏との関係をきく前にわかったほうがイイことあるんじゃないですか? 君が気付かないのが不思議でなりませんよ僕は。きっとそれは君の短所であって長所でもあるんでしょーけどねえ。じゃあ、また。ボンゴレ」
 ぎゃあぎゃあと女の子の黄色い悲鳴。ボーイさんが、困ります! とか何とか言ってる気がするけど、オレは唖然として声がでない。
 からんからん。遠くで、鈴の音がして骸がでていったことがわかった。
 糸が切れたような気分だ。イスの上に尻餅をつきながら、うめいた。
「お……、男からのキスはいやだってアレほど言ったのに……」
 この台詞、もう五十回は言ってるはず。どこまでイタリア気質なんだ今のヒトは。





おわり



07.1.30

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