disperso


 


「あれっ」
 聞いたことのある声だ。
 思わず足を止めてしまって、でもすぐに失敗だと悟った。
 校門の手前に待ち構えてたのは一人の少年だ。軍服みたいな服は黒曜中の制服。通り過ぎる並盛生の視線など気にもせず、彼は肘を肩まであげて呆気らかんとした笑顔をうかべていた。
 無言で仰け反り後退るオレは不審人物だけど思う。自覚はある。
 そいつはニコニコしたまま歩み寄ってきた。
「偶然ですね。えーと、本名は沢田ツナでしたっけ」
「六道骸……っ、あ、あんたイタリアに送還されたんじゃ!」
「はあ。あー。まあ蛇の道はヘビですよ。ニュースを見ないんですか、ツナ君は?」
 嘲りを隠しもせずに、六道。嫌味たっぷりに言いながらも顔が笑顔だったので、すぐに反応ができなかった。
 吐惑うオレを楽しむみたいに、目尻を丸めたままで続ける。「小型航空機が沖縄で墜落……。消えた乗客。ちょっとしたミステリーですよ」
「な……っ! 殺したの?!」
「どーでしょう。僕は飛行機の壁ぶち破っただけですから」
 ぶはっ。ヘナヘナと脱力したのは、余りにあり得ないシーンを想像してしまったからだ。
 半分は怖かったかもしれない。今更、獄寺くんと山本が不在なのを思い出した。獄寺くんは今日はサボりだし山本は部活なのだ。
(もしかしてオレの生命がピンチ……?!)
「こんなとこで丸くなってたらジャマですよ。行きましょう」
「は……? あっ、ちょっと。やめてよ!」
「一対一なら、僕は確実に君を殺せるんですよねえ……」
 ヒヤリとしたものが首筋に当たる。ナイフかと思った、けど、そこには何もなかった。六道骸の吐息だった。冷たくて、でもそれ以上におぞましくてヒヤリとしたんだ。
「あん……、た。誰かを待ってたんじゃ……」
「そう。そうなんですよね。でも来ないので、ツナ君で済ますとします」
「オ、オレですます? 何をですか」
 無意識の内に敬語になっていた。
 右手首を掴んだ骸はオレより頭一つ分も背が高い。
 骸はこっちの恐怖を敏感に感じ取るやつだ。ニッと口角をあげて、腕を背中で捻られた。
 しかも、骸はオレの手首を自らの肩まで引き上げている。捻られたままで宙吊りになりそう……なっ、くらいで!
「僕って、けっこう恨み深いんですよねえ。知ってましたか?」
 無造作に、骸がオレの手首を頭の上まで引っぱった。
「イッ!! イた――――っっ!!」
「このまま関節がイカれるのを望みますか、ツナ君?」
「なっ、の。どこの誰が望むってんだよ……。はなせよ。骸!」
「君は言葉づかいがなってない」
「――ッ?!!」
 ガクンと足が地面に落ちる。
 認識するのと一緒に、肩から意識が吹っ飛ぶほどの痛みが押し寄せた。
「うぁっ――、あ!!!」
「関節を外したんですよ。右手は動かないでしょう」
 グラウンドに蹲るオレを見下ろし、骸には笑みが貼りついていた。
 妙な方向に投げ出されたオレの右腕を靴先でなじる。人差し指をグリグリと踏まれて、痛覚神経は骨の接合部がズレたにも関わらず、健気にオレへと磨り潰されるような痛みを訴えてきた。
 歯を食い縛ったまま、背を丸めてると頭上から高らかに笑う声がした。
「クハハハハハ……っ、いいですよ。その無様な姿!」
「ぐえっ!」
 ボールを蹴るような一撃がやってきた。
 ふっとばされ、仰向けに転がりつつも骸が歩いてくるのが見える。
 同時に遠巻きにオレたちを見守る人だかりが見えた。校門前で堂々と他校生にリンチされてるんだ、人目につかないワケがない。瞬間的に助けを期待したけど、すぐ、ムリだと悟った。相手は骸だ。伸びた手が後ろの襟首を掴む。骸はオレを持ち上げ、耳元で語りかけてきた。
「情けない君にはこれくらいが充分じゃないですか?」
 後ろから伸びた指が顎を上向かせる。これじゃ、ギャラリーへの見世物だ……。
「しっかりと見ておくんです、誰も助けようとしないのを。ボンゴレ十代目になる男が今まさに生命の危機を迎えているのですけどねえ。しょせん、ツナ君はその程度の――」
「だ……。ま、れ」
 ゼエゼエと息を吸った。
 酷い仕打ちだ。ボンゴレとか、そんなのは関係がない。
 惨めだけど。オレと骸を遠巻きに青褪めながら眺めてる生徒たちに、何ができるっていうんだ。ダメなオレだから彼らの気持ちはよくわかる。彼らは悪くない――悪いのは、六道骸だ!
「ツナ君の力量などしょせんはその程度ということ」骸が歌うように言い捨てた。
「だまれっていってんだよ!!」叫んでいた。
「もうあんたにはコリゴリだ! さっさと離せ! 大人しくイタリアに帰ってろよ!!」
「君は……。立場もわからないとは、救いようのないダメっぷりですね……」
 愉しげですらある吐息がうなじをくだる。ゾクと怖気で全身が硬直した。
 グラウンドに落とされた体は蹴って転がされ背中を踏みつけられる。
 そうしながら、骸の片手は右手を持ったままだ。
「ボキボキにしてあげましょうね。半年くらいは病院からでられなくなるくらいに」
「イッ……――っ、や、やめろ。骸っ……」
「クフフフフフフフフフ」
 愉悦に頬を赤くしての笑い顔。
 この場には不釣合いなほどに嬉しげだった。
「ツナ君のそういう声、もっと早く聞きたかったですよ」
「うあ!」グイと右手が反らされる。
 きっとオレは真っ青な顔をしてる。
 ギュウと痛みに備えて目を瞑った、けど、背中を踏みつける足がどいた。
 ダダッと走りこむような短い音。その直後に、ガキンと金属が鋭く鳴った。
「――――?」
 ギャラリーが沸き立ってる。
 目をあけると、黒い革靴があった。
「君、そこにいると踏むよ」
「――ヒバリさん!!」
「やっと来ましたか。ツナ君、遊ぶのはここまでです」
「緊急風紀連絡網だって言うから……。君なの。この前ぶりだね」
 感慨もなにもない淡々とした声だ。骸が腕をふると、虚空から槍が現れた。
 右肩を押さえたまま、トンファーと槍を持って睨み合う二人。後退る際に、瞬間的に骸と目が合った。ニヤリとした笑みが少年を彩る。
「これはツナ君のファミリーに入るんですか?」
「はいらないよ。僕は群れない」
「おやおや? おかしなことを――」
 槍がぐるんと上下を逆さまにした。
 トンファーを横に流し、ヒバリさんが腰を落とす。ヤリがグラウンドを串刺しにした。
 紙一重で避けたように見えたけど、たぶん、ヒバリさんにしてみれば余裕で避けた範疇に入るんだろう。「壊しがいのある素材は好きですから」
 悔しげでもなく。骸は飄々と槍を引き抜いた。
「ツナ君ですませても良かったんですけどね。しかし君がこうして目の前にあるなら、当然、君を打ち殺しますよ」
「沢田綱吉も仕返しもどうでもいいよ」
 トンファーがチャキンと音をたてた。
「君は風紀を乱しすぎた。……一体」半歩下がらせた足。
 ぱっと目にも止まらぬ瞬発力で、ヒバリさんが駆け出した!
「誰の許可を得てグラウンドで暴れてるんだいっ」
 見る間に二人の間で土煙が起こる。
 ざざっ、ざん、と音だけを残してグラウンドの土が丸ごと抉れていた。まったく見ることができない。
「も、もう二人とも人間の範囲超えてるって……!」
 骸は実際に超えてるけど。ていうか、さりげなくヒバリさんに酷いこと言われた気もしたけど、それよりも自分の命の確保が最優先だ。這いながら少しでも遠ざかろうとしてたら、ヒョイと腰を持ち上げられた。
「あのヤリのボウズ、この前までお前らがドンパチしてた相手か?」
「シャマル! たっ、助かった! 腕を直してくれよ」
「あー、はいはいはい。寝てりゃ直るよ」
 脱臼がそれで直るわけがないだろ!
 と、即座に胸中で突っ込んだのが聞こえたのかは知らない。
 シャマルが腕を取り、グッと指に力を込めた。バチバチっと目の奥で白黒の光が弾け、電流が通ったみたいな痛みが駆け抜けた。「イッ?!」
 目眩と熱烈な鈍痛を残し、右腕は動くようになっていた。
「あ、ありが……と」指が、握っただけでパキと音をたてた。
「どーいたしまして。ところで、あいつらがあそこでバシバシやってっと一般の生徒が帰れないんだけどな〜」
 言われて気がついた。校舎の方で、生徒たちが青い顔してバトルの行方を見守っていた。すでにギャラリーというよりは監獄の囚人みたいな顔をしてる。ざっと、数は百人弱だ。
「ちなみに俺も帰れないわけだ。ていうか、こっちが本題か?」
「オ、オレ、さすがにアレは止められないよ」
「そこをだな〜。がんばれ、ボンゴレ十代目!」
「お、おまえ。このためにオレの腕を直したでしょ――――っ?!」
 絶叫は、土煙の中に突き飛ばされたのと同時だった。
 そのままペタンと座り込んで丸くなりたい衝動が巡るが、いま、ここでやったら、ほとんど確実に余波を食らって大怪我する。ヒバリさんも骸もオレに手加減するとは到底思えなかった。
「じょ、冗談きついって……。リボーン!」
「呼んだか?」
「どわ――――っっ?!」
 立ち込める煙をバックに、リボーンが片手をあげた。
「チャオ。いきなりだが死ぬ気弾だ。正直なところ、オレはもー六道骸の起こすトラブルには飽き飽きだぜ」
「そ、それきっと皆思ってるから!」
「面倒だからな。ついでにファミリーに引っぱって来い」
「はあ――――?!」
「世の中、パワーだろ」
「ちょっ。待った。リボーン、この状況で死ぬ気弾うたれてもオレ全力で逃げることしか考えないと思うんだけど……っっ!!」
「ああー、まあ、ダメツナじゃそれが精一杯か」
「だろ?!」
 キラとリボーンの黒目が光る。
 懐から拳銃を取り出すのに迷いはなかった。
「いいんじゃねーか? 逃げられるもんなら、逃げてみろってことで」
 実のところ、死ぬ気で逃げようとしても逃げられなさそうだし、事態がさらに面倒臭くなりそうだったので死ぬ気弾を拒否したかったんだけどっ。ズガンッと毎度の音がして、オレはグラウンドに横たわっていた。……いつものとおり、ムズムズした悪寒が肌の下を泳ぐ。
 カァッと湧き起こるのは後悔という勇気で、オレは一息で跳ね起きていた。
「死ぬ気でヒバリと骸を止めーるっっ!!」
 絶叫に、煙の向こうからどよめきが響いた。
 沢田、死ぬんじゃないの。狂った? なんて好き勝手な感想は無視だ!
 ダッと走り出した裸足の足にズガンと何かが命中する。途端にスピードがあがった。
「リボーン、さんきゅー!」五倍のデカさに足が膨れていた!
 二人は煙の中央でにらみ合っていた。ヒバリは片方のトンファーをどこかに落としたようで、さらにこめかみに殴打の後がクッキリとついている。動きがフラついているのは打撃を受けたからだろう。骸も似たようにフラとした足取りだったが、見た目でそれとわかる外傷はつけられていなかった。左足で踏み込んだとたん、ぴりっとした空気を切り裂いた感触がした。
 目を丸め、二人が同時にオレの名前を口にしたっ。今だ。
「ボンゴレ十代目……っ?」
 骸がオレを見上げる。
 オレの足裏がやつには見えるはずだっ。
「ぐっ?!」ばきっという打音のあとで倒れる音がする。すかさずヒバリがトンファーを振りあげたが、ぷうっと大きく頬を膨らませて顔だけを振り返らせた!
「ぶっ!」
 巨大化した頬がヒバリの顔面を弾いた。
 その手からトンファーがこぼれて、それを掴んでさらに遠くに投げ捨てた。
「ちょ。沢田綱吉?!」
「うるせー! もうケンカは終いだ!!」
「こ、これが死ぬ気モード……」
 呆けた顔を寄越す骸からも槍を取り上げるっ。
 やっぱり遠くに放り投げ、オレは二人の襟首を鷲掴みにして引き寄せた。
 視界の右側にヒバリ、左側に骸。共にキョトンとしていた。
「あんたら女々しいことばかり言ってんのやめろよ!」
「めっ……。女々しい? 僕が?!」
「噛み殺されたいの?」
 不穏な空気が両側から立ち昇る。
 けど、そんなんじゃ死ぬ気の炎は消えないっ。
 すうーっと息を吸って渾身の力で吐き出す! 叫んだ!
「いつまでも過去にこだわるな。水に流せ。男ってのは、そーゆーモンだろっ!!」
 絶句する気配が伝わる。けれども、オレは構わずにウンウンと何度も強く頷く……っ。
 シュウウと煙の残りカスみたいな音が額から聞こえるっ。――不意に、意識がリバウンドしたみたいな衝撃を受けて、視界がぐるりと回転した。よろりとした身体を、左足を踏み止まらせて受け止めた。――ヒバリさんと骸が目を大きくさせてオレを覗き込む。
 両手をまじまじと見下ろし、呟いた。
「うー。切れた……?」
 ヒバリが眉間を寄せた。
「君ってヤク中?」
「惜しいけどちょっと違いますね」
 首を捻ったのは骸だ。
 思い出したようにヒバリは剣呑に睨みつけた。
「だいたい、君が何でここにいるの。帰ったら?」
「クフ。地獄から戻ってきたんですよ。とりあえずあなた方とツナ君を根絶やしにするつもりで来てるんですが。邪魔さえなければ、一人死んだんですけどね」
 何だかスゴく黒いオーラが――、って。
 オレ、なんでこの二人の襟首掴んでるんだろう……?
「それって沢田綱吉のこと? まさか僕のことじゃないよねえ」
「どうでしょうねえ……」
 ……二人の注意が、オレにきたら殺される……。
 震えをねじ伏せて、そうっと腕を離してみた。けど、同時にオレを振り返る目があった。
「うわっ! ごめんなさい! リボーンにキツく言っておきますから許してっ」逃げるが勝ちだ!
「おっと。ここまでやっておいて逃げる気ですか、ツナ君」
 後ろ襟首がむんずと掴まれる。骸だ。ヒバリさんには後頭部を掴まれた!
「ずいぶんな啖呵をきってくれてたみたいだけど……」
「ごめんなさい! その、ヒバリさんのご指摘通りちょっとラリってたんです!」
「校内でのマリファナ大麻その他諸々の薬物使用は違反行為だよ」
「いたっ、頭われる――!!」
「ヒバリ、そいつはクスリじゃなくてもともと頭がおかしーんだ」
 にょっと顔をだして好き勝手なことを言うのはリボーンだ。
 へえって薄く呟いてヒバリさんの手がどいた。なんかすごく不名誉な扱いを受けてる気がする……けど、それどころじゃないっ。
「骸っ。骸ってば腕おれるから!」
「この程度で根をあげて、よくこの私に女々しいと言えますね」
 いつの間にか骸が手首を返して、キリキリと彼方へ反らしてくれていた。
 ばたばたするオレにオッドアイが笑う。リボーンが声をかけた途端に放してくれたけど、でも、相当に痛かった。ガクリと膝をつくオレに構わず、骸が神妙な眼差しでリボーンを見下ろした。いつの間にか、その拳には槍が納まっていた。
「で? 今度こそ私を始末するつもりですか、アルコバレーノ」
「イタリアに引き渡した時点で、オレはそのつもりだぜ。だがテメーは逃げだした」
 意思を推し量るみたいに、骸は両目をキツく吊り上げる。赤い目の奥で、六の文字が揺れていた。リボーンがにやりと口角を吊り上げる。死ぬ気弾を装填した拳銃を片手にさげたまま、空いてる方の手でオレを指差した。オレは、やっと立ち上がったところだ。まだヨロヨロしてるけど。
「ボンゴレ十代目の下に行け。有り余ってる力だ、使い道に困ってんだろ?」
「ほお……?」感嘆じみた声と共に骸が目を細める――って、おいおい。
「何いってんだよ?! リボーン!!」
「実力者はツバつけておかねーと。ボンゴレへの忠誠心は教育で養えばいーんだ」
「そ、そんな簡単に行くわけないだろ――!! 相手は骸だぞ?!」
 あたふたと絶叫した、直後だ。骸がクハハハハと大口で笑いだした。
「この私に教育を施すと! 大きくでましたね、ボンゴレ十代目」
「って、言ってンのオレじゃなくてリボーンだから!」
「話の先が見えないんだけど……」ぶすりとした声をあげたのは、ヒバリさんだ。
「君が部外者ってことですよ。とっとと巣に帰ったらどうですか」
「…………」トンファーが横倒しにされた。ピリピリした殺気が沸いてくる。
 全力で、ヒバリさんと骸の間に飛び込んだ。
「今のはナシ! ヒバリさん、騒いだことは謝りますから――」
「こんなボロ校舎のグラウンド、仮に消えても困らないでしょうに」
「だああああ! 骸は黙ってろよ!」
「やれやれ」骸が肩を竦めた。
「僕としては君の言葉づかいを教育したいですね」脱臼させてくれた肩を見下ろしながらのセリフだ。
 思わず後退ると、かわりにリボーンが進み出た。そのつぶらな黒目は、はなから骸を無視して風紀委員長を捉えていた。ヒバリさんがため息をつく。珍しい。
「このバカの粗相はオレに免じて許せ、ヒバリ」
「そう言うと思ったよ……。見返りは?」
「あー。拳銃じゅっちょ」
「ストップ。リボーン、終わりまで言わなくていいから」
 まあ、たぶん聞こえないだろうけど、辺りには並盛の生徒がいるってことを忘れるなよ! 純粋にオレが聞きたくなかったってのもあるけど。そんな逡巡に構わず、ヒバリさんはトンファーを袖口にしまいこんだ。
「じゃあ、今度から、そいつの責任は沢田綱吉が持つってことだね」
「はい」これでやっと終わる。安堵しながら頷いた。……違和感は後からやってきた。
「何で、そーなるんですか?!」
「君んとこの三馬鹿トリオに加わるんだろ」
「サンバカ?! そ、それってオレと獄寺君と山本ですか!」
「他に誰がいるの」
「四番目のバカはイヤですねえ……」
「二人ともオレたちのことそういうふうに見てたの!?」
 両手を戦慄かせながら叫ぶ。リボーンがにやりとした。
「早くもコンビネーションは上々だな」 グラウンドの隅っこを、這うようにして生徒たちが下校していく。去り往くヒバリさんの背中を見送り、
「じゃ、オレはビアンキとの用事があるから行くぜ」
 ……あっさり、リボーンも消え去った。もちろんシャマルなんか影もない。 帰るタイミングを逃したオレだけが、夕焼けの中で、六道骸と二人っきりで肩を並べていた。
 骸は、槍を空中に分解――ありえないんだけど――してるみたいに見えた。
「これって……。オレだけ不幸、みたいな……」
「まさに蜘蛛の子を散らす。逃げ足が速いのは弱者の唯一の特技ですね」
「…………」オレも逃げればよかった。
 ガクリとしてたら、思考を読んだみたいにニヤと笑ってくれた。
「さっきも言いましたけど。千種と犬もはぐれてしまって。本当に僕、いくところがないんですよ」
「……それで、どーしてウチにくることになるんですか。さっきもいいましたけど!」
「ボスならファミリーを見捨てはしないでしょう?」
 まるで最初から予定調和だったかのような口ぶりだ。
 一番初めに、校門で待ち伏せていたときからこうするつもりだったような。そんなことはないと言い切るけど、万が一の可能性であり得そうなところが六道骸の恐ろしさだ。ジロジロと睨むと、なぜだか骸が笑いだした。
「なにが……おかしいんだよ?」
「クフッ。いえいえ。正直だなぁと」
 オッドアイの片方で赤目が光る。夕日の色と重なって、燃えてるみたいだ。
「その正直さに敬意を表して少しだけ本心を語りましょう。行く場所がないのは本当です。本国に帰れば終身刑が待っている身ですから」
「あんたは、それだけの罪を犯してきたんだろ」
 言いながら、胸が絞まるみたいに苦しくなった。
 骸は、淡々と肯定した。「そうです。しかし私には私なりの正義がある。六道を巡るうちに、常人には理解できないものへと歪んでいってしまいましたがね」
 六道。そういえば、この人は六道の記憶があるとも言っているんだった。
 リボーンから仏教の言葉と教えられてる。すごく苦しい体験をいっぱいしたって――って、同情してどうする。どうするんだ。骸なんて怪しくていつ裏切ってもおかしくない人間。傍に置く方がどうかしてる。「くそ……。何ですか。骸は同情して欲しいの?」
「まさか。そんな輩、いたらタダじゃおきませんよ」
 赤目に指を当てる。そこには常人ならざる力が秘められているのだ。
「ツナ君は私に同情を?」蔑みとも怒りともつかぬ声音だ。逡巡の後に、首をふった。
「オレはあんたのやったこと、許せないよ。だから同情はしない。でも……」
「イタリアに帰れって、言ったのは悪かった」
 骸が目を見張る。死ぬ気で蹴ったときみたいに、放心の表情を無防備に見せている。
 ……迷子みたいな。バツが悪い気がした。この人の『ふつう』の姿を見たくない。目を伏せて、できるだけ顔を見ないようにした。
「リボーンはああいってたけど、オレはあんたのこと苦手なんです。だからもう止めて下さい。海外か、日本ででもいいから、イタリアから逃げながらひっそり生活しててよ。オレの目につかないとこで」
 オッドアイは瞬く。何事か言おうとするように、骸が放心した顔のままで唇を動かした。
 聞きたくなかった。だから、さっと踵を返す。
 小走りに校門に向かおうとして、しかし、後ろからカバンを抜き取られた。
「ちょっ! 何するんだよ?!」
「持ってあげますよ」
 骸は、さっきまでの途方に暮れたような顔をしていなかった。
「ツナ君はボンゴレ十代目と呼んでほしいですか?」
「は?」
「聞いてるんです。応えてください」
 有無をいわせぬ響きがある。ゆるく首をふった。
「獄寺くんじゃあるまいし」逡巡の後で、付け足す。
「間違えてるみたいですけど、オレの本名って「沢田ツナ」じゃなくて「沢田綱吉」だよ」
「そうなんですか? ……まあ、ツナ君でいいですね」
 ガクリとした。心底からどうでもいいみたいに言い捨ててくれた。
 恨めしげに見上げると、骸がはにかんだ笑顔を向けてくる。
 まるで初めて会ったときみたいだけど、それが上辺のだともう知ってる。警戒して後退りしたら、六道骸は鋭くも思考に気がついたらしかった。
 笑みがガラリと質を変えた。オッドアイに酷薄な輝きを乗せて。
「こんな私に生を促したのは、ツナ君が初めてですよ。特別に、もうひとつ。本音を教えてあげます」
「――僕の人生は長い」万感の思いを込めた呟きだ。
 思わず、足を止めた。夕日を背後に背負った六道骸から、もはや完全に笑みが消えていた。静かなオッドアイも逆光で色が隠れていた。ただ、焼けた橙色が少年の全身を包み込んでいた。
「今のこの瞬間すら児戯のようなもの。 人間の世界は遊びのようなものです。どこまでも生ぬるい。本来の居場所はここなのでしょうけど、僕には。巡りの思い出をもつ僕にはかたちを変えた地獄にしか見えない」
「……」聞いてみたい気がした。理解したくないけど。
「つらいんですか?」
「私にその質問をするのはあまりに愚かですね」にこりとして、骸。
「答えなど決まってる。ですがその答えに意味があると?」
「……ないでしょう。ならば口を割らせるものではない。人というものはね、思いを口にした途端に耐えられなくなることすらある脆弱な一面も持ち合わせているのですよ」
「あ……」しまった。口に手を当てた。骸さんはにこりとしたままだった。夕日を背負ったまま、一歩。
「君は本当に面白い。ふつうはね、その質問は思ってもしないんですよ」また一歩。
「私が殺してしまうことを知ってるからですし……。殺したからもう質問をしないわけですが……」
「ツナ君ならば許しましょう。君には安直な愚かさが似合う。それを抱えたまま、闇に生きる姿を見てみたい」
 さらに一歩。たった三歩で、骸が懐に潜り込んできた。身構えるスキもなかった。
「気が変わりました。『この』六道骸の人生くらい、捧げてあげて構いませんよ」
「……」体を離そうにも、肩を掴まれていて逃げられない。
 目を細め、ふっと先ほどの笑顔を浮かべた。はにかんだ、仮面みたいな笑顔を。
「そういうわけで。改めて、永い付き合いを」
「わっ?!」
 ひた、って。額に変な感触がっ。
 む……。骸の唇?! 緊張の種類が一気に変わる。寧ろ青褪めるくらいだっ。口がぱくぱくした。
 ほんの数秒だった。笑いながら骸が身を翻す。顔が赤いですよとからかいが聞こえた。
「日本人って噂通りにシャイですねえ。今のは親愛のキスですよ。ファミリーのボスに向けての、ね」
「ファミリーのボスって……」まだ目が白黒してる。
 でも額を押さえてるうちに、段々と腹が立ってきた。
「よく言うよ! オレのことボンゴレって呼ぶ気がないくせに!」
「おや? わかりましたか? 時折り、君は妙に鋭い」
 先を歩きだした骸を追いかける。と、遊ぶみたいに骸も走り出した。
「ちょっ。オレのカバン――!!」
「ツナ君の家ってあっちですよね?」
「このままオレの家に行く作戦か――!」
「バレましたか」校門を抜けながら、骸が舌をだしてるのが見えた。
「ま、待ってよ。ダメだってば! 骸!!」
 冗談じゃない。いろいろと。そりゃもう、いろいろと。
 でもそんな重いとは裏腹に、やたらと足の速い骸には追いつけそうになかった。
「ツナ君、この角はどっちに曲がれば?」
「知るか――っっ」
「ああ、手の中に見知らぬカバンが。投棄しますか」
「うそですっ。左に曲がってくださいっ」
 な、泣きそう。ありがとうございます、なんて、上機嫌な声が返ってきた。
 骸の背中を追いかけつつ、家へと誘導しつつ。嘆いていた。
 オレの将来って、何でこう、とことん前途多難なんだ……っ!
 

 


 

 

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>>つぶやき
やたらと長くなってしまいました。
原作基準でみたらこうかな? と(標的75現在)、
ゆー視点で書いてみた骸ツナです。

ディスペルソ=disperso=散らばった、見失った、行方不明の
イタリアに帰らなかった骸さん、ということで