ゆうわくハロウィン、旅にでる


 ハッピー、ハロウィン!
 垂れ幕がビルからぶら下がる。道路わきの電灯は、紫と黒とオレンジを用いるモールやらなにやらで彩られ、怪しい配色を点在させる。大通りの店は軒並み、アニメやゲームのキャラまで含めたコスプレ店員を立たせた。
 歩きまわる人々は、ここが異界であるかのような浮き足立ちだ。
 そのなかを少年たちが通り過ぎた。
 片方の子が、自分の頭部をくるむように黒い帽子を指で引っぱってさげた。
「補導されないか」
「へーきですって。こんだけ馬鹿がいりゃまぎれる。見つかってもすぐに撒けますよ」
「…………」
 少し黙って、セリフを咀嚼したのちだ。
「いや、前提がおかしいだろ!?」
「僕が捕まるとでも?」
「そこは問題にしてない! やっぱおかしすぎる。骸、満足してるだろ? そろそろ帰ろう」
「まだ、一時だ。深夜の」
「そこがおかしいっつってんだ」
 両手の指をわななかせ、憤慨する。
 道をまんなかで歩く彼らだ。立ち止まってしまうと途端に、人の流れは詰まってひとだかりのような塊が形成される。
 が、そんな塊はあちらこちらに。迷惑な行為も今夜はまかり通るし、よくあることとなる。
「たっ。あ、すいません、あのな骸、コスプレしたいならいいよ別に、あ、あ、いえ、――時と場所は考えろよっ。眠いって言ってるのに、お前がどうしてもっていう――から、あっ。すいませんっ。骸、ちょっとわきによろう」
「今ので六人目」
「なんのカウントしてんだぁああああ!!」
 吸血鬼のシャツをわしづかむ魔女っ娘である。骸は、すでに過ぎた人たちの後ろ頭を横目に捉えた。
「君にぶつかった愚か者だ。ちなみに僕にぶつかったのは四人で文句はゼロなんですが。きみ、ナメられてますね」
「それは――」
 驚いてからツナは怖い顔をした。
 よくあることで、邪魔なところに突っ立っていると人がどしどしと当たるし、文句もいわれる。特別な夜もこれは例外でないし、それどころかこのきらいは高まった。
 ツナが、喉にあがる言葉に抵抗するように、息を溜めたほんの少しの瞬間だ。
「かわいーじゃん似合ってるぅー」
「わあ!?」
 ぱんっ!
 通り過ぎながら、お尻を叩かれた。有名マンガのキャラを仮装した若い男だった。
 無言、無表情で吸血鬼がきびすを返し、男に影のようにくっついたのでツナはセクハラに怒るすきもない。
「まてまてまて! 今のはたぶん、オレがわるいから!」
「ほお。君がわるいと」
「ギャ!? てめっ!!」
「…」
 マントをひっつかまれた吸血鬼は、革靴を思いっきり踏まれると目許を顰めた。痛みの反応はそれだけだ。
 右手は差し出し、魔女っ娘の背中は庇う。
 歩道と道路の境となる柵に、ツナをすわらせると大衆との境に骸は自分の身を立たせた。
 ずいと、牙をしこんでいる吸血鬼の顔面が、娘に迫る。吸血鬼の両手は娘をはさんで柵を掴んだ。
「きみがわるかったはずでは?」
「ちょ、せまい。せまいぞ。スカートの下に手をいれる変態がいるかよ!?」
「道すがらケツ叩く方がどうかしている。せいぜい、許されるのは恋人まででしょ」
「いや、……そもそもオレに女子のカッコ選んだお前がいちばん悪くないか!? だからオレさっきから――」
「衣装は互いが選ぶと提案したの、君ですよ」
「だれが女の衣装を選ぶと思うかぁぁぁああ!?」
「くはは」
 なまぬるい目の色だ。そう考えつけないお前が悪い、とそう述べている。
 魔女はミニスカで黒レギンスを合わせる。よく見れば男とわかるはずと、ツナは思うのだが、ハロウィンに大混乱な人々は簡単だった。
 ツナも混乱はする。
 夜更け前に連れ出され、僕とのハロウィンなのだから着るだけでも、などと店内で頼みこまれて気付けばこうだ。おかしい。
 深夜のハロウィン街にさらなる文句を乗っけようとした魔女の娘は、しかし、
「えっ? いいの?」
「僕も賛成だ。別のに着替えるとしましょうか。せっかくですし、男らしい……、なやみますね」
 困惑するツナは、いっしょに悩もうとして、流される自分自身にはっとする。
「いや、もういい。いちいちオレにおごろうとするなよな」
「いえいえ……」
 骸が、神妙に答えた。ポケットから五枚の万札を抜き、くしゃくしゃなのに顔の前へと得意そうに持ち出した。
 え。ツナは、ますます戸惑うが。
「さっきのセクハラ男がだしてくれるそーですよ」
「あッ!?」
 思い当たる場面があった。さっき。一瞬だ。法を犯し、スッたものにちがいない。
「クフフ。ハロウィンの夜は危険ですねぇ」
 まるきり他人ごとにして呟き、吸血鬼の骸は涼しくことを葬った。にこーっとしながら。

 



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