たなばたごっこ




 風が動いた。笹の葉が感知して鳴るので、ふりむかないでもわかった。
 が、声をあげてふりかえる。
「おい」
 窓は全開にされていた。
 不法侵入者は、編みひもをひっかけたかたちで、脱いだブーツを指に提げている。夜のひとさまの寝室というのに堂々と突っ立っていた。
 奇異な色の両目は、隅に立った笹と枝葉を観察している。
「きみのもあるんですか?」
「どうだっていいだろ」
 困惑ーーというより、困って、綱吉は言う。
「おまえな。確かに誘ったよ? 今日、みんなで集まるからおまえもどうかって。でもそれ五時間前だからな!?」
「どうだっていいじゃありませんか」
 無感情に言いのけているが、いましがたのセリフを引用し返してみせた。ひねくれた人間のやることだ。
 迷彩服に黒のパンツを合わせる彼は、笹の前に屈んで葉をさらさらと言わせた。
「どれですか。へえ。これを、皆で製作してはきゃあきゃあとね……。まぁ日本のこうした慣習にはもちろん気がついていましたが」
「オレの探してんのか」
 言い切らないうちに「ありましたよ」と、奥の短冊が引きずりだされる。
「……うっ」
 綱吉は、かける言葉を失った。
 サラリと笹鳴りをさせて短冊を引き寄せた男は、水が流れるような自然さで、まず、くんと匂いを嗅いだ。
 薄く目を開かせて。思案するようでもあるし単に楽しんでるようでもある。
 綱吉は、なんとなくプレッシャーを覚えてベッドのうえに正座をした。
「へえ」
「……わるいかな」
「いえ。特には。そんなことありませんよ、全然」
「へえ……?」
 綱吉が、思わず皮肉を引用し返すかのようになった。疑わしげに眉が寄った。
 骸は、短冊に描かれた文字をまじまじと見る。サインペンの成分でも分析するように。しっかと文字を頭に刻むように。
「世界平和。ですか?」
 その四文字と署名が、短冊に描かれた全文だ。
 ふつうだろ。よくあるだろ。定番じゃん思いつかなかったんだよ……。綱吉はあと二秒もあれば、このどれかを言った。
 が。
 ぷつん、と、笹の葉ずれ音とは明確に違う音がして、短冊が黒い手袋のなかに引きずり込まれる。
「あ」
 糸をちぎったそれを手にしたまま、六道骸は窓の枠にブーツを乗せる。ブーツに、自分の足を突っ込む。
「お、おいおい」
 控えめにとりあえずはツッコミする。骸はよくわからないことを言い出した。
「別に抱こうとか慰めとか求めてきたわけじゃありません。会合がどうなったか知ろうという気も少しありました。でもやはりどうでもよかったですね。沢田綱吉。僕から言えることが一つあります。君のような男がこんなことを願うのは、生意気というもの。願うだけのしおらしい真似は君には無理でしょうが」
「おい、おいおいおい……。た、短冊ドロボーッ!?」
「泥棒とは、失礼だ。これはアレですよ」
 窓に飛びついた綱吉の目に映るのは、向かいの家の屋根へと躍り上がる後ろ姿だ。まだ肉声は届く距離だ。
 骸が伊達男のやる笑みをみせた。いじわるで、綱吉の前ではよく見せる表情だった。
「没収ですよ!」
「せッ……世界平和ァァアーッ!!」
 驚くあまりに、綱吉は十秒後には赤面するようなセリフを絶叫した。身軽に家々のうえを移動する骸に届く、最後の肉声となるだろう。

「?」
 七月八日の朝だ。
 クローム髑髏は、目をきょとんとさせてスクールバッグの肩紐を手で押し上げた。
 木漏れ日の中にサラサラと揺れる短冊が、ほかとは違う。
 昨夜、みんなで作った短冊とは違う。
 骸は参加しなかったが、フランが勝手に作ったものならあるのだが、フラン作のそのにせの短冊のとなりだ。
 二枚ほど、増えたものが。

『世界平和』――『世界大戦』

「…………」
 クロームは、沢田宅で夕方から開催された七夕会にも参加した。世界平和のほうはすぐわかった。
 丸く目をしばたたかせる。
「……………………」
 そして深く考えることはやめて、ただ両手を合わせて短冊へと成就の祈りを捧げてから、特別に何か感想を抱くということもなく並盛中学校に通うべくバス停へと向かう。
 朝の遅いヘルシーランドの仲間たちとは、一人もすれ違わなかった。





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